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2012年11月22日 (木)

判断の座標軸をいちおう整理しておくと・・

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衆議院議員選挙が近い。政治・経済・社会面での僕の基本的な関心事は、二つ。日本をもう少し実質的に独立した状態にしたいということと、より安全な生活環境を確保し維持し続けたいということです。

安全な生活環境の確保・維持の中には、次のような意思や配慮も含まれます。19世紀半ばから最近まで地球の平均気温は緩やかに上昇していますが、農業革命から現代にいたる過去1万年の温暖化・寒冷化の大きな波の繰り返しの中から最近の150年だけの小規模な波を取り出して、それを産業活動によるCO2排出に強引に結びつけて説明しようとするタイプの政治的なまやかしには左右されないという意思、それから、安全で元気な食べ物(たとえば、旬の野菜、無農薬・低農薬栽培の農産物、遺伝子組み換えでない穀物、放射性物質に汚染されていない魚介類や農畜産物)についての日常生活での配慮。

政治・経済・社会という領域で現在の我々をとりまいているというか、我々がかかわらざるを得ない複数の問題や課題を、上記の基本的な関心事をもとにいくつかに絞り込んでいくと、主要課題は「原子力発電と火力発電や代替エネルギー」、「TPPとグローバリゼーション」、「税金と米国債という定期性預金」、「日米安保条約と日米地位協定」の4つに落ち着きます。その4項目についての僕の考え方を、政党や候補者を選別する際の私的な座標軸とします。

話の進め方の都合で、日本が以前から抱え込んでいて徐々に増加し続けている「米国債という定期性預金」のことから始めます。

米国財務省の発表資料によれば、日本が保有する米国債という定期性預金の残高は2012年8月末現在で90兆円です(1ドル=80円で換算)。それよりも2年前(2010年9月末)の保有高が69兆円(1ドル=80円)なので、2年間で21兆円増加しています。

現金も預金も潤沢にありその使い途に困っているようであれば、定期性預金が積みあがっていくのはやむを得ませんが、我々がお金に困っているような事態に直面しているのであれば事情は別で、現金不足の時は、通常は、定期性預金を取り崩してその不足分を充当するものです。効果のない為替介入で円売りドル買いの結果、不本意に抱え込んでしまった米国債もあるでしょうが、徐々に増やせる流動性の高い金融資産は、また徐々に減らすことも出来ます。不景気で消費者の消費性向がとても低くなっているときに消費税の税率を高めて税収不足を補う必要は必ずしもなくて、向こう10年間にわたって徐々に一定額ずつ米国債という定期性預金を取り崩していくという方法もあると思われますが、なぜかこのことに言及する政治家は少ない。まれにそういう勇気を持った人がいますが、どうも伝統的にアンタッチャブルな項目になっているようです。 

この定期性預金については、消費税増税の代替とは別の使い途もあり、そのことについてはあとで触れます。

原子力発電は要らない。幸い、現在は、ほとんどの原子力発電所が停止状態ですが、この停止状態をできるだけ早く全面廃止状態にしたいものです。「もんじゅ」のような危険な高速増殖炉はすぐに廃棄。原子力発電所の廃棄には廃炉処理や放射性廃棄物の安全な処分という長期の作業と費用が必要ですが、それは今までのツケがたまったということなので致し方ない。原子力発電で充当してきた電力需要や今後の電力需要の増加には、火力発電を軸とした対応策をとり、地熱発電・太陽光発電・風力発電など稼働率は違うが新しいタイプの代替発電や、オイルを産出する藻(も)などの新しいタイプのエネルギー資源で補完します。

火力発電には、石油・天然ガスや石炭を効率的に利用する新しい技術が導入されているので、今後はそういうタイプの火力発電所を増設し、既存の古いものと置き換えていく。石油や天然ガスはシェールガスやシェールオイルなどが採算がとれる形で採掘できるようになってきた。今後十分に長い間、枯渇の心配はない。

原子力発電の廃止・廃棄という状況は、製造業でいえば、政府の産業政策という形の後押しがあったかどうかは別にして、市場が拡大すると思っていた商品が消費者ニーズの変化や競争力の劣化で急に売れなくなったという状況に近いと考えられます。例えば、ブラウン管テレビ、あるいは、DRAM(半導体メモリのひとつ)。商品が全く売れなくなった場合は、普通は、その商品分野から撤退し、当該事業での赤字が非常に大きい場合には当該企業は会社をリストラしてスリムにしながら、商品と事業のポートフォリオを切り替えて事態を乗り切っていきます。

しかし、かりに、原子力発電所をかかえる電力会社が、つまり沖縄電力以外の電力会社が原子力発電所の廃止と放射性廃棄物の処理、そして電力流通網の再編を前提とした火力発電中心の電力ポートフォリオへの移行に、非常に優秀な製造会社でもやりくりできないくらいの追加的な財務的な負担を強いられるなら、その算定は難しいですが、非常に優秀な製造業でも自己負担できないその追加分だけは、紐付きの政府補助(つまり税金投入)という手段をとってもよいと考えます。その財源は、上述の、我が国がため込んでいる90兆円の米国債という定期性預金。それを徐々に慎重に売却して、原子力発電を廃止し、核廃棄物の処理を進めます。その場合は、この財源の使い途については、他の使い途(たとえば、消費税)と調整します。ただし、優先順位は原子力発電の廃止処理支援の方が高い。

TPPとグローバリゼーション。米国の参加しないTPPはもはや考えられないけれど、米国の参加しないTPPと米国の参加するTPPではTPPの風景が相当に違います。なぜなら、米国の参加によってTPPは米国の経済利得獲得スキーマに変貌したからです。あいも変わらず軽自動車は非関税障壁だと言っているようですし、日本向けの気が利いた右ハンドル車は作る気がなさそうです。TPPに関する僕の主な関心領域は農業と金融(医療保険を含む)です。

TPPへの参加を望む向きは、その理由として、TPPが日本からの輸出を増加させ、TPPがもたらす自由競争やグローバリゼーションによって日本の産業(とくに農業)の国際競争力は強化されると主張しているようです。つまり、少し以前の用語を使えば、TPP参加によって新たに輸出ドライブがかかるというわけです。追加的な輸出ドライブを想定している産業(たとえば自動車など)はすでに主要輸出国での現地生産に移行しており、輸出が有意に増えることはありません。かりに輸出が若干増えたとしても、わずかの円高でそこから得られたわずかな利益は吹き飛んでしまう。これは、我々がすでに何度も経験してきたことです。輸出立国・貿易立国という1960年代や1970年代の昔懐かしい用語をもちだされても説得力がありません。

農業関連でいえば、TPPは、GM作物と農薬のセット販売の独占化・寡占化に熱心な米国の巨大アグロビジネス企業を利するだけです。日本の穀物自給率や食料自給率はそれぞれ26~28%と39%と、依然として低いままであり、こういう状況でのTPP参加は一部の品目を除き日本への農産物輸入をさらに増やし自給率の低下を招きます。ちなみに、農水省試算では、2007年のフランスの穀物自給率は164%、米国のそれは150%、ドイツは102%、英国は92%、財政面で立ちいかないギリシャが71%。それから中国の穀物自給率は2007年時点では102%、またインドは105%。日本の26~28%と比較すると、余裕の次元が違う感じです。蛇足ですが、お隣の韓国の穀物自給率は30%。

日本は、少し前に、金融のグローバリゼーションや金融の自由化・規制緩和でひどい目に遭いました。TPPでグローバリゼーションを推進と主張している人たちにはその学習効果が及んでいないようです。わかりやすい例は、企業の財務内容の評価制度としての時価会計。日本の金融界と金融界に依存していたその周りの企業群は、この制度変更の影響で、おんぼろ資産や負の資産をいっぱい抱えた会社ということになり、倒産や買収やカ貸し渋りなどで苦労させられました。しかし、この制度の言いだしっぺであり、この制度をグローバルスタンダードと称して自国以外で推し進めることに関してはいわば圧力団体であった米国が金融危機(リーマン・ショック)で似たような状況に陥ると、太平洋の向こう側のその国は手のひらを返したようにさっさと時価会計を放棄し、「生きのびるための粉飾決算」へと方向を転換しました。TPPのターゲットとして残っているのは、前回は十分に手を付けられなかった郵政、つまり郵便貯金。それから医療関係の保険。

TPP参加が大好きな政治家は、TPPの推進原理であるところの自由競争やグローバリゼーションが大好きなはずなので、政治家の世界にも国境のない自由競争原理を持ち込んでみたらいかがでしょう。

グローバル企業の経営者には、その企業が生まれ育った国と全く関係のない国籍を持つ人たちも多い。プロスポーツの世界も「職業としてのスポーツ」をやる人たちは、コーチも選手もいわば自由化されておりグローバライズされています。日本のプロ野球でさえ、一定範囲内では、外国人選手に活躍の舞台を提供しています。それと同じ文脈で、日本で「職業としての政治」に従事する「職業としての政治家」の役割を、日本国籍を持たないプロの「職業としての政治家」に任せるといった状況をシミュレーションすることができます。

日本人でありながらどこの国を代表しているのだかわからない政治家を抱えるよりは、その数を一定数以下に制限はするにしても、地域有権者の理念を実現することに特別に優れた能力を発揮する日本国籍のない外国人の衆議院議員がいても構わない、そういうシミュレーションです。たとえば、地域住民の民意が原発廃止なら、原発廃止をコアとする政治(事業)ポートフォリオを熱意を持って戦略的に実現することを地域住民といわば契約し、契約内容の遂行によって追加的な報酬を得るといった外国人衆議院議員です。そういうことを実施すれば、日本の政治家の世界にも、「自由競争」や「グローバリゼーション」が持ち込まれ、日本人候補者と外国人候補者とが、地元住民の票を求めて競い合うという「国際競争」の現実を日本の政治家は身近に体験できます。つまり、「農業や小規模産業に自由競争原理を持ち込んで彼らに国際競争力をつけさせてやる」という主張の意味を自身で経験できるわけです。基本の政治経済理念や思想の骨格がどこを向いているのかはっきりとしない日本人政治家はTPP推進派の中にもずいぶんいらっしゃると思いますが、そういう人たちはこういう競争場裡ではおそらくは非常に分が悪い。

さて、外国(アメリカ合衆国)の軍隊が自国内(たとえば、三沢や横田や横須賀や岩国や佐世保や嘉手納や普天間)に治外法権で駐留しているという状況を普通は完全な独立状態とは呼びません。完全な独立状態に近づく途はあるか。

外務省のホームページには「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」、いわゆる日米安保条約が掲載されていますが、以下はその第十条の引用です(下線は「高いお米、安いご飯」)。

『第十条
 この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。
 もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。

第十条の英文は以下の通り。

ARTICLE X

This Treaty shall remain in force until in the opinion of the Governments of Japan and the United States of America there shall have come into force such United Nations arrangements as will satisfactorily provide for the maintenance of international peace and security in the Japan area. However, after the Treaty has been in force for ten years, either Party may give notice to the other Party of its intention to terminate the Treaty, in which case the Treaty shall terminate one year after such notice has been given.

この条約の締結日が1960年1月19日なので、十年間効力を存続した後とは1970年1月19日以降ということです。なお、アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍が日本国において使用することを許される施設及び区域や日本国における合衆国軍隊の地位は、別個の協定により規律される、となっています(第六条)。(【註】別個の協定とは、日米安保条約のサブセットとしての日米地位協定のこと。その前身は日米行政協定。この協定にかかわる最近の事例は、普天間や岩国に配備されたオスプレイ。あるいは日本本土上空のいくつかのルートで飛行訓練をするオスプレイ。)

つまり、1960年に締結された日米安保条約は、当事者のどちらかがその条約が嫌になれば、「ご破算に願いましては」と宣言することができる仕組みになっている条約です。言葉を換えれば、米国との軍事的な協力関係が今後も必要なら、現行のものを、そのサブセットである日米地位協定を含めて破棄し、日本にとって好ましい内容の「新・日米安保条約」と「新・日米地位協定」を結びなおすことができるということです。

だから、たとえば、新しい日米安保条約の骨格を検討する際に、(1)まず治外法権扱いであるところの米国の軍事基地は日本からすべて撤収してもらう、しかし(2)同時に両国間では軍事的の支援協定が当面の間は必要なので現行のものとは違った形で新しいものを締結する、という二つの意思を基礎に据えると、ある政治家のかつての発言にあったように「在日米軍は第7艦隊だけで十分」というのが二つの意思の簡潔で論理的な帰結というか、日本にとっては非常に現実的な解になります。米国も日本という大きなパラメータを考慮に入れずには、アジア太平洋のゲームプランが描けない。

今度の選挙の際には、以上の私的な座標軸をもとに、票を投ずる政党や候補者を選別する予定です。

補遺。米国債の売却や日米安保条約や地位協定の改定に関心を持ち、関心を持っていることをまわりに発言し、そしてそれらの実行に取り掛かろうとした人たちで、その時に政治の舞台で顕職にあった政治家は、たいていの場合、なぜか、短期間のうちに不幸な事件に遭遇するか、その後に不運な境涯を経験することになっているようです。

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