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2010年1月 7日 (木)

お米の輸出

荘子の逍遥遊篇に出てくる巨大な鳥は、荘子が時空を超えて遊ぶ人ですから、空間だけでなく時間も飛翔できるかもしれません。今回は、そのとても大きい鳥になったつもりで、近い将来、日本からお米が輸出されるさまを上空から想像してみようと思います。

◇ ◇ ◇

前回の「地産地消の射程距離」では、地産地消の「地」の範囲について、日本という広がりを持たせると同時に日本という限定を設けました。とりあえずは、日本のどこかで作ったものが、生産地および日本の別の地域で食されたらよい、ただし生産地以外の需要を引き寄せるためには、日本という広がりの中で求められている基準的な、しかし相当に洗練された消費者の舌に訴える必要があるといった内容でした。

世界三大穀物は、その生産量と消費量の多さで、米と小麦とトウモロコシですが、その生産量は2008年では、それぞれ年間、米が6億8600万トン、小麦が6億8300万トン、トウモロコシが8億2600万トンです(FAOSTAT 2008)。

三大穀物の原産地(発祥の地)は、米(水稲)がヒンドスタン平原(インド、ガンジス川の流れる平原)か中国は揚子江の中流・下流域、小麦や大麦、燕麦などの麦類は中近東(メソポタミア)、トウモロコシは中央アメリカとされています。食べ物の生産地も、国境の壁を越えて世界中で移動してきましたが、荘子の鳥になって時間と空間を横切った地産地消の旅をしてみると、米はインド以東の東南アジア・東アジアでの地産地消穀物、小麦はカスピ海沿岸くらいまでを含むヨーロッパの地産地消穀物、そしてトウモロコシは南北アメリカの地産地消穀物ということになります。米に関しては当然だとしても、小麦やトウモロコシに関しても、現在の政治経済の舞台と同じように、中国とインドが存在感を持った生産地として登場しています。2国とも広大で気候の多様な風土なので、そういうことが可能なのでしょう。

FAO(国連食料農業機関)やUSDA(米農務省)の農産物統計を眺め、気になるところはその一部を組み合わせたり並べ替えたりする作業に時間をかけていると、風説とは違った光景が見えてくる場合があります。

ここでは、量と仕様(特徴)と価格という工業製品や商品一般を語るときに使われる言葉を使って話を進めますが、量とは世界および各国の生産量や消費量や輸出入量のこと、仕様(特徴)というのは、極めて工業製品風の言葉ですが、穀物に関していえば食味とか味とかその素材にふさわしい伝統的な調理方法とかにかかわる属性のことです。

とても大きな輪ゴムを想定すると両者ともそこに含まれるが、カテゴリーを少し狭めると別物になってしまうようなものがあります。たとえばオートバイと四輪の乗用車です。ともに内燃機関や電池で動く乗り物ですが、普通はオートバイの欲しい人は四輪乗用車を買いませんし、この場合は、逆もまた真なりです。だから、よほどの切羽詰った状況でないと、両者が同時に購入対象になることはなくて、従って通常は、たいして意味がないので、両者の「価格」比較といった事態は生じません。

お米は、上述したように、ガンジス川の流れるインドの平原か、中国の揚子江中流・下流域の生まれのようですが、そこからお米自身の環境適応や人による品種改良などの結果、現在は、インド型(インディカ米)と日本型(ジャポニカ米)の2種類が存在します。世界的にはインド型が主流で8割を占めています。日本では日本型のみで、日本型は寒さに強いタイプです。

日本型は、短い粒(短粒種)で炊いたり蒸したりしてふっくらと粘り気のある食感を喩しむことが特徴(仕様)のお米で、日本や朝鮮半島や中国北部で栽培され、一方、インド型は、細長い形(長粒種)で煮て食べることが多くパサパサした食感が特徴(仕様)のお米で、インドやタイ・ベトナム、中国南部で栽培されています。同じお米ですが、別の仕様の別の商品と考えた方がよさそうです。別の範疇の商品なので、切羽詰った場合を除き、通常は競合しませんし代替商品にもなりません。切羽詰った場合とは、食べるものがないので、ともかく米と名のつくものなら何でもいいという状況のことですが、少々辛いくらいでは、日本人の舌に1500年間にわたって刷り込まれてきた「米とはジャポニカ米のことである、それ以外は米ではない」というDNAがそう簡単に消えるとは思われません。これは根の深い堅固な消費者ニーズです。

さて、お米の生産統計、輸出入統計数字に戻ります。統計数字から見えてくるものを整理すると以下のようになります。

(1) 圧倒的に米の生産量が多いのは、中国、続いてインドです。この2国で世界の米生産量の53%程度を生み出します。

(2) 圧倒的に生産量の多い中国とインドですが、輸出という点では、中国とインドは、現在は「わずかな」米の輸出国で、輸出比率は生産量に対してそれぞれ、1.0%と2.6%です。中国とインドは経済発展による都市化(農地の減少や高級品指向)と人口増加で、まもなく米の輸入国になると予想されます。日本への米輸出国としての中国とインドの脅威は、量的側面だけからでも、少ない、ないしは消えつつあるといえます。仕様(特徴)の点でも、インドのお米はインディカ米、中国のお米の8割はインディカ米、残りの2割がジャポニカ米なので仕様面でも競合の脅威は小さいといえそうです。

(3) そもそも、工業製品と違って、食べ物は保存が利かないということから伝統的に自国消費が基本なので、食べ物の貿易量は多くありません。比較的保存の利きやすい穀物でも、小麦の貿易比率が18.4%、トウモロコシは10.4%、そしてお米は比率が一番少なくて6.7%です。主な輸出国はアメリカを除きほとんどがタイ・ベトナム・パキスタンなどのアジア諸国です。輸入国は、少量ずつ輸入する国がばらついた状態ですが、フィリピンやバングラデシュやマレーシアのアジア諸国と、イラン・サウジアラビア・イラクのような中近東の国が目立ちます。つまり、お米は自国で作って自国で食べる傾向の強い穀物、あるいは、アジアという範囲内で地産地消される度合いの強い穀物だといえます。ちなみに、日本は77万トンのミニマムアクセス米輸入のために、EUを1カ国と数えた場合、世界第12~13位の米輸入国ですが、中国も食味のよいお米を欲しがる富裕層の需要があるのか、あるいは、米の種類によっては供給不足がすでに発生しているのか日本の輸入量の半分くらいを輸入しています。また、どういう消費者層がどういうニーズを持っているのか、アメリカも日本のミニマムアクセス米と同程度の量のお米を輸入しています。(貿易比率とは、蛇足ですが、売る側に立てば自国での消費以外の外国へ販売する比率のこと、買う側に立てば自国生産だけでは消費がまかないきれない時には不足分を外国から輸入しますが、国内消費量に対する輸入量の比率のことです。)

(4) お米に関して、輸出指向が強くて輸出余力の大きい国はタイ・ベトナム・パキスタンおよびアメリカの4カ国で、その輸出量合計は世界のお米総生産量の5.1%です。ちなみにタイ・パキスタン・アメリカは生産量の約半分を外国に売り、ベトナムは2割と少しを輸出に振り向けています。しかし、ここでも仕様(特徴)面を考慮に入れると、これらの諸国のうちジャポニカ米を生産しているのはアメリカ(主にカリフォルニア)だけで、それもジャポニカ米の割合は中国と同じで国内生産量の2割程度です。タイ・ベトナムやインド・パキスタンの米はいわゆるインディカ米なので、それらに対する日本での需要は前述の通り、存在しない(あってもエスニック料理にごくわずか)と思われます。輸入米の価格を云々する以前の、消費者ニーズが不在の状況です。

だとすると、現在、我々が普段食べている「おいしい国産ジャポニカ米」のそれらしい競合相手は、アメリカの西海岸と中国の北部ということになります。

中国は、工業化を軸とした経済膨張の真最中で都市化による農地不足や高級品指向などから国全体が食糧不足・米不足に陥るかもしれません。そういう状況の中で、相対的に生産量の少ないジャポニカ米を武器とした日本への輸出攻勢にわざわざ労力を割くとは思われません。食べものに話題を限定しても、もっと優先順位の高いことがたくさんありそうです。

次に、(日本の75%くらいのお米生産量を誇り、そのうちの半分を輸出し、同時に生産量の10%を輸入しているという不思議な動きを持つ)アメリカですが、お米生産量の2割を占めるジャポニカ米(中粒種と短粒種)をもっと絞り込んでコシヒカリやあきたこまちのような日本人好みの短粒種に注目してみるとその割合は全体の1.0~1.5%で、ほとんどがカリフォルニアで作られています。仮にカリフォルニア産のコシヒカリやあきたこまち等が高い輸入関税などがない状態で低価格を武器に日本市場に進出してきて日本の消費者がそれに飛びついた場合は、「短期的には」日本のお米消費量の「1か月分と少し」が「カリフォルニア産の良質ジャポニカ米」にシェアを奪われることになります。

ところで、「短期的には」とは、ひとつは、そういうことが起これば「中・長期的には」米国はもっと日本風短粒種にシフトして日本に輸出ドライブをかけるかもしれないということ、もうひとつは、そういうことになれば、「モノ作り」の得意な日本人がいくら農業分野といえどもそのままボーとしているとは考えられず、生産コストを競合的なところまで下げるために「農業インフラ」を急速に変更するであろうことが想定されますが、そういうことが起こる前の短期間という意味です。

そういう場合の「国際」競合価格についてボンヤリと考えてみたいのですが、出発点は60kg(1俵)あたりのお米の落札加重平均価格(指標価格とも呼ばれていますが、卸売価格のこと、いわゆる米価)です。現在はそれが15,000円くらいですが、中国でのジャポニカ良質米の現地価格と日本への輸入価格(関税前)、カリフォルニアの短粒種(現地栽培のコシヒカリやあきたこまち、および同等品)の現地販売価格と想定輸入価格(関税前)をおおざっぱに計算したり比較したりしてみると、現在の為替レートだと、国産米価が10,000円だと競合ができそうです。つまり、33%の価格引下げになります。ということは、お米の生産にかかわる農業事業者・農業法人はその価格でも納得できる利益が確保できるまで生産コストや生産コストに含まれている流通コストの圧縮が必要となります。いくつかの公開されている生産コストの事例分析を眺めると、減価償却費や肥料費・農薬費の占める割合がとても高いようです。

しかし、いったん、10,000円で利益が出る構造や体質が出来上がれば、強い生産基盤がひとまず手に入ったということでその後のマクロの事業展開は楽になりそうです。つまり、お米の輸出が視野に入ってきます。為替の振れる方向は「円高ドル安」「円安元高」と想定されるのでアメリカのお米に対応する方が厄介の度合いが増しますが、アメリカに対して防御しながら、中国をはじめとする経済発展中のアジア諸国の特定層を当初の対象にしつつ、国産高品質米の輸出を進めます。輸出を考えるということは輸入を考えるということですから、自由化ないし外国から見て納得のできる関税でのお米ビジネスを、その動きと同期のとれた一定期間の農家所得支持政策も踏まえて、考えることになります。

商品作りということに関しては、国によってというか国民によって得手不得手があるのは間違いありません。商品を「目に見えるもの」と「目に見えないもの」に分けてみると、「目に見えるもの」の代表的な例は自動車や家電製品、「見えないもの」の代表例はコンピュータソフトウェアということになりますが、外国と比較という意味では、我々は目に見えるものの方が相対的に得意のようです。

同様に、商品を作るときにどういう潜在能力をよく使うのか、商品の種類と潜在的な発想能力との関係という意味で、商品作りのための発想基盤というものを想定し、それを以下のように3種類に分けてみます。

(1) 言語発想の商品作り
(2) 感性発想の商品作り
(3) モノ発想の商品作り

「言語」発想・「メタ言語」発想の身近な例としては、基盤的なコンピュータソフトウェアが該当しますし、「感性」発想の例としては広い意味でのゲーム機やゲームソフト、「モノ」発想の商品作りの例として自動車や家電製品などが挙げられます。どうも、日本人が世界の他の国や他の文化と比べて相対的に得意な商品作りの発想基盤は「感性」と「モノ」だと言えそうです。

さて、農産物はどの発想の商品作りに近いのか。僕には、「感性」発想の商品作りと「モノ」発想の商品作りが重なり合ったあたりが農産物を作る場合の発想の基盤のように感じられます。モノ(たとえば刀や工芸品や工具)にスピリット(霊的なもの)を見るのは日本人の得意とするところですが、農業では土や農作物を相手にそうしたものをより強く感じられる国民ではないかと思っています。その感覚が正しければ、「モノ」発想の電気製品や基盤部品、「感性」発想の老若男女向けゲームソフトのように、日本のお米も日本を超えた「地産地消」市場を席巻してもおかしくありません

◇ ◇ ◇

荘子の巨大な鳥はこうした東アジアの動きを遥か下に眺めながら、ひょっとして、わざと大きく羽ばたいたりしているのでしょうか。大鵬がいつもより大きく羽ばたくと、その下の一帯はひどい風の嵐になるでしょうが、それも次の行動へのいいきっかけかもしれません。

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