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2010年9月 9日 (木)

いささか乱暴な「農業」おとぎ話

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先土器、縄文、弥生、古墳、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、安土・桃山、江戸、明治、大正、昭和、平成というのが教科書風に並べた日本の各時代の変遷ですが、弥生時代の始まりのころ、紀元前3~4世紀ころには北九州に稲作と金属器が伝来したと考えられており、紀元前1世紀には稲作が東北地方北部(青森)まで波及していたようなので、卑弥呼が「『魏志』倭人伝」に登場するころ(2世紀の終わり)には、現在の地名を使えば、北海道を除く日本中で稲作が行われていたということになります。

それからずーと農業の時代が続き、二毛作など農業技術の発展が見られるのが鎌倉時代の初めですが、鎌倉時代は貨幣経済、つまり商業も発達し始めました。商業が本格的に発達し町人が台頭してきたのが江戸時代で18世紀の後半ですが、産業の基盤は各藩の石高に象徴されるように農業(稲作)でした。江戸時代は武士階級という国家公務員と地方公務員を合わせたような官僚層が農業経済の上に座った形で進んできましたが、工場制手工業も19世紀の前半に進展してきたようです。

明治から昭和にかけては、富国強兵というスローガンもありましたが、産業基盤の中心軸が農業(稲作)から鉱工業、そして工業へと変化していきました。それが最高潮に達したのが昭和の終わりころで、最高潮とはGDPや輸出額などの経済指標の相対的な大きさで見た場合の最高潮ですが、平成という時代はその頂上から下降を開始しいまだ下降中の時期だと要約できます。

世界の国の多くが、発展途上国も含め、多かれ少なかれ、このような道筋で経済発展を続けており、あるいはそのような道筋を一応は志向しているので、農業国や工業国といっても相対的なもので、まったくの農業国やまったくの工業国というのは、やむをえない内外の事情でそうなるか、あるいはそのためにはとても強烈な国家意志が必要なので少ないようです。とすると、たいていの農業国や工業国は優先順位の変更や重心の移動が可能ということにもなります。つまり、日本を例にとると、1868年から2010年にいたる143年間はちょっと優先順位の置き方が偏った時代、重心のかけ方がずれた時代とも解釈できるわけで、そうなると重心を農業の方向に少し移動させてみるという選択肢も可能です。

日本の経済力が下降中のこの平成の状況の中で勢力の強い主張は、表層では雇用とか成長とかいった曖昧な言葉が好まれていますが、輸出競争力を持った工業国の再生ということです。法人税政策や為替政策はそのための手段の議論ですが、今後の重心のかけ方を例えば工業と農業(農畜水産業)との間でどうするかという重い議論にはどうも進展しません。

さて、以下はエイプリル・フール的なおとぎ話です。

日本全体で、今後の重心をどこに置くかという重心移動の議論は時間がかかり立ち往生しそうなので、日本全体で考えるのではなく、日本を2つに分けて考えたらどうかというお話です。

国会議事堂を南北に二分するあたりに線を引いて、それより北を東日本国、それより南を西日本国とします。北日本・南日本としなかったのはいわゆる南北問題のイメージや南北に分かれたお隣の国やわが国の昔の南北朝時代のイメージから距離をおくためです。

東日本国には、どんな手段をとっても日本で農業を維持することが必要だと考えている人たちに集まってもらい、西日本には、日本に農業などは必要ないし、そもそも日本の農業の遅れが日本をダメにしているので、農業は徹底的に自由化して安い農畜産物を海外から輸入することが消費者のためである、それでつぶれるくらいの農業ならつぶしてしまえ、というお考えの人たちに集まってもらいます。食べ物なんてインスタント食品と冷凍食品があればいいわ、という主婦も西日本へ。

電気・ガス・水道のようなインフラ産業、および官公庁や警察のような公的サービスはすでに各地域にきちんと配備されていますが、必要に応じてさらに分けることとします。魚介類はそれぞれに特徴のあるものが獲れるので、地産地消だと好みのものがないときにはお隣の国からそれぞれの関税制度のもとで輸入することとします。

とすると、西日本がハイテク製品や自動車中心の工業の国になると思うので、そこでは法人税を日本企業の海外脱出を食い止めるほど思い切って低くすればいいし、そうなれば海外企業も比較的簡単に誘致して雇用を促進できるでしょう。

東日本は、逆に、種苗や農業器具のような産業セグメントは残るかもしれませんが、工業化のレベルは現在よりも当然低くなり所得水準も低下します。しかし、米などの穀物やその他の農産物、それから日本酒には不自由しません。現在は自給率の低い大豆などの穀物類の自給率も、そういう志向性の人たちが集まって栽培するので、高まるでしょう。

日本の農業に国際競争をどんどんと持ち込んで競争にさらした方が日本農業の生産性が高まり強くなるとお考えの方には、世界の農業国を相手に、西日本で競合戦略を駆使して農業なるものの指揮をとっていただくことにします。

天皇は、その主たる役割からして東日本の象徴となります。天皇とは、現在まで連綿と続く新嘗祭(にいなめさい)という祭事の責任者であることからわかるように、稲作技術の統領のことで、換言すれば(言葉が悪いですが)、稲作の元締めのことです。新嘗祭とは天皇が新米を供えて神々を祭る稲作儀礼のことですが、天皇が即位後に行う最初の新嘗祭は大嘗祭(だいじょうさい)と呼ばれており、これが即位後の最も重要な祭祀です。つまり稲作技術責任者としての地位の相続が最も重要だということになっているようです。

こういう風に国を東西に分けてみて、今後自分がどちら側で暮らしたいかを考えてみるのも自分の内側が透けて見えて、案外に面白いかもしれません。

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