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2010年1月 6日 (水)

地産地消の射程距離

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地元のものを地元で食べよう、地のものが体によい、というメッセージを漢字四文字でまとめた標語に「地産地消」と「身土不二」があります。

「地産地消」は、最近の造語で、1980年代から官公庁も含んだ農業関係者の間で自然発生的に広まっていったようですし、「身土不二」自体は古い言葉ですが、地元の旬の食材や伝統食が身体に良いという意味で使われるようになったのは、大正時代の日本の、食に関する啓蒙運動からだそうです。

素朴な疑問とそれに対する私的な考えから始めたいと思いますが、最初の疑問は、「地」とか「土」はどの範囲を指すのだろうかということです。

僕は今、札幌に住んでいるので、「地」の範囲を身近なものから段々と距離の遠いものに膨らませていくと、それは、札幌、道央(北海道の中央部分)、北海道、東日本、日本、東アジア、アジア、世界(グローバル市場という意味での)まで達します。

魚や野菜など新鮮なうちに食べるものは、食べものの鮮度の保存技術や梱包・運搬技術(ここではまとめて流通技術と呼びます)が発達する以前は、放っておいても地産地消になります。傷んでしまうので「地」の外に出られないからです。酢で締めても「鯖を読む」くらいの旅しかできません。干物や塩蔵にすれば距離は伸びます。味噌のような発酵食品は保存が利きますが、基本は地元の味で、どこか遠いところに売り出すためのものではなかったと思います。

今は、食べものは、流通技術のおかげで日本中をどんどんと旅をしていますから、以下のような「地産、地域外消費」は日常の光景となっています。フードマイレージを懸念される方もいらっしゃると思いますが、日本国内に関しては僕は気にしません。

北海道で獲れたホッケやニシンやサンマを北海道で食べる。北海道・利尻産の昆布を京都で使う。小樽の魚の練り物を札幌で食べる。小田原の蒲鉾を札幌で食べる。北海道のバターを鹿児島で食べる。新潟・南魚沼産のとてもおいしいコシヒカリを札幌で食べる。北海道・蘭越産の元気な無農薬野菜を東京で食べる。愛知・渥美半島産の青々したセロリーを北海道で食べる。徳島の和三盆(砂糖)を京都で使う。

僕の「地産地消」の好ましいイメージは、楕円形が、ある場所からゆらゆらと、片方向に、あるいは両方向に大きく広がるようなイメージで「地消」の範囲が、途中に人気の出ない地域もはさまると思いますが、日本全体にまで拡大していくというものです。北海道を例にとると、北海道の農産物や海産物、畜産物や加工食品がまず北海道で賞味され、それから「地消」の「地」が段々と大きくなって、東京や関西や四国や九州に拡がっていくイメージです。また、世界の食糧需給状況によりますが、日本では全部を消費できない種類の国産の食べものに対して海外からの需要が出てきて、楕円が海を超えてゆるりと伸びてゆけば、これは、なお、結構です。

さて「地産地消」に関する次の疑問は、「地産地消」は食べものを育てるのかどうか、についてです。

日本国内の話にとどめますが、地産地消が食べもののレベルを育てる場合と、阻害する場合の両方があるようです。食材や加工食品の味や質は消費者や加工業者や流通業者の影響を受けて変化します。うるさい消費者に鍛えられてレベルアップする場合と、素直な消費者需要に率直に応えているとそこそこにビジネスが成り立つのでそれ以上に商品をレベルアップするきっかけを見失い、気がついたら他の地域の同業者よりもレベルダウンしているような逆の場合です。

これは「地消」の「地」の範囲をどこまで広げて考えるかによります。「地」の範囲が狭い場合、地元の消費者がうるさ型で、買う側と作る側が鍛えあって、食材や食品の強さや洗練がその度合いを増す場合だといいのですが、地元の消費者がそうでない場合は、「地元では人気のある食べもの」以上の存在にはならないようです。

狭い意味ではまったく地産地消でない、つまり獲れるが食べない食材の代表例が北海道の昆布です。北陸や関西など北海道以外の消費者と加工業者の需要と嗜好に強引に引っ張られて洗練され成長したのが北海道の昆布事業です。だから、広い意味では、みごとな地産地消です。昆布ほどではありませんが、「たらこ」と「辛子明太子」の関係もいくぶんそれに似ています。

地産地消として狭い範囲ではうまく回転しているのだけれども、北海道育ちでない舌の持ち主には満足感を与えないといった食品も結構見受けられます。あと少し洗練を加えたら「地消」の範囲が拡大するのに、つまりもっと売れるのにと、とても、もったいない気がします。語弊があるかもしれませんが、日常食品であるにもかかわらず、みやげ物の匂いが残っています。だから、近所の人と旅行者が主な購入者です。広義の「地産地消」を実現している強い食材や食品は、その産地を旅行した時にはみやげ物として旅行者が自宅や知り合いに宅配するのはもちろんのこと、同時に日常の流通経路を持っています。しかし、もともとお土産的・地域限定的な位置づけのものなら、そういう位置づけで成功している商品もあるので、この僕の要望は、ないものねだり、ないしは、おせっかいということになります。それにしても、近所で地元産のものを買いたいのに、味や食感にどうも満足できずに、競合品を宅急便で遠くから「お取り寄せ」というくらいバカバカしいことはありません。

東京から札幌まで新幹線が延伸されると、新幹線の便利さをよく知っている僕にはうれしい限りですが、札幌にも新幹線に乗ったことのない人たちがそれなりにいて、だから新幹線の話をしても会話が成立しません。実際に乗ってみれば、そのよさが実感されると思うのですが、なかなか僕の「利用者ニーズ」「消費者ニーズ」が伝わりません。

新幹線ではありませんが、ひょっとして見落としているかもしれない基本的なニーズに接触し、その後「地産地消」商品に戻れば、もっと射程距離の長い、もっと売れる商品に成長していくと思われます。

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