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2011年2月25日 (金)

蔬菜(そさい)

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農家や農学関係者のような農業の専門家・農業従事者にとっては日常語でしょうが、そうでない人にとっては蔬菜(そさい)とは最近では聞きなれない・見慣れない、難しい言葉です。

言葉の説明を辞書でつぎつぎに追いかけていくと、説明がぐるぐると循環して最初に戻るという場合もそれなりの頻度であるのですが、広辞苑でためしにそれをやってみました。

◇蔬菜:「野菜。青物。『蔬菜類』」。

◇野菜:「生食または調理して、主に副食用とする草本作物の総称。食べる部位により、葉菜あるいは葉茎菜・果菜・根菜・花菜に大別。芋類・豆類はふつう含めない。青物(あおもの)。蔬菜(そさい)。」

◇青物:「野菜類の総称。蔬菜。(もと女房詞)」

◇葉菜:「主に葉を食用とする野菜」
◇果菜:「ナス・キュウリ・マクワウリなどのように、果実を食用とする野菜」
◇根菜:「ダイコン・ニンジン・ゴボウなど、地下部の根茎・根などを食用とする野菜の総称」
◇花菜:「花・蕾(つぼみ)の部分を食用とする野菜。食用菊やカリフラワー・ブロッコリーなど。花蕾(からい)菜。」

つまり、蔬菜と野菜は同義語・同意語です。念のために、蔬菜の「蔬」を漢和辞典で調べてみても「①{名詞} な。食用になる草の総称。あおもの。『蔬菜(ソサイ)』 ②{形容詞} あらい。粗末であるさま。同意語 ⇒ 疏。」となっています。「蔬」は「疏」で「あらい」という意味です。

「野菜」は「野」の「菜」なので「野生の青物」だとすると、「蔬菜」には「栽培された・人に手なずけられた青物」といったニュアンスが含まれていると面白いなと思いましたが、そういう方向の意味の拡大や変容はなさそうです。とすると、原意は、そこらあたりの地面に生えている食べられる青物という意味なので、ハウス物でない野菜を「露地もの」というのはよく原意を踏襲した用語といえるかもしれません。

タンポポは白い綿毛が風に乗って種子を遠くまで運んでいきますが、それはタンポポが生きのびるための野生の知恵です。札幌では近所になんという名前の樹か知りませんが、その種を竹とんぼのように遠くまで大量に飛ばす背の比較的に高いのがいて、あまりにいっぱいに飛んでくるので近所迷惑なのですが、これは原生種のひとつに違いないと勝手に考えています。

コメや麦といった穀類も野生種は同じ性質を持っており、穂を手で触ると穀粒がパラパラと飛び散ってしまうそうです。これは野生の穀類にとっては好都合なことですが、収穫量を増やしたい人間にとっては不都合な性質なので、飛び散らない種類を集めてきてそれに改良を加え続けてきた結果が、現在の田や畑で栽培されているコメや麦になっています。(中尾佐助著「栽培植物と農耕の起源」)

日本で一番人気のある(家計消費金額が多いという意味)果物はバナナですが、これも種の少ないバナナ、ないしは種なしバナナを集めてきて一生懸命に品種改良した結果が現在のバナナだそうです。(同上)

そういう変容プロセスが「野菜」と「蔬菜」という言葉の差に見て取れるのかなと思っていましたが、両者の間に実質的な差はなさそうです。食べられる青物は、ハウス物がいっぱいあるにもかかわらずあいかわらず「野菜」であり「蔬菜」であって、「家菜」とは呼ばれません。

野菜は英語だと vegetable ですが、語源はラテン語だと vegetus 「生き生きした、生命に満ち溢れている」という意味なので「野」の「菜」という趣です。だから野菜では、野生種と栽培種の差が穀物や果実などよりも少ないのかもしれません。旬のしっかりしたセロリーなどを生で食べるとそれを実感します。一番おとなしそうで、一番したたかな植物が実は「野菜」「蔬菜」かもしれないと、野菜好きの僕は考えています。

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