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2011年1月11日 (火)

少しだとまあまあおいしい「ヒエ(稗)ご飯」(その1)

コメに少量のヒエを混ぜるのではなく、コメだけを炊くように、ヒエだけを炊いたもの(ヒエ100%)を「ヒエご飯」とここでは呼ぶことにします。

稲作農耕が紀元前3~4世紀の弥生時代に北九州へ伝来する以前に、北海道や青森や岩手などの東日本ではヒエ(稗)が、主食穀物として栽培されており、また、8世紀くらいまではコメとアワ(粟)とヒエの主要穀物としての交換価値を含む価値は拮抗していたようです。しかし、その後、13世紀の鎌倉時代に二毛作が始まり、14世紀室町時代にコメの生産額が飛躍的に向上し、そういうコメ生産技術インフラの拡大整備とともに、日本は実質的にコメの国になっていったのでしょう。

ヒエは最近時々食べていて、といってもヒエをそれだけで食べているわけではなく、白米(精米)を食べたくなったときには、我が家の味の好みに合わせるために雑穀ブレンドを1割足らず混ぜることもあるのですが、その雑穀のひとつとしてわずかに入っているヒエを食べているという意味です。

雑穀とは、広辞苑では「米・麦以外の穀類」と簡単に説明されていますが、日本雑穀協会は「現代の日本人の主食は白米であり、キビ、アワ、ヒエ、モロコシ、ハトムギ、オオムギなどイネ科作物の他、イネ科以外のソバ、アマランサス、キノア、ゴマに加え、ダイズやアズキなどのマメ類、また、普段食される機会の少ない玄米や発芽玄米も広く雑穀」と雑穀を広く解釈しています。しかし、こうなると普段、玄米や3分搗き(つき)を食べている我が家のような家庭にはその考え方が広すぎてかえって混乱してしまいそうです。

玄米や3分搗き(つき)の好きな僕がこんなことをいうのは広い定義に従えば自家撞着ですが、イネ科の雑穀は、コメに比べるとまずいという思い込みと記憶があります。この思い込みと記憶がどう作られたかというと、思い込みに関しては、コメ以前の主食穀物としてはアワやヒエなどしかなかったので、おいしくないのだけれどそれらを食べた、という小学生・中学生向けの教科書の影響(そういう風な記述があったと思います)、記憶に関しては、子供の頃短期間ですがときどき食卓に登場した麦ご飯(コメに麦を一部混ぜて炊いたもの、なお麦ご飯の麦とは大麦)の麦は我慢して食べるくらいまずかったというその当時の舌の記憶です。

麦については雑穀ご飯(白米に雑穀を混ぜて一緒に炊いたもの)で今でも簡単に確かめられます。炊いた麦は(押し麦の場合は最初から)コメにくらべて平たくて大きいし、真ん中に茶色い筋が入っているので、それを雑穀ご飯の中から集めるのは簡単で10個ほども集めて噛んでみると、おいしくなかったという子供の頃の記憶の正しさを確認できます。より正確に表現すると、噛んでもふかふかしていて味がないという意味でのまずさです。

ヒエには、マグネシウムをはじめ、亜鉛、カリウム、銅、ビタミンB1/B2、カルシウム、鉄分などが含まれ、白米に比べて、タンパク質、カルシウム、鉄分、それから食物繊維も多い。

では、そういうヒエがなぜ、8世紀くらいから主食穀物としての地位を徐々にコメに浸食されていったのか。

通常は、一般的な言い方をすれば、以下のような条件が複合した場合に、そのような状況(主要穀物間での淘汰ないし置き換えという事態)が起こります。

・コメの方がヒエよりも、おいしいし、粒が大きくて食べやすい
・コメの方がヒエよりも、単位面積あたりの収穫量が目に見えて多い
・「コメを作ってコメを食べよう、コメを租税として納めよう」という方向で社会インフラ整備を進めるコメ推進グループ(別の言葉でいえば「正史」を書くグループ、あるいは「瑞穂の国」推進グループ)の政治力・経済力が、ヒエ(やアワなど)を愛好するグループよりも圧倒的に強い

(その2)に続く

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