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2011年4月

2011年4月28日 (木)

野菜(摂取)不足と100ミリシーベルト(その2)

我が家のある札幌市は、泊(とまり)原子力発電所の東側60キロメートルから80キロメートルあたりに位置しており、途中に高い山はなく、季節によっては強い西風が吹きます。現在、福島第1原発からそれなりに距離のある(40~80キロメートル離れた)複数の場所の放射線量がどういう状況なのか気になるので、4月25日の測定値をもとにしてその日以降の年間被曝量を計算してみます。「地震と津波と非常用リュック」「非常用ご飯の味」ではありませんが、将来、北海道で同じような事故が起こった場合の、念のための私的なシミュレーションです。

4月25日午後2時の福島県内のそれぞれの地点の「空間線量」(福島県災害対策本部の用語だと「環境放射能測定値」)は以下のようになっています。最近の2週間くらいは徐々にゆるやかに下がっていますが、以下は事故から約1か月半経過した時点の線量です。

◇福島第1原発から北西約63㎞ : 1.65マイクロシーベルト/ 時
◇福島第1原発から西約58㎞   : 1.51マイクロシーベルト/ 時
◇福島第1原発から西南西約81㎞: 0.64マイクロシーベルト/ 時
◇福島第1原発から北西約39㎞ : 4.08マイクロシーベルト/ 時

これに24時間と365日をかけると、その日の線量がその日以降1年間持続した場合の年間線量が計算できます。しかし、被曝総量(累積)は外部被曝量(累積)と内部被曝量(累積)の合計で、内部被曝量は呼吸による被曝と食べ物(農畜産物や魚介類や水)の摂取による被曝の合計なので、リスクをどう考えるかの違いを考慮して、2つの場合を考えます。

(1) 総被曝量 = 外部被曝量 + 内部被曝量 = 空間線量 * 3倍
(2) 総被曝量 = 外部被曝量 + 内部被曝量 = 空間線量 * 2倍

ですから、たとえば、福島第1原発から北西約63㎞の地点の年間総被曝量は

(1)1.65マイクロシーベルト/ 時 * 24時間 * 365日 * 3倍 = 43,362マイクロシーベルト = 43ミリシーベルト
(2)1.65マイクロシーベルト/ 時 * 24時間 * 365日 * 2倍 = 28,908マイクロシーベルト = 29ミリシーベルト

となります。

この計算式を使い、上述の4カ所での1年間の被曝量を、「ICRPの緊急声明による短期限度量上限」である「20ミリシーベルト」(現在の政府の改定基準値)と対比しながら棒グラフにしてみると以下のようになります。

ところで、福島県が県内の20カ所の小学校で4月5日から4月6に日かけて「地上高1m」と「地表面」の空間線量を測定した結果があるのですが、「地上高1m」と「地表面」の空間線量を比較すると、「地表面線量」が「地上高1m線量」よりも平均値で30%高くなっています(1.3倍)。つまり、野菜などの農産物には、「空間線量」の1.3倍の量の放射線量が降り積もっていると考えた方がよさそうです。

その前に、空間線量(環境放射能測定値)の推移(途中が飛び飛びデータですが)は以下のようになっています。

_

以下は、「総被曝量 = 外部被曝量 + 内部被曝量 = 空間線量 * 3倍」の場合。

Photo

以下は、「総被曝量 = 外部被曝量 + 内部被曝量 = 空間線量 * 2倍」の場合。

Photo_2

今後、線量がどれだけ着実に減少していくかが気になりますが、福島第1原子力発電所からの放射性物質の「安定的な」拡散は今後まだ数か月から1年はどうも続きそうなので、この2つのグラフは、あるいはそういう環境で生活することになった場合の一応の目安にはなります。

<「野菜不足と100ミリシーベルト」の終わり>

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2011年4月27日 (水)

野菜(摂取)不足と100ミリシーベルト(その1)

それぞれ性質の違うものであっても、ある特定の視点からそれらを比較しようと思えば比較できるし、その比較にそれらしい論理や意味を持たせることもできます。

興味深い新聞記事(以下の『・・・』部分)が目に入ったので、それを利用しながら、ちょっと話を進めてみます。

『放射線の発がんリスク 100ミリシーベルトで受動喫煙者並み』『放射線を健康に影響が出るとされる100ミリシーベルト程度浴びた場合でも、がんの発生するリスクは受動喫煙や野菜不足並みにとどまることが、国立がん研究センターの調べでわかった。・・・中略・・・肥満や運動不足、塩分の取り過ぎなどでがんを発症するリスクは1.1~1.2倍程度で、放射線を100ミリシーベルト~200ミリシーベルトを浴びた場合よりも高い。・・・後略・・・』(日本経済新聞 2011年4月25日朝刊)

以下はその記事の中の参考テーブルの内容をそのまま引用したもの。ここでは「野菜摂取不足と100ミリシーベルト」テーブルと呼ぶことにします。

100_2

記事の趣旨は、放射線の発がんリスクなどたいしたことはありません、100ミリシーベルトの放射線量による発がんリスクの大きさは「野菜(摂取)不足」によるそれと同じくらいです、一般の住民の方は今回の福島原発の事故による放射線被曝のことなどあまり気にせず、農産物や魚の産地にも過敏にならず、野菜を食べ水を飲み、しっかり運動しましょう、というものかと思われます。

ここで、視点を変えて、日本全体とある架空の地域の年間死亡者数、一般の癌による死亡者数、交通事故による死亡者数、犯罪による死亡者数、殺人による死亡者数を比較してみます。

その架空の地域の人口は、200万人です。福島県の人口が207万5555人(2008年)、札幌市の人口が191万5542人(2011年3月現在)なので、現実的な想定です。福島県には福島第1原子力発電所、福島第2原子力発電所があるように、北海道には泊(とまり)原子力発電所(原子炉は3基)があり、札幌市は泊原発の東側60キロメートルから80キロメートルあたりに位置しており、途中に高い山はなく、季節によっては強い西風が吹き抜けます。

すべて2008年の数字で、データソースは各関係省庁や統計局のホームページや資料です。

◇日本の人口          : 1億2706万6178人
◇日本の年間死亡者数    : 114万2407人(日本の人口の0.89906%)
◇癌による年間死亡者数   : 34万2963人(日本の人口の0.26991%)
◇交通事故による年間死者数: 5155人(日本の人口の0.00406%、1990年代は死者数は1万人)
◇犯罪による死亡者数    : 1211人(日本の人口の0.00095%)
◇他殺による死亡者数    : 546人(日本の人口の0.00043%)

この日本全体の比率を人口200万人の架空の地域の各項目にそのまま当てはめると、以下のような数字になります。

◇架空地域の人口       : 200万人
◇架空地域の年間死亡者数 : 1万7981人(人口の0.89906%)
◇癌による年間死亡者数   : 5398人(人口の0.26991%)
◇交通事故による年間死者数: 81人(人口の0.00406%)
◇犯罪による死亡者数    : 19人(人口の0.00095%)
◇他殺による死亡者数    : 9人(人口の0.00043%)

ところで、東大病院の放射線治療専門チームのブログ(2011年3月29日)によれば、『さて、実効線量で100mSv~150mSv(ミリシーベルト)以上の被ばくになると、発がんの確率が増していきますが、100mSv(ミリシーベルト)で0.5%の上乗せにすぎません。200mSv(ミリシーベルト)では1%と、線量が増えるにつれ、確率は“直線的に”増えるとされています。しかし、日本人の2人に1人が、がんになりますので、もともとの発がんリスクは約50%もあります。この50%が、50.5%あるいは51%に高まるというわけです。』となっています。(アンダーラインは「高いお米、安いご飯」で追加)

癌にかかった方の何%の方が癌を主な原因として亡くなるのかは正確にはわかりませんが、『日本人の2人に1人が、がんになるので』という意見をそのまま参考にすると、2008年に日本全体で亡くなった方が114万2407人なので、その半分の57万1204人が重いか軽いかは別にしてなんらかの癌にかかっていたことになります。

日本全体で1年間に亡くなった方(114万2407人)のうち癌を主な原因(死因)としてなくなった方が34万2963人(2008年)なので、その数は「重いか軽いかは別にしてなんらかの癌にかかっていた」57万1204人の60%です。だから、もしもこの架空の地域(人口200万人)の「半分」の方(100万人)が、100ミリシーベルトの放射線量を原発事故によって蓄積被曝(外部被曝と内部被曝の総量;内部被曝は呼吸によるものと食べ物によるものの合計)したという非常に悪い状態を想定すると、5000人の方(100万人の0.5%)に癌が発症します。癌を発症した5000人のうち、その60%に相当する3000人の方が、この癌を死因として10年後か20年後かはわかりませんが、そういう年数が経過した後に亡くなるであろうということが想定されます。3000人の方が10年間に順番に亡くなるとすると、1年あたりの死亡者数は300人です。

整理すると、以下のようになります。

◇人口が200万人の架空地域の半数(つまり100万人)が、放射線量100ミリシーベルトの累積被曝(外部被曝+内部被曝)をこうむったときに、確率的に増加する癌発症者の数は5000人(100万人の0.5%)
◇その癌発症者のうち、その癌が死因で死亡する人の数は3000人(5000人の60%)
◇その3000人が10年間で平均的に死亡した場合の年間死亡者数は300人

さて、人口200万人の地域におけるこの300人という数字はどんな意味を持つのか。

「野菜摂取不足と100ミリシーベルト」テーブルに登場した「野菜(摂取)不足」や「酒の飲み過ぎ」、「運動不足」や「喫煙」などは自分でコントロールできる範囲の項目、自分の趣味の範囲の項目です。「野菜は嫌いだが、肉は好き。毎晩けっこう飲んでいるのは、忙しさの息抜きなので致し方ない。煙草はリラックスできるのでそれなりにいいと思うよ。」その通りだと思います。

しかし、「犯罪による死亡」や「他殺による死亡」、「原子力発電所の事故で放出された放射線や放射性物質による確率的な癌の発症とその後の死亡」は、逆の立場にでも立たない限り、自分では排除するのがまず不可能な項目です。「300人」はこのカテゴリーに属する数字です。

単純に比較すると、交通事故による死者の約4倍、犯罪による死者数の約16倍ということですが、今回のような原発事故の性格を、失礼ですが、未必の故意に近いものかもしれないと考えると、「300人」は相当に大きな数だということになります。野菜(摂取)不足と比べる性質のものではないように、僕には思われます。

<(その2)に続く>

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2011年4月26日 (火)

原子力発電のコストは安い?(その2)

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「水力発電のコストが違いすぎるのだが、それ以外は、まあ、そういうことか」ではそれ以上は先に進まないので、このような比較や分析を、たとえば有価証券報告書のような上場企業の第三者への公表データや官公庁の公表データといったオープンなデータだけを使いながら、もっと細かく、そしてもっとマクロに推し進めた資料はないかと捜してみると、どうもぴったりのものが、「内閣府 第48回原子力委員会定例会議」(平成22年9月7日)の配布資料にありました。その資料のタイトルは「原子力政策大綱見直しの必要について-費用論から見た問題提起-」(立命館大学・大島堅一教授)です。

その資料では、公表データだけを使いながら、電源別のコストが長期間にわたり把握されており、また、損益計算書上の製造原価(売上原価)というランニングコストだけでなく、発電所建設に関する政府補助金や、原子力発電特有のバックエンドコスト(使用済み核燃料の処理費用や放射性廃棄物の処理費用、あるいは安全に廃炉にするための費用など)なども視野におさめられています。

「原子力政策大綱見直しの必要について-費用論から見た問題提起-」は内閣府の公開資料なのでその一部を引用させてもらって話を進めます。

まず、電源ごとの発電単価(発電コスト)ですが、これは電力各社の有価証券報告書総覧から作成したもので、以下のようになっています(資料の7ページ)。

__

表の中に「揚水(ようすい)」とか「原子力+揚水」という表現が出てきます。揚水発電(ようすいはつでん)という用語は、最初は耳慣れないのですが、次のような意味です。

原子力発電所は昼も夜も一定量の電気を生産し続けないと安定して安全に働かないので、たいていは夜間電力の処理が問題になり、つまり夜は消費してくれる人が減って電気が余ってしまうのだがそれをなんとか使わないといけないという問題が発生し、そうなると内部で夜に電気を消費してくれる見えざる消費者を作り出すしかありません。それが揚水発電所です。

原子力発電の安定運用を支援することが揚水発電の基本の目的ですが、その方式は水力発電なので水力発電の一部という分類も可能です。その場合は「水力発電」=「一般水力発電」+「揚水発電」となります。

水力発電は高い所から落ちてくる水の力を利用して発電するというものですが、そのためには水が高いところにないといけない。だから、夜に原子力発電所で余った電気を使って水を低い場所から高い場所に移し、午後などの電力需要が大きくなる時間帯にその水を流して水力発電に使うというものです。だから、揚水発電所は、たいていの場合、原子力発電所とペアでつくられます(原子力発電所以外では、定常出力の必要な非常に大型の火力発電所向けにも用意される)。揚水発電所には、緊急時の電力供給という機能もありますが、原子力発電所を助けるための、喩えは悪いですが、地面に穴を掘ってまた埋め直すようなモチベーションの上がらない作業に近い機能を担っているといえるかもしれません。

だから、揚水(ようすい)発電に関する建設費用や運用費用は、原子力発電の付帯設備費用・付帯運営費用となります。つまり、「広義の原子力発電」=「狭義の原子力発電」+「揚水発電」ということです。

次に、エネルギー関係というか発電関係の費用の構造に進みたいのですが、その構造は以下のようになっています(資料の4ページ)。

___2

この資料が対象としていないのは、「事故に伴う被害と被害補償費用」(上の図の④)で、これは現在、東京電力が福島原子力発電所の事故にともなって頭を抱えている問題です。

そういう費用や補助金の追加処理をしたあとで、再び電源別の発電コストに戻ると以下のように風景が変化します。(資料の15ページ)

___3

どうも、クリーンとかCO2といった風評議論の以前で、原子力発電(原子力発電+揚水発電)が一番コストの高い電力ということになりそうです。

【註】 電源別コストの計算方法や公的財政補助金の電源別の取り扱いロジックについては当該資料の中でまとめられているので、そちらをご覧ください。

◇ ◇ ◇

ここでは、CO2の排出とは縁が薄いのでクリーンなエネルギーという「風評」に包まれてきた(まだ、包まれているかもしれない)原子力発電所の事故にともなう放射線被曝や放射性物質の拡散による外部被曝や呼吸による内部被曝、水や食べ物(農畜産物や魚介類)の摂取による内部被曝の健康への悪影響は考慮していません。

農産物の廃棄処分を余儀なくされた農家や今年の作付を禁止された農家がこうむる損失も考慮の外です。圏外移住をよぎなくされた方々の補償費用もここには含まれていません。それらを考慮したらコストはさらにどう変化するか。これからは、推測値でなく、細かい実績値が実際に代入できます。

<「原子力発電のコストは安い?」の終わり>

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2011年4月25日 (月)

原子力発電のコストは安い?(その1)

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原子力発電は他の発電方法よりも発電コストが安いということになっているようですが、本当にそうなのか。風評なのか事実なのか、それがよくわからない。

さすがに最近では「再生紙」を使うことや「マイ箸(はし)」を使うことに生きがいを感じる方々もほとんどいないと思いますが、これらは「風評」の古典的な例と言えるかもしれません。ここで風評という言葉は、事実でないことが事実であるかのような衣装をまとって風のように僕たちを取り囲むこと、という意味で使っています。つまり、再生紙やマイ箸は資源の保護ということで登場したのですが、実は少し大きい視点でそれらとそれらの周りの環境を同時にみると、資源の無駄遣いであることがわかってきたからです(箸については「間伐材の割り箸」、「割り箸の産地」)。もっとも、洞察力のある人たちは最初からそういうことがわかっていたのかもしれませんが。

「CO2温暖化説」というのも、どうも結構壮大な「風評」だったということがだんだんとわかってきました。その「CO2温暖化説」と強く結びついてきたのが「クリーンでコストが安い」とされる原子力発電なので、ある確率で事故が起きると放射線物質をまき散らすことになる原子力発電所が本当にクリーンであるかどうかについてはここでは触れませんが、そのコストについてはできる範囲で調べてみたいと思います。(なお、日本で、最初に原子力発電が導入されたころには「CO2温暖化説」はまだありませんでした。)

最新のデータが2004年に計算されたものでなぜそれ以降がないのか不思議なところもあるのですが、各種電源のコスト比較は電気事業連合会のホームページや資源エネルギー庁のホームページから簡単に手に入ります。(以下の横棒グラフ)

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(電気事業連合会「原子力・エネルギー図面集」2011年版より【もともとの出典は、「電気事業分科会コスト等検討小委員会資料」<2004年1月>)

【註】送電端とは:発電機が発電した電力量そのもので効率を計算するのが発電端効率。発電端電力量から発電所内で消費した電力量を差し引いて効率を計算するのが送電端効率。

グラフを見ると、設備の運転年数によってそれぞれの発電コストが違ってきますが、ここでは原子力は他とくらべてコスト優位性を持っているようです。

すこし寄り道をします。

たいていの場合、とくに同じような品質の一般的な工業製品(たとえばコピー用紙)の値段が他よりも高いという場合は、原材料が必要以上に高いか製造方式などに無理が生じているかなので、市場からは自然と淘汰されていくようです。

もう少し細かく見ると、値段の高いものは材料費が高いかどうか(食べ物だといい食材や天然の食材あるいは無農薬野菜などを使っているかどうか、あるいは、良質の塩や醤油や酢を使っているかどうか)、生産設備にお金がかかるかどうか(農産物生産だとハウス栽培のハウスやトラクターなど)、生産工程が複雑か、食べ物であれば生産工程が丁寧かどうか(無農薬栽培や有機栽培など)、それから、広い意味では生産設備の一部ですが、生産のあとの処理費用(たとえば、家畜の糞尿処理、あるいは化学工場の廃液処理や原子力発電所の使用済み核燃料の廃棄処理や廃炉処理など)にどれくらいお金がかかるかなどの要素で決まってきます。

生産全般に関する費用は、最初に設備を建設する費用、その後、材料を購入し設備のメンテナンスをしながらモノを製造する費用(いわゆるランニングコスト)、生産中止後のあとしまつの費用とわかれます。またそれ以外の付帯設備・付帯費用もあり、そういうものはコスト計算の目的によってその製品の原価に直接的に取り入れたり、あるいは間接的にある比率で割り振ったりします。

株主や証券アナリストに配慮の深い上場会社の年度別の有価証券報告書や四半期ごとの決算報告書には、企業全体の経営成績だけでなくセグメント別の経営成績が同時にまとめられています。第三者が興味を持つセグメント別の経営成績とは、主要ビジネス別の経営成績ということで、つまり電力会社の場合は水力発電や火力発電や原子力発電、そして風力発電のような新しい発電方式ごとの売り上げ推移や損益状況の推移のことですが、それがそういった資料からはなかなかすっきりとは見えてきません。(電力会社は電気事業・情報通信事業・その他といった区分に興味があるようで、それはたしかにセグメント別の区分ですが、電気事業の占める割合が大きすぎるのであまり意味がある区分とは思われない。)

電力会社は大規模上場企業なので有価証券報告書が公表されています。電力10社の中から北海道電力と関西電力の平成21年度の有価証券報告書を見ることにします。

なぜ北海道電力と関西電力かというと、僕の住まいは札幌なので北海道電力、東京電力についで大きいのが関西電力なので関西電力。ともに、原子力発電量の割合の相対的に大きな電力会社で、2社の原子力発電所はともに日本海側に建設されています。

損益計算書の構成は、「営業収益」(電灯料や電力料など)から、「営業費用」(水力発電費・原子力発電費などの電気の製造原価、送電費・変電費・配電費などの間接費、それに販売費・一般管理費などの経費の合計)を差し引くと「営業利益」が求められるという構造ですが、コスト計算・コスト比較が目的なので、ここからは「水力発電費」「火力発電費(汽力発電費+内燃力発電費)」「原子力発電費」「新エネルギー等発電費」を持ってきます。

また、報告書の始まりに近い場所には「生産、受注及び販売の状況」という項目がありそこに「水力発電電力量」「火力発電電力量」「原子力発電電力量」「新エネルギー等発電電力量」が記載されているので、たとえば「火力発電費」を「火力発電電力量」で割れば、「火力発電のコスト」が求められます。

その計算を、北海道電力と関西電力の平成21年度の有価証券報告書(平成22年度のものはまだなので)の数字を使って行ってみると、以下のような横棒グラフになります。関西電力では「新エネルギー等発電費」が記載されていないので「ゼロ」となっています。

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最初のカラフルな棒グラフと2番目のグレー系の棒グラフを見比べて気が付くのは、水力発電のコストが違いすぎることですが、それ以外は、まあ、そういうものかという感じです。

<(その2)に続く>

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2011年4月22日 (金)

無洗米、あら意外と便利じゃない

我が家も今回の震災の時に東京の知り合いに、念のために、「ふっくりんこ」という北海道南部産の無洗米を5㎏だけ送ったのですが、東京でも、非常用に向いているということで無洗米の人気が急に上昇したようです。理由は、研(と)がずに炊けるため水を節約できる。ペットボトルの水だけでも炊ける。

では、どういう消費者層が今回、無洗米を新たに買ったのかということを新聞記事やインターネット記事などで調べてみると、普段からコメを食べ、コメを研ぐ習慣のある人たちが結局は多かったようです。コメを自宅であまり食べない人にコメをもっと食べてもらう手段の一つとして無洗米やコメの少量パッケージ(そして、両者の組み合わせ)があるのですが(「2合と2㎏(その2)」)、それらは日常生活の中でそういう消費者に徐々に浸透するしかないのかもしれません。

以下は、「全国無洗米協会」のホームページからお借りしたグラフ(無洗米の生産量推移)ですが、2011年のデータが加わった時には、50万トン位の高さの棒になっているかもしれません。

日本での年間のコメ需要量は約810万トンなので(「お米の価格と都道府県別の需要実績(その1)」、無洗米の割合は43万トンの場合は5.3%、50万トンだと6.2%。

東京の知り合いの反応は、「あら、意外と便利じゃない」なので、無洗米の消費量は普通米を代替する形で少し増えるかもしれません。コメを研ぐのが面倒でコメを炊かない人たちに、無洗米の便利さが、今回の新規購入者(つまり、コメのベテランたち)の経験を通して口コミで伝わっていけばコメ消費の拡大につながるのですが。

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2011年4月21日 (木)

北海道のカニは毛ガニ

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カニの時期は長くて、12月から8月で、北海道ではいろいろな種類のカニが獲れます。タラバガニ、花咲(ハナサキ)ガニ、ズワイガニ、そして毛ガニ。ズワイガニは北海道以外でもよく獲れるので、産地によって越前がにや松葉がにと呼ばれています。

もっとも北海道らしいカニはと聞かれたら、僕は躊躇なく毛ガニと答えます。全身が毛でおおわれているので毛ガニですが、小ぶりで、ともかく味が良い。だから値段も高い。

タラバガニのような大型ではないしロシアからの輸入もないので、手頃な値段の和風の料理屋や居酒屋で2時間飲み放題、食べ放題といった会社帰りの宴会コースには向いていません。痛快丸かじりというタイプのカニではありません。毛ガニを腹いっぱい食べたという感じを街中の料理屋で持つためには、ある程度は懐の覚悟が必要かもしれません。あるいは、温泉地のホテルや旅館に出かける必要がありそうです。

3月11日の震災以降は、観光客が少ない、宴会も少ない、ということで、高級食材としての毛ガニの売れ行きがさえないそうです。そういう状況の反映か、一部のデパートの魚介類売り場では、「2杯でいくら」という今まで見たこともないような毛ガニの売り方もしています。

懐に余裕のある方は、今日の晩ごはんにいかがですか?

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2011年4月20日 (水)

食べ残し、あるいは生ごみ

むつかしげな用語を使えば食品廃棄物ということになりますが、要は食べ物(食材や加工食品、お店で注文した料理や自宅で作った料理)の使い残しや食べ残しや使い途のなさそうな素材の残り、つまり生ごみのことです。

環境庁の分類を拝借すると、食品廃棄物には製造段階のもの、流通段階のもの、消費段階のものがあり、製造段階で登場するのは食品製造業者でそこで出る生ごみのことを動植物性残渣(ざんさ)といいます。食べ物としては使えない魚や肉や野菜の一部のことです。

流通段階のプレーヤーは食品卸や食品小売り業ですが、流通段階での生ごみとは売れ残りや廃棄された食品で、売れ残ったスーパーの総菜や時間切れのコンビニ弁当はここに入ります。

消費段階のプレーヤーは外食産業や我々の家庭で、この段階の生ごみは、調理くずや食べ残し、特売で買ったはいいが買いすぎて食べきれずに捨てるもの、あるいは冷蔵庫の奥や端で賞味期限や保存期限がすぎてしまってごみ袋にしかたなく住居を移す生鮮食品や加工食品などです。

どこまでを業務系の生ごみ、どこからを家庭系の生ごみとするかは少々むつかしい問題ですが、(1)すなおに、食品製造業・食品卸売業・食品小売業・外食産業の生ごみを業務系ごみとすると、その量は平成18年(年間)で1135万トン、一方、家庭から出る生ごみは、平成18年に1034万トン (2)外食産業も家庭の一部と考えると、家庭系の生ごみ量は1年間(平成18年)で1338万トン、その場合の業務系の生ごみは831万トン。ここではすなおに(1)の区分を採用しますが、家庭から出る生ごみの量は結構多いという事実に気づきます(業務系生ごみデータは農水省、家庭系生ごみデータは環境省)。

家庭における生活系のごみ(家庭のごみから粗大ごみや大型ごみを差し引いたもの)と、そのなかの生ごみ(難しい用語では厨芥〈ちゅうかい〉:炊事場から出る、野菜・魚介などのくず〈広辞苑〉)の年度ごとの推移やその比率の推移を眺めると、家庭の食事の状況変化がすこし見えてくるようです(データは環境省)。

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表示の仕方が部分の拡大なのでずいぶん変動があるように見えますが、家庭から出る生活ごみの総量は平成11年度が3252万トン、平成15年度が3372万トン、平成18年度が3251万トンでだいたい一定です。

しかし、その中の生ごみの割合はだんだんと少なくなっており、平成11年度の38.3%から平成18年度は31.8%と、6.5ポイント下がっています。生ごみとは、「台所ごみ」なのでその大まかな分類は「調理くず」「食べ残し」「食品外」、それぞれの割合は、少し古いデータだと、調理くずが46.5%、食べ残しが37.1%、食品外が13.0%となっています(1997年、京都市調査)。ちょっと驚くのは、まあ、あまり驚かない人もいらっしゃるかもしれませんが、手つかずの生ごみ(まったく手を付けていない食材や加工食品など)が「台所ごみ」全体の10.6%もあるということです。

以下はご参考まで。

◇「調理くず」とは、野菜の皮や野菜くず、果物の皮、魚の骨、鳥獣の骨、貝殻、卵の殻など
◇「食べ残し」とは、野菜や肉や魚の食べ残し、ご飯やパンの食べ残し、菓子類の食べ残し、そして、まったく手を付けていない食材や食品など
◇「食品外」とは、茶がら、ティーパック、コーヒーの出がらしなど

ところで、生活ごみには、ごみを地方自治体のちょっとうんざりする分別(ぶんべつ)方法に従ってごみをごみ捨て場に出された経験のある方はお判りでしょうが、段ボールや紙ごみ、新聞紙、一升瓶やペットボトル、小型の燃えないゴミ、プラスティックの包装紙・プラスチック容器・発砲スチロールの容器やお皿などのプラ類、そして生ごみなどがあります。

下の折れ線グラフでの生活ごみに占める生ごみ割合の推移をみると、家庭における調理方法が「まな板と包丁」から「チン」へと確実に移りつつあることが想像できます。

各家庭で、野菜や魚や肉といった素材を使って料理をすると、レトルト食品やインスタント食品、加工食品や市販の惣菜、そして弁当などを食べるよりも、普通は生ごみの量は多くなり、逆に、後者に比重がかかった場合は、いわゆるプラ類のゴミが増えることになるだろうからです。

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2011年4月19日 (火)

サンマの棒寿司とサンマの蒲焼

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それなりに朝ごはんを食べて出かけたはずなのですが、朝ごはんがとても早かったためか、午前11時過ぎにおなかがすいてしかたなくなり、早めの昼ごはんにサンマの棒寿司を買い求めました。鯖(さば)棒寿司やバッテラは鯖の季節の定番のような寿司ですが、サンマの棒寿司には縁がありませんでした。4月はサンマの時期ではありませんが、先日の記憶から季節外れのサンマの棒寿司でも食べてみるかという気になりました。

サンマは北海道では7月の終わりくらいからお店に並びはじめます。9月から10月にかけてが最漁期ですが、漁場は太平洋側を北海道沖から三陸沖、千葉、静岡と下っていき、最後が和歌山沖です。たとえば、釧路などでは一番脂がのる8月末から10月上旬に獲れる、獲りたての活きたサンマを青刀(せいとう)というブランド名で主に首都圏に出荷しています。

根室(釧路からだと東北東に110キロ)には地元で水揚げされたサンマからおいしいのを厳選して蒲焼にしたものを缶詰にして売っている缶詰屋さんがあります。最初の1缶は近所の料理好きの方からいただいたのですが、サンマの蒲焼とは缶詰にしてこれほどうまいものだったのかと驚きました。

札幌でも販売している店は限られています。薄べったい無愛想な四角い缶に入っており、その周りを薄めの厚紙のパッケージ(以下の写真)が包んでいるというシンプルなもの。紙パッケージの表には次のように書かれています。『さんま蒲焼  根室のまごころ  秋、一番おいしい旬に獲れたさんまを、無添加・天然醸造の醤油と本格味醂で味つけしました。安全の美味です。』裏には『原材料 さんま(根室)・醤油(小麦・大豆・食塩)・砂糖・みりん・料理酒・でんぷん』『賞味期限 底部に記載』。ただし、値段は良質な素材と丁寧な作り方を反映していて、100g入りの1缶が360円~370円。

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先日、あるお店でこの缶詰を買ったときに売り場の女性と立ち話をする機会があったのですが、これで食べおさめになるかもしれないという話だったので、昼前のおなかをすかしている時にそのことを思い出し、季節外れのサンマの棒寿司に突然つながったというわけです。

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2011年4月18日 (月)

葡萄(ぶどう)パンと、トマトパン

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干しぶどうを練りこんで焼いたパンがぶどうパンで、パンの中の干しぶどうのほのかな甘さがあいかわらず幅広い年代に好まれているようです。以前は、我が家でもそれなりの頻度でぶどうパンを焼いていました。お世話になった方などに差し上げると男女を問わずけっこう喜ばれたものです。

ぶどうパンはここ数年は焼いていませんが、夏に育てたタイム(ハーブのタイムのこと)を乾燥させておいてそれを混ぜ込んだタイムパンなどは時おり楽しみます。乾燥タイム入りのパンは、焼きあがる時にハーブ特有の乾いているようなしっとりしているような微妙で香(こう)ばしい香りが台所やその回りの空間を一杯に満たします。

最近の好みはドライトマトを混ぜ込んだ小麦粉パンや米粉パンです。その場合、どちらかというと米粉パンの方がおいしく感じます。乾燥させたぶどうは慣習的に干しぶどう、乾燥させたシイタケも干しシイタケと称されていますが、しかしトマトの場合はもともと輸入品から出発したためか、なぜか干しトマトではなくドライトマトと呼ばれています。

パンに混ぜ込むドライトマトは国産の生食トマトをカットしてそのまま乾燥させた市販の商品か、野菜売り場で買った生食用のミニトマトを自宅で野菜乾燥機で乾燥させたものか、あるいは夏は、自宅で栽培したミニトマトを天日干ししたのを使います。輸入品にはオイル漬けや塩をまぶして乾燥させたものが多く好みではないので使いません。パンに混ぜ込む場合は小さめに刻んでおきます。

干しぶどうの入ったぶどうパンが幅広い年代向きなら、ドライトマトの入ったトマトパンは渋めの大人向きです。しかし、トマトの好きな子供なら意外とむしゃむしゃと食べてしまうかもしれません。きっとその子は、大きくなったらワインや日本酒の好きな酒飲みになることでしょう。

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2011年4月15日 (金)

東京の真ん中で稲の種籾(たねもみ)まき

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昨日のさる朝刊の小さな記事を引用します。『(前略)・・の苗代で、豊作を願う恒例の稲の種もみまきをされた。うるち米「ニホンマサリ」ともち米「マンゲツモチ」の2種を、20区画に計約3600粒まかれた。来月半ばに田植えをされる。秋に収穫した米は、皇室の神事に使われる。』(日本経済新聞)

この種籾(たねもみ)から秋にはコメが収穫されるわけですが、例年どれくらいの収穫量かというと、以前(2010年10月)の短い記事(「東京の真ん中で稲刈り」)が参考になります。そのまま引用します。(『・・・』部分。ただし、アンダーラインは今回追加)

『お米の10a(10アール)当たりの日本全体での平均収穫量は最近は530㎏くらいです。東日本ないし北の地域の方が、西日本ないし南の地域よりも収穫量は高いのですが、都道府県の中で収穫量が日本で2番目に少ない東京では400㎏を若干超えるくらい、一番少ない沖縄で300㎏に少し欠ける程度です。ちなみに、10a(10アール)の広さは1000平方メートル、四角形だと縦と横が約32メートルずつの水田です。

別の記事(「いささか乱暴な『農業』おとぎ話」)の後半で日本の「稲作技術の統領」ないし(言葉が悪いですが)「稲作の元締め」について触れましたが、その統領は東京の真ん中にお住まいで、毎年、ご自身の水田で田植えと稲刈りをなさっています。小さな新聞記事によると、今年は9月28日にうるち米ともち米の両方を収穫し、今年の収穫量は合わせて100㎏。水田の広さは約240平方メートルなので、10アール換算すると417㎏。東京の平均値をわずかに超えるお米の収穫量です。

このお米は新嘗祭(にいなめさい)などに用いられるそうです。』

なお、種籾まきの関連記事はこちら(「イネの種籾(たねもみ)と60℃のお風呂」)です。

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2011年4月14日 (木)

露地物のシイタケ

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露地物(ろじもの)のシイタケとは、原木(げんぼく)栽培のシイタケのことです。

野菜売り場の一角には発砲スチロールかなんかのお皿にパックされたシイタケがおそらく毎日並んでいると思いますが、そこに行くと原木(げんぼく)栽培のシイタケと菌床(きんしょう)栽培のシイタケの2種類が目につくはずです。たしか平成18年から原木栽培か菌床栽培かのラベル表示が義務付けられたと記憶しています。

キノコは天然栽培のマツタケなどを除くとほとんどが人工栽培ですが、人工栽培には原木栽培と菌床栽培があり、原木栽培とは、伐採した広葉樹(原木)の木の養分と水だけで屋外でキノコを育てる天然に近い栽培方法、菌床栽培は空調設備のある施設内で、おがくずに栄養分を混ぜ込んだものでキノコを育てる方法です。原木栽培をしているキノコは、今ではシイタケくらいです。エノキやナメコなどの他の人気キノコは、まず菌床栽培。

だから、原木栽培は手間がかかり重労働、菌床栽培の方が楽で栽培効率が良い。しかし、味はとうぜん原木栽培で、原木栽培のシイタケを蒸し焼きしたのを塩とスダチ(ないしユズ)で食べると相当に幸せな気分になれます(詳しくは「原木栽培の生シイタケ」)。

日本全体での原木栽培のシイタケの生産比率は15%~20%、菌床栽培は80%~85%。

福島県の一部の地域で、露地物の原木シイタケから基準値を超える放射性物質が検出されたので出荷停止になったそうです。新聞記事などによれば福島県の露地栽培(原木栽培)のシイタケの比率は福島県全体の2%くらいという話ですが、放射性物質は、露地物の原木栽培のシイタケを汚染したら、近所の菌床栽培の施設内にもえり好みせずに忍び込むので、両方作っている農家は、両方を処分しているとのことです。お気の毒ですが、しかたないと思います。

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2011年4月13日 (水)

4月上旬の白いパンジー

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週末の夕方に配偶者と駅の方角へ歩いていく途中に花屋があり、そこで簡易ポットに植わったパンジーをいっぱい売っていたので、その中から白いのを6個買い求めました。1000円札でおつりがくる値段です。白いレジ袋に入れてもらったので、それを手に提げながら用事を済ませ、ぶらぶらと持って帰ります。

今年は4月になっても雪が降ったりして寒く、そばに生きた花がなかった状態なので、素焼きの長方形のプランター2個に白いパンジーを3つずつお互いの距離をけっこう置いて植えてみました。公園のようにパンジーを敷き詰めるように植えると、見た目にはきれいなのですが、しばらくするとパンジーが隣のよりもより多くの光を求めて伸び上がるので、ひょろひょろした状態になり、それはかわいそうだしみっともないので、ゆったりとした状態で植えてやります。

下の写真は去年の8月末か9月の頭に写した鉢植えの泰山木(タイサンボク)です。寒さに強い背の低い種類を選んだので、若干の防寒対策もしてやりましたが、札幌の冬を無事に越せたようです。4月の陽光を浴びて葉がとつやつやとしてきましたし、新芽も伸び始めています。夏の終わりの白い花が楽しみです。

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2011年4月12日 (火)

石炭・石油・天然ガスの可採年数がこの10年でどう変わったか

風評というものは、事実でないことが事実であるかのような衣装をまとって風のように僕たちを取り囲むことなので、注意していないとその風に流されてしまいます。

風評による影響は食べるものに関してはしばしば話題になりますが、それが風評であるのかどうかを判断するのは食べ物の場合には意見の違いはあるにせよ比較的簡単だと思います。しかし、風評というものをもっと大きなくくりでとらえてみると、けっこう時間がたったあとで、それらがどうも風評だった、つまり事実でないことが事実であるかのような衣装をまとってそのあたりを闊歩していた、と気づくこともあります。

「世界の温暖化は悪いことで、その悪いものであるところの温暖化の最大の原因はヒトが経済活動によって排出するCO2で、だからCO2排出量を規制し、CO2を出さない原子力発電のようなクリーンな発電方式に我々は向かわなくてはいけない」という考え方と活動がずっとありましたが、今回の福島原子力発電所の事故をきっかけに、はたしてこれは事実なのか、それとも壮大な風評なのかをちょっと立ち止まって見直してみようというのが現在の僕たちの状況だと思います。

だから、それに関連して、「化石燃料がまもなく枯渇するので、それに対処するためにもこれからは原子力」と言われる場合の化石燃料の枯渇の実態も同時に確かめてみたいという気にもなります。

迷ったら基本データ(世界の気温とCO2)・補遺」で確かめようとしたように、現在は、日本の歴史でいえば、縄文前期から縄文後期にかけての4500年間にはかなわないにしても、弥生時代の700年間、奈良・平安の500年間と同じ程度に温暖化しているらしい。IPCCの1990年のレポートなどにも登場する用語を借用すると、その温暖な時期は、それぞれ順番に Holocene warming、Roman warming、Medieval warming と呼ばれています。ついでに言えば、温暖化やCO2の増加は、CO2で光合成をして成長する野菜や穀物のような農産物にとってはいいことです。

「世界の気温と大気中のCO2量との関係」や「世界の気温と、自然現象(たとえば、海水中のCO2が大気へ放出されて世界のCO2が増加する)によるCO2の増加ではなく、人間の産業活動(製造や消費)から排出されているCO2の増加量との関係」などを自分なりに確かめようとしたら、「風評」から一度遠ざかって、事実を眺めるにかぎります。そのとき、その「風評」を好きらしいグループや団体が依拠・利用しているデータや統計数字から「風評」とは違った光景が現れると、これは風評を見直してみるという目的にとっては省エネであり、かつ効果的です。

原子力発電の段階的な縮小や廃止を考えると、原子力以外の効率的な代替エネルギーが実用化されるまではまだ時間がかかりそうなので、石炭や石油や天然ガスなどの化石燃料の可採年数(あと何年採掘できるか、あるいはあと何年分残っているか)が気になります。

化石燃料の「可採年数」とは、「確認可採埋蔵量」を「その年の生産量」で割った値(年数)のことですが、その年数は埋蔵量の推定精度や資源の価格や採掘技術などの変化によって変動します。可採年数は一応は客観的に予測されているのでしょうが、たとえば原子力発電を推進することの好きな団体は、自分の仕事を有利に展開するために化石燃料の可採年数を低く見積もるかもしれませんし、資源供給国や資源供給団体は価格を高いところで維持するために、埋蔵量を控えめに発表するかもしれません。

これは、やり方としては不思議でもなんでもなくて、家電でも食べ物でも供給過多になると値崩れし、需給がタイトだと(逼迫していると)値段は高い水準で推移するので、供給側は市場への供給量をコントロールできる範囲で調整しようとしますが、まあそれに似た、その延長線上の発想です。

世界の気温と人間の経済活動によるCO2の排出量とのこの10年間の関係(ほとんど無関係という関係)は以下の通りですが(棒グラフ)、同じように、石炭・石油・天然ガスの可採年数がこの10年間でどのように予測されてきたのかその推移を振り返ってみるのも悪くありません(折れ線グラフ; データソースは各年のBP統計で、資源エネルギー庁の資料にも引用されている)。

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石炭の可採年数は減少傾向にありますが、石油や天然ガスは、すくなくともこの10年間は、毎年使い続けてもどこからか湧いてくるのか、残りは減っていないということのようです。

ちなみに、石油の用途は多岐にわたりますが、現在の日本での石油の主な用途は以下の通りです(「今日の石油産業 2010」)。

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2011年4月11日 (月)

近所の居酒屋は、年輩者の夜の食卓

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年輩あるいは年配の意味は「世間のことによく通じた相当の年ごろ」(広辞苑)なので、年輩者が何歳以上なのか、現在、独身なのか配偶者がいるのかといったことまでは記述されていませんが、年輩者のイメージはなんとなくわいてきます。

作りすぎたおかずやお菓子、知り合いからもらいすぎた食材などを、おたがいに、差し上げたりもらったり、お裾分けするようなお付き合いをしているご近所があり、そこの奥さんは料理が好きなのですが、ひとりで外で食べることにも抵抗がありません。

御主人が仕事などの都合で晩ごはんを用意しなくていい夜は、歩いて行ける近隣の、料理に比重のかかった居酒屋風の店か、ないしは季節の旬をとりいれた一品料理や季節替わりの定食が中心の小さな割烹風の食堂に行くそうです。独りで、あるいは、大学生のお嬢さんを連れて。飲み物はもっぱらビール。毎晩料理を作るのは疲れるし、自宅で独りでご飯を食べてもつまらないので、そういう時には外でプチ独身の気分を味わうのだそうです。

その奥さんの話によると、時々利用する店で、50歳代から60歳台の3人の女性に行くたびに会うので気になって、その店を週に何回くらい利用しているのかと尋ねると、週に4~5回という返事。3人とも独身で、自分で作るのが面倒だし、自宅で一人で食べるのはわびしいというのがその理由。どういう理由で独身なのかは僕にはわかりませんが、まあ、ここでは関係ないことです。で、少し酔っぱらっておしゃべりしながら、3人ないし4人で一緒に晩ごはんという楽しげな光景です。

「うおつか流 大人の食育」という2006年に出版された本から一節を引用します(引用は『・・』部分)。

『また、時おり寄る地鶏と地酒の店にも週に2~3日、夕食に来る夫婦がおる。お酒はほとんど呑まず、お店自慢の鶏料理とごはんで約1時間くらいの夕食をとるんですね。
店の方も、その夫婦にあわせて、メニューにない夕食を提供しておりまして、お互いにいい関係をもっとるようです。
大家族が少なくなり、夫婦二人っきりの世帯や独り暮らしの人が多くなると、外食が家庭の食卓代わりになってくるんでしょうね。
ひとりぼっちで料理を作って食べるのも、テイクアウトを買ってきて食べるのも、心は満たされますまい。』

居酒屋風の店や地鶏と地酒の専門店や気軽な割烹風を、そういう風に、手軽な夜の食卓として利用している年輩のご夫婦や年輩の独身者が徐々に増えているのだと思います。

うおつか流大人の食育

うおつか流大人の食育

著者:魚柄 仁之助

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2011年4月 8日 (金)

イネの種籾(たねもみ)と60℃のお風呂

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田植えとはイネ(稲)の苗を田んぼに植えることなので、田植えにはイネの苗が必要です。イネの種(種籾:たねもみ)を発芽させて、そのあと小さく発芽したのを1か月ほど苗床で育てると、それがイネの苗となります。そして、田植えです。

我が家がそこの顧客のひとりであるところのあるコメ農家は、稲の種子(種籾:たねもみ)をお湯で消毒しています。難しげな言葉ですが、温湯消毒(おんとうしょうどく)というそうです。目的は病気の発生や虫の発生を抑えること。有機栽培・無農薬栽培や特別栽培(減農薬栽培)のコメ農家は、種籾(たねもみ)をお湯で消毒することが多いようです。その時期は地域によってずれますが、裏日本の寒い地域や北日本だと大ざっぱにくくって3月下旬から4月上旬。

お湯の温度は60℃。人間が入るには熱すぎるお湯に、ネットにまとめた種籾を10分間浸して消毒し、そのあとプールの冷水に。そのまま2週間ほどプールの水を入れ替えながら水分を十分に吸わせていると、種籾が目覚めて芽が出ます。

北海道でも農家からの委託作業でこの温湯消毒を大規模に行っているところが複数ヶ所あるそうです。農家から請け負った作業なので、種籾を60℃の熱いお風呂に10分間入れ、冷水に5分間つけた後、脱水機で余分な水分を取り除き、それを各農家へと配送。対象品種は「きらら397」「ゆめぴりか」「ななつぼし」「ふっくりんこ」などです。

秋には、これらの「温泉種籾」からできたお米が味わえるというわけです。

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2011年4月 7日 (木)

「国破れて山河在り」、あるいは「小さな集合的無意識みたいなもの」

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福島の原子力発電所に対するとりあえずの緊急処置の完了まであと数か月はかかるとすると、それはそれで長い時間ですが、そのあとに放射性物質の閉じ込め処理がとても長い期間にわたって続きます。放射能や放射性物質による汚染を回避するために地元を離された・離れた人たちが、汚染された土壌や水が安全なレベルにまで回復して、故郷に戻ってこられるまでにどれくらいの時間が必要なのでしょう。

後始末がとても長引きそうな福島の事故で、一部の人は忘れかけていた記憶がよみがえり、また別の人は記憶の向こう側の記憶とでも呼んだらいいものを自分の内側に発見したかもしれません。記憶の向こう側の記憶を、「小さな集合的無意識みたいなもの」とすると、今回の放射性物質の汚染事故からくる不気味さ・気持ち悪さは、その「小さな集合的無意識みたいなもの」が記憶している光景とはとてもかけ離れているからだと思われます。

たとえば、日本には戦国時代というものがありましたが、農民や商い人や女の目に映るのは、馬に乗った武将や武器を持った汗臭いオニーサンやオジサンが、敵を殺しながら、そしていろいろとそのあたりで狼藉を働きながら駆け抜けて行くといった光景でしょう。家は壊れる、物は強奪される。これが、たとえば、モンゴル帝国の軍隊に攻め込まれた東ヨーロッパへと時間と場所を変えてもその場にいた人たちの目に映る光景は同じようなものです。農民ではなく、指揮する将軍の目でそのあたりを見たところで、将軍の感じる戦の高揚感を別にすれば、光景の本質が変わるわけではありません。

そして、戦のあとしばらくすれば、「国破れて山河在り、城春にして草木深し」ということになります。国は敗れ崩れ落ちてもそこには山河があり、春になればかつての街中では、草ぼうぼう状態かもしれないけれど、ともかく草木が青々と茂ってくる。僕たちの「小さな集合的無意識みたいなもの」が記憶している荒れ果てた光景とは、こういうものだと思います。

これと、放射能や放射性物質で汚染された土地のイメージとはうまく重なりません。僕たちの「小さな集合的無意識みたいなもの」ではちょっと対応できない部分があり、それが「不気味さ」や「気持ち悪さ」につながるのかもしれません。

◇ ◇ ◇

農家や農業関係者の多くは昨年から今年にかけて、多くの知恵や時間や費用を使ってTPPに反対してきました。その労力の10分の1でもいいので、原子力発電政策の見直しやその段階的な廃止に向けて、とても忙しい時期ではあるのですが、今日からでも少しずつ発言し始めたらどうかと思います。

福島原発から放出された放射性物質ですでに汚染された農産物や、これから栽培や作付けが予定されていた野菜や穀物などの生産機会の損失に対して、事故を起こした電力会社や政府による農産物の一括買い上げや廃棄処分品の補償、機会損失の補填(ほてん)などを生活のために求めることは当然に必要だとは思いますが、安全な農業や安全な農産物の生産という「あたりまえ」をこれから維持していくためには、それと並行して原子力発電政策の見直しに関する主張も必要です。

原子力発電所の事故は、原子力発電所が稼働している限りある確率で起こるし、この狭い日本に原子力発電所は多くて、北海道から鹿児島まで全国17カ所にわたって54原子炉も配置されています。太平洋側にも日本海側にもそして瀬戸内にもそれはあるし、また本州の北の太平洋岸には核燃料の再処理工場もあります。

今回の経験、つまりいったん事故があれば原発のある福島だけでなく、茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉といった原発から100㎞~200㎞離れた農地にまで、簡単に農産物の放射性物質汚染が拡大するのだという実体験をふまえると、全国の農家や農業従事者から原子力発電所見直しについてもっと大きな声が出てきてもおかしくありません。

そういうことをやっていかないと「国破れて山河在り、城春にして草木深し」という状態すら確保できないことになってしまいます。「国破れて山河なし」。

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2011年4月 6日 (水)

半年ぶりに、「ゆめぴりか」

昨年の秋に「ゆめぴりか」が地元(北海道)で売り出された時には白米しか手に入らなかったのですが、最近は玄米も手に入るという記事を目にしたので、買い物のついでにある米屋にたちよりました。その米屋は1㎏(約6.7合)ごとのはかり売りをしてくれるし、買った米を3分搗き(つき)や5部搗き、あるいは白米と、客の好みに応じて搗(つ)き分けてくれます。

「ゆめぴりか」の玄米を販売しており、それが有機や減農薬(特別栽培)なら玄米を食べるつもりでしたが、そうではなかったので3分搗きを2㎏(約1升3合)だけ購入しました。

さっそくその日の晩ごはんに食べてみたのですが、印象は以前と同じで、米そのものの味は、僕には、残念ながらあまり伝わってきません。1週間ほど前に、「ふっくりんこ」(北海道の南部の良食味米)の無洗米を、現在の福島やその周辺地域の状況を考えて念のために東京の知り合いに送ったのですが、そのときに好奇心から2㎏袋入りの白米の「ほしのゆめ」(とてもポピュラーな北海道米)も一緒に買ってみました。その「ほしのゆめ」は精米したばかりではなかったので自宅で再精米して炊いたのですが、僕は「ほしのゆめ」の方に米そのものの味、正確には白米の持つおいしさを、半年前に食べた「ゆめぴりか」(白米)よりも明瞭に感じました。味の微妙な部分は、個人の好みに左右されるので、「ゆめぴりか」のファンの方がこれを読んでも怒らないでください。

ブログを読み返してみると「ゆめぴりか」に関しては、けっこうな数の記事を書いていて、いわゆる「食味」に関するものと、「ゆめぴりか」という農産物商品の「マーケティング戦略・ビジネス戦略・競合分析など」に関するものの2種類があります。僕自身のためにも整理してみると以下のようになりました。いっぱい記事を書くということは、対象をそれなりに気にしているということではあります。

◇「食味」に関するもの(古いものが上)

さっそく、「ゆめぴりか」
短期自家製ブレンド米
ふたたび、「ゆめぴりか」
新潟の人に「ゆめぴりか」
・半年ぶりに、「ゆめぴりか」 (この記事)

◇「マーケティング全般」に関するもの(古いものが上)

卒論のテーマに「ゆめぴりか」
お米のブランド認知とブランド力の持続
最初から60%?
プロダクトマネージャと、お米
気になるお米、気になる競合(その1)
気になるお米、気になる競合(その2)
続「気になるお米、気になる競合」、あるいは「つや姫」

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2011年4月 5日 (火)

続・ブランドが壊れるのは速い

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ブランドが壊れるのは速い」という記事で書いたように、今まで長年にわたって維持してきた、野菜などの食材に関する安全基準値をその場しのぎの対策で甘くするのは、高品質で安心・安全という「ジャパン・ブランド」のブランドイメージをこれからも維持していくためには、けっして得策ではないと考えています。

僕たちは、輸入野菜や輸入食材が安全であるかどうかに敏感で、その場合の安全対策とは、「国際基準値よりも安全サイドの方向に厳しく設定した国内基準値」よるスクリーニングが、輸入食品に対して実施されていることですが、そういう基準値を日本では現在、急に緩やかにしようとしており(調整中)、それを各国はじっと見ています。日本の農産物・畜産物・水産物の輸出量は少ないですが、日本の野菜や食材や加工食品を輸入している国はあるので、そういう国では、日本の食べ物に対しては、今後より厳しいチェック態勢をとるかもしれません。

「外国には、日本全体の農産物が汚染されているように考える国がありそれは風評被害である、けしからん」という意見があり、それは僕たちにとっては事実なので、もっともだとは思います。しかし、こういう場合はそれぞれの側からの視点でできるだけフェアに考えることにしています。

ここで中国を例にとるのは中国に失礼かもしれませんが、中国からの輸入食材や輸入食品では食の安全にかかわる問題や事件がときどき発生してきたので、よしとします。

かりに、中国の河北省で生産された食材がある種の農薬で基準値を超えて汚染されており日本への輸入が禁止されたとします。僕たちは通常、中国に詳しい人を除けば、同じ種類の食材をみて、これは雲南省の産だから安全、吉林省・遼寧省で栽培されたから安心、福建省で生産されたから大丈夫という具合には考えません。そもそも食品表示欄には輸入国表示(中国、イタリア、米国、フィリピン、台湾など)はありますが、個別生産地をプロモーション目的で商品パッケージにでも書いていないとその国のどの地方で栽培・生産されたのかは僕たちにはわかりません。消費者にわかるのは、中国産ということだけ。

そういう日本の制度や仕組みがかならずしも甘くないとすると、たとえば日本の野菜や果物、水産物を輸入している国の消費者がより安全サイドに考えて、日本からの食べ物を全体としてスクリーニングし始めたとしても、「君たちは妙に騒ぎすぎだよ」とは必ずしもいえません。

特に今回のような大気中の汚染、土壌の汚染、海の汚染が日本の一部の地域だけとはいえ発生し、福島原発から放射線物質がどのように大気中に拡散していくかの日々のシミュレーションが欧米の公的機関のホームページで簡単にみられる状況では、とりあえず日本からの食材には安心な状況が確認できるまでは手を出さないようにしようという行動は、残念ながら、僕たちが文句をつける筋合いのものではありません。

そういう状況の文脈において「食品中の放射性物質の基準値を健康に被害が出ない範囲で緩めるように、基準値の緩和を調整」するというのは、日本の消費者にとっても訴求力がないし、日本からの食材や食べ物を輸入している外国の消費者にはディ・マーケティング効果しかおよぼさないように思われます。

【註:ディ・マーケティング: ディ・マーケティングとはDe-Marketingで、マーケティングの強い反対語。マーケティングが売上の増加やものごとの活性化を目ざすものなら、ディ・マーケティングはその逆で、売上の減少やものごとの不活性化を目的とする。】

蛇足ですが、4月1日付の記事を引用します(『・・』部分、なお下線は「高いお米、安いご飯」が追加)。

『【シンガポール時事】シンガポール政府は31日、福島第1原発事故を受けて実施している日本産輸入食品に対する放射能検査で、静岡県産の小松菜からヨウ素131など3種類の放射性物質を新たに検出したため、静岡産の野菜、果物の輸入を即日停止すると発表した。

 同国政府によると、静岡産小松菜の放射性物質の検出量は、ヨウ素131がサンプル1キロ当たり648ベクレル、セシウム134が同155ベクレル、セシウム137が同187ベクレル。このうちヨウ素131の量は、シンガポール政府が参照する国際ガイドラインの1キロ当たり100ベクレル以下という基準を上回っている

 日本産食品に関してシンガポールは24日に福島、茨城、栃木、群馬の4県産の牛乳、乳製品、果物、野菜、魚介類、肉類の輸入停止を決めたのに続き、千葉、愛媛、神奈川、東京、埼玉の5都県の野菜、果物の輸入停止も相次いで決定。同国の輸入停止措置は静岡県で10都県に広がった。[時事通信社]』

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2011年4月 4日 (月)

永田町の、さる食堂のランチメニュー

東京都千代田区永田町の、ある食堂で、福島・茨城・栃木・群馬・千葉の野菜(ただし、流通しているもの)をつかったお昼ご飯(定食など)が提供されているようです。

10日ほど前の記事(「霞が関の『野菜たっぷり弁当』」)で提案したことを実行している団体がありました。統一地方選挙前だし、こういう団体の具体名を出すのは僕の趣味ではないので、その団体の名前は伏字(◇◇)とさせていただきます。食堂のある場所は霞が関ではありませんが、国会議事堂の近所です。

以下(『・・・』部分)は、その団体のホームページから該当箇所をそのまま引用したものです。

『福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉産の野菜を応援しよう!!』

『◇◇党は原発事故による風評被害を受けている福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉の農家のみなさんが丹精込めて育てた野菜を積極的に購入し、党本部食堂で毎日提供しています。お近くにお越しの際はぜひ◇◇党議員も利用している◇◇党食堂へ!野菜・食材は安全なものしか流通していません。安全な野菜をいっぱい食べて被災地のみなさんを一緒に元気づけましょう!!どなたでもご利用いただけます。』

『【営業時間】 ランチのみ 月~金 11:30~13:30 【今日のメニュー】
【アクセス】 千代田区永田町1-11-23 ◇◇党本部9F (地図)
【平均予算】 定食400円、一品 100円前後』

【今日のメニュー】をクリックすると、以下(『・・・』部分)が出てきます。

『◇◇党食堂ランチメニュー
営業時間(11:30~13:30)
※メニューは変更になる場合もあります』

『4月4日(月)
【A定食】 にしんの塩焼き 400円
【B定食】 豚肉の細切炒め 400円
【麺】 醤油ラーメン 400円
【カレー】 野菜カレーとサラダセット
サラダ:レタス〔茨城産〕・トマト〔栃木産〕・きゅうり〔群馬産〕 550円
《一品》
冷奴 80円
納豆 100円
サラダ(レタス〔茨城産〕・トマト〔栃木産〕・きゅうり〔群馬産〕) 120円
ニラ〔栃木産〕のおひたし 120円
かぶ〔千葉産〕のカニあんかけ 120円
メンチカツ 120円』

『4月5日(火)
【A定食】 エビフライ 400円
【B定食】 家常豆腐(厚揚げ豆腐の中華風煮込み) 400円
【麺】 かき揚げうどん/そば 350円
【カレー】 野菜カレーとサラダセット
サラダ:レタス〔茨城産〕・トマト〔栃木産〕・きゅうり〔群馬産〕 550円   
《一品》
冷奴 80円
納豆 100円
サラダ(レタス〔茨城産〕・トマト〔栃木産〕・きゅうり〔群馬産〕) 120円
ほうれん草〔埼玉産〕のおひたし 120円
小松菜(埼玉産)と豚肉ときのこの炒め物 120円
ニラ〔栃木産〕玉 120円』

『どなたでもご利用いただけます』ということなので、50歳以上のご近所にお住まいの方(少ないと思いますが)、50歳以上のご近所にお勤めの方(ふらっと立ち寄るような種類の食堂ではないと思いますが、値段も手頃なので)それから、50歳以上でこの団体にお昼をはさんで用事のある方は、「野菜カレーとサラダセット」か、【A定食】ないし【B定食】に「野菜のおひたし」や「単品のサラダ」などをつけ加えたものをお昼ご飯にいかがでしょうか。

今後どれくらいの期間にわたってこのようなメニューが提供されるのかはわかりませんが、ときどきはこの団体のホームページに立ち寄って食堂のランチメニューを検索してみようと思っています。

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2011年4月 1日 (金)

迷ったら基本データ(世界の気温とCO2)・補遺

過去140~150年間という短い期間ではなく、もっと長く、奈良・平安や縄文時代までさかのぼって日本の気温の変化をざっと調べてみようという気になりました。「迷ったら基本データ(世界の気温とCO2)」では、普通の大きさの鳥が鳥瞰した程度だったので、この補遺ではもっと大きな鳥に乗ってみようと思います。同時に地面を歩く感覚ももっととりいれます。

3~4年前に比べると、去年から今年にかけての札幌の夏はより暑く、冬はより寒いというのが実感で、夏だけとると温暖化に、冬だけとると寒冷化に向かっているようです。

札幌の中心部で、旧北海道知事公館の建っている大きな敷地の一角に散歩に向いた公園があり、その中に縄文時代の竪穴式住居跡があります。2重窓が必須の現在の札幌の気温感覚からすると、夏はまだいいとしても、よくこんな寒いところに住もうと思ったな、竪穴式住居でよく秋冬の寒さに耐えられたなという素朴な驚きがわいてきます。

東京の赤坂周辺には、日枝神社が高台にありますが、急な階段を登るのを嫌がる参拝者が多いのか、階段わきに巨大なエスカレーターが設置されています。少し離れたところに豊川稲荷がありますがそこも高台です。早稲田近辺だと穴八幡宮が高台にあり、境内に入るにはけっこう急な階段を登っていくことになります。

ここでは大ざっぱに縄文の昔とひとくくりにしますが、縄文時代には温暖な時期が2度ほどあり、したがって今よりも海面がずいぶんと高く、海は奥まで入ってきており、海のそばの地盤の強そうな岬に神社やお寺のような霊的なもの、スピリチャルなものがつくられたようです。東京タワーも高台にあり、貝塚がそばで発見されているので、つまりは日枝神社や豊川稲荷や穴八幡宮や東京タワーのある高台は、縄文時代という昔は、海のすぐそばの岬でした。

縄文時代のある時期はとても温暖だったとすると、縄文時代の札幌で竪穴式住居で暮らす人たちがいても不思議ではありません。

それから、弥生時代と、奈良・平安・鎌倉初期くらいまでは暖かかったらしい。空海や最澄、「春はあけぼの。冬はつとめて。」のオネーサンやそのオネーサンを小ばかにするのを好んだらしい紫色の女性などが元気だったころは、日本の気候は温暖だったようです。

岩手県の宮城県寄りにある平泉(緯度は気仙沼と同じ)の毛越寺(もうつうじ)は、今は再建された金堂以外は公園の史跡になっていますが、京都の建物をそっくりもってきたような9世紀半ばにできた広大なお寺です。夏の暑い京都にはむいているかもしれないが寒いところには向いていない平安様式を平泉のような北国によく持ってきたなと不思議だったのですが、その頃が温暖期であれば、納得がいきます。

鎌倉後期から江戸時代の終わりくらいまでは、反対に寒冷期で、1850年くらいから温暖化が始まったようです。そして世界的には、産業革命の流れの中で、18世紀の終わりから石炭と蒸気の利用が拡大していきました。

だから、地球の、縄文時代から数えて何回目かの温暖化が1850年くらいに始まり、温暖化という自然現象にともなってCO2濃度が人間の産業活動とは無関係に自然現象として増加し、その大きな流れに、工業化で石炭や石油の燃焼から排出されたCO2がわずかに加わって現在に至っていると考えると、「迷ったら基本データ(世界の気温とCO2)」の最後の方に載せた以下のグラフから読みとれること(「少なくともこの8年に関しては、化石燃料から排出されるCO2の増加と世界の気温は、CO2排出量が相当に増加しても気温は上昇しないという意味において、ほとんど無関係であるらしい。」)は、自分でいうのも変ですが、うべなるかな、です。

この記事の最初に「3~4年前に比べると、去年から今年にかけての札幌の夏はより暑く、冬はより寒いというのが実感で、夏だけとると温暖化に、冬だけとると寒冷化に向かっているようです」と書きましたが、この変化の方が地面を歩く人間の感覚にとってはより気になります。

Co2web

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