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2011年3月

2011年3月31日 (木)

迷ったら基本データ(世界の気温とCO2)

現在の風潮(最近のはやり言葉でいえば風評)は、僕たちが石油や天然ガスや石炭などの化石燃料を燃やして発生させているCO2が地球の温暖化の主な原因で、だから京都議定書が作られ、CO2の排出権売買が制度化され、そして電力はクリーンな原子力発電ということになっています。

今回のような原子力発電所の事故があり、放射性物質による人や野菜や空気や土や海の汚染はどうもクリーンとはいえないので、クリーンでない原子力発電が本当に必要なのか見直してみるかということになります。

そういう場合に考えることは2つ。

(1)原子力依存をやめて(段階的に少なくして)石油や天然ガスや石炭に頼る度合いをとりあえず大きくしたら、化石燃料の燃焼によるCO2は増加するが、そのことによって地球は本当に温暖化するのか。

(2)石油や天然ガスや石炭の今後の「可採年数」(採掘可能年数)の見積もりは資源の市場価格や採掘技術で変化しますが、それを「BP統計2010」の数字を借りて以下のように想定すると、あと20~30年くらいで化石燃料と同じ程度に効率的な「代替エネルギー」を実用化しないと、どうもあとがない。石油や石炭を裏で食いつぶす(大量消費する)ようなエネルギーは、表層の効率や部分効率がよさそうに見えても代替エネルギーとは呼ばない。しかし、残念ながら、僕にはどういう代替エネルギーが有力なのかはわからない。

原油(石油) :  46年
天然ガス    :  63年
石炭       : 119年

(2)については今はわからないので、(1)についてのみ考えることにします。

◇ ◇ ◇

気温のような基礎データも、それが世界全体の平均値であったり平年気温との差であったりする場合には途中で加工・編集されるので、たとえば札幌・大通り公園でそよ風が通り過ぎる正午の気温といった個人の皮膚感覚で確かめられるものとは性質が違っていますが、公的機関が発表した基礎データ(解釈ではない)は正しいと考えて先に進みます。

下のグラフは気象庁のホームページにある過去120年の世界全体の平均気温です。正確には各年の平均気温と平年値(1971年~2000年の30年間の平均値)との差を描いたものです。赤い直線が傾向値を示しており(傾向線を引くというのは一つの解釈ですが)、世界の平均気温は120年という範囲では徐々に上昇しているようです。

つまり、過去120年に関しては、世界はゆっくりと温暖化してきたといえそうです。

_web_2

米国のキーリング(Keeling)という気象学者が、1955年から1988年にわたって、世界の気温と世界のCO2濃度の関係をグラフ化していますが、そのグラフ(以下)をじーっと眺めてみると、確かそうなことは、

Keeling_co2_2
        

   ↑気温変化とCO2濃度変化の関係(キーリング 1989)↑
     <根本順吉「超異常気象」所収、矢印は根本氏>

◇両者にはわりにきれいな相関がある。
◇気温がCO2濃度の先行指標になっている。つまり気温が上がると1年くらいたってCO2濃度が上がり、気温が下がると1年くらいたってCO2濃度が下がることが多い。その逆(CO2濃度が上昇したので気温が上がった)ではなさそうである。

さて、中国やインドなどでCO2排出量が急増し始めるのは以下のグラフでわかるように1990年代に入ってから、その他の国々での排出量の増加は21世紀になって顕著になります(世界のCO2排出量の推移 <日本エネルギー経済研究所>)。人間経済によるCO2排出量と世界の気温との関連に興味があるので、ここでは1980年から現在までの世界の気温の変化(平年値に対する差分:各年が平年値よりも何℃くらい暖かいか寒いか)をすぐ下に並べてみます。

 

Co219702007web_3

   ↑世界のCO2排出量の推移(日本エネルギー経済研究所)↑

1980_2010web_2
                     

                                 ↑ 気象庁↑

この2つのグラフから読み取れることは、

(1)1980年から2000年くらいまでは世界の気温と世界のCO2排出量との間に相関があるようだ。
(2)しかし、2001年から2010年にかけては、気温はほとんど変化していないと僕の目には映るが、CO2排出量は大きく増加している。

OECDでは、排出権売買などに必要なデータということもあるのか、あるいは市民の啓蒙用なのか、世界全体と各国別のCO2排出量 (CO2 emissions from fuel combustion) をホームページで公開しており、そのデータ(とりあえず手に入るのは2001年から2008年まで)と上述の気象庁の気温変化データを重ねあわせると、以下のようなグラフが同じような感じで作れます。

Co2web_2

人間が化石燃料を燃やして排出するCO2が、世界の温暖化の主な原因なら、人間によるCO2排出はこの10年間(ここでは2001年から2008年まで)は毎年継続して増加し続けているので「各年の年平均気温と平年値との差」が少しずつ拡大していくのが自然です。

しかし、観察できる事実は、

◇2001年から2008年までの世界全体のCO2排出量は、毎年継続して増えているが、2001年の236億7500万トンと2008年の293億8100万トンを比べると、増加割合は24%である。
◇2001年から2008年までの世界の平均気温はわずかに下がったともいえるし、ほぼ同じくらいであるともいえる。
◇少なくともこの8年に関しては、化石燃料から排出されるCO2の増加と世界の気温は、CO2排出量が相当に増加しても気温は上昇しないという意味において、ほとんど無関係であるらしい。

つまり、いくつかの基礎データを見くらべてみると、

◇いままでのところ、過去120年くらいでは、気温の上昇と地球上のCO2の量の増加とが相関している。なんらかの原因でCO2が増えたから気温が上昇したのか、なんらかの原因で気温が上昇したのでCO2が増えたのかはわからないが、気温上昇がきっかけになってCO2が上昇しているように見える。

◇地球でCO2が増える原因には「自然現象によるもの」と「人間の経済活動のなかで化石原料(燃料)を燃やすことによるCO2の増加」の二つが考えられるが、少なくとも過去10年(1998年くらいから2008年にかけての10年)は、人によるCO2の排出量が相当に増加しても、気温には変化が見られない。つまり、CO2が増加する原因は自然現象によるものが圧倒的に強くて、人間の経済活動による影響はわずかなものであるようだ。だとすると、気温が上がったので、CO2が増えたという「気温の上昇→CO2の増加」という指摘も納得できる。

◇ ◇ ◇

原子力発電を減らして、化石燃料発電を増やしても、地球温暖化に影響はなさそうです。より慎重な表現をすると、原子力発電を減らし化石燃料発電を増やしても、それくらいでは地球温暖化などできません。わずかに影響があるかもしれないが、自然現象によるものとくらべるとその影響力はわずかです(ある専門家は3.3%と計算)。実際のところ、21世紀の最初の10年では、ほとんどその影響が見られません。だとすれば、化石燃料発電にとりあえずさっと比重を移し替え、その間に、プロセスの一部を石油や石炭にできるだけ依存しない効率の良い代替エネルギーを発見・開発したいものです。原子力関連の国家予算はそのまま名前を変えて、核廃棄物の超長期の処理に必要なお金を除いて、原子力以外の代替エネルギー開発にふりむけたらどうかなと思っています。

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2011年3月30日 (水)

ある喩え(たとえ)への納得感と違和感

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今回の福島原発事故に関するインターネットの情報で、とても参考になったもののひとつが、原子力や放射線の専門家でもある、中部地方にお住いのある大学教授のブログです。原発関連記事は現在も継続執筆中ですが、タイムリーに掲載された記事の的確な考え方と情報をとても感謝しています。改めてお礼を申し上げます。

記事の基調は、同じ分野の専門家の政治寄りの保守的な発言を牽制しながら、一般市民向けに、原子力や放射能・放射性物質の性質・性格や管理基準を丁寧に解説してくれるというものです。

しかし、数多くの記事のひとつに「わたくしにしてみれば、『安全な原発推進派』というのは『墜落しない飛行機は賛成』というのと同じです」という喩えが出てくるところがあり、その喩えに僕はいくぶんの納得感といくぶんの違和感を覚え、その違和感がいったいにどこからでてきたのかを自分で確かめてみたいと思ったのがこの記事のきっかけです。

飛行機に乗ることは不気味ではありません。単に今まで乗った回数が多かったからそうなのか、あるいは何かあった場合にも、自動車事故の延長で理解できるからなのか。原子力発電所には、しかしながら、飛行機や自動車にはない感覚的・本能的な不気味さがつきまといます。

僕たちの経験によれば、飛行機という製造物はある確率で必ず墜落しており、原発という製造物もある確率で必ず事故を起こしています。墜落しない飛行機はないし、事故を起こさない安全な原子力発電所は実際にはありません。

では、飛行機の墜落事故と、今回の福島のように原子力発電所で放射性物質が外部に結構な量で漏れ出してしまった事故とはどこがちがうのか。

事故の影響が、飛行機の場合には、空間的・時間的にきわめて限定されているのに対して、原発の場合には影響の範囲がきわめて広いという違いがあります。

ジャンボやエアバスが墜落して全員が亡くなったとしても、亡くなった方には申し訳ないのですが、地上で巻き添えになったかもしれない人を除けば、300人~400人の話です。墜落時の恐怖感・絶望感を別にすれば、短時間の出来事です。墜落した飛行機と同型機の緊急点検が実施され、設計変更や製造変更が必要ならそれをすぐに適用し、そのあと調整期間をおいて、また飛行機は離陸し始めます。

墜落の可能性のある飛行機がいやなら、近距離ならたいていの場合は自分で選べる代替手段があります。新幹線、在来線、車、船など。遠距離の場合だと、飛行機以外では移動に時間がかかりますが、自分で選べる代替手段は一応は存在します。(ただし、日本から米国やヨーロッパやアフリカといったとても遠い場所への業務出張の場合は、移動時間の制約があるので、残念ながら船でゆったりと旅行という代替手段は通常はありません。事故の可能性を覚悟で搭乗することになります。)

原発の場合は飛行機とはその2点が違います。ここで原発とは、原子力発電所だけでなく核燃料再処理工場や核廃棄物処理を含めたトータルな原発関連施設や業務のことをさしていますが、原発事故が起こった場合、その影響は空間的・時間的に大きく拡散します。

空間的な拡散とは、100~200キロメートルも離れた場所にも被害をもたらすということであり(再処理工場の場合は、被害の範囲はそれよりもはるかに大きい)、時間的な拡散とは放射線の影響によって10年後や20年後にある確率で発生するであろう重大な健康被害という意味です。健康被害とは自分が生きている間に発生するかもしれない癌だけでなく、子孫に伝達される遺伝子への潜在的な悪影響も含まれます。

時間的な拡散にはもうひとつの側面があって、それは核廃棄物の処理、つまり核廃棄物を半永久的に安全に保管するためのメンテナンス業務をし続けることができるかどうかということです。ここで半永久的とは数万年という期間ですが、こういうことは、耐用年数が過ぎて廃棄処分になった巨大飛行機には起こりません。

さらにもうひとつつけ加えると、これは空間的であり時間的でもあるのですが、食べ物(農畜産物や海産物)への影響です。飛行機が田畑に墜落して炎上するとそこで農作物の収穫は1年は不可能になると思いますが、重大な原発事故の場合は、土壌汚染や海洋汚染がじわじわと進行していくので、近隣の田畑が長期間使い物にならなくなるし、また魚などはその後の食物連鎖を考えるとけっこう不気味な食べ物になってしまいます。

原子力発電所の事故を個人的に避けようとしたら、より安全な土地やより安全な国への移住以外に、自分で選べる代替手段はありません。原子力発電所や再処理工場が増加してくれば、安全な場所は非常に限定されるし、また南北問題ではありませんが、「持てる側と持てない側の問題」(遠くに逃げるお金があるかどうかの差による問題)が当然に発生してきます。

両方とも巨大で複雑な工業製品なので同一平面に並べて製品の安全性という観点から似たところや違いを比較することは可能ですが、『安全な原発』と『墜落しない飛行機』を比べるということは、質の違うものを、「工業製品」というものに共通するパラメーターでむりやりくくっているというような気がします。おそらくそれが僕のなかの違和感の出どころなのだろうと思います。

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2011年3月29日 (火)

ブランドが壊れるのは速い

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報道記事によれば、内閣府の食品安全委員会は、日本で現在設定してある食品中の放射性物質の基準値が、国際基準に比べて厳しいので、健康に被害が出ない範囲で緩めるように答申し、その方向で調整が進むそうです。

また、民主党の幹事長も、「農産物の出荷停止や摂取制限の目安となる放射性物質の基準値について、『少し厳格さを求めすぎている』と述べ、風評被害を招かないためにも見直しが必要との認識を示した」「『心配ないものは心配ないときちっと言えることが必要だ。科学的な厳格さを求めすぎれば風評被害になる』と指摘した」そうです。(朝日新聞)

そういうことになると、これは農産物・畜産物・海産物・加工食品全般に適用されるのでしょうから、放射性物質に関する日本の食べ物の基準値は世界では「並」「普通」ということになります。

日本は、「世界での並の基準・通常の水準を超えた高いレベルの品質」が丁寧に作りこまれた各種製品の生産国であるという認識が世界で浸透しており、これを「ジャパン・ブランド」と呼んでさしつかえないと思いますが、農産物や畜産物、加工食品も同じで、だから、最近は中国でも、食の嗜好性・指向性の変化にともなって、日本の生鮮食材や加工食品がプレミアム食材・プレミアム食品として購入され消費されています。

今の基準を厳しすぎる暫定基準と呼び、それを並みの水準に引き下げることは一つの考え方ではあるし、限定された地理空間と限定された時間幅では、あるいは効果を発揮するかもしれません。「霞が関の『野菜たっぷり弁当』」という記事で書いたような提案が、本気で官庁街の霞が関周辺で同時に実施されたら、とても有効だと思います。

しかし、これがその場しのぎ対策・緊急対策としてはうまくいったとしても、これをなし崩し的に定常的なものにしてしまうと、「その場しのぎ効果」は「日本が今まで構築してきたブランドイメージの維持」とのトレードオフになります。こういう付け焼刃をやっているとせっかくのジャパン・ブランドに傷がつきます。いったん信頼を欠いたブランドが壊れるのは速いものです。

リスクを回避しようとする賢明な消費者は、そうした泥縄式のやりかたに愛想をつかして独自の食材購入基準を持ち続けるかもしれませんし、またこれは、BSE問題が解決されていないにもかかわらず日本への牛肉輸出をゴリ押ししている米国を非常に喜ばせることにもなりかねません。

彼らにとっては、これで確実な突破口が見えてきたことになります。「心配ないものは心配ないときちっと言えることが必要だ。日本の検査基準に科学的な根拠があるとは思わないが、かりにそうだとしても、科学的な厳格さを求めすぎれば日本はグローバルな風評被害を引き起こしていることになる。放射線物質でそうしたように、日本の基準を国際基準程度に緩和してはどうか」と大きな声で指摘することでしょう。

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2011年3月28日 (月)

基礎食材としての昆布

我が家は昆布が好きで、産地の違う昆布をそれぞれに楽しんでいます。利尻(りしり)と羅臼(らうす)の「ダシ昆布」、秋から冬のおでんには日高の「おでん用結び昆布」、昆布のサラダには函館の周辺や近隣でとれる真昆布の「すき昆布」。五目豆には、小さな四角形に刻んだ羅臼昆布。そして、簡単にお吸い物がほしいときの「とろろ昆布」。

羅臼でダシをひいたときには、毎回ではありませんが、一番ダシのあとのを利用して自家製の佃煮を作ります。昆布の佃煮がほしいという理由で羅臼を使う場合もあります。

先週、いつものところから昆布の補充をしようとしたら、原発事故対策なのでしょうか、「とろろ昆布」と「おぼろ昆布」が売り切れ状態でした。こんなことは初めてです。

北海道(利尻・礼文、羅臼、日高、函館など)は良質な昆布の産地で、だから日本の昆布の自給率は90%近いのですが、自由化に対して必ずしも安泰というわけではありません。昆布の関税率は5%と低いので、そういう環境で90%近い自給率が維持できているならいいではないか、ということになりそうですが、それには政治経済的な配慮があって、昆布はワカメなどとはちがい輸入(量)割当品目 (Import Quota Items) として輸入量を制限しています。

平成22年度の昆布の輸入割当数量は、乾燥重量で2,950トン。昆布の国内生産量が24,000トン(平成20年)なので、輸入量は12%程度に抑えられています。輸入量の80%が中国から、18%が韓国、残りの2%がロシアからです。

中国産の養殖物は1年物でダシ昆布としては向いていないそうなので、干し昆布でダシをひく家庭が多ければ、その範囲では中国産昆布は競合相手ではありませんが、それ以外の領域、つまり煮物として食べる・おでんの結び昆布として食べる・つくだ煮にする・塩昆布にするといった用途には、一定水準の品質があればあとは値段の安さだけがきいてくるので、中国産が大きな脅威になります。

ダシのとりかたも、昆布をひいたりするのではなく、面倒くさいので昆布から作ったダシの素のようなものをシャッシャッと振りかけておしまいということになると、ダシ向きの昆布でなくともそれなりの加工の方法があるので(こういう種類の加工も日本の得意とするところですが)、そうなれば、中国産昆布がダシに関しても脅威となってきます。

食材などに関心のない人たちが、昆布を輸入割当品目ではなく自由化品目などに深く考えずになし崩し的に変更すると、中国産や韓国産に押されて自給率が20%程度となってしまったワカメと同様の運命をたどるかもしれません。(酢の物やサラダに向いているのは食感の良い鳴門ワカメや三陸ワカメのような国産ワカメ、味噌汁も食感を楽しみたいなら国産ワカメなのでそのあたりは国産ワカメの牙城。一方、輸入品は業務用の味噌汁や加工品などに幅広く使われている。)

日々の食事内容を考えた時、昆布のような伝統的な基礎食材が持つ意味合いはコメと同じくらいに大きいので、昆布などの輸入割当品目指定は今後も継承すべき方策だと考えています。

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2011年3月25日 (金)

霞が関の「野菜たっぷり弁当」

田畑や家を失ってしまった農家、田畑が海水で使い物にならなくなった農家、基準値以上の放射性物質に汚染された、ないしは汚染の危険確率の高い農産物の出荷制限・出荷停止やそうした農産物の廃棄をよぎなくされている農家には同情の念を禁じ得ません。現在、福島・茨城・群馬・栃木の多くの農産物が出荷制限や出荷停止状態ですし、そういう地域の農産物の購入を全般的に差し控える流通行動や消費行動も報道されています。

「放射能に関する『風評被害』で損害をこうむった農家の補償云々」という書き方をしてある新聞記事も目にしますが、「風評被害」という言葉は、現状の消費行動を正しくなぞった表現ではないと僕には思われます。

福島原子力発電所の放射能汚染や放射能漏れ、放射性物質・放射性粒子の外部への飛散・拡散はまだ止まっていない模様なので(あいかわらず、白い蒸気や黒い煙が観察されていますし、そもそも緊急処置のプロセスが完結していない)、それが継続すれば、葉物野菜も、夏野菜の苗も、水も、土も、したがって根菜類もコメも汚染されていきます。福島・茨城・群馬・栃木の多くの農産物の購入を全般的に差し控えるという消費行動が、そういうことを考慮した消費行動だと考えると、また地域別や品目別の正確な汚染状況がタイムリーに公表されていない以上、これは『風評被害』ではなく、ペットボトルの水の緊急購入を含めて、消費者の正当なリスク回避行動です。

そこで、提案です。

今の政権の代表はパフォーマンスや思いつき発言がお好きですが、実施可能性がとても高くて、実質的な効果と影響力を、農産物生産者と農産物消費者の両方にもたらすパフォーマンスは以下のようなものだと思います。

◇ ◇ ◇

出荷制限や出荷停止状態になっている福島・茨城・群馬・栃木の農産物を、政府が買い上げる。買い上げたままだと腐って廃棄処分になってしまうので、新鮮なまま食べられるものは、霞が関を中心とする中央官庁職員全員の昼食(野菜たっぷりのお弁当、ご飯は福島か茨城のコメ)として食べてもらう。この中には首相官邸も含まれる。中央官庁には食堂があるから調理設備もあるはず。そうでない場合は東京のどこかの給食センターを借りる。値段は弁当1個200円から250円くらいの低価格。タダではない。短期間で使いきれない野菜はどこか近所の野菜加工冷凍設備のあるところで業務調理用にカット・冷凍し、野菜のバランスが偏らないように、新鮮なものと合わせて職員用の弁当に使い続ける。こうすれば、寒くなっても野菜に困らない。ご飯も、茨城や福島は大きなコメ生産地なので、茨城や福島のコメを使えば問題ない。

独身の職員は昼食だけでなく、自身の節約のために、夜食弁当でもこの野菜を安い値段で楽しむことができる。

職員はみな成人なので、乳幼児の母親である女性職員や妊娠中の女性職員を除き、食べ続けても心配ない。「直ちに健康に影響を及ぼすものではない。」

野菜たっぷり弁当や野菜たっぷり夜食の提供期間は、福島原子力発電所の緊急処置が完了し、放射能・放射性物質が外部に放出されていないことが確認できてから、1年間。なぜ1年間かというと、現在の春もの野菜のあとには夏野菜が続くし、放射性物質は土にも水にも染み込んでいるので、根菜類やコメなども影響を受ける。一年生農産物の生産・栽培サイクルが一巡するのが1年間。

1年にわたって、対象になっている県の野菜やコメを買い続けたら、その地域の農家に対する経済支援効果も大きい。

◇ ◇ ◇

こういうパフォーマンスを1年間継続すれば、1年間継続するのでもはやパフォーマンスとは言えないが、福島・茨城・群馬・栃木の農産物にたいする「風評被害」(らしきもの)は、もし現在それがあったとしても、結構速い速度で雲散霧消することでしょう。

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肉なしの肉じゃが風

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街の食堂や居酒屋で肉の入っていない「肉じゃが風」を「肉じゃが」として出したら、客に怒鳴られますし、そんなことを続けていたら、普通は、客足が静かにスーと遠のいていきます。

しかし、我が家では肉なしの「もどき」料理が好きで、休日のお昼ご飯向けのメニューだと「肉なしすき焼丼」や「納豆のスパゲティー」などをときどき楽しんでいます。それから、昼むけのおかずではありませんが「肉なしの肉じゃが風」。

食べ物にとくに好き嫌いはなく、知り合いと外で食事をする場合は相手に合わせて何でも食べるのですが、配偶者と僕だけの場合は、肉類はあまり食べません。それほど肉を食べたいと思わなくなったのがその理由。

牛肉の赤味部分の挽き肉を使ったスパゲティーが好きだったことがあり、挽き肉を使わなくてその効果を出すにはどうするかを考えて配偶者が作ったのが、畑の牛肉であるところの大豆の加工品、すなわち納豆とインゲンを使ったスパゲティー。それから、これは意見が分かれるかもしれませんが、牛肉なしのすき焼丼というのも意外とおいしいと思います。

こういう遊びをしていると、災害などで必要な食材が手に入らない状況で、なつかしい味をそれらしく食べたいときには、応用がきくかもしれません。

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2011年3月24日 (木)

域外移動・補遺

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フランスは、「発電電力量」の77.1%を原子力発電がまかなっていて、この比率は群を抜いて世界一です。発電電力量全体に対する原子力発電の割合が日本は24.0%、原子力発電計画を緊急に見直し中のドイツが23.5%、英国が13.6%、ロシアが15.7%、そして米国が19.3%です(2008年、電気事業連合会『「原子力・エネルギー」図面集2011』より)。

今までに原子力発電所の重大事故を起こした国は、英国(ウィンズケール、1957年)、米国(スリーマイル島、1979年)、旧ソ連<現ウクライナ>(チェルノブイリ、1986年)、および日本(福島、2011年)の4か国。

イタリアは1987年に国民投票で原子力発電所の停止を、それから停止中の原子力発電所の運転を再開しないことを1990年に決めたので、今は、原子力発電所は動いていません。しかし、最近は再開計画も出てきて、原子力発電の方向性についてはふらふらしています。今回の福島の事故をきっかけにドイツと同様に再開計画の検討をとりあえず凍結状態にした模様ですが、原子力発電に関しては、どうもふらふらするのが好きなのかもしれません。

フランスは、原子力を「選択」し原子力発電に「集中」していて、欧州加圧水型原子炉(EPR European Pressurized Reactor)と呼ばれる新型原子炉を建設中ですが、フランスの原子力発電関連企業の女性CEOがその新型原子炉について、議会で、フランス製の新型原子炉であれば今回の福島の事故は起こらなかっただろう、という趣旨の発言をしたそうです。そのことをあるイギリスのメディアが報じており、記事の中でイギリス人風の語り口で、動いているものが1基もないのによく言うよ、とすこしからかっています。

『◇◇氏は先日フランス議会で、EPRであれば日本の事故は決して起こらなかっただろうと述べた。ただ、同氏は、稼働中のEPRがまだ1基もないということを付け加えるのを忘れていた。』(F.T.)

さて、日本と世界の「電源別発電電力量の構成比(2008年)」を見てみるとその内訳は以下の通りです(「原子力・エネルギー」図面集2011)。

---------------------------------
       日本     世界
---------------------------------
・石炭:   26.8%    40.9%
・石油:   13.0%     5.5%
・天然ガス: 26.3%     21.3%
・原子力:  24.0%     13.5%
・水力:    7.1%     15.9%
・その他:    2.8%     2.8%
---------------------------------

日本の炭鉱は北海道(釧路)に小規模ものが、石炭関連技術の継承とベトナムや中国などの海外炭鉱技術者のトレーニングを目的として稼働しているだけなので、石炭の国内産出高はごくわずか(この炭鉱の年間産出量は55万トン、この炭鉱のニュースは北海道ではときどき見ます)。日本の年間消費量は1億6200万トンですが、その64%をオーストラリアから輸入しています(「帝国書院統計地図 2009」、および「日本貿易統計」)。

現実的に掘り出せる原油(石油)や天然ガスや石炭を対象にした場合、それらがあと何年もつか(可採年数)に関して専門家の試算結果が複数ありますが、石炭の可採年数を別にすれば数字のバラつきは少ないようなので、「BP統計2010」(2010年6月)の数字を引用します。

原油(石油) :  46年
天然ガス    :  63年
石炭       : 119年

原子力を置き換えるために、原子力依存を徐々に少なくし、その分石炭の利用量を増やしていき、化石原料(化石燃料)以外の安全な、そして石油やガスに近い生産効率を持つ方式や素材を実用化するまでに残された時間が実際にあと何年かはわかりませんが、専門家の出した数字を個人メモとしてまとめてみました。

もっとも、専門家といわれる方々の予測には面白いものも多く、たとえば1972年に出版されたローマクラブの報告書「成長の限界」の計算だと、その後20~30年くらいで、つまり20世紀の終わりには原油は枯渇しているはずでした。しかし、21世紀の専門家によれば、どうも、原油はあと40年近くはあるみたいです。

専門家といわれる人たちは、今後採掘可能な埋蔵量を間違えたのか、消費量の推移を間違えたのか、採掘技術の進展を読み誤ったのか、それとも、あと20年から30年という数字を広く世間に出すことに政治的な意味があると考える人たちの下働きをしたのか。

10数年前からの流行ですが、何かを広く世間に広める際に「グローバル」というあやしげな修飾語が添えられることが多いようです。

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2011年3月23日 (水)

域外移動

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物理的に日本という住む土地・住む場所がなくなった時に、はたして日本人は海外で生きていけるかというのが小松左京の「日本沈没」のひそかな問いかけだったと記憶しています。40年近く前に発売された新書版の本です。再読しようにも現物がそばにないので確かめようがありませんが、今回の東北と関東の地震と津波で、そのことを思い出しました。

以前、北海道から出たがらない若者についての記事を地元の新聞(のインターネット版)で読んだことがあります。北海道の若者の外に出たがらない、北海道に残りたいという気質が、若い労働人口を蓄積し、それが結果として自動車部品メーカーやコールセンターの優秀な人材供給につながったという話です。

僕は散髪は配偶者と同じお店(つまり、オヤジのやっている理容店ではなく、美容室)のお世話になっていて、お店の従業員である20歳台前半の男の子や女の子といろいろと雑談するのを楽しみにしています。彼らに聞いても、たとえば引っ越して原宿や青山の美容室に勤めるといった指向性はほとんど持っていない。 東京は観光旅行や買い物の場所かもしれませんが、働く場所ではないとのことです。

香港に住んでいた中国人の知人の話です。1990年代に香港に出張した折に何度か一緒に働く機会があったのですが、香港が中国に返還される前にその知人の一家は、両親と兄家族がカナダに、本人家族は米国に、弟家族はオーストラリアにとバラバラな地域に移住していきました。カナダも英語圏とすると、英語圏という共通項はあり、また華僑のネットワークがすでに整った場所には違いないのですが、家族がそれぞれの単位で異なった地域へ住むという家族全体での危険分散を考えた移住だと思います。どこかの国が悲惨な状況になっても他の国が安定していればなんとかお互いに助け合える。

地盤が沈下して以前の生計の立て方・暮らし方ができなくなった方や、とくに福島の原子力発電所の近くに住んでおられた方々は、住み慣れた場所をはなれて別の場所で暮らすという「域外移動」を余儀なくされています。

域外移動が必要な事態が起こるかもしれないということを日々の生活の中で織り込み済みの場合は前もって備えをしてあるかもしれませんが、それが急な事態でまた原子力発電所に関係する場合には、ことはそれほど簡単ではありません。

原発は全国各地の比較的過疎な海沿いの町に17カ所(54原子炉)分散配置されており、原子力発電所から30キロメートル以上の「相当に」安全な場所へ急に域外移動しようとしても、日本で住む場所は限られてきます。太平洋に面した本州最北部の核燃料再処理工場(試運転中)での事故の可能性を考慮すると、安全な候補地は極端に少なくなります。

短期の避難ならまだしも、それが長期の移住ということになると、そういうことができるのは安全な場所に親切な親戚がある、懐にけっこうな余裕がある、仕事が場所を選ばない種類のものであるといった条件を満たす一部の人たちに限られます。

僕は、水力発電や火力発電のような原子力以外の方式や素材による発電を好みますが、その理由は、火力や水力の場合はトラブルが起こったところでその範囲は限定的であり、原子力発電で出る放射性廃棄物の処理にともなう不確実さやわかりにくさとは縁がないからです。不確実さやわかりにくさという言葉を使ったのは、放射性廃棄物(核のゴミ)の安全な処理方法が、集団的な無意識を装って、先送りされていると思われるからです。現在のところ核のゴミの安全な処理方法はないのだが、そのうち誰かがとても安全な解決策・封じ込め策を思いつくだろう。その時まで、関係者はみんなで「しかと」。

石油やガスや石炭などの化石原料の追加使用による大気中のCO2の増加などはそれに比べるとたいしたことではない。IPCC報告などとは違って、大気中のCO2濃度は、人間の排出するCO2からはわずかな影響しか受けないというのが最近の調査分析結果である。火力発電で原油やガスが不足するなら、日本での埋蔵量は非常に少ないようですしほとんどの炭鉱を埋めてしまったのですが、もっと石炭に依存してもよい。

化石原料の埋蔵量には限りがあり、このままエネルギー消費が増加していくと残された期間はそう長くはありません。しかし、石炭などへの依存度を高めながらその期間を延長し、その間に、水力や火力の代替方式ということになっている原子力を置き換える別の安全な代替方式(石油やガスに近い生産効率を持つ方式や素材)を実用化する以外に方法はなさそうです。

その代替方式に賛成するかどうかの切り分け視点は、その方式の全体的な効率と、それからそれによって安心なコメや野菜や魚や水が維持できるものであるかどうか。つまり、原子力は水力や火力をかりに量的には代替できたとしても、質的には代替できません。

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2011年3月22日 (火)

買い占められた食べ物と、棚や売り場に残った食べ物

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3月16日の記事「スーパーマーケットに食べ物がない?」のなかで次のように書きました(『・・・』部分)。

『昨日の夕方から夜のテレビニュースなどで、東京都区内の昼間のスーパーマーケットの棚の様子などを放送しており、それを2~3カ所ほど眺めた後の印象です。

番組ディレクターは売り切れ続出というのを訴求したいのでしょうが、入り口から奥までの映像を注意深く見ていると、野菜や肉類は売り場や棚にけっこう残っています。おそらく魚もそうでしょう。

売り切れは、パンやカップラーメン、レトルト食品や各種のインスタント食品に集中しているようです。それからペットボトル入りの水。

よく言えば、電気やガスや水が止まっても何とか対応できる加工食品類や保存食品類が買い占められて、停電した場合に腐る可能性のある肉・魚・野菜が売れ残っている。・・・略・・・ 乾麺などの乾物類に関しては、こういう状況ではマイナーな商品という判断なのか、映さないのでよくわからない。』

サンプルが限定的ですが、上記を別の見方で、「急に買い占められたもの」と「とりあえずは関心の対象から外れたもの」に区分してみようと思います。

「水」は生きていくうえでのいちばんの必需品なので別格とすれば、16日の記事に登場した食べ物を整理してみると以下のようになります。

◇買い占められたもの: パン、カップラーメン、レトルト食品、各種のインスタント食品、それから、インスタント食品の親戚のおにぎりや弁当類

◇とりあえずは関心の対象から外れたもの: 野菜、肉類、(おそらく、魚)、乾物類

今回のような非常事態では、欲しいものの優先順位が本能ないしそれに近いものにもとづいて瞬時に決定されると考えられますが、「買い占められたもの」には、パンやカップラーメンやおにぎり、その他のインスタント食品のようなカロリー補給にすぐに結びつくものが多く、「とりあえずは関心の対象から外れたもの」は、野菜のようなカロリーよりは栄養補給に関連するものがめだちます。肉類からは多くのカロリーが得られますが、今回は冷蔵庫で保存が必要で調理に時間がかかるため、棚に放置されたのだと考えられます。

別の言い方をすれば、基本食材やその加工品に短期の需要が集中したということは、カロリーベースの食料自給率や穀物自給率の上昇をうながすような消費者の無意識の消費行動だったということになります。食料自給率や穀物自給率を考えるときに必要な、普段は決して目にすることのできないパラメーターが、今回、確認できたということかもしれません。

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2011年3月18日 (金)

報道の温度差、あるいはジョーシキ的な判断

このブログは、食べ物や食べることについてのものなので、いくつかの例外を除くと、食べ物や食べることに関係のない話題や問題には触れていませんが、この記事もその例外のひとつ。非常に気にかかることがあるので書いておきます。

今回の地震・津波による原子力発電所の事故に関する報道の温度差が、2日ほど前から急に目立つようになりました。その温度差とは、「日本のマスメディアの報道内容」と、「マスメディアではない国内のインターネット系のメディア、および海外メディアの報道内容」とを見比べた場合に見られる温度差で、日本のテレビなどでは、原子力発電所関連の報道時間が極端に減ってきました。公共放送は複数のチャネルを持っているので、そのひとつを原子力発電所事故の対応状況を伝える専用チャネルにしてもいいくらいだと思っています。

細かい内容についてはわからなくてもジョーシキの範囲で判断し対応することは必要なので、原発事故発生以来は手に入る情報をジョーシキの範囲で編集しています。

当初から気になっていたのは「小さな単位時間あたりの放射線量がもたらす影響と一定期間における放射線の合計量・蓄積量がもたらす影響」と「どこかに保管されている使用済み核燃料」のことでした。

「単位時間当たりのトランザクション処理量や単位時間あたりのスループット」といったジョーシキ的な考え方を持っていると、言及されている放射線量が1時間あたりのものか、それ以外の時間単位のものかを区分し、1時間あたりの量がわかれば1日あたり・1か月あたり・3か月あたり・1年あたりの量が単純計算できるので、単位時間・単位期間を統一してその量を比較します。危険とされる1時間当たりの放射線量と一定期間にわたって少しずつ蓄積された放射線量が同じになった場合の危険度が同じとすると、ある時間帯に測定された放射線量が、その後一定期間持続した場合の影響は自分でジョーシキ的に推測できます。

使用済み核燃料の処理というのも厄介な問題で、これについでは当初は全く報道がなかったので、どこか別の安全な場所に保管してあるのかと思っていましたが、それにしてもそのニュースがないのはジョーシキ的に考えて変だ。そのうち、実際の状況が伝わってきました。嫌な状況だけれども、納得。

それから、コンピュータのハードウェアやソフトウェアに重大障害が発生し、きちっとした解決策が間に合わない場合に「ワークアラウンド」(緊急対応処置)をとって問題を一時的に回避しますが、今回の場合、意想外のパラメーターが多いのかそのプロセスがジョーシキ的な目にはけっこう危うそうに映ります。

といったことを考えつつ、内外メディアの報道内容の温度差やマスメディアとマイクロメディアの情報の温度差を勘案して、ジョーシキ的な判断にもとづいた行動を少しはとっていますし、次にとるべきステップも一応は想定しています。

「ワークアラウンド」の完了までに残された時間は少ないようですが、なんとか間に合ってほしいと思います。現場で作業にあたっておられる方々の安全を心からお祈りします。

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コーヒーと砂糖

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コーヒーと砂糖の需給が逼迫(ひっぱく)しているようです。短期的な投機筋の動きもありますが、もっと長い時間軸で見ると、世界の所得水準が上昇し、食べものや飲みものの好みが変化したことが背景になっています。所得水準が上昇したといっても世界中の国が平均的に豊かになったということはないので、つまりは追加分の所得がこの10年ほどより多く分配されてきたBRICs諸国での消費が影響しています。

世の東西を問わず、所得水準が高くなると甘いもの、砂糖を使ったものが好きな人たちが多くなりますし、嗜好品としてのコーヒー需要も増加するようです。そして、コーヒーには普通は砂糖が入ります。コーヒーはブラックに限るという方々は、僕はいい趣味を持っているとは思いますが、「グローバルスタンダード」から見たら特殊な変わった人たちということになります。

コーヒーや砂糖のような商品(コモディティー)の需要供給が逼迫していく傾向にあるのかどうかを確かめようと思ったら、在庫率の推移を見るのが大まかには一番手っ取り早いので、2000年から2010年までの10年間の数字をならべてみると以下の通りです(米国農務省)。ここでいう在庫率とは期末在庫を年間供給量で割ったもので、この数字が低いほど需給が逼迫している、消費の伸びに生産の伸びが追いつかず手持ち在庫に余裕がないということになります。

◆コーヒー: 16%→18%→19%→16%→16%→13%→13%→12%→14%→10%→12%

◇砂糖  : 19%→17%→18%→17%→15%→14%→15%→16%→12%→11%→11%

とくに、砂糖の大量生産国と大量消費国は最近ではどこだろうという好奇心がわくので米国農務省の統計データ (2010/2011) で調べてみます。

砂糖はサトウキビと甜菜(てんさい)から作られますが、総生産量に占めるそれぞれの割合は、80%がサトウキビ糖、20%が甜菜糖。サトウキビ糖の生産量の多い国は、ブラジル、インド、中国など。甜菜糖は生産量の多い国はEU諸国、米国、ロシアなどです。

砂糖はコーヒーと違って、消費量の多い国や地域でも生産量が多いのですが、消費量の多い順に並べると、インド、EU、中国、ブラジル、米国、ロシア、インドネシア、メキシコ、パキスタンといった具合です。人口が多くて、ミルクと砂糖たっぷりのお茶やコーヒーの好きな国、ないしはそういう嗜好の増えている国だととうぜん消費量が多くなります。
日本では、料理にけっこう砂糖を使いますし(たとえば、すき焼き)、女性の方は甘いケーキ類は別腹で食べられるようだし、北海道の方は甘い料理が好きですが、世界の中では目立った存在ではありません。つまりそれほどのデブちゃんはあまりいない。BRICsと米国と日本の、国民一人あたりの年間砂糖消費量を比べてみると、以下の通り。

Brazil (ブラジル) : 59 kg
Russia (ロシア)   : 41 kg
India (インド)    : 21 kg
China (中国)     : 11 kg (今後、増えてくるでしょう)
米国                   : 32 kg
日本                   : 18 kg (農水省の食料需給表だと平成20年度で19kg)

砂糖の輸出国は、ブラジル、タイ、オーストラリアなどですが、ブラジルの輸出量が圧倒的に多くて世界の輸出量の52%を占めています。

蛇足ですが、米国の砂糖の自給率は78%、日本の砂糖の自給率は38%。米国は農産物・畜産物の輸出が伝統的に好きな国で、輸出振興のためには公的な財政支援もしっかりとやる国です。一方、砂糖などの価格競争力のない農産物には輸入障壁を用意しており(だから自給率が結構高い)、砂糖輸出国のオーストラリアなどは米国への砂糖輸出が思うにまかせないのでイライラしているようです(「農業の公的支援(その3)」)。これなどもTPPにまつわる風景というか、参加希望国の思惑のひとコマです。

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2011年3月17日 (木)

農家の少ない農家向けセミナー

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先週の午後、農業ビジネスに関するセミナーに参加してみました。聴衆のひとりとしてです。農家向けの農商工連携や農業経営のやり方などを基調にしたセミナーなので、ターゲット受講者は主に農家ということなのでしょうが、聴衆席に座っているのはダークスーツばかりで、スーツの様子や顔つきから推察すると、官公庁勤務の方々やその関連の方々、農商工連携には資金も絡むので金融関係の方々、食品流通関連の方々、おそらく大学や研究機関の研究者の方々、企業診断士のグループ、そしてごくわずかな農家の方々。

なぜ農家の参加者が非常に少ないかわかったかというと、司会者が農家出席者の数の確認作業を行ったからですが、僕の両隣も30代後半のダークスーツが一生懸命にメモをとっており、とてもまじめにメモをとり続けるので、この方たちは職場に帰って報告書を作ることが目的でここにいるのかな、などと余計なことを考えてしまいます。

講演者やパネルディスカッションのパネリストはおおむね農業経営者の方々で、主たるターゲット受講者層も北海道の農家なので、この時期の農家の忙しさを考えると、作っている農産物の種類によって違いがあるとはいえ、セミナーの開催時期としてはちょっと「場違い」といえそうです。決算期に経理業務関係者向けの「効率的な決算処理セミナー」を開くようなもので、セミナーの内容がすばらしくても出る時間がない。

主催が、農業関係でなくまた民間でもないところなので、ご自身の都合・事情もありこういう時期を選んだのかもしれませんが、結果は「非農業従事者」を対象とした新しい農業経営に関する勉強会風セミナーということになってしまいました。

北海道というのは、官公庁が監督機関であると同時にマーケティング機関でもあるという特徴が他所よりも強い土地柄ですが、農商工連携や農業の6次産業化といったトップダウン風というか官製風のキーワードが案内の一部に並んでいても、開催時期の問題が大きいのか、農家の足は会場に向かわなかったようです。あるいは、官公庁とのかかわりあい方における農家の性格が少し変わってきたのかもしれません。

今回のセミナーはある視点から見ると盛況、別の視点では閑古鳥。僕にとっては、主催者の意図とはおそらく相当に違う部分でいくぶんの刺激をもらったので、それなりに満足度の高いものでした。

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2011年3月16日 (水)

スーパーマーケットに食べ物がない?

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昨日の夕方から夜のテレビニュースなどで、東京都区内の昼間のスーパーマーケットの棚の様子などを放送しており、それを2~3カ所ほど眺めた後の印象です。

番組ディレクターは売り切れ続出というのを訴求したいのでしょうが、入り口から奥までの映像を注意深く見ていると、野菜や肉類は売り場や棚にけっこう残っています。おそらく魚もそうでしょう。。

売り切れは、パンやカップラーメン、レトルト食品や各種のインスタント食品に集中しているようです。それからペットボトル入りの水。

よく言えば、電気やガスや水が止まっても何とか対応できる加工食品類や保存食品類が買い占められて、停電した場合に腐る可能性のある肉・魚・野菜が売れ残っている。悪く言えば、料理に通常の手間暇のかかる食材は面倒くさいので余っている。乾麺などの乾物類に関しては、こういう状況ではマイナーな商品という判断なのか、映さないのでよくわからない。

計画停電の割り振られる時間幅によっては時間のかかる料理というものができなくなるのでインスタント食品類やレトルト品をストックしておくと便利だしそれらは不可欠だとは思いますが、それが、ガスや水の供給に異常がなく、また生鮮食材が棚にそれなりにならんでいる地域での購買行動だとすれば、生産地のことを考えると、若干の違和感を覚えます。

以上は、テレビ画面やその他の二次情報にもとづく札幌からの感想なので、事実誤認があればお許しを。

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「ご不明な点はカスタマーセンターまで」 

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回答の仕方が不謹慎だというご意見の方もいらっしゃるかもしれませんが、こういう時だから、この種のユーモラスな行為が、ちょっとした息抜きになります。

『「どういうことだ。俺を誰だと思っているんだ」。民主党の◇◇◇◇代表代行は13日夜、計画停電が病院や交通機関に与える影響を◆電側に問い合わせた。しかし、明確な回答はなく、「ご不明な点はカスタマーセンターまで」と書かれた紙がファクスで送られてきたため、◇◇氏は担当者を怒鳴りつけた。(2011/03/14-22:28)』(時事ドットコムの記事より一部をそのまま引用、ただし、◇◇◇◇と◆と◇◇は字数はそのままで伏字にしました。)

いろいろと声高に聞きたがる◇◇氏に対して、回答がファックスで静かに送られたというところも可笑しい。「◇◇さんて誰ですか?うざったい。」「そんなこと気にせずにFAXしてください。」という女の子と担当者殿の会話を想像してしまいます。

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2011年3月15日 (火)

非常用ご飯の味

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半年ほど前に、賞味期限(というよりも、保存期限)が切れかかった非常用ご飯と水を新しいのに取り替えました(「5年目の非常用ご飯」)。非常用ご飯は6食分、水はペットボトルが5本で、2本が非常用ご飯用、3本が飲料用になっています。

非常用ご飯とは、現代版の乾飯(ほしいい;乾燥ご飯)のことで、水は5年間の保存がきくように純水になっています。いわば理科の実験用の水なので、水らしい味わいはありません。

災害避難時には温かいご飯が食べたくなるという阪神大震災での被災者のフィードバックにもとづいて開発された非常用ご飯です。保存期限の切れかかった第1世代は、ご飯の入ったパックに水を注ぎそれをカセットガスバーナーで加熱する方式ですが、非常用ご飯向けには評判が悪かったのでしょう、第2世代はガスバーナー方式から使い捨てカイロ内蔵方式というか加熱袋方式へと操作が簡単になっています。

古いのをそのまま捨ててしまうのは知恵がないので、何度かに分けて、古い非常用ご飯を食べてみました。6食分の内訳は、白米、きのこご飯、炊き込みご飯がそれぞれ2食ずつで、乾燥させたご飯なので、お湯でも水でも食べられる状態に戻りますが、水で戻して平安時代の旅の気分を味わうのは遠慮して、お湯をパックに注ぎいれます。非常時にほぼ近いやり方です。きのこご飯を最初に選んだのですが、まあまあの味わいです。寒い場所だとホッとするに違いない。

こまかい保存期限など気にしてもしようがないので、しばらく日にちをおいて次は炊き込みご飯や白米を食べてみました。今度は、避難現場風ではなく、パックの中身を鍋に移し台所のガスで温めます。おかずの缶詰でもあれば白米、何もなければ炊き込みご飯ということになりますが、何もないときは温かい白米も貴重品です。

また4年半後に「保存期限が切れかかっていますよ」案内が届くまで、非常用ご飯をそのまま使わずにいられるとありがたい。

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2011年3月14日 (月)

地震と津波と非常用リュック

海に比較的近いところに住んでいて、今回のような予想を超えた大きさの津波に予想を超えた速度で襲われると、近くに丘や高台、あるいは頑丈な高い公共の建物がない限りなすすべがない。普段の住居が津波を避けられる場所にあっても、その時にたまたまなじみのない土地を仕事や観光で旅行中なら土地勘があるわけでもないので、余計になすすべがないかもしれません。

半年ほど前に「5年目の非常用ご飯」という記事で書いたように、神戸の震災以降は、定期的に、あるいは今回のような出来事があると、非常用リュックの中身を点検します。中に何が入っているのかは一覧表にしてリュックのポケットに入れてあるのだけれど、中身とその収納場所を目で再確認しておくと、いざという時にバタバタする度合いが少なくなるはずです。もっとも、非常用リュックは、それを置いてある自宅にいるときに災害に出会い、災難を回避するある程度の時間的な余裕がないと役に立ちませんが、一応の保険です。

テレビ画面では、避難所に避難している方々が非常用リュックやそれに類するものをお持ちかどうかを確かめずにはいられませんが、しかし、いちばん気ががりなのが原子力発電所の安全対策だったので、最新状況報告を求めてチャンネルを切り替えたりしていました。テレビ放送だけでは情報が偏るので、インターネット経由で国内・海外の各種情報や分析もあわせてチェックします。福島県から都心につながる幹線道路や幹線鉄道が通行止めになっているようですが、その判断理由が気になります。

◇ ◇ ◇

今回の地震と津波でお亡くなりになった方々に心からお悔やみ申し上げます。今回の地震と津波による被災者の方に心からお見舞い申し上げます。

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2011年3月11日 (金)

バブリーかもしれないいくつかの果物

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バブルとは、1,000円の商品が、たとえば4,000円から5,000円へと高くなり、その上昇傾向が続きそうなのでそれを見た人たちがその流れに乗るために余剰資金や他の場所から持ってきた資金をそこに投入し、その結果、もともと1,000円のものの値段が20,000円や30,000円にまで達し、しかしそのことをほとんどの人が異常だと思わない状況のことです。

過去の農産物を例にとれば、その典型は17世紀前半のオランダのチューリップで、球根1個が今の値段だと3千万円~4千万円くらいまで上昇しました。少し前に金融バブルに関する映画を見に行ったのですが、映画の中でもその頃のオランダのチューリップの値段が会話に登場していました。そして、バブルがはじけ、熱狂が過ぎ去ったあとは、その商品の異常な値段はたいていは急勾配を描く前のあたりまで下降するようです。

最近はとてもぜいたくな果物がいくつかあります。メロン・マンゴー・いちご・さくらんぼ、などです。穏当な価格帯のものもあるのですが、新商品が主要生産地で登場し、高価格帯のものは驚くほど高い。おそらく驚くほどおいしいのでしょう。

こういうものは、それに見合った味と満足度を考える前に、僕の中では関心の対象からはずれるのですが、念のため我が家のもう一人の消費者であるところの配偶者にこの4つの果物の中で食べたいものはあるかと尋ねたら、「マンゴー」。国産の完熟マンゴーのことです。特定の果物市場がひょっとしてバブリーな状態に入りかけているのではないかとも考えていましたが、我が家のようなところにもそういう消費願望を持つ消費者がいるということは、まだ健全な状況にあるのかもしれません。

果物は、金(ゴールド)や穀物とは違って、証券化市場や先物市場で値が吊り上っているということはないので、びっくりするような値段のマンゴーやいちごがあるといってもそれはその味にふさわしい値札をぶら下げているというだけのことなのでしょう。しかし、微妙なところです。

さて、目を、高価な果物から家庭の人気食材に転じると、家庭の人気食材は、魚だとマグロ、野菜ではトマト、そして果物はバナナで、この3つの食材の人気は安定しています(総務省家計支出調査)。では、値段はどうか。

日本以外で寿司などの需要が急速に高まったこともあり天然で上質のクロマグロというのはとても高価ですが、寿司好きの懐の豊かな人たちにとっては妥当な範囲に収まっているのでしょう。クロマグロ以外の冷凍マグロや養殖マグロもあるので、回転ずしの活況を見てもマグロはまだバブリーな状況ではないようですが、これも微妙なところです。

高いトマトの代表が栽培方法に手をかけたいわゆるフルーツトマトですが、野菜売り場に他の種類のトマトと一緒に並んでいます。野菜売り場におとなしく並んでいる間は他よりも少々目立つ場所に置いてあってもバブリーな状態とは思われない。これが普通の野菜売り場を離れて特別の場所を占領し始めるとヤバイ雰囲気になりますが、トマトが広い価格帯の家庭向け野菜である限りはそういうことはなさそうです。

バナナは新しい産地のおいしそうな種類や外国産有機も見かけますが価格がはじけるということはなくて、つねに手軽に必要な分量が買えるお手頃価格という印象です。

ある種の果物がバブリーであるかどうかは所得水準との関係で決まるので、日本ではバブリーであっても、日本のすぐ西側の大きな国の人たちの一部にはそうでないかもしれない。今でも少しは日本から果物を輸出していますが、寿司や刺身にまったく興味のなかった中国人がそれらを好きになったように、中国人消費者の舌の変化に応じて今後は急に日本人好みの果物の輸出が増えてくるかもしれません。その時の問題は「種や苗の著作権」。これは中国に限りませんが、輸出していた果物がいつの間にか現地生産されていたということが、高付加価値果物にはしばしば起こっています。

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2011年3月10日 (木)

それなりにあとを引く米粉パン

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米粉が残っているのでそれを使い切るために米粉パンを何度か焼いていると、最初のころとは違った感想を持つようになりました。(最初の頃の印象は、それほど良くなくて、「ためしに米粉パン」と「続・ためしに米粉パン」に書いてある通りです。)

何度か焼き、そして焼きたてや翌日・翌々日と食べ続けていると、米粉パンの楽しみ方というのが見えてきたようです。米粉パンの皮は薄くてパリパリと硬い、しかし中はしっとりとふわふわで、そういう意味ではバゲット型のフランスパンの特徴を少しは持っています。

もっともバゲットのように皮だけでも満足感でいっぱいになるという類のパンでは当然なくて、売りは中身のふわふわ・しっとりですが、そのしっとり感・ふわふわ状態は小麦パンと違って持続するので、ビニール袋に入れ空気を抜き気味にしてプラスチックの留め道具でぱちんと封をしてあれば、(翌日ではなく)翌々日でもトーストなしで食べられます。翌々日なのでこれは好みの問題ですが、トーストしない方が米粉パンらしさを楽しめるかもしれません。

タイムなどを混ぜ込んだ小麦パンの焼きあがる時にその辺いっぱいに広がっていく香りにくらべると米粉パンの焼き上がり時の香りはとても控えめだし、材料費も現在は全般的に高いし、小麦グルテンなど「麦」なしではうまく焼けない・膨らまないといった欠点があるのですが、なじんでくると、その味がそれなりにあとを引くようになってきました。

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2011年3月 9日 (水)

予期せぬ場所で、ジャズ

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所用で、無人駅で降りました。どれくらい前かはわかりませんが、以前は切符購入窓口があり駅員がいる駅だったようです。今は窓口には全面に板が打ち付けられています。

電車は1時間に1本、お昼過ぎだと2時間近く間隔があいています。用件を済ませてその駅に戻ってきたときに、運が良ければ20分ほど、運が悪ければ1時間近く、暖房のきいていない駅の待合室で待つことになります。外は軽い雪。近所に高校があるのでしょうか、電車を待つ女子高校生が待合室の中で3~4人でおしゃべりをしていたりもしますが、僕は寒いので、暖がとれる場所を探して近所を少し歩くことにしました。少し歩いて何もなければ無人駅に引き返すつもりです。

50~60メートル歩いた左手の家に、手書きで「喫茶店」とあり、「OPEN」とこれも手書きで書かれた段ボール風の四角い紙がドアノブにかかっています。中に入るとだれもおらず、しかし、50年代から60年代のジャズのLPジャケットが壁にずらっと飾られており、いくつかのテーブルと椅子の向こう側に、年代ものの高価そうな再生装置と最近の再生装置が並んでいます。

奥に声をかけると50年配の主人が出てきて、僕はコーヒーを注文し、主人が暖房装置にスイッチを入れながら「なにか、かけますか?」。さきほどの用件の整理を少ししようと思っていたので、その邪魔にならないような種類の、あるピアノトリオの60年代初めの頃のアルバムを所望しました。いい音が流れてきます。

10分ほどすると暖かくなってきたのでメモを何枚か作り、そこには30分ほどいたのですが、サイフォンに入ったカップ2杯分のコーヒーの値段が350円でした。

以下は2年前の冬の札幌での出来事です。(別の場所に書いたものから一部省略して引用)

『雪の休日の夕方、小型の個人タクシーを拾いました。行き先を言うと、僕と同年輩の男性運転手がカーステレオの後部座席用スピーカーの音量を適度に大きくしてくれました。流れてきたのは、女性ボーカルのUnforgettable。乾いていて、そして、しっとりしていて、うまいなあ、と思い、そのまま聴いていました。

3曲聴いたところで目的地が近づいてきたので、「この歌手はなんという名前ですか。」「ジャニス・シーゲル。・・・お客さん、マンハッタン・トランスファーはご存知ですか。」「ええ、一応。」「マンハッタン・トランスファーの女性ボーカリストです。」「うまいですねえ。」「ヘレン・メリルもちょっと飽きてきたので、近頃は、もっぱらジャニス・シーゲル。」』

雪の日はジャズに関して、こういう感じのいい予期せぬ出来事がときどき起こります。

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2011年3月 8日 (火)

ドライトマト入りの野菜スープと茶碗蒸し

最近は、国産の生食トマトを乾燥させたドライトマトを一部で見かけるようになりました。輸入したドライトマトはオイルに漬け込んであったり、塩を振りかけて乾かしたものが結構多いのですが、すなおにトマトの味を楽しみたい・引き出したいと思ったら、適当な大きさにカットしたそのままを余計なことをせずに乾燥させたものが好ましい。発色を良くするために加工してあるものなどは論外。

オイルなし・塩なしだとそのままかじってもおいしいし、ワインだけでなく最近の日本酒との相性もよさそうです。パスタとドライトマトの組み合わせは決して飽きがこないので「偉大なあたり前」と言えるかもしれません。

トマトやその他の野菜を入れた野菜スープが我が家は好きで定期的に作りますが、トマトも生トマトとドライトマトを使い分けると微妙に違う2種類が楽しめます。

生トマトの場合はスープ全体をトマトの赤い色でほんのりと染めますが、ドライトマトの場合は、実は赤く柔らかく戻っているのに、スープ全体の色に対する影響力はほとんどなくて、トマト以外の野菜が自分の色を主張しています。熱の通った生トマトと熱で戻されたドライトマトの食味や歯触りの違いを感じながらスープを食べるのも、トマト好きには面白い。

そういうドライトマトの性質を利用して、ドライトマトを具材に使った茶碗蒸しというのも乙なものです。和風料理にドライトマトという洋風めいたものが入りますが、全体はしっかりと和風トーンで統一されます。

□□□

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2011年3月 7日 (月)

「道半ばで、慙愧(ざんき)に堪えない」?

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「ざんき」ないし「ざんぎ」という言葉があり、漢字では慙愧あるいは慚愧ですが、その意味は「恥じ入ること」「恥じて心におそれおののくこと」です。慣用表現は「慚愧に堪えない」で、耐えられないほどおそれおののいている、耐えられないほど恥じ入っているという意味です。

新聞記事の内容は常に正しいとは限らないし、記者がある枠組みで事象を切り取って、つまりそれ以外の部分は捨てて報道するし、個別表現を一般表現・慣用表現で置き換えるということもしばしばあるので、その新聞記事の内容が正しいかどうかはわからないのですが、そのまま引用すれば「『道半ばで、慚愧(ざんき)に堪えない』-。・・・中略・・・『国民の皆様に多大なご迷惑をおかけしたことをおわびしたい』と深々と一礼した。」

別のニュースソースでは「『喫緊の課題である平成23年度予算案の審議が重要局面にさしかかっており、わたしの問題で国会審議を停滞させるわけにはいかない。わたしの目指してきた経済外交や日米同盟の深化が道半ばでできなくなるのは、ざんきに堪えない面もあるが、熟慮の末に一刻も早くけじめをつけるべきだという結論に至った』と述べました。」とあるので、本当に本人から「道半ばで、ざんきに堪えない」という発言があったようです。

ある程度以上の役職の政治家はこの言葉がお好きで、しかし、たいていは「残念だ」という意味での間違った使い方をするようです。「目標の達成を途中であきらめることになり、実に残念だ、ざんきに堪えない。」

「慚」(ざん)は、「自らかえりみて恥ずかしく思うこと」、「愧」(ぎ)は「他人に対して恥ずかしくおもうこと」。

とても牽強付会なやり方だと、「道半ばで、ざんきに堪えない」という表現のあらたな解釈が成立しなくもありません。「目標の達成を途中であきらめることになり、こんな状況に陥った自分が腹立たしいくらいに恥ずかしいし、いままで応援していただいた支持者の方々に対しても恥ずかしくて耐えられないくらいだ。」

言葉の意味は時として変化するので、そのうち辞書に「平成に入ってから政治家の間で流行し始めた表現で、しごく残念であるという意味で用いられる。チクショーというやや下品なニュアンスが込められている場合が多い。」という一項が追加されるかもしれません。

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たまにはピッツァ

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平均するとひと月半に一度くらい、たいていは日曜日のお昼御飯用としてピッツァを作ります。生地は薄いのが好み。小麦粉とトマト、トマトソース(自家製)、ピーマン、マッシュルーム、タマネギ、そしてチーズがあれば簡単にできあがります。それ以外に必要なのは小麦粉を勝手にこねてくれる機能を持った器具と1時間程度の発酵時間と麺棒とおいしいピッツァをたべたいという気持ちだけ。材料はできるだけ北海道のものを使いますが、季節によっては別の産地のものになります。

新聞の折り込みちらしに宅配ピッツァの宣伝がよく混じっています。たいていのチラシはごみ箱に直行ですが、小さな独立店が焼いている生地の薄い上品そうなのが目についたことがあります。プロの手を見てみようと一度だけ取り寄せましたが、配達の男の子が慣れていなかったのかアツアツではなかったし、コストパフォーマンスが自家製よりも低いので、それ以来たまのピッツァといえども自宅で作るものということになりました。

できあがりの色は赤と緑、あるいは赤と緑と黄色の組み合わせで、シンプルで飽きない。味は、手前味噌ではありませんが、けっこういけると思っています。食べすぎに注意。

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2011年3月 4日 (金)

北海道産小麦の冷凍ゆでうどん

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うどんは国産小麦粉を使って、素朴な味わいの腰のある自家製を楽しんでいますが(「安くておいしい自家製うどん」)、欠点は時間がないときの緊急対応ができないことです。

それから配偶者も僕も疲れていてともかく何か簡単なさっぱり系のものを口にしたい、しかし外食は気が進まないといった場合に役に立つ、北海道産小麦を使って北海道で作ったおいしい冷凍のゆでうどんがあればいいのにと思っていました。できたら、商品パッケージの原材料名欄には「小麦粉、食塩」以外の文字がないこと。

まったくの偶然ですが、普段は缶ビールなどでしか利用していない地元のスーパーマーケットを配偶者とうろうろしている時に、それらしき冷凍ゆでうどんを見つけました。プライベートブランド形式になっていますが、製造者や販売者が香川県に関連した会社なのでひょっとしてと思い、一度試してみることにしました。

これが大当たりで、いわゆる讃岐うどん風の特徴を備えています。腰があってつるつると喉ごしがよい。冷凍ゆでうどんなので、賞味期間は10か月程度。冷蔵庫に1袋(3個入り)を放り込んでおけば、いざという時に役に立ちます。でも、おいしいのでその前に食べてしまうかもしれません。

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2011年3月 3日 (木)

卵の色、あるいは黄身の白い卵

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1年ほど前に「黄身の色が淡いレモンイエローの卵」という記事を書きましたが、それは日本の穀物自給率に関するもので、穀物はヒトも食べるが、鶏や豚や牛も食べる、穀物消費量はヒトと家畜とではだいたい半々くらい、なかでも鶏は輸入トウモロコシをたくさん食べている、だから、トウモロコシの代わりに、飼料用の国産のコメを鶏に食べさせてコメ消費を底上げすることもできるし、そういうエサを食べて育った鶏の卵も地域によっては実際に出回っている、といった内容のものでした。

卵の色はエサというか飼料に依存するので、トウモロコシをたくさん食べている鶏の卵(黄身)の色は濃い黄色というか濃いオレンジ、一方、飼料用のコメをたくさん食べている鶏の卵(黄身)は、とても淡い黄色・白い色になります(下の写真をご覧ください)。たとえば、飼料に魚粉が多いと、卵も当然それらしい匂いになり、つまりは飼料の内容によって卵の味や香りやが左右されるということですが、ここではトウモロコシ飼料主体の卵を「トウモロコシ卵」、コメ飼料主体の卵を「コメ卵」ととりあえず呼ぶことにします。

Photo

「トウモロコシ卵」(左) と 「コメ卵」(右)

(写真は「国立ファーム有限会社」様からお借りしました。)

トウモロコシにコメを1割ほど混ぜた飼料を食べた鶏の卵が、全国で発売されたそうです。一部の地域ではすでにいくつかの別の供給業者から「コメ卵」は発売されていましたが、今回は大きな供給業者が「コメ卵風の卵」の展開に踏み切ったということです。コメ飼料の割合が一部だと、黄身の色は今までとさほど変わらない。

消費者は、普通は、慣れ親しんだ食べ物の色にこだわりがあり、その色だと安心するという習性があります。淡い緑のキャベツと紫キャベツ、緑や白のアスパラガスと紫のアスパラガス、赤いトマトと黄色やオレンジ色のトマトなどは、最初の違和感の段階が乗り越えられて新旧2色(ないし3色)があたり前の状態になった野菜の例です。ただし、淡い黄色のジャガイモではなく深紅色のジャガイモになると「うーん」と躊躇する人がいるかもしれません。「うーん」段階の食材も他に少なくありませんが、卵もそのひとつです。「目玉焼きの目玉はどこへ行った?」

しかし、コメ飼料主体の「コメ卵」や「コメ卵風の卵」とその特徴が消費者に浸透していけば、店頭に並ぶ卵も徐々に、黄身の色が非常に淡いレモン色ないし白い色に置き替わっていくでしょう。

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2011年3月 2日 (水)

桃の節句と甘酒

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雛祭り(ひなまつり)は桃の節句で、節句は季節の節目なので、自然とそうなっていったのか誰かの手が入った結果そういう構成になったのかは知りませんが、植物でいえば、七草(1月7日)、桃(3月3日)、菖蒲(しょうぶ)(5月5日)、竹(7月7日)、菊(9月9日)が代表的な節句の花や草です。桃の節句は女の子、菖蒲の節句は菖蒲の形が刀みたいでもあり男の子、そして、七夕というとお願いごとを書いた短冊を結びつける竹や笹がすぐに連想されます。

雛祭りは、人形と女の子と桃の花、そして白酒(しろざけ)ですが、この季節は僕の中では同時に甘酒の季節でもあります。

白酒は、蒸した「もち米」に味醂(みりん)、または米麹(こめこうじ)と焼酎などを混ぜて仕込み、1ヶ月ほど熟成させてすりつぶしたもの。甘酒は、まじめな造りのものは、米麹とお粥に炊いた「もち米」をまぜあわせて半日くらい保温発酵させたものです。「蒸す」と「炊く」という料理法の違いがありますが、米はともに「もち米」。甘酒はすぐにできるので、以前は各家庭で自家製甘酒がよく見られました。

一方、甘酒の簡易版は酒粕(さけかす)を溶いて煮込んで好みの甘みをつけたもの。こちらは酒粕なので、日本酒適合米、つまり「うるち米」が主原料ということになります。配偶者と今もときどき楽しんでいるのはこちらの簡易版。

酒粕は、その時期は酒蔵によって違いますが、多くは年が明けて落ち着くと売り出す季節商品なので、甘酒を飲みたいと思ったら、めざとく見つけて手に入れておく必要があります。もっとも我が家での酒粕の主な使い方は、魚の粕漬けです(「酒粕(さけかす)と味醂粕(みりんかす)」)。

で、桃の節句と聞くと、なぜか甘酒。

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2011年3月 1日 (火)

地下鉄の記憶

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必要があって、香港の地下鉄路線図を眺めていました。最寄駅の名前から、興味の対象がどんな場所・どんな地域にあるのかを調べるためです。

地下鉄は好きな乗り物で、日本で地下鉄を利用したことのある都市は、北から札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡。住んでいる、住んでいた、あるいは住んだことのある街の場合は仕事と生活の両面で利用しますが、そうでないところでは、もっぱら仕事での利用がほとんどです。

外国だと、ロンドン、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、パリ、バルセロナ、香港、ソウル。休暇旅行の場合は、必需品のように利用しますが、出張などの場合は、街中の移動にはタクシーの方が目的場所まで直接行けて便利なことが多いので、地下鉄は仕事が終わったあとの隙間の時間に楽しみのために乗るということも多かったと思います

記憶の断片をランダムに簡単につづると、タバコの煙が車内にもうもうと立ち込めていたロンドンの地下鉄、ハングルが読めないと気楽な移動が難しかったソウル、地上を走る地下鉄というのはよくありますがシカゴは高架鉄道風の地下鉄とでも呼べばいいのか、そして夜遅くにコートを着て乗る機会の多かったニューヨークの地下鉄などということになります。地下鉄に乗るとそのあとたいていは少し歩きますが、町の風情を感じながら歩くことも地下鉄というものの一部かもしれません。そういう意味ではパリやボストンなどでは歩く方に比重をかけた方がいいようです。

地下鉄路線図は、どこの路線図を見てもその構成というか描き方が似ていて、上海の路線図も北京の路線図も米国の路線図も、以前はロンドン、現在は東京の地下鉄の路線図の描き方がベースにあるような印象を受けます。真偽のほどは知りません。

調べたわけではないので経験に基づく印象ですが、世界の地下鉄の路線の中で1時間当たりの本数が一番多いのは、つまり利用者にとってとても便利で同時にせわしないのは東京の銀座線だと思います。朝夕は2分に1本なので、乗り遅れても焦ることはない。しかし、古い路線なのでホームが混雑すると危ないし、最近の路線の空調の快適さも持ち合わせていません。

それに比べると札幌の地下鉄は、次の到着を待つのがイライラしますが、札幌ドームからの帰りを例外とすれば、比較的ゆったりとした気分で乗り降りできます。

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