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2011年1月12日 (水)

少しだとまあまあおいしい「ヒエ(稗)ご飯」(その2)

現在の日本では、コメ(水稲)の10a(10アール)あたりの平均収穫量は530㎏ですが(農林水産省)、これに対してヒエの10aあたりの収穫量は67㎏です。米は単位収量を増やすために過去から膨大な努力が投入されてきましたが、ヒエにたいしてはある時期から穀物の主役ではなくなったので米ほどの生産性向上技術の投入はなかっただろうと推測できますが、そういう事情があるにせよ、コメとヒエの間には8倍もの収量差があります。

【註】ヒエの67㎏について。現在、日本で一番ヒエの収穫量の多いのが岩手県だが(平成17年の岩手県のヒエ収穫量は366トンで全国収穫量402トンの91%)。その岩手県のある無農薬ヒエ生産農家グループの収量が10aあたり67㎏。30町歩(はぼ30ha = 300 * 10a)のヒエ農地に対して20トン(20,000㎏)の収量なので、10aあたり67㎏。無農薬栽培だとそうでない方法と比べて収量は減るが(コメの場合だと12%~13%程度の減少)ここではそのままの値を使用する(農産業振興奨励会資料、および「大好きいわて産」【雑穀編】2006年)。

しかし、現在のヒエの単位面積当たりの収穫量が、弥生時代や奈良時代と少ししか変わっていないとすると(たとえば2~3割増加しただけだと仮定すると、逆算して当時の収穫量は52㎏~56㎏)、当時のコメの単位面積当たりの収穫量がわかれば、主要穀物としてのヒエが、別の主要穀物であるところのコメに置き換えられたという事態の中身がもうすこし明瞭に見えてくるかもしれません。

1町歩がほぼ1haであるように、1反はほぼ10aに相当します。1反あたりの、つまり10aあたりの当時のコメの収穫量は、弥生時代から奈良時代にかけては、40㎏から110㎏くらいだったようです。資料によれば、奈良時代の収穫量は、「上田」(生産性の高い田畑)で106㎏、「中田」(中程度の生産性)で85㎏、「下田」(低い生産性の田畑)で64㎏、「下下田」(生産性が一番低いところ)では32㎏で、平均が60㎏だそうです。(日本技術士会東北支部農業部会「新たな備忘録への道」<古代の尺貫法>)

10aあたりコメ60㎏というのは現在の平均値である530㎏の11%(9分の1)ということですが、つまりは当時のヒエの10aあたり52~56㎏という単位収穫量と大差ないことになります。(ただし、52~56㎏という値は前述のように現在の単位収穫量を2~3割減らしたもので、仮定の数字です。)

だから、今から1500年から1300年前では両者の単位当たり収穫量にそれほどの差がないとすると、コメがヒエを主役のひとりから脇役に押しやった当初の主な理由は、単位収穫量ではなく、マクロ面ではコメを主食穀物および租税媒体としてどんどん生産させたいという公的な力と、ミクロ面では食べ物としてのコメの食味力(どうもコメがヒエやアワよりもうまいらしいという体験と口コミ)だったのかもしれません。

その後、品種や農業技術の進歩でコメの単位当たりの収穫量が大幅に増大し、主食穀物としてのコメの地位がより安定したわけですが、コメが主食穀物であると認識されているということが、つまり瑞穂の国であるということが、必ずしも日本人の全員が米を毎日必要なだけ食べていたということではなさそうです。

おおざっぱな言い方をすると、コメと雑穀の割合がどちらがどれだけ多いかを別とすれば、主食穀物の歴史の流れの中で「コメと雑穀を混ぜ合わせたもの」を主食とする人たちはおおぜいいたし、1960年代の初めまでアワやヒエを栽培し続けていた山間部の農村も少なからずあったようです(佐々木高明氏の著作)。

さて、ヒエとは本当にまずい穀物なのか、僕はコメが好きですがコメと比べるとどうなのか、実際に岩手県産のヒエだけ(ヒエ100%)を炊いて(これをここでは「ヒエご飯」と呼んでいます)自分の舌で確かめてみることにしました。

1300年前ないし1500年前のコメの味もヒエの味もわかりませんが、味の相対性は現在まで維持されていると考えることにします。つまり、今のヒエが今のコメと同じくらいおいしければ、当時も同じくらいおいしかった、今のヒエが今のコメの半分くらいのおいしさだったら当時もそうだった、とみなすということです。もっとも、この想定はおそらくヒエにとってフェアではありません。コメに関する品種改良や食味改良の努力の量は、ヒエに対するそれをはるかに凌駕するだろうからです。古代米のひとつである赤米を手にとっても実にほっそりとしており現在のコメ粒のふっくら感がありません。しかし、ここではこの想定のままにしておきます。

その前に値段についてです。「8世紀くらいまではコメとアワ(粟)とヒエの主要穀物としての交換価値を含む価値は拮抗していたようだ」と最初に書きましたが、現在はその均衡が大きく崩れています。買い求めた「無農薬・白干しヒエ」(つまりコメだと無農薬の白米)は、最高級の有機栽培・魚沼産コシヒカリもびっくりするくらいの価格です。500gが1,260円、1㎏が2,310円なので、5㎏だと(5㎏袋はないので、1㎏袋を5個ということになりますが)なんと11,550円です。それなりに食味の良い白米が5㎏で2,200円前後なので、21世紀の初頭ではヒエはコメの5倍の交換価値を持っています。今回のような好奇心からの実験を別にすれば、コメ10ないしコメ20に対して雑穀1くらいの割合で雑穀米を食べるのが家計の面でも妥当な混合比率のようです。

週末の晩ごはんの主食として食べてみました。

まず、炊く前のヒエ(白干しヒエ)の姿かたちですが、色は黄土色、ヒエ一粒の大きさはコメ粒を10分の1くらいに細かく砕いたくらいなのでとても小さい。茶色がかった黄色の丸いゴマ粒がいっぱいある状態を想像してもらうと割に近い感じになるかもしれません。コメにはうるち米(普段ご飯としてたべているコメ)ともち米(餅用)がありますが、ヒエはうるち性の穀物です。

軽く洗って水に1時間くらい浸した後、水の量はコメよりも多めにして、鍋で14~15分ほど炊くとできあがり。我が家では晩ごはん時には、玄米も3分搗きも白米も鍋で炊いているので(ただし、玄米の場合は圧力鍋)、ヒエも鍋で炊きました。

食べたヒエご飯の量は、お茶碗に軽めの2杯。

最初に、おかずなどを食べる前にヒエご飯だけを味わってみたかったので、あつあつ炊き立てをそれだけで茶碗に軽めによそったのを食べます。ふわふわモチモチしていて同時にパサパサしています。つまり全体としては香りとふわふわモチモチ感と甘みがあるのですが、個々はパサパサしているといった不思議な感じで、のどを通るときの感触がよくありません。一粒一粒の小ささはお互いにくっつきあうので気になりません。

そのあと、魚や野菜などのおかずをいくつか食べ、最後がまた茶碗に軽めによそったヒエご飯に味噌汁と香の物。ここで、この20~30分の間に不思議なことが起こりました。2回目のヒエご飯は、少し時間がたったので温かいとはいえあつあつではありません。少し固まり、また硬くなって、パサパサも強まっています。漬物や味噌汁がないと食べづらい。ここでおにぎりを持ち出すのは唐突ですが、ヒエはおにぎりには向いていないようです。

コメと比べた場合のヒエの食味点数をつけることはやめますが、ヒエの常食者がある程度おいしくなった段階のコメを食べてしまうと、もう元には戻れないかもしれません。ヒエは他の雑穀とともに少量をコメに混ぜ合わせて食べるのがいちばんよさそうです。

ところで、712年に編纂された古事記も正史のひとつだとすると、その内容を記憶していたのが「稗田」阿礼(ひえだ の あれ)で、「稲田」阿礼や「米田」阿礼でなかったのはちょっと面白い。

「少しだとまあまあおいしい『ヒエ(稗)ご飯』」の終わり

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