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2010年6月18日 (金)

古くて新しい農業経済の本(その2)

選択と集中というのは考え方としては目新しいものではありません。得意な分野に経営資源を集中してビジネス場裡(じょうり)で生き残るという古典的なビジネス戦略の一つが新しい衣装をまとったものです。この選択と集中という考え方をもっと大きく国のレベルで適用し、農業を含む国の産業の全体から、より重要な産業分野を選択しそれに集中することも可能です。

お隣の国の韓国は、最近はハイテク家電や半導体、自動車や先端素材などで世界の市場シェアを急速に高めています。ただ、韓国の穀物自給率は27~28%で日本と同じくらい低い水準にあり(OECDおよび人口が1億人以上の国37カ国の中での順位は、日本と韓国が33位と34位を争っている)、また農畜産物の平均関税も日本の12%(ただし、コメを除いた場合)に対して62%と高いようです。つまり、韓国は世界の中では、日本と同じくらい農畜産業の生産コストが高いと想定されます。

その韓国が、農畜産物の輸出競争力の非常に強い米国と2007年4月に、FTA (Free Trade Agreement) の政府間合意に達しましたが、どういう背景でそうなったのかが気になります(現在は、大統領はそれぞれ変わったが、両国とも議会の批准待ちの状態)。韓国は日本よりもはるかに経済の対外依存度・貿易依存度が高く、いくぶん古い教科書風表現を使えば製造業中心のとんがった「加工貿易国」なので、この韓米FTAという方向は、国の将来を製造業(工業)に託して農業を捨てた・犠牲にしたということだと解釈できそうです。「国際分業論」「比較生産費説」の極端な形での採用ともいえます。

ただし、農業を犠牲にしたということは、国民のために食糧を確保するということを諦めたということには当然のことながらならないので、FTAで米国から農畜産物を無税で優先的に輸入すると同時に、マダガスカルでは乱暴過ぎてその目論見がはずれたようですがLand Grabbing(海外の農地買収)といったそれなりに強引な手段で手に入れた国外の農地で生産される、いわば紐付き外国農産物を自国のために確保するというのが今後の方策かもしれません。

さて、「日本農業の再発見-歴史と風土から」で採りあげられていた議論は、基本的にはそのままの形で、ただし新しい衣装をまとって今も続いています。「風土」の一部は「農業の多面的機能」という形で再評価され、「風土」の別の側面である「栽培面積をそのままにして労働を集約化したほうが、かえって収量が多い『中耕除草農業』」は、その考えがそのまま反映された結果かどうかは別にして小規模な(中耕除草)農家にも政府の財政支援が広がりました。そして同時に「国際分業論」や「単作経営化」「大型機械化」を支持する人たちも相変わらず元気な様子です。

たいていの経済学の教科書には合成の誤謬というものが出てきます。ミクロ、つまり個々の消費者や企業にとって正しいことが、マクロ、つまり国の単位では不都合を生むといった事態をさします。不況で消費者が消費を少なくし企業が投資(別言すれば、企業の消費)を抑制すると消費者の家計や企業の財務は安定しますが、みんながモノやサービスを買わないので、国のレベルでは国民所得の維持のために必要な有効需要が不足しその結果不況が悪化します。したがって、有効需要を作り出すためには国がたとえば各種の公共事業などにお金を使うことになります。

農業もこれに似たようなところがあり、個々の農家や農業法人にとっては正しいことが、農業全体にとっては不都合を生じさせる場合があります。

個別の農業ビジネスでは選択と集中は適切な戦略ですが、それを寄せ集めても全体ではいびつな形の農業になる危険性があります。つまり、ある農家が付加価値の高いトマト栽培や特定の野菜栽培に集中することは目標とした利潤が生み出されている限りにおいてはその農家のビジネスにとっては正しい選択肢ですが、農業全体での国民の食料供給という観点から、米や麦や基本野菜のような基礎農産物と高級野菜や果樹のような付加価値農産物とのマクロなバランスを考えると、別の視点も必要です。

これを国境をまたいで考えると、WTOのタテマエの議論とは別に、米国もECも見えざる手ではないですが、「外部にはどうもよく見えない手」のような形で自国・自領域の農業ビジネスを継続して金銭的に支援していて、そういう事情は必ずしもわかりやすい形では伝わってこないので、大きな力を持った農産物輸出国の主張する「国際分業」という言葉には用心深く耳を傾けることにしています。

(「古くて新しい農業経済の本」の終わり)

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