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2010年2月26日 (金)

味のいい文章

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今日は、少し雰囲気を変えて、二人の酒飲みの書いた酒に関する味のある一節を紹介(引用)します。お酒が好きで永年の教養がないと書けない種類の文章です。酒は食べるものと相棒で、その酒が日本酒ならもとはお米なので、気分転換といっても「高いお米、安いご飯」の範囲ではあります。

【その1】

『むかし、もろこしの晋の代に、孟嘉とて酒好きの男がいた。「君は、どうして酒を嗜むのか」と長官に問われて、「酒中の趣は、閣下には、まだお分かりにならないのですよ」と答へて、教へなかった。唐の李白は月下に独酌して、「但ダ酒中ノ趣ヲ得ンノミ、醒者(註:酒飲みでない人、醒めている人)ノ為ニ伝フルナカラン」と詠じて、多くを語らなかった。箇中の趣は、但だ自得すべきで、著書して刊行するなどは以ての他の事である。』(青木正児、「酒中趣」<筑摩叢書>)

『果たせるかな此の薬(註:ここでは日本酒)の効きめで私は日増しに元気づき、去年の秋には体重も一貫目だけ取戻して、某月某日天気晴朗、一瓢(註:酒の入った「ひょうたん」の容器)を携えて老妻と杖を北郊に曳くほどの、浮れた気持ちにさへなって来た。』(青木正児、「酒中趣」<筑摩叢書>)

酒の入った瓢箪(ひょうたん)をぶら下げて、奥さんと、飄々と北の郊外を歩く光景が好きです。いい秋の花でもあれば、立ち止まってひと口やるのでしょう。

【その2】

『本当を言うと、酒飲みというのはいつまでも酒が飲んでいたいものなので、終電の時間だから止めるとか、原稿を書かなければならないから止めるなどというのは決して本心ではない。理想は、朝から飲み始めて翌朝まで飲み続けることなのだ、というのが常識で、自分の生活の営みを含めた世界の動きはその間どうなるかと心配するものがあるならば、世界の動きだの生活の営みはその間止まっていればいいのである。・・・(中略)・・・そうこうしているうちに、盃を拍子に空が白み掛っているのに気付き、又庭の石が朝日を浴びる時が来て、「夜になったり、朝になったり、忙しいもんだね、」と相手に言うのが、酒を飲むということであるのを酒飲みは皆忘れ兼ねている。』(吉田健一、「金沢 酒宴」<講談社文芸文庫>)

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)

著者:吉田 健一

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