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2011年3月 7日 (月)

「道半ばで、慙愧(ざんき)に堪えない」?

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「ざんき」ないし「ざんぎ」という言葉があり、漢字では慙愧あるいは慚愧ですが、その意味は「恥じ入ること」「恥じて心におそれおののくこと」です。慣用表現は「慚愧に堪えない」で、耐えられないほどおそれおののいている、耐えられないほど恥じ入っているという意味です。

新聞記事の内容は常に正しいとは限らないし、記者がある枠組みで事象を切り取って、つまりそれ以外の部分は捨てて報道するし、個別表現を一般表現・慣用表現で置き換えるということもしばしばあるので、その新聞記事の内容が正しいかどうかはわからないのですが、そのまま引用すれば「『道半ばで、慚愧(ざんき)に堪えない』-。・・・中略・・・『国民の皆様に多大なご迷惑をおかけしたことをおわびしたい』と深々と一礼した。」

別のニュースソースでは「『喫緊の課題である平成23年度予算案の審議が重要局面にさしかかっており、わたしの問題で国会審議を停滞させるわけにはいかない。わたしの目指してきた経済外交や日米同盟の深化が道半ばでできなくなるのは、ざんきに堪えない面もあるが、熟慮の末に一刻も早くけじめをつけるべきだという結論に至った』と述べました。」とあるので、本当に本人から「道半ばで、ざんきに堪えない」という発言があったようです。

ある程度以上の役職の政治家はこの言葉がお好きで、しかし、たいていは「残念だ」という意味での間違った使い方をするようです。「目標の達成を途中であきらめることになり、実に残念だ、ざんきに堪えない。」

「慚」(ざん)は、「自らかえりみて恥ずかしく思うこと」、「愧」(ぎ)は「他人に対して恥ずかしくおもうこと」。

とても牽強付会なやり方だと、「道半ばで、ざんきに堪えない」という表現のあらたな解釈が成立しなくもありません。「目標の達成を途中であきらめることになり、こんな状況に陥った自分が腹立たしいくらいに恥ずかしいし、いままで応援していただいた支持者の方々に対しても恥ずかしくて耐えられないくらいだ。」

言葉の意味は時として変化するので、そのうち辞書に「平成に入ってから政治家の間で流行し始めた表現で、しごく残念であるという意味で用いられる。チクショーというやや下品なニュアンスが込められている場合が多い。」という一項が追加されるかもしれません。

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