「ほしまる」という名の直播き(じかまき)米

2年ほど前に「お米の直播(じかまき)」というブログ記事を書きました。北海道で進んでいるお米の直播き実験に関する内容のものでしたが、その直播き米が商品として出荷されたそうです。僕は、まだ食べたことはない。
直播き米とは、田に直接種モミを播(ま)いてコメを栽培する方式です。苗を育ててそれを田に植えるという、僕たちが「田植え」という言葉を聞くとすぐに思い描くような育苗と田植えのプロセスを必要としない方式です。ただし、直播きといっても小麦の直播きイメージではない。2つの方式があり、ひとつは湛水直播(たんすいちょくはん:水を張った田にバラバラとモミを播き、あとで水量調整)と呼ばれ、もうひとつが乾田直播(かんでんちょくはん:乾いた田にバラバラと種モミを播き、あとで水を引き入れる)と呼ばれています。
直播き米の食味調査の結果などを拝見すると、直播き米は直播きの方が味や姿が断然よくて、育苗・田植えというプロセスで育てると食味が悪くなるみたいです。
その直播き米の名前は「ほしまる」、価格は5㎏入りで1,980円(税込み)。販売チャネルは当初は限定的。以下に参考までに、去年の11月下旬の札幌のあるスーパーマーケットでのお米の店頭価格(5㎏袋入り、白米、税込み)を並べておきます。
前述のように、直播きなので、苗を育てて田植えをする必要がない。そのため農作業を4割削減できるそうです。北海道の一般的な稲作農家で直播きに切り替えた場合、作ったものが想定通りに消費者に売れるとして、生産面ではどれくらいの費用削減効果があるか、少し気になります。
一般に、お米の生産費(全算入生産費:お米の生産に必要な費用をすべて合計したもの、つまり、物財費と労働費と地代や支払利子などの合計)は、10アールあたりの全国平均が、平成22年産米に関しては、14万1526円。お米60㎏(1俵)単位でみると、1万6594円です(農水省「平成22年産 米生産費」)。これは広い水田を持つ農家と狭い水田を持つ農家を合わせた全国の平均値です。1戸あたりの水田面積は広くない。
60㎏の全国平均生産費が1万6594円という場合の農家1戸あたりの水田面積(作付規模)は1.0ヘクタールです。ただ、広い水田の方が、狭い水田よりも、「一定レベル」までは生産費が安くなります。だから、面積(作付規模)が5~10ヘクタールの水田では60㎏あたりの生産費は1万2680円です。
【註】僕は、日本の水田の場合、この「一定レベル」は7~8ヘクタールだと考えています。規模を拡大したら効率的になるという議論はよく聞きますが、日本という国土環境に置いて、「どこまで」農地拡大による収穫逓増が有意に継続するかについての実証研究は寡聞にして知らない。「どこまで」を組み込んだ議論はほとんどありません。関連記事は「農地の集約化・大規模化で収穫逓増?(その3)」)。
日本の農家1戸あたりの平均農地(経営耕地)面積は1.8ha、それから北海道の1戸当たりの平均耕地面積は19.3haで、これと米国やフランス、あるいはドイツのそれがよく比較されて、たいていの場合は日本の農業は効率が悪いという議論になるのですが、ここでの農地や耕地面積とは稲作地と畑作地の両方を含みます。
農地の広い北海道では、水田も同じように広いかというとそうではない。北海道の農地の広さを実感できるのは「じゃがいも・たまねぎ・にんじん」などの野菜畑や小麦畑で、水田は確かに広いことは広いが、畑作地のようではない。
北海道の農家1戸あたりの平均水田面積は、5.9ヘクタール。全国平均が1.0ヘクタールなのでその6倍。対象を水稲作付け農家一般ではなく(そのなかには、パートタイム農家や趣味の農家も含まれるので)、主業農家だけを対象にすると、北海道の1戸あたりの平均水田面積は6.8ヘクタール、全国平均は1.9ヘクタール(「2005年農林業センサス」)。
日本でどこまで1戸あたりの農地(稲作地と畑作地)や水田(稲作地)を拡大できるのかという議論に関しては、僕は北海道のそれぞれの平均値が上限に近いと直感的に考えています。つまり、農地(稲作地と畑作地)は19.3ヘクタール、水田(稲作地)は6.8ヘクタール。
さて、直播きによって農作業の4割を削減できると考え、「農作業=労働費」とすると、平成22年産米の場合は労働費は全算入生産費の26%なので、10.4%の生産費削減効果が期待できます。水田面積(作付規模)が5~10ヘクタールの平成22年産米の生産費は1万2680円だったので、これが1万1361円へと低下します。北海道だけで「直播き」「収穫逓増」を考えるなら、1万円も視野に入ってくる。
「ほしまる」という名前の由来は知りませんが、北海道のお米には「ほしのゆめ」「ななつぼし」「大地の星」(加工食品用のコメ)、それから、星という文字はありませんが「きらら397」のように、伝統的に「ほし(星)」がよく使われます。「おぼろづき」というのもあり、どうも夜の響きなので、「コシヒカリ」や「ヒノヒカリ」という昼の光のネーミングの傾向と対照的です。
「ほしまる」が、小口パックで売られていたら、すぐにでも食べてみます。
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