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2011年11月11日 (金)

頌(じゅ)と文字

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頌(じゅ)とは、偈(げ)や偈頌(げじゅ)とも呼ばれますが、韻文のこと。とくに仏教のお経や論文(論書)の中に出てくる、詩の形式で表現した教えや論述をさしてそう呼んでいます。偈(げ)はサンスクリット語 ガーター (gatha、ただしaは両方とも長音でアーと伸ばす)の音写だそうです(あまり、音が似ているような雰囲気ではありませんが、当時の中国の発音だと似ていたのかもしれません)。頌(じゅ)はその意味を漢字に訳したもの。だから、偈頌(げじゅ)というのは「ヴァース詩」といった具合で、言葉の音と意味をダブって糊でくっつけたような変な感じの用語なのですが、仏教関係の書物にはよく出てきます。

空海は韻文が好きだし得意なので、重要な箇所は、仏教の伝統にならって、そこまでの散文の説明を韻文でまとめるといった形が、彼の著書にはよく見られます。そういう部分は、たいていは、「頌(じゅ)に曰く」(韻文によって説明しますと)で始まります。

なかには、おそらく最初に韻文形式での論述骨子ができていて、それで十分というかそれで完璧なのだが、内容を周りの人たちに説明する必要から「ああ、めんどうくさい」とでも思いながら書いたのかもしれない著作もあります。たとえば「即身成仏義」。どこにも「ああ、めんどうくさい」とは書いてないし、本当は著者自身もそんな風には決して思っていないのかもしれないのだけれども、著作が、世界をそこに凝縮させたような56文字の韻文(頌)の意味を解説する性格のものなので、そんな風に想像してしまいます。

で、その「即身成仏義」の七言八句の頌(じゅ)です。

六大(ろくだい)無碍(むげ)にして常に瑜伽(ゆが)なり
四種(ししゅ)曼荼(まんだ)各(おのおの)離れず
三密(さんみつ)加持(かじ)すれば速疾(そくしつ)に顕わる
重々(じゅうじゅう)帝網(たいもう)なるを即身と名づく
法然(ほうねん)に薩般若(さはんにゃ)を具足(ぐそく)して
心数(しんじゅ)・心王(しんのう)刹塵(せつじん)に過ぎたり
各(おのおの)五智(ごち)・無際智(むさいち)を具す
円鏡力(えんきょうりき)の故に実覚智(じっかくち)なり

以下は、複数の専門家の現代語訳を参考にした、僕なりに納得のいく、しかし冗漫な訳。

・宇宙の六つの構成要素は、お互いに融けあっていて、常に統一されている。
・宇宙を、四種類の曼荼羅(まんだら)という形で象徴的に別々に表現した場合でも、やはりおのおのが離れることはない。
・私たちの肉体・言語・意識の三種類の働きが仏のそれぞれの働きと応じ合う時、速やかにさとりの世界が顕われる。
・この六つと四つと三つのそれぞれは重なり合っていて、帝釈天の網(にある宝石)にお互いが映るような状態であり、だからこのままで私たちは仏の状態であるといえる。
・あらゆるものは、あるがままに、あらゆるものを知る智慧をそなえている。
・すべての人たちには、心の作用と心の主体があり、その数は限りない。
・心の主体と心の作用のおのおのには、(もともと私たちがそうであるところの)大日如来の持つ五つの智慧と際限のない智慧がそなわっている。
・それらの智慧ですべてを鏡のように照らすとき、真実をさとった智者となる。

すでに鬼籍に入られた小説家で空海に関する著作もある方が、空海の書には音楽的なリズムがあると評しました。

空海は霊性の人であり、同時に言葉の人です。世界はお互いに(言葉や文字を媒介として)響きあっている、と詠んだ人なので、空海の文を構成する行や草や雑体などの書体が入り混じった文字の流れは、未分化の世界が言葉(文字)に顕在化する際のそのそれぞれのもっともふさわしい結晶の仕方を、空海の感性と世界観がなぞったものかもしれません。飛白体という文字だか文字の背後の生命力だかわからないような恐ろしげな書体も好きだったようです。

空海も、老子が「道徳経」の冒頭で語るような「奥のぼんやり」と「個別の顕れとしての形や名前」を同時に見ていた人なのでしょう。

「風信帖」と呼ばれている手紙は空海から最澄への返書ですが、後年の二人の確執の強い香りがすでに濃厚に漂っています。この手紙の書かれた背景を説明すると、配偶者はこの返信のことを、空海から最澄への「あっかんべー手紙」と形容しました。そういう気分の時の方が緊張しながらも筆が自在に走って、心や存在のありさまが文字の動きに見事に凝縮されるというのは、空海らしいといえば空海らしいのかもしれません。

 

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