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2010年6月

2010年6月30日 (水)

繊細なお米、繊細な日本酒

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白米や玄米は1ヶ月ほどで食べ切る量を継続して購入し、在庫は、風通しのよい暗冷所の米ビツにでも保管しておくというのが伝統的なやり方のようですが、そんなことはたいていの家庭では難しいので、我が家では玄米5kg袋を2袋まとめて購入し、ひとつは冷蔵庫の野菜室に保管、もうひとつは中身をホーロー容器にとりわけて、冷蔵庫の別の場所に保管しています。そうするとお米の味も悪くならないし、夏場に虫もわきません。おいしいお米をおいしく食べるために、1年を通してこのやり方です。お米の購入先が夏場以降は、5kg袋を2つ買うとひとつは真空パックにしてくれるので、お米の品質は劣化せず、非常に助かっています。

日本酒がおいしいというか、より正確には、最近(ここ10年~15年)でとてもおいしい日本酒がつくられるようになってきたという事実に気付いたのが昨年のことですが、その後いろいろと味のボーケンをしていると、20歳代の頃から僕に染み付いていた日本酒はべたっとしていて変な匂いで不味い(まずい)という記憶を小さくしてもいいかなと思うようになりました。しかし、中には、あいかわらず当時の悪い記憶を呼び起こすような日本酒もあるので、変化はゆっくりと部分的に進んでいるのかもしれません。

日本酒はお米の産物なので当然かもしれませんが、お米以上に繊細です。味を劣化させないためには温度管理のしっかりとしたお店を選び、自宅では暗冷所、つまり冷蔵庫に保存しておくのがいちばんいいようです。

日本酒はその方が安いので一升瓶で買いますが、一升瓶のすっきりと納まる冷蔵庫というのがありません。最近の冷蔵庫は缶入り飲料や各種サイズのペットボトルにはとても親切ですが、そして最新型だと一升瓶を横に寝かせたら何本か収納できるものも見かけますが、一升瓶が何本かすっきりと立って収まるタイプのものはないようです。今は、配偶者にゴマをすって冷蔵庫の一部のスペースを分けてもらっています。

ワインクーラーという市場があるのなら日本酒クーラーという商品が登場してもおかしくないと思うのですが、市場が小さすぎてビジネスにならないのかもしれません。安くてシンプルな小型の業務用冷蔵庫をそういう目的に使えないか現在検討中です。

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2010年6月29日 (火)

病院で不健康になる方法

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普通にご飯の食べられる入院患者が、一般の国公立の病院や法人経営の病院に入院中に不健康になる、あるいは病気に一歩近づくための有効なひとつの方法は、入院中の食事(病気の種類に応じた特別な食事ではないので、普通食という名前のようですが)を文句を言わずにそのまま食べ続けることだと思います。

病院は食事からは利益はわずかしか出していないと思うので、まさか損失が出るような形で食事を提供していることもないでしょうから、普通食は1食につき260円が自己負担で、そしてこの260円は「食材料費」相当分のようなので、1食あたり材料費は、まあ、260円ということになります。モノの本によれば「入院したときの食事にかかる費用として、1日3食780円を限度に、1食につき260円(食材料費相当)を自己負担し、これを超える部分に関しては、公的医療保険から支払われる」となっているので、朝は260円より安い食材費で、夕方は260円より高い食材費で、病院側は晩ごはんを用意しているということのようです。

一般の食事提供業だと、食材料費が料理の値段に占める割合は平均で30%くらいなので、食材料費が260円ということは860~870円の食事ということになります。今のお昼ごはんだと、それなりの値段です。

料理の好きな知り合いが某病院に2週間ほど入院したのですが、1週間くらい経ってそろそろお見舞いにでも行くかというときに電話がかかってきて「食事がまずくて死にそうだ」というので、配偶者と休日の夕方の食事時に自家製佃煮をもってお見舞いに行くことにしました。入院患者の食事や休憩のための広めの公共スペースがあり、お見舞いの人たちもそこで一緒に時間を過ごせるとのことです。

知り合いは普通食を食べていましたが、「こんなの毎日食べていたら病気になるよ」。260円の材料費で、完璧なカロリー計算と栄養素配合を考え、そして塩分を抑えると入院食が完成するのだそうです。出汁や味は260円の外側なので期待してはいけない、野菜が少ないので嫌になる、その少ない野菜もどうも新鮮とはいいがたい、作っている人たちは自分で自分の作った入院食を食べたことがあるのか、といろいろとうるさいのですが、おかずが少ない時に「ふりかけ」がついてきたのには参ったそうです。だからそういう背景もあって僕たちは自家製の佃煮を包んできたわけですが、知り合いの食べる現物を実際に拝見すると、たしかに知り合いのいう通りかもしれません。

食事に無頓着な方には入院食はいい栄養バランスかもしれませんが、普段から食材などに気を遣っている人には結構ヤバイ食事かもしれません。

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2010年6月28日 (月)

安くておいしい自家製うどん

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簡単自家製うどん」と「有機中濃ソース」の続きです。

だんだんと「うどん」作りも慣れてきて、一時期を除き今年の2月までほとんど出番のなかった大きな麺棒も定期的に活躍中です。土曜の朝に2日分作っておくと、土曜のお昼ご飯は「汁うどん」、日曜のお昼は「焼きうどん」といった楽しみ方もできます。

使う小麦粉は、国産比率がわずか13~14% (農林水産省推計では2006年度の食料用小麦は国産が約80万トン、輸入が約500万トン、従って国産比率は13.8%)の国産小麦粉です。ただし、うどんは日本の風土に適した中力粉(ちゅうりきこ)を使うので、オーストラリアからうどん向きのASW (Australian Standard White) と呼ばれる小麦粉輸入も盛んですが、うどんの国産小麦使用率はパンやお菓子などよりもはるかに高くて64%となっています。

余った強力粉(きょうりきこ)と薄力粉(はくりきこ)を混ぜ合わせて作ったのが最初の自家製うどんですが、うどんはやはり中力粉(ちゅうりきこ)なのですぐにそちらに移行し、しかし産地によって小麦粉の癖というか、有り体(ありてい)にいえば、コシの強さが違います。一生懸命にこねる工程は家庭用パン焼き器の担当ですが、こねて眠らせて丸くなったのを麺棒で伸ばしているときのもとに戻ろうとする抵抗力ないしは粘度・弾力性に小麦粉によって差があり、伸ばしている最中にその小麦粉のコシの程度が伝わってきます。コシの弱そうなのは、ゆでると確かに弱いので、次回からはその種類を使うときは強力粉を少し混ぜてコシの強さを出すような工夫をします。

尊大にも、ベンチマークをしてみるか、つまり商品としてのうどんと較べてみるかと思い立ち、北海道産小麦100%の「市販ゆでうどん」と「自家製うどん」を食べ較べてみました。市販ゆでうどんは1人分用パックを配偶者と僕とで2パック、自家製は小麦粉を1人100gとして2人分で200g。

土曜に「市販ゆでうどん」を使った野菜がいっぱいの「汁うどん」、次の日のお昼に全く同じレシピで「自家製うどん」を使った「汁うどん」。うれしいことに、味もコシも値段も我が自家製うどんに軍配が上がるようです。ちなみに、自家製うどんの値段は原材料代に作業工数とわずかな電気代を加えたものです。まあ、姿かたちは市販商品には太刀打ちできませんが、一点ものと考えると自家製の方により風情があるともいえます。

好みの国産小麦粉も決まってきたので、毎週は無理ですが、盛夏を除き、1ヶ月に1回くらいは自家製うどんを土曜と日曜のお昼ご飯メニューにするつもりです。

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2010年6月25日 (金)

眠るトマト

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札幌の6月下旬は、緯度が高いので、午前4時前には明るくなり始めます。夏は午前6時過ぎに野菜や花に水を遣るのが僕の日課なので、早朝のトマトやインゲンや紫蘇(しそ)などが東側から斜めに差し込む太陽の光を浴びてとてもいい気分でいるらしいさまはよく知っています。

週末や、週日でも時間のあるときに、夕方の7時くらいに彼ら(ないしは彼女ら)の様子をうかがうと、朝とは全く違った雰囲気を漂わせています。少し「クタッと」なっているので、最初は朝に遣った水の量が少なかったかという不安にとらわれて、追加の水遣りをしましたが、原因はそういうことではなさそうです。どうも、眠っているようです。

「彼ら」は、少し脇道にそれますが若い日の森鷗外はエリスという名前の少女(おとめ)をたとえば「彼は優れて美なり」というように「彼」という言葉で指し示したので(「舞姫」)、ここでもトマトやインゲンなどをまとめて「彼ら」と呼びますが、彼らが夕方に示す「クタッとした様子」あるいは「眠りの様子」もその表現形式はそれぞれに個性的です。

たとえばインゲンは、朝の光の中では上を向いていた外側の大きな葉を、ちょうどトンボが休憩時に翼を下に向けるような形で折りたたんでおり、その姿は男の子の鋭角的な防御姿勢を感じさせます。一方、トマトはインゲンとは違って鋭角的な折りたたみ動作とは縁がなく、茎から葉にかけての流れを軽く柔らかく丸めており、その風情は眠りに落ちつつある女の子です。

目覚めた時の野菜の元気を見るのもいいものですが、眠りに入る状態の野菜としばらくつきあうのもいいものです。

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2010年6月24日 (木)

「2合と2kg」補遺

2合と2kg(その1)」と「(その2)」で触れたように(あるいは提案したように)、「無洗米」をたとえば「1合単位でパック(小袋)詰め」にし、それを20個まとめて大袋に入れたら20合入りのパッケージ、重量換算すれば(米1合は150gなので)3kg袋ができあがります(10袋詰めだと1.5kg袋)。ご飯を手軽に自分で炊きたい独身女性や独身男性には「研がなくてよい」「食べ切りサイズ」でもあるし便利だろうなという発想です。

仮説は検証される必要があるので、といって、そんな商品はまだ存在しないので、それに近い状況を見られないかなと思っていたら、先日の週末にとあるスーパーマーケットのお米売り場でそういう場面に出くわしました。

容貌からすると30台なかばのビジネスマンで、家族のために食べものを買っているという雰囲気では全くないので、間違いなく独身でしょう。どんなお米を手にとるのかを興味深く拝見していましたが、「ほしのゆめ」という北海道産のお米を選択しました。「2kg」の「無洗米」パッケージで、店頭価格は980円。隣に、1080円の茨城県産コシヒカリ「無洗米2kg」パッケージが並べられており、わずかの間見比べていましたが、地産地消がお好みなのか、あるいは「ほしのゆめ」の味に親しんでいるのか、「ほしのゆめ」をカゴに放り込むと別の品物の売り場に向かいました。

2kgで980円だと5kgに単純に換算すると2450円、1080円だと2700円、10kgに単純換算すると、それぞれ4900円と5400円。無洗米だと普通の白米よりも5%ほど割高になるということを考慮しても、10kgでみると、結構値段の高い部類のお米になりますが、余分な在庫は、おそらく食材の収納スペースの関係もあり、抱えたくないのでしょう。

仮説がいくぶん検証された、ということにしておきます。

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2010年6月23日 (水)

土の力

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夏は、紫蘇(しそ)やバジルをいっぱい食べるので、鉢植えやプランターでそれなりの数を育てます。刺身といっしょに紫蘇、ざる蕎麦に紫蘇、バジルとオリーブ油を贅沢に使ったバジリコソースでからめた「天使の髪」風に細いパスタなどは夏の我が家の楽しみです。

現在、青紫蘇は繁茂中ですでに何度か食卓にのぼっており、バジルは早めに植えても育たずにイライラするので、紫蘇よりもゆっくり目に、6月26日(土曜)からはじまる「札幌花フェスタ」で元気そうな苗をいくつか買い求めます。6月末からだと札幌でも気温と湿度がバジルの生育にはほどよくて、ひと夏の間じゅうぶんな量が確保できます。

青紫蘇は6個の鉢で育て始めたのですが、そのうちの2鉢の紫蘇の葉の色が他に較べると緑の濃さが弱いというか、少し黄緑色で他の4鉢と較べると元気がないのでどうしたものかと気になっていましたが、原因はどうも土にありそうです。その2鉢は杉の皮でつくった軽い擬似的な土(なんとなく便利なので買い求めてあったもの)が主体で、表面だけ普通の土をかぶせてありました。

杉の皮で作られた土もどきを取り除き、普通の土(といっても、有機培養土ですが)に入れ替えたら1週間で青さが戻ってきました。土の力を改めて見直しているところです。

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2010年6月22日 (火)

「減糖」あんこ

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減塩の梅干しなど甘くてまずくて食べられませんが、自宅で配偶者が作る「あんこ」は控えた甘さで、甘いものが好きではない僕も楽しめるので、「減塩食品」ではありませんが、我が家では「減糖あんこ」と名づけています。一般にあんこは小豆と砂糖が等量ですが、「減糖あんこ」は小豆300gに対して砂糖が120g、使う砂糖は阿波(あわ)の穏やかな甘さの和三盆です。

今回の小豆は北海道産なので丹波産よりは色が薄く、したがってあんこも「あずき色」のやや薄いものになります。濃いあずき色のあんこが好きな人向きではありません。

減糖あんこを作っておくと、草もちや、夏だと水羊羹(みずようかん)にも使えるので、配偶者、つまり我が家の和菓子製作者としては便利だとのことです。この季節に、食後に新茶と水羊羹だと、結構いい気分です。

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2010年6月21日 (月)

完熟した梅は桃の香り

紀州から完熟した梅が先週の土曜日のお昼ごろに届きました。5kgの生(なま)の梅です。ぷーんとほとんど桃のようないい香りが立ち昇り、触った感じも小さな桃のようです。梅干しにします。完熟梅なので、配偶者といっしょに午後すぐに作業にとりかかりました。焼酎は44度の強い麦焼酎を用意してあり、カビ防止のために容器や中蓋を焼酎でぬぐい、また塩が梅にまんべんなくつくように焼酎をそれぞれの梅にも丁寧にまぶし、そうして焼酎でお化粧した梅を、塩と交互に容器に入れていきます。減塩の梅干しなどというのは保存食を保存食でなくしてしまう自家撞着なので、梅と塩は軽いサンドイッチ状態にして重しをかけます。

塩と重石で、1週間ほども経つと梅酢(梅から出てくる有機酸の豊富な液体)も結構できてその液体面も上昇してくると思うので、梅酢の上がり具合がいい感じだとそこで梅酢を丁寧に取り分けて、そこで最初の工程の終了。梅酢は別の容器で保存。次の工程は、葉の部分だけをちぎって何度か洗いその後天日乾燥させておいた赤紫蘇(あかじそ)のアクを塩で抜き、前工程でできた梅酢となじませ、そうしたらきれいな赤紫色になるので、それを梅の上に広げ、今度は軽めの重しをかけまた寝かすという作業。

梅干しは赤いのが梅干しで、そうでないと日の丸弁当にならないし、おにぎりからも赤い梅干しが出てきてほしいので、当然、赤紫蘇(あかじそ)は必需品ということになります。この時期の野菜売り場では赤紫蘇をよく見かけますが、札幌でも梅干し作りにとりかかっているお宅もきっと多いのでしょう。

昨今の札幌は梅雨がないような、少しあるような紛らわしい天気ですが、俗に言う「土用干し」の時期が近づくまでは、つまり赤紫蘇と一緒にしたあと1ヶ月近くは、梅は静かに寝かしておきます。

我が家にはイタズラなカラスがやってきて花などをよく荒らしていくので、まだ先の話ですが、大事な梅干しをカラスにつつかれないように3日ほど外に干すための用具もすでに準備済みです。

ところで、我が家の梅干しの塩の量は18%、つまり5kgの梅に対して900gの塩ということですが、15~16%が伝統的に平均的な塩の量だと思います。しかし、デパートやスーパーの梅干し売り場に並んでいる梅干しは6~7%という減塩モノが主流で、中には3%という冗談みたいなのも見かけます。僕には甘すぎて食べられません。(「とても甘い梅干し」)

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2010年6月18日 (金)

古くて新しい農業経済の本(その2)

選択と集中というのは考え方としては目新しいものではありません。得意な分野に経営資源を集中してビジネス場裡(じょうり)で生き残るという古典的なビジネス戦略の一つが新しい衣装をまとったものです。この選択と集中という考え方をもっと大きく国のレベルで適用し、農業を含む国の産業の全体から、より重要な産業分野を選択しそれに集中することも可能です。

お隣の国の韓国は、最近はハイテク家電や半導体、自動車や先端素材などで世界の市場シェアを急速に高めています。ただ、韓国の穀物自給率は27~28%で日本と同じくらい低い水準にあり(OECDおよび人口が1億人以上の国37カ国の中での順位は、日本と韓国が33位と34位を争っている)、また農畜産物の平均関税も日本の12%(ただし、コメを除いた場合)に対して62%と高いようです。つまり、韓国は世界の中では、日本と同じくらい農畜産業の生産コストが高いと想定されます。

その韓国が、農畜産物の輸出競争力の非常に強い米国と2007年4月に、FTA (Free Trade Agreement) の政府間合意に達しましたが、どういう背景でそうなったのかが気になります(現在は、大統領はそれぞれ変わったが、両国とも議会の批准待ちの状態)。韓国は日本よりもはるかに経済の対外依存度・貿易依存度が高く、いくぶん古い教科書風表現を使えば製造業中心のとんがった「加工貿易国」なので、この韓米FTAという方向は、国の将来を製造業(工業)に託して農業を捨てた・犠牲にしたということだと解釈できそうです。「国際分業論」「比較生産費説」の極端な形での採用ともいえます。

ただし、農業を犠牲にしたということは、国民のために食糧を確保するということを諦めたということには当然のことながらならないので、FTAで米国から農畜産物を無税で優先的に輸入すると同時に、マダガスカルでは乱暴過ぎてその目論見がはずれたようですがLand Grabbing(海外の農地買収)といったそれなりに強引な手段で手に入れた国外の農地で生産される、いわば紐付き外国農産物を自国のために確保するというのが今後の方策かもしれません。

さて、「日本農業の再発見-歴史と風土から」で採りあげられていた議論は、基本的にはそのままの形で、ただし新しい衣装をまとって今も続いています。「風土」の一部は「農業の多面的機能」という形で再評価され、「風土」の別の側面である「栽培面積をそのままにして労働を集約化したほうが、かえって収量が多い『中耕除草農業』」は、その考えがそのまま反映された結果かどうかは別にして小規模な(中耕除草)農家にも政府の財政支援が広がりました。そして同時に「国際分業論」や「単作経営化」「大型機械化」を支持する人たちも相変わらず元気な様子です。

たいていの経済学の教科書には合成の誤謬というものが出てきます。ミクロ、つまり個々の消費者や企業にとって正しいことが、マクロ、つまり国の単位では不都合を生むといった事態をさします。不況で消費者が消費を少なくし企業が投資(別言すれば、企業の消費)を抑制すると消費者の家計や企業の財務は安定しますが、みんながモノやサービスを買わないので、国のレベルでは国民所得の維持のために必要な有効需要が不足しその結果不況が悪化します。したがって、有効需要を作り出すためには国がたとえば各種の公共事業などにお金を使うことになります。

農業もこれに似たようなところがあり、個々の農家や農業法人にとっては正しいことが、農業全体にとっては不都合を生じさせる場合があります。

個別の農業ビジネスでは選択と集中は適切な戦略ですが、それを寄せ集めても全体ではいびつな形の農業になる危険性があります。つまり、ある農家が付加価値の高いトマト栽培や特定の野菜栽培に集中することは目標とした利潤が生み出されている限りにおいてはその農家のビジネスにとっては正しい選択肢ですが、農業全体での国民の食料供給という観点から、米や麦や基本野菜のような基礎農産物と高級野菜や果樹のような付加価値農産物とのマクロなバランスを考えると、別の視点も必要です。

これを国境をまたいで考えると、WTOのタテマエの議論とは別に、米国もECも見えざる手ではないですが、「外部にはどうもよく見えない手」のような形で自国・自領域の農業ビジネスを継続して金銭的に支援していて、そういう事情は必ずしもわかりやすい形では伝わってこないので、大きな力を持った農産物輸出国の主張する「国際分業」という言葉には用心深く耳を傾けることにしています。

(「古くて新しい農業経済の本」の終わり)

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2010年6月17日 (木)

古くて新しい農業経済の本(その1)

35年前に出版された本をそれだけを理由に古いといってもいいのか自信がありませんが、ともかく今は古本屋さん以外では売っていないようなので、古いとします。そして内容は新しい。表現や用語やデータの一部を今のものに置き換えると、先月出版された本だといっても通りそうです。

コンピュータ関係の本だと35年前のものはおそらく本棚の中の記念物(ただし、なにかの具合で参照する場合もある)ですが、形而上学の分野だと35年前というのは僕のような読者には、ほとんど現在と同じ、ということになります。

ところで、この35年前の「日本農業の再発見-歴史と風土から」(飯沼二郎著)は農業経済学と風土論を併せ持ったような内容の本ですが、経済学の分野では、不況のたびに登場する75年前のケインズの有効需要はいうに及ばず、200年ほど前のマルサスの人口論やリカードの比較生産費説も食糧問題や農業問題が議論される時には今でもしばしば登場するので、35年前というのは1ヶ月くらい前の感じかもしれません。

この本は「草をとる、水をまく」というブログ記事のなかでも一部を参照したものですが、その骨子を再構成すると以下のようになります。

◇ 「農業の近代化・合理化とは、けっきょく、それぞれの国の風土を生かすことにほかならない」のだが、「単作経営化と大型機械化の方向は、日本の風土を生かすよりも、むしろ殺すことになる」

◇ 「(灌漑は農業にたいする風土的な条件を大きくかえることになるので、灌漑地をのぞいてかんがえると)世界の農業は、乾燥地帯の農業と湿潤地帯の農業、すなわち保水農業と除草農業に分けられるが、これを休閑と中耕という別の視点に基づいて、さらに、休閑農業と中耕農業に区分しなおすこともまたできる」

 註:【休閑】土地を肥やすため、一定期間耕作をやめること。休耕。〈Kotobank〉
 註:【中耕】農作物の生育中に、その周囲の表土を浅く耕すこと。土壌の通気性などをよくし、作物の生育を促進させるために行う。〈Kotobank〉

◇ 「湿潤地のなかでも最も湿潤な東南アジアと東アジアにおいては、北ヨーロッパのように三年に一度の休閑除草などということではとうてい雑草を除去することはできない。」「しかし、雑草が繁茂するということは、同時にまた、作物も繁茂するということでもある。だから、雑草を除去してやりさえすれば、作物の豊かな収穫を期待することも、またできるわけである。そこで、東南アジア、東アジアでは、作物の生育中に、中耕による頻繁な除草がおこなわれる。」つまり、日本は中耕除草農業。

◇ 「戦後の日本の支配権力にとって、先進国はアメリカであった。したがってかれら知識人たち、日本農業『近代化』即『アメリカ化』とかんがえたことは、きわめて当然のなりゆきであったといえよう。アメリカ農業の特徴は、大型機械化と単作経営化である。それは、全国平均77ヘクタールという大農場を、家族の労働力を主体としてまかなっていこうとするならば、当然のことである。しかし、日本のインテリたちは、全国平均1ヘクタールという日本に、そのまま、大型機械化と単作経営化をもちこもうとした。」

 註:2007年の米国と日本の1戸あたりの農地面積は、それぞれ181.7ha、1.83haで、米国は日本の99倍、この本で参照されているデータ(1970年前後)だと77倍なので、その差は広がっている。

◇ しかし日本の「中耕(除草)農業は、より湿潤な地帯に発達したために」、米国の「休閑農業のように栽培面積をひろげて労働を粗放化するよりも、栽培面積をそのままにして労働を集約化したほうが、かえって収量が多い。」

◇ 「高度経済成長のはじまる昭和三十五年ごろから、財界グループが、日本農業の『近代化』にたいする提言をさかんに発表しはじめる。」「これらは、いろいろの内容をふくんでいるが、次の二点に要約することができよう。」

 「(1)ある自給を認めながら、現在の輸入を前提として、財政負担のかからない食糧自給政策をかんがえる。とくに、米価はあくまで国際価格に引き下げることを旨とし、それが不可能な場合には、コメを輸入すること。いわゆる『国際分業』論の主張」
 「(2)零細農家の土地を集中させて積極的に経営規模の拡大をはかり、大型機械化と単作経営化をすすめることによって、農業労働の効率を高める。いわゆる『農業近代化」論の主張」

◇ (最初の引用を再び引用すると)「農業の近代化・合理化とは、けっきょく、それぞれの国の風土を生かすことにほかならない」のだが、「単作経営化と大型機械化の方向は、日本の風土を生かすよりも、むしろ殺すことになる」

(古くて新しい農業経済の本(その2)に続く)

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2010年6月16日 (水)

魅力的な農家(その2)

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この段階で難しいのは、2重の意味で直接販売と市場開拓です。営業担当者がいるわけではないので生産作業をしながら営業・マーケティングのための時間を作ることが最初の難しさです。「二兎追うものは一兎をも得ず」になる危険性も高いので、生産物の流通・販売はどこかに委託して生産だけに集中する農家もおおぜいいます。ですから、奥さんが営業・マーケティングの担当に転身する場合もあるし、ウェブサイトを作ってそれに営業・マーケティング機能をまかせる場合もあります。そうすれば、体はきついですが夜にはそのための時間を都合できます。しかしその作業は集中と専門知識を必要とするので、収支が合えば、そのために人を雇うことになるかもしれません。もう一つの難しさは、農産物の付加価値が明確で洗練されていてそれに見合った値札を商品につけてある場合は、そしてそれは当然のビジネス戦略ですが、その価値に対して喜んで財布の紐を開くお客はかならずしも近所にいるとは限らないということです。つまり簡単に「地産地消」というわけにはいかないのです。

当該お米農家は、そのお米農家の作っているような付加価値米を歓迎する(つまり品質を評価してその対価を支払う)人たちの割合は日本人の10%程度と考えているようです。

この数字は、僕がときどき参照する「農産物消費者の4類型」(福岡都市科学研究所、2003年)の数字と符合します。その消費者類型によると、「農業や農産物の価値がわかり、その価値にお金を支払う人たち」の割合は5.4%、「(価値の理解は5.4%層にはかなわないけれども)食の安全性に強い関心を持ち、そのことにたいしてお金を支払う人たち」の割合は16.5%、両方を合計すれば21.9%。残りは、上品にいえば、「農産物の付加価値に対して追加支払いなどしたくないという人たちと、食べものに全く関心のない人たち」です。上品でなくいえば「食べものの選択基準は値段の安さにつきると考えている人たちと、食べものなど口に入れば何でもよいと考えている人たち」です。保守的に考えて「5.4%」と「16.5%の半分」が農産物の付加価値評価層だとすると、13.7%なので約10%です。

こういう人たちが歩いていける範囲や車ですぐの場所におおぜいいるといいのですが、そういうことは普通はないので、だから、ターゲット顧客セグメントは明確だとしても、個々の顧客は地理的に分散することが多くなります。そうなると、市場開拓・地域開拓や流通チャネルの開拓には現地に出向くことが不可欠ですが、受注・販売作業の中心は、顧客の年齢構成を考えると、ウェブやインターネットや紙媒体の通信販売を通したものになり、またマーケティングもそれに応じたものになります。

両方の農家のマーケティングで僕がお気に入りなのは、ひとつは、リピーター顧客に定期的に届く手づくりのダイレクトメールです。紙媒体の送料は安くはないしコピーや封筒詰めなどにも手数がかかって大変ですが、内容は時節の挨拶、商品案内と季節ごとの食べもの通信的な記事を組み合わせたものなので、届けばかならず眼を通すことにしています。もうひとつは、ブログで、野菜農家の場合はご主人の手によるビジネスや生活の報告とエッセー風の雑感、お米農家の場合は販促担当従業員による日々の農作業紹介が中心です。

両方の農家とも、商品が口コミで評判を呼んで食べもの関連の雑誌媒体に取り上げられることも多いようです。さもありなん。

(「魅力的な農家」の終わり)

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2010年6月15日 (火)

魅力的な農家(その1)

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両方とも株式会社という形態をとっていますが、家族の知性と家族の労働が中心の農家です。1社はご夫婦をコアに必要に応じて(あるいは不定期の)飛び込み応援が加わるような運営形態、もう1社はご両親と若い長男の3人ユニットに3人の主に事務と販促系の従業員を雇っているような人員構成。前者は北海道の野菜農家、後者は本州日本海側のお米農家です。我が家は両社の農産物のファンですが、といっても定期的とはいえ小額購入客なので、残念ながら両社の収益にはわずかしか貢献していません。顧客リストの末席を汚すといった程度です。

とにかく、無農薬のおいしい野菜と無農薬のおいしいお米なので、消費者としてはただ新鮮さと歯ごたえと味と食感と安心を楽しんでいたらいいのですが、それぞれの領域でいわば味の基準点を提供してくれるので助かっています。

二つの農家は、ともに魅力的な農家、儲かっている農家ですが、次のようなビジネスにおける共通点が見られます。

1. おいしい商品(農産物、および加工食品)の開発と生産
2. ビジネス基盤としてのリピーター顧客層の存在
3. 強いマーケティング指向(ターゲット顧客、直接販売、市場開拓、コミュニケーション)

なお以下は、僕の観察した事実と、事実と事実の隙間を僕の想像で埋めたものの混合なので、そのつもりでお読みください。

最初は、それぞれ、自分にとっておいしい野菜、おいしいお米を作ることから始めたと思われます。既存の流通チャネルに依存しないと決めて出発したようですから、味や味を支える付加価値(たとえば無農薬栽培)に自信が持てる商品を生産しないとものごとは回転しません。同時にどういう人たちにそれらを食べてもらうか買ってもらうかを考えること、別の表現を使えば、こういうおいしい野菜やお米にお金を払うのはどういう人たちでどこにいるのかを想定するという作業が平行します。わずかずつお客を増やしていくというこの段階はとても大変ですが、商品と想定顧客の組み合わせに自信があれば、顧客から嬉しい商品評価とフィードバックがかえってきます。

こうして、商品が気に入って商品を繰り返し買ってくれるリピーター顧客が徐々に増え、一定規模になり、ビジネスの一応の基盤ができあがります。そうなると少し余裕ができるので、たとえば、自家製農産物を利用した加工食品の製造販売といった多様化が可能になります。この多様化は商品ラインの多様化でもあるし、農閑期の時間帯の活用という意味での多様化ともいえます。野菜農家では野菜のピクルスなどを、お米農家では(お米以外に栽培している野菜を使った)漬物や味噌などを製造販売しています。また、たとえば次の人気野菜候補の選定と試験栽培なども商品ラインを充実させることになります。

(魅力的な農家(その2)に続く)

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2010年6月14日 (月)

よさこいソーランと加工食品

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「日本三大がっかり」というのがあって札幌の時計台もそのひとつだといわれていますが、もしどなたかが「日本三大うんざり」とか「日本三大たいくつ」というのを募集されるのなら、僕は躊躇なく「よさこいソーラン」を推薦したいと思います。

各国の民族舞踊や各地の盆踊り、伝統的な踊りや前衛的な舞踏などは、そのすべてからというつもりはありませんが、いいものからは何かが伝わってきます。ぞくっとする場合もあるし、衝撃が伝わってくる場合もある。初めて聞くいい音楽や始めて見るいい絵から何かが伝わってくるのと同じです。

「よさこいソーラン」という踊りは、これはいったいなんなのでしょう。退屈なものを見ていると数分で眠くなってきますが、これはほとんどそういうものです。テレビなら見なければいいので、それと同じことで、期間中はできるだけ会場付近には近づかないようにしています。

たとえてみれば、これは巨大な学芸会です。学芸会は本人と親と先生が幸せで、そして学校の体育館のような閉じられた場所で行われるのでいわば自己完結的でいいのですが、これは学芸会を路上や公園で無理やり一般公開しているようなものです。解放された空間で着物風の衣装をまとった人たち(主にオネーサンとオニーサン)は幸せそうな表情と雰囲気なので僕がとやかく言う筋合いのものではありません。ただ、季節の踊りとしては、「うんざり」して「たいくつ」なだけです。しかし、それなりの観光収入が札幌に落ちるのならこれはこれで初夏のイベントとしてはいいのかもしれませんが、この集団舞踊をみていると、どうしても「民度」「成熟」などという測定枠のなかにこの集団の踊りを位置づけてみたくなります

盆踊りや民謡にはその土地のスピリットがあり、昭和20年代に生まれた比較的若い土佐の「よさこい」にも、それよりははるかに古い歴史を持つ「ソーラン節」にもそれは確かに感じられるのですが、その二つが人為的に一緒になった「よさこいソーラン」にはその肝心のスピリットが受け継がれず、人工的な退屈さだけが残っています。ある土地の文化と他の土地の文化が出会って新しい刺激的なものが誕生することがありますが、そういう種類の連携や衝突や融合ではありません。

この退屈さ加減は、北海道の加工食品にしばしば見られる人工的な退屈さと、同じ性質のもののように僕には思われます。

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2010年6月11日 (金)

背の高すぎるパンジー

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公園にいっぱい植えられたパンジーを眺めるのはいい気分のものです。ただ、一定面積にたくさんが接近して植えられているのでカラフルな絨毯(じゅうたん)のようできれいなのですが、日数が経過していくと遠めにはふかふかした絨毯と見えても、近寄ると背が高くなりすぎてしまって立ち姿のバランスが崩れています。春の遅い札幌など北の地域特有の現象なのかもしれませんが、みんなが日の光を求めるので、隣よりも1センチでも高くなりたいという日々の意思が現われた結果でしょう。

我が家の比較的大きな3個のプランターには、それぞれ左側にイエローアイコ、右側にアイコ、まん中に凛々子(りりこ)という名前のトマトを植えてあり、日中は20度をいくぶん越える晴れの日が続いているので、それぞれぐんぐん成長中ですが、お互いの葉が重なり始めており、じっと見ているとどうもストレスを感じている様子です。

野菜の様子がよくわからなくなったら、育て方解説書を引っ張り出してくるよりも人間にたとえてみるのが近道なので、まあ、僕はそう考えているのですが、そうすると、隣と腕が触れ合う程度に込み合った状態は人間にはストレスなので、トマトもそう感じているに違いない。客観的な事物観察風にいえば、風通しが悪くなりつつあるということかもしれませんが、それでは面白くないので気が向けば相手の感情に近づくようにしています。週末にはいくつか安物の鉢が届くので、真ん中の凛々子はそちらに引越し予定です。そうなれば、女の子たちは、エコノミークラス症候群を心配する必要はなくなりファーストクラスの伸び伸び感の中で成長を続けることでしょう。

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2010年6月10日 (木)

2合と2kg (その2)

次に調理者への利便性ですが、パッケージングの話から始めます。

仮にお米5kg入り袋を基準にすると、10kg袋は値段が割安に、一方2kg袋は割高になっており、その背景は数量割引・重量割引という考え方ですが、それに小分けパッケージングには追加の手間や経費がかかるという供給側と購入側が共有している世間常識が加わり、お菓子(大袋入りと小袋入りの柿の種)でもお酒(一升瓶と四合瓶の日本酒)でもカット野菜(1個と、半分や4分の1にカットしたカボチャや白菜)でも魚(丸物と切り身パックのヒラメ)、まあ、たいていの商品はこのルールで価格付けされています。これをここではパッケージ係数と呼びます。

パッケージ係数は商品や国・地域によっても違いますが、僕の近場のスーパーマーケットのお米の店頭価格を例にとると、10kg袋は5kg袋よりも1.5%から5%程度割安になっており、2kg袋は5kg袋より10%から20%割高になっており、またそのお米のブランド力が強いほどパッケージ係数は低くなっています。つまりブランド米はいっぱい買っても余り値引きされません。

さて、お米はどうもパスタや麺類に比べてハードルの高い食材のようです。お米は炊いて食べることになりますが、その重要な準備作業として「米を研ぐ」という工程があります。結婚しているかどうかにかかわりなく働く女性や忙しい独身男性はこの工程にかける時間がもったいないと感じているかもしれませんし、女性の場合は手入れの行き届いた爪を傷つけたくないという気持ちが強く働くかもしれません。そういう場合には「無洗米」という手があり、これは通常の白米よりも値段が4~5%高くなりますが、研ぐ必要がないお米なので結構な時間節約になりますし、お米を炊くという行為にともなう心理的なハードルも低下します。以前よりは、各銘柄の無洗米パッケージが売り場でも目につくので消費者の人気が高いのでしょう。これでお米需要の幾分かは確実に喚起されます。

そして、それと並んで心理的なハードルが高いのはお米のパッケージング単位です。つまり「2合と2kg」の混在です。わかりやすくいえば、容積と重量という違った尺度が同一場面で同居していることによって調理者が感じる不便と不都合です。

炊飯器にせよ料理解説本にせよ、あるいはお櫃(おひつ)もそうだし、ご飯に関する日常会話もそうですが、ご飯の調理単位は「合」が標準です。「今晩はご飯を3合炊きましょう」だし、炊飯器の目盛りも1合、2合・・・と、「合」で目印がつけられています。しかし、売っているお米はなぜかkg単位で、売り場によく並んでいるのは「2kg袋」「5kg袋」そしてしっかりと重い「10kg袋」です。

さて、蛇足ですが、お米1合は180ccで、1合の重さは150gです。

お米1俵は60kg。お米1俵は4斗(と)、1斗は10升、1升は10合(1升瓶には10合のお酒が入る)なので、お米1俵は400合になります。60kgは60,000gなので、これを400合で割ると、1合が150gと計算できます。お米は農産物なので若干の誤差はありますが、そのあたりは気にしても意味がありません。それから、一升は、典型的な大きさのペットボトルが1,500ccですが、それより一回り大きい1,800ccで、1合はその10分の1なので180ccです。

2kg袋か5kg袋を買ってきてそこから2合のお米を用意する場合は、炊飯器のおまけについてくる1合用の計量カッブを使ったらいいのですが、働く女性や独身男性には不便この上ない。なぜなら、代替品・競合品であるところのスパゲティーや乾麺などは100g単位で小分けされているものも多く、1人分は100gなので2人分だと2束を取り出せば済むので便利だからです。ゆでうどんや生ラーメンも1人前単位でパックになっているか、あるいは3人分パックといった形でまとめられており、忙しい調理者としての消費者にはわかりやすい商品マーケティングが行われています。

ご飯という調理の世界が「合」を基準に動いているのだから、「1合ごとに小分けした小袋が20個入った20合パック」(重量換算すれば3kg)やその2倍サイズの40合パック(1合の小袋が40個:重さは6kg)やその反対の小ぶりな10合パック(1合の小袋が10個:重さは1.5kg)があれば、「ひと口サイズ、食べ切りサイズ」を好む消費の流れとも適合的でとても便利なのに、お米の生産者やお米の流通業者は手を抜いているのか、ぼんやりしているのか、感受性が低いのか、お米の売れ行きが芳(かんば)しくないと不満を述べるのはいいとしても、お米需要拡大の努力を十全にはしていないように僕には思われます。

お米の消費を拡大する際の課題のひとつは、自宅で炊いたご飯が好きな消費者層にもっとお米を食べてもらうことではなく、「ご飯は時間がかかって面倒だから」と炊飯に高い心理的なハードルを感じている人たちに気軽にお米を食べてもらうことです。米粉を活用した新しい食材や食品の開発もお米の需要喚起には不可欠な方策なのですが、ご飯を炊くという基本的な場面での需要喚起も重要で、そこでは「無洗米」と「1合&20合パック」の組み合わせが活躍するかもしれません。

(「2合と2kg」の終わり)

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2010年6月 9日 (水)

2合と2kg (その1)

家庭でのお米の消費量が伸び悩んでいる、というよりお米の消費量がどうも穏やかな減少傾向にあるのは、どちらにするか迷ったときに、お米よりもその代替品(パンやパスタ・うどん・ラーメンなどの小麦加工食品)を消費者が選んでいるからですが、その理由としては、どういう種類の食べものを好むかという食の指向の変化や価格の問題以外に、広い意味での、調理者への利便性の配慮が関係しているように見受けられます。調理者とは、家庭の専業主婦、働いている主婦、独身の働く女性・男性、料理の好きなオトーサンなどです。

陽気のいい日曜の夕方などの散歩の途中で、食品売り場をうろうろするのが割りに好きですが、今回は、なぜお米の需要がフラフラと減っているのかを穀物加工品の価格と調理利便性という二つの「?」を頭の中にふわふわさせながらうろついてみました。

穀物加工食品という表現を使いましたが、対象は穀物からできた食材と穀物素材を加工食品にしたものです。両者の境界線はきっちりとしているわけではなく、日常生活の利用面ではそれなりに重なるところがありますが、ここでいう穀物加工食品とは、お米(白米)、パックご飯、スパゲティー、乾麺、ゆでうどん、生ラーメン、食パン、フランスパンなどをさしています。これらは食べるためには、炊いたりゆでたり電子レンジでチンしたりトースターで焼いたりといった作業が必要ですが、パンのようにそのままムシャムシャと食べられるものもあります。

まず価格ですが、ここでは準備の敷居が低いものだけで比較してみます。それぞれ、おかずを用意したり、出汁(だし)や具の準備や味付けが必要ですが、その準備時間の差によって価格差が影響を受けることはないものとします。

◇ パックご飯(180g~200g)1個: 98円から198円
◇ ゆでうどん(3玉入り): 98円から188円
◇ 生ラーメン(3人前): 118円
◇ 食パン(1斤、6~8枚): 98円から158円

お米は自分で炊くと、適度な大きさの丼一杯のご飯の値段が30円から45円(100gの白米を炊くと210~220gのご飯になる)なので代替品や競合品よりも安いのですが、あとはチンするだけの段階まで調理をすませたお米(パックご飯)は、逆に値段が高い商品になっており、価格競合力に翳りがみられます。

【2合と2kg (その2)に続く】

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2010年6月 8日 (火)

ブランドを作る、我慢する

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会社そのものをブランドにするのか、商品をブランドにするのか、地域と生産物の組み合わせをブランドにするのか、いくつかの方法がありますが、どの方向をたどるにせよ、ブランド価値を構築しているその途中では決して妥協をしてはいけないというのが一応の戦略的定石です。一応といったのは、ものごとに例外は必ずあるので、途中で妥協してもいい結果を残せる場合があるかもしれないとも思うからです。ブランド価値の中身は一律ではありませんが、企業や商品や地域が長い時間をかけて獲得し、その結果消費者が追加的にお金を支払ってもよいと思う「品質・革新的な技術・味・洗練された高級感」などに支えられています。

北海道に「ゆめぴりか」というブランド構築中のお米の品種があります。1年ほど前に北海道大学が札幌と東京で行った7品種の「食味試験」(下図)では新潟や茨城の「コシヒカリ」を押さえてとてもいい成績を収めています。しかし、2009年(平成21年)産の「ゆめぴりか」は夏の長雨などの悪い気象条件のせいで「ゆめぴりか品質基準」をクリアした「ゆめぴりか」の量は当初予定の6%で、商品不足のためにブランド構築活動がほとんど前に進みませんでした。ブランド構築の定石は、途中で妥協しないこと、つまり、目標品質の商品がないならそれが準備できるまで我慢するというものですが、品質仕様に近いけれどそれに達しないレベルのお米の売上収益を生産者側で求めたのか、他の北海道ブランド米を20%混ぜた「ゆめぴりかブレンド米」を、相手方のブランド米と同じ程度の値段で、つまり純正よりも25%~28%ほど安い値段で5ヶ月ほど前から発売しています。販売地域は北海道に限定しているので、当事者にとっては最小限の妥協ということなのでしょう。

_2008

ソース: 北海道大学 大学院 農学研究院 食品加工工学研究室

食味試験の総合評価(2008年産米)
2008年産米:7点6品種,生産地:5道県
食味試験:
札幌6回東京6回実施
延べパネル人数:659名 各試料当りパネル人数:659名
基準米:ほしのゆめ(北海道旭川市)

品質仕様を満足する商品の量は今年の生産量の約10%、残りは仕様範囲の外側です。外側にあるものを、少し外れたものと大きく外れたものに分け、少し外れたものを当該ブランドのついたブレンド米として売り出したわけです。少し外れたものの量は、仕様を満たした量の4倍、他の種類を20%混ぜているので、商品量としては5倍になります。

「ゆめぴりかブレンド米」の最近の様子を見に、別々の系統のスーパー3店に行ってみました。ある店では、陳列場所が陳列棚の端に、つまりお店がプロモーション中であることを消費者に積極的に伝えたい種類の商品を置く場所に、それもレジに近い側の端に、並べてありました。20袋ほどが積まれており、しかし価格設定は従来と同じ。別の2店では高級品でもなく特売品でもない一般的な「Me Too商品」の扱いで、棚の中段辺りに並べられています。これだけでは全体的な状況はよくわかりません。

売り出し予定量は「ゆめぴりかブレンド米」としては5,000トンだそうです。つまり少し仕様はずれの「ゆめぴりか」が4,000トンと他の北海道ブランド米が1,000トンで5,000トン。Kg換算だと5,000,000kgです。2009年の1世帯あたりのコメ年間購入量は全国平均で85.1kg(外食経由や加工米経由の米消費を除く)なので、予定数量が全部売り切れると考え、また「ゆめぴりかブレンド米」を購入する家庭の平均像を「半分は今まで慣れ親しんだ種類のお米を食べ、残りの半分は『ゆめぴりかブレンド米』をたべる」と想定すると、このお米が今年(平成21年)は117,509世帯に行きわたります。北海道の世帯数は261万8,005世帯(平成20年3月31日 住民基本台帳)なので、北海道の家庭の4.5%です。想定をもっとゆるやかなものにすると、つまり、「ゆめぴりかブレンド米」は本物でないのでいくぶん売れ残ると考え、同時に購入候補世帯を「ときどき食べる」「好奇心から1~2度買って食べてみる」までふくらませると、北海道の10%くらいの家庭が「ゆめぴりかブレンド米」を味わう機会を持つことになります。

ブレンド米が今までどれだけ売れたのか、あと数ヶ月でどれだけ売れるのか具体的なことはわかりませんが、平成22年の終わりに本物がたくさん登場したときに、「去年のは怪我をしていたゆめぴりか、今年のは元気な本物」という風に贔屓(ひいき)の野球選手を応援し続ける感じで応援してくれるのかどうか。どうもそういう北海道の人たちの善意を潜在意識の底で期待して、ブランド構築と現金収入のとても危ういバランス状態の上で立っているのが今の「ゆめぴりかブレンド米」の販売だと僕には映ります。これを、北海道の外側の移り気で眼の超えた、あるいは消費行動に擦(す)れた心理傾向の強い消費地でやったら瞬間的にブランド構築は頓挫してしまうでしょう。

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2010年6月 7日 (月)

規格外のミネラルウォーター

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カルシウムやマグネシウムなどのミネラル含有量がとても多いペットボトル入りのミネラルウォーターがありますが、その1.5リットル入りがいつもより25%程度安く売られていました。ミネラルが強いので、軟水にしか興味のない人には人気のないブランドのミネラルウォーターですが、僕は水分補給目的の水としては気に入っているので、ケースで買い求めました。

別に水余り現象が発生しているのではないので、一時的にせよどうしてこんなに安く価格設定ができるのか不思議だったのですが、さて飲もうとしてペットボトルをテーブルの上に置いたときにその理由が判明しました。

規格外の野菜や端物野菜は、規定サイズに届かなかったり規定サイズからはみ出したり、あるいは曲がっていて見かけが悪いなどの理由で、「標準品」よりは安い値段しかつきませんが、このペットボトルのミネラルウォーターも「規格外」商品でした。水の味やミネラル含有量が規格外というのではなく、テーブルの上のペットボトルがピサの斜塔の状態です。すべてのペットボトルが軽く傾(かし)いでいて、どうも最終出荷検査段階ではじき出されたものだけを集めた様子です。あるいはピサの斜塔が頻出するロットが発生し、ボトルの軽い傾き以外には何も問題がないので、そのロットの商品を「規格外野菜」として取り扱ったのかもしれません。

このミネラルウォーターは、ミネラル含有量の非常に多い商品としてのブランドと顧客セグメントを確立しているので、こういう少し変わった方法でひそやかに店頭でアピールするマーケティングのやり方もあっていいと思います。マーケティング責任者の利益計算に支えられた遊び心が見えるようです。価値を知っている既存顧客にとっては、結構うれしい販売促進です。

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2010年6月 4日 (金)

値下げしても消費量が増えない

お米が期待通りには売れていないそうです。スーパーなどの量販店では売上が伸びないので売れ筋のお米の値段を下げているのだが、それでも消費量が増えずに、販売量は前年同期比や前年同月比で、数%減だそうです。つまり、お米の売れ筋価格が1年間で10%ほど下がり、同時に販売量も数%程度下がったというやっかいな状態のようです。総務省の家計調査だと、2009年のお米の購入量は前の年よりも4%減り、一方、パンや麺類の購入量が3%、2%とそれぞれ増加しているので、その傾向が継続中なのかもしれません。

値下げしても消費量が増えないという販売する側・供給する側にとっては頭の痛い話ですが、こういう現象は対象商品が消費者に十分に行き渡っている場合にはしばしば発生します。上述の「お米の売れ筋価格が10%ほど下がり」というのは微妙な表現で、実際はお店の方で売れ筋商品の価格を1年かけて10%程度下げてきたのでそうなったのかもしれません。

僕がこのブログを書き始めた最初の記事が「高いお米、安いご飯」ですが、その中で『普段、僕たちが家庭で食べているお米の値段が20%安くなっても、毎日食べるご飯の量が20%増えることはない。お米を食べる量はほとんど変わらない』、なぜなら、『ご飯の値段は、パスタ、うどん、ラーメン、パンなどの小麦加工品よりも相対的に安いから』と述べました。お米は十分安いので、お米がもっと安くなったからといってご飯をその分だけ余計に食べようとは普通は思いません。だから、『お米の需要量が変化するとしたら、お米の値段が今の倍になって高すぎるのでお米を食べなくなるとか、パンやパスタやうどんなどの小麦関連食品の値段が倍になって小麦離れを起こし、逆にお米をどんどん食べ始めるとか、という場合』でしょうし、『お米の値段(だけ)が下がったからといって、日本人の主食のひとつとしてのお米の需要がみんなが気づくほど増えるわけではありません。しかし、お米パスタやお米パンのような小麦の代替としてお米を使う食品が人気を得て市場浸透する場合は、お米の需要は明らかに増えます』。

その考えは変わっていませんが、そしてこれはお米の値段からは独立した(つまり、お米の値段とは無関係な)現象だと思いますが、自宅でご飯を炊いて食べる回数や量が、今は、僕の想定よりもやや急な角度で減少しているのかもしれません。そのまま、あるいは少し熱を加えるだけでむしゃむしゃと食べられるパンや即席の(ないしそれに近い)麺類の簡便さにその分のお金が流れているのでしょう。これは、自分の国で生産する穀物や食材をどう継続的に消費してその生産を確保しておくかにつながる日々の小さな選択の問題ですが、ここではこれ以上は立ち入りません。

その同じ記事の中で、ご飯の値段は実は安いということ示すために、札幌のある大きなスーパーでの店頭価格をパスタや麺類と比較したのですが、同じ商品の半年後の価格を同じお店で調べてみました。この間に目立ったことといえば輸入小麦価格の下落と北海道小麦の不作ですが、現時点での米と小麦関連食材の価格が比較できますし、またそれぞれの商品の店頭価格がこの半年間でどう変化したかがわかります。

この比較は、価格だけの比較なので、たとえば売れ筋商品という場合に含まれる数量的なものは含みませんが、お米を価格以外の付加価値で求めている人たちもいるというあたりまえの事実を、スーパーマーケット取扱商品という限定された空間の中でですが、再確認できると思います。

「値下げしても消費量が増えない」のなら値下げしなければいいのですが、ごく短期間では特売品効果が販売量の面では出ることも多いので、そうすることで商品担当者は何か行動している気分になるのかもしれません。

米ないし麺の種類 個別商品 パッケージあたりの店頭価格(2009年11月下旬) パッケージあたりの店頭価格(2010年5月下旬) パッケージ量(単位:グラム) 100グラムあたりの価格(2009年11月下旬) 100グラムあたりの価格(2010年5月下旬) 価格変化
ほしのゆめ(北海道) \3,250 \3,780 10,000 \33 \38
  こしひかり(茨城) \3,980 \4,680 10,000 \40 \47
  こしひかり(新潟) \4,380 \4,380 10,000 \44 \44  
  ◆あきたこまち(特売)   \2,980 10,000   \30
  ◆こしひかり(特売)   \2,980 10,000   \30
スパゲティー 国産メーカーN社 \258 \198 500 \52 \40
  別の国産メーカーN社 \338 \298 600 \56 \50
  イタリアD社 \298 \298 500 \60 \60  
生ラーメン 北海道のN製麺 \398 \398 700 \57 \57  
乾うどん 香川県のK製麺 \258 \258 450 \57 \57  
  北海道のM製麺 \108 \118 240 \45 \49
乾そば 北海道のN蕎麦 \208 \208 250 \83 \83  
  同上 \238 \238 250 \95 \95  

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2010年6月 3日 (木)

時知らず

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時鮭と書いてありますが、トキサケと読む人は少なくて、慣れないと混乱の極みですが、トキシラズと言って買い求めます。「時知らず」です。売り場によってはわかりやすく「時不知」と表記してある場合もあります。

春に、と言っても僕の感覚だと晩春ですが、北海道の太平洋沿岸から三陸沿岸かけて獲れる鮭を「時知らず」(トキシラズ)と言います(種類はシロザケ)。鮭は秋に日本近海に回帰してくるので鮭の季節は普通は秋、だから秋の鮭は単に「秋味」(あきあじ)などとも呼ばれますが、なかには変わったのがいて、晩春というはずれた時期にやって来るのでトキシラズ。たいしておいしくなければ特別な名前をつけられることはないのですが、これがおいしいので特別に名前がついたようです。

白身魚の鮨がお好きで、この時期の札幌に出張なら、ヒラメから始めて、切り身の色合いと食感が人前で緊張している若い鯛といった感じのソイに進み、それからトキシラズに進んだらいかがでしょうか。この時期のトキシラズは脂がのっていて、しかしマグロのトロのような風情ではなく、それはまあ鮭なので当然ですが、身はしっかりと赤みの濃い朱色でありながら、しかし脂が鮭らしく白く細いぼんやりとした筋でしっかりとのっている感じで、舌にのせるとその通りにしっとりとした脂のおいしさが伝わってきます。なお、蛇足ですが、鮭は身は赤いですが分類上はマグロなどとは違って白身魚です。

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2010年6月 2日 (水)

草をとる、水をまく

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我が家ではもっぱら玄米食なので、農薬を使っていないお米農家から玄米を買っていますが、その農家では、我が家が買い求めるものよりも25%ほど高い値段で有機アイガモ農法のお米も作っています。アイガモ農法米は、人気商品ですぐに売り切れる様子です。

アイガモ農法は、田んぼにアイガモを放して、除草剤や殺虫剤を使うかわりにアイガモに草取りや虫取りをやってもらう方法ですが、アイガモは泳ぎながら水田をかき回すので、その結果、水田内に酸素が補給され、また水がにごって水温が上昇するので「中耕」(ちゅうこう)の役割も果たしているようです。(註:中耕とは、「固くなった畝(うね)の間の土壌を細かく砕くこと。除草のほか通気性,透水性の増大による根の発育促進,水分保持などの作用がある。3~4週間に1度くらい行うのが普通で,古くは鍬(くわ),万能(まんのう),水田では雁爪(がんづめ),田打車によって行ったが,現在はカルチベーター,小型ハンドトラクターを用いることが多い。」<kotobank.jpより>)

今は鬼籍に入られている農業経済学者の飯沼二郎の著作に「風土と農業」「日本農業の再発見-歴史と風土から」という今から35~40年ほど前に出版された本があります。風土の乾燥状況に応じて、世界の風土を「乾燥」と「湿潤」に分け、西アジアや北アフリカ、インドのパンジャブ地方や中国の華北地方などの乾燥地域の「小麦栽培」を中心とした農業を「保水農業」、東南アジアや東アジアのような湿潤地域の「稲作」を中心とした農業を「除草農業」と分類しています。風土と農業の生態論といった意味ではとても刺激的な分類です。梅棹忠夫の「文明の生態史観」という、東洋と西洋といった慣習的な切り口とは違った新しい座標軸で世界の歴史を捉えようとした本が出版されたのがその数年前なので、この農業に関する二つの本もそういう空気を共有していたのかもしれません。

保水農業が行われるのは乾燥地帯なので基本的に雑草は生えません。従って種を播いたらあとは収穫まで水を与え続ける農業で、広い土地での大規模農業が可能です。一方、除草農業の典型例が稲作で、稲作は除草処理が中心的な業務となります。水田という環境は陸生の雑草がはびこるのを妨げますが、水生のものについては細かい除去作業が必要になってきます。だから、農業の大規模化には保水農業よりも不向きです。「除草農業」は東南アジアや東アジア以外には南欧や旧ソ連南部に見られるようですが、東南アジアや東アジアのような夏の時期の栽培が可能な地域の「除草農業」は、「中耕」という途中の土壌の手入れが不可欠なので、さらに細かく「『中耕』除草農業」と命名されています。

同じお米でも、インドやタイや華南地方と日本とでは栽培方法や種類に結構な違いがありますが、アイガモ農法は、飯沼氏の分類によるところの「『中耕』除草農業」のユニークな実施例ということになりそうです。

文明の生態史観 (中公文庫)

文明の生態史観 (中公文庫)

著者:梅棹 忠夫

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2010年6月 1日 (火)

「スープ付きの生ラーメン」と「スープ無しの生ラーメン」

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難しげな表現をあえて使えば「訴求する付加価値とそうではない付加価値」を考えるいい材料かもしれません。

札幌に住んでいると北海道小麦を使ったおいしい生ラーメンが簡単に手に入るので、月に1回から2回くらいは休日のお昼ご飯にラーメンを作りますが、野菜をいっぱいいれて、スープは自家製です。うどんは最近は自家製を楽しむようになってきましたが、生ラーメンはもっぱら札幌のある製麺業者のものを贔屓(ひいき)にしています。残念なのは、北海道小麦100%で一番おいしそうな麺は、バラ売りはされておらず、スープと一緒になったパッケージ商品でしか購入できないことです。

札幌から千歳空港へ行く途中にある町があり、首都圏のビジネスマンには梅雨時の本州ではできない6月の爽快なゴルフの記憶が強い場所かもしれませんが、そこの市民グループが規格外で流通に乗らないニンジンを練りこんだラーメンやうどんを販売しているそうです。札幌はラーメン競合地域なのでここの生ラーメンもコシの強さや食感などは基準をしっかりとクリアしているものと考え、一度、味を試してみたいと思いましたが、残念なことに、近くでは麺だけを手に入れるのは難しそうです。

ラーメンは、麺だけだと付加価値というか利益を出しにくいので、スープやタレとパッケージングして高付加価値商品にしますが、そういうことかもしれません。「スープ付きの生ラーメン」と「スープ無しの生ラーメン」の割合は、デパ地下食品売り場やスーパーの生ラーメンコーナーを見渡したときの感じでも、スープ付きが85%~90%、スープ無しが10%~15%なので、大多数の消費者が好むスープ付パッケージに商品を絞ったのでしょう。

ところで、世界即席麺協会(World Instant Noodles Association)という協会が世界のインスタントラーメン(カップ麺を含む)の消費量をまとめていますが、2010年4月発表データだと2009年の世界の即席麺の消費量は915億食、単純に2009年の世界人口(68億3000万人)で割り算をすると、1人あたりの年間消費量は13.4食ということになります。日本の即席麺の消費量は当協会のデータによれば、53億4000万食。全員が即席麺を食べるわけではないので日本人の約半分の5000万人が食べていると考えると、1人あたりの消費量は年間100食強、つまり1週間に2回はインスタントラーメンやカップ麺を食べている勘定になります。即席麺なので当然スープ付、あるいは具入りで味のついたパッケージ化された加工食品です。

麺だけをほしがる一般家庭消費者市場は、ラーメン売り場の商品構成からもわかるように、ニッチです。そのニンジン練りこみラーメンがもともとどんな顧客をターゲットに想定したのかはわかりませんし、商品開発の経緯も、ニンジンのような野菜の入った麺をたとえば野菜嫌いな子ども向けに求める消費者の存在と規模を想定して商品化に進んだのか、それともそこがニンジンの産地で規格外ニンジンの処理に困って札幌近辺だと商品化しやすいうどんやラーメンというものにたまたま行き着いたのか、その違いによって付加価値の出し方も変わってきます。付加価値の出し方を間違えると、ある顧客層にとって「訴求力のある付加価値」も、別の顧客層にとっては「そうではない付加価値」になってしまいます。

その市民グループに電話してみたところ、麺だけというのは人気がなく、売れ筋はスープ付きの方だそうです。

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