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2011年6月 9日 (木)

『失敗の本質』と福島原発事故

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福島原子力発電所の爆発事故やその後の事故処理プロセスや事故対応プロセスを見ていて、裏側になにか別の似たものが透けて見えるような感じがしていました。

「失敗の本質」という昭和59年(1984年)に出版された本があり、その副題は「日本軍の組織論的研究」です。書名と副題から類推されるように、大東亜戦争(日中戦争と太平洋戦争)から6つの主だった「失敗作戦」をとりあげ、それらがなぜ「戦い方」として失敗したのか、失敗した戦い方の原因を組織論や意思(政策)決定論という視点から、複数の著者がプロジェクトチームとして、分析したものです。一度目を通したあと長い間本棚に放り込んであったのを今回ひっぱりだして気になる個所を読み返してみました。

結果がわかっていることを後から世に出てきた資料なども参照して分析したものなので、ちょうど過去の株価チャートを現在という時点で分析しているようなきれいな解析になってしまうということはあるのですが、旧日本軍の基本的な考え方(戦略)の枠組み、不測の事態に対する組織での対応の仕方や意思決定プロセス、兵站(へいたん)の位置づけや兵站に対する考え方などは、その一部が当時とあまりかわらずに、現在のわれわれ(日本人)にそのまま引き継がれているかもしれないと考えると意義のある分析です。

ところで、「兵站」とは「作戦軍のために、後方にあって車両・軍需品の前走・補給・修理、後方連絡線の確保などに任ずる機関」(広辞苑)となっていますが、ここでは、その対応英語がLogisticsなので「食料・水・寝るところ・生活用品・兵器・戦略物資・車両などの基本的な活動要素の準備と供給とそのメンテナンス」と柔らかく考えます。

その本でとりあげられている失敗した作戦は以下の6つ(括弧内は作戦名の場所)。

1.ノモンハン事件(ノモンハンはモンゴルの最も東側で中国の国境付近の草原の地)
2.ミッドウェー作戦(ミッドウェー島はハワイの北西方向で日付変更線の東側にある島)
3.ガダルカナル作戦(ガダルカナル島は西太平洋ソロモン諸島の島)
4.インパール作戦(インパールはインド・ビルマ国境地帯に近いインド東部の古い都市)
5.レイテ海戦(レイテ島はフィリピンの島でミンダナオ島のすぐ北側)
6.沖縄戦(沖縄)

6つの失敗作戦に共通する失敗要因を著者達は、戦略面については「戦略目的のあいまいさ」「短期決戦志向」「空気の支配」「戦略オプションの狭さ」「アンバランスな戦闘技術体系」、組織面については「人的ネットワーク偏重」「属人的な組織統合」「学習軽視の組織」「結果よりも動機やプロセスを重視した評価」とまとめています。

さて、ここで、原子力発電所の運転や原子力発電所の事故そのものを発電所でどう抑え込みどう収束するのかという狭義の事故対応を「作戦軍」と呼び、メンテナンスを含む原子力発電所の全般的な運営や、事故の場合に近隣の地域住民を放射性物質の汚染からすばやく安全に避難させてその後の生活を支援し、汚染された地域をどういうプロセスと規模で除染し、汚染された農畜産物や海産物や水にどう対応するのかといった広義の事故対応を「兵站(へいたん)」と考えて、その構図で原子力発電というものに対する今までの我が国の考え方や福島原子力発電所での事故への対応状況を見てみると、「福島」と「大東亜戦争の失敗作戦」がそれなりに重なります。

両者を結び付けるキーワードは、僕の考えだと、「作戦軍の精神主義」と「兵站」。作戦軍の精神主義とは、戦闘における過度の精神論重視と方法論軽視ということもあるのですが、積極的・攻撃的な作戦が結局は採用され、ネガティブな戦略や慎重な意見は排斥されたという意味です。したがって当初の攻撃的な作戦が誤っていた場合や作戦実施中に不測の事態が生じた場合のコンティンジェンシープランが作戦にきちんとビルトインされることは少なかったと思われます。勝つのだから余計なことを考える必要はない。だから航空母艦や戦闘機の防禦とか攻撃を受けた航空母艦の甲板緊急修理といった対応策が作戦軍内部でも兵站面でもほとんど考慮されなかったのでしょう。

原子力発電には「安全神話」が付きまとっていましたが、この神話形成過程を「作戦軍の精神主義」と「兵站」という視点で眺めてみると、両者の類似性に気がつきます。勝つのだから防禦といった余分なことは考える必要がない。安全なのだから余計なことに金と労力を割く必要はない。

安全防護装置はいついかなる時にも有効に働き、放射性物質を閉じ込める格納容器は最後まで壊れない。放射能や放射性物質は決して広範囲に拡散しない。だから、そういう事態を引き起こすような事故を想定することは不適当なので、そういう事故は「想定不適当事故」とみなして考慮外とする(「作戦軍の精神性」)。そういう事故は机上の空論であり、ありえない事故なので、その外部への影響についても考えない。つまり、環境の汚染や近隣住民の被曝については考慮しない。したがって大きな事故が起こった場合の近隣住民を対象にした避難救済計画は、事故は発生しないという理由で、不要である(「兵站」)。必要ならその時その場で対応策を考える。

これは「作戦軍の精神主義」というよりも、「原子力発電の作戦参謀たち」に上手にビルトインされた思考停止状態といえるかもしれません。裏側になにか別の似たものが透けて見えるような感じ、というのはこういうことです。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究

著者:戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎

失敗の本質―日本軍の組織論的研究

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