« 日光の野生の鹿(シカ)肉 | トップページ | 北海道のお米(コメ)の放射性物質濃度 »

2011年9月13日 (火)

農家と消費者と農業

人気ブログランキングへ

以前にも別の記事で触れたことがあるのですが、以下のようなアフォリズム風の表現があります。

・農協栄えて、農業滅ぶ
・農家栄えて、農業滅ぶ
・農林水産省栄えて、農業滅ぶ
・消費者栄えて、農業滅ぶ

ここでいう農業とは日本の農業のことで、それぞれの表現には程度の差はあってもいくぶんかの正しさが含まれています。

この3月の福島第1原子力発電所の事故によってその日以降、多くの農畜産物が放射性物質で汚染されました。そのことに関しては「農家」も「消費者」も「農協」も「農林水産省」もそれぞれ被害者です。しかし、そういう共通項目を共有しているといった状況であっても、この事態が非日常的であった分、それぞれの行為が共通原因の除去に向かうというよりは、短期・中期の自己防衛のために、上記のアフォリズムの色を濃くする方向に流れたように僕の目には映ります。

都合の悪いことを「風評被害」という言葉で総括り(くくり)にして自己の行動や行為の正当性を主張するというのはよく見られる手法ですが、今回もそれが広い意味での生産者側に見られました。生産した農産物・畜産物は大切にしたい、だから、安全・安心であることを外部に伝達する必要があり、そのためには追加費用が発生し、手続きも面倒くさいかもしれませんが、測定データの詳細を明らかにせずに、ただ「安全です」といってもあまり訴求力はありません。

商品パッケージに「保存料や合成着色料は使っていない」というメッセージをわざわざ大きく書いてある加工食品があります。それはそれでいいのですが、それは通常は「それ以外の添加物は使っていますよ」というメッセージを同時に消費者に発信していることにもなります。だから、そういう商品を売り場でランダムに手にとり裏返してその「原材料名欄」を見ると、たいていは、なじみのない用語が並んでいるのが目に入ります。

放射性物質は「検定されず」とか「政府の基準値以下」というオンオフ的な記述に対して注意深い消費者は「?」という姿勢をとるものですが、その姿勢は、買う前に加工食品のパッケージを裏返して原材料名欄を確かめる行為と同じ性質のものです。食品添加物や化学調味料などがそこに入っていることを承知して購入する場合も当然ある。商品を棚に戻す場合もある。そういう姿勢を、けしからん、風評被害を招く態度だといっても詮ないことです。ただし、そういう習慣を持った消費者の数はそれほど多くはありません。

検出限界値がどれくらいの測定器で計測したのか、何を測定し測定結果は正確にいくらだったのか、「検出せず」という言葉の意味はだから具体的にはどうなのか、といったことを簡潔に表にでもまとめておけばそれだけで説得力があるのですが、継続してそうしているところは少ないようです。北海道の水産物はその少ない事例のひとつかもしれません。それからたとえば日光市の野生のシカ肉の放射性セシウム汚染などは、その影響の範囲が非常に狭いのでかえって結果を公表しやすい。

どう捜しても「その新聞記事」が見つからず自分でその記事に目を通せないので不安なのですが、そういう内容の記事とその記事のもとになった事実がある(あった)として先に進みます。

日本農業新聞という業界新聞があります。その新聞の「論点」という欄に、宇根豊氏の「新しい農業技術誕生」<田を植えさせる 赤トンボ>というタイトルの文章が掲載されていたのでその一部を引用します。『・・・』が引用部分。(下線は「高いお米、安いご飯」による)

『東京電力福島第1原発の事故によって、市内全域で稲作ができなくなった南相馬市の農家が、ツバメが飛来したのを見て、家の周りの田んぼに水を張ったという新聞記事を目にした。ツバメが巣を作るのに、泥が必要ではないかと思ったからだ。水を張ったことで、カエルの鳴き声も聞こえたという。』

水を張っただけで田植えはされなかったようです。いくぶんわかりにくいところもあるのですが、宇根氏の文章からはそう読めます。

『田んぼに田植えし、田回りを続ける仕事は「米の生産」だけに営まれるのではない。村の自然を、生きものを、風景を、自然と人間の共同体を維持するために、いやこれらも「生産」するために行われるのだ。こういうことを「多面的機能」にとどめて思考停止に陥ってはならない。』

その(おそらく古いので見あたらない)新聞記事をさがしている時に、偶然、以下のような南相馬市の塗装屋さんのブログに出会いました。参考になるので、お断りなしに引用させていただきます(『・・・』が引用部分)。

塗装屋のツバメ(南相馬市原町区)
2011年05月26日(木)菅野美紀
南相馬市の塗装屋、(有)原町美装です。』 

『原町美装の事務所玄関に、ツバメの巣が出来ました!(・・中略・・)作り始めの頃は、なかなか進みませんでした。原発事故の影響で、田んぼに水をはっていないので、田んぼの泥がなかなか無いのでしょう・・。そんな訳で、巣の材料がなかなか無く、一生懸命行き来して飛んでいるものの、なかなか巣は大きくなりませんでした。(・・中略・・)しかし、毎日毎日、私たちが起きる前から働き始め、日が沈むまで、せっせせっせと泥や藁を運び、そしてついに完成しました!!(後略)』

消費者は農産物の選択に関してさまざまな指向性と好みを持ち決して一様ではありません。(旧)福岡都市科学研究所(現在は、福岡アジア都市研究所)の「農産物消費者の4類型」(2003年)によれば、農産物消費者は以下のように層別されます(「わがままな消費者」参照)。

・「農業の価値がわかり、金も支払う層。」
・「食の安全性に強い関心を持つ層(生協周辺に多い)。」
・「意識と行動が分離しており、風評被害を起こしやすい層。アンケート調査等では『食の安全が一番』『地産地消が大切』と答えるが、実際の消費行動では、スーパーの外国産特売品に飛びつく層。」
・「食に関して無関心な層(なんでも食べてしぶとく生き残る)。」

農家や農畜産物供給側も、「ツバメのために田んぼに水を張るタイプ」や「流通業者と一緒になって測定値を消費者に公開しているタイプ」、「農産物の放射性物質汚染状況を明確には公表せずに、せっかくわれわれが作った農産物を買わないとは消費者はオーボーである、消費者による風評被害だと発言するタイプ」、そして、上品に言えば「食の安全・安心をうたいながら、静かにひそかにやばそうな農産物を売ってしまう売上優先のタイプ」までいろいろです。ひとくくりにはできません。

だから、農畜産物や食べ物に限りませんが、自分にとって重要と思われるモノや事柄に関しては、マスメディアの影響力を制御しながら自分で意見と選択眼を持ち、需要者側と供給者側でお互いがお互いを選びあっていくくらいがちょうどいいのかもしれません。

ただし、需要者側と供給者側で共通の障害があり、しかしその障害を一挙に除去できないような場合は、その障害の減少を確かめながらお互いを選びあうという構図になります。

人気ブログランキングへ

|

« 日光の野生の鹿(シカ)肉 | トップページ | 北海道のお米(コメ)の放射性物質濃度 »

畜産物など」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

農産物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1317632/41626544

この記事へのトラックバック一覧です: 農家と消費者と農業:

« 日光の野生の鹿(シカ)肉 | トップページ | 北海道のお米(コメ)の放射性物質濃度 »