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2013年2月

2013年2月28日 (木)

ほとんどがF1交配種、わずかに在来種・固定種

最近の野菜の種はほとんどがF1交配種です。異なる形質を持つ親をかけ合わせると、その第一代の子(F1:雑種第一代)には均質な優性形質が現れるので(つまり、野菜の大きさや風味がそろうので)、ビジネスとしての効率的な栽培には便利です。しかし、F1世代から採れた種(タネ)を使って次の代(F2世代)を育てるとF2世代の形質はバラバラになり、つまりビジネスとしての農業にならない。だから農家は種苗業者からF1交配種であるところの種を常に買い続けることになります。(【註】F1のFはFilialからきており、その意味は「子の」とか「親から・・世代の」という意味。だからFirst Filial Generation (F1) は、その親から見た第一世代。)

最近は、昔からある在来種や固定種とよばれる野菜はあまり見かけません。スーパーでもデパ地下でも道の駅の野菜直販店でも、野菜売り場に並んでいる野菜のほとんどはF1交配種が生育したもの。

固定種・在来種のもので手元にある食材は真っ赤な「金時ニンジン(京にんじん)」。それから、「いんげん豆」の一種の「手亡(てぼう)」や「白花豆」。ともに北海道産の豆です。

「黒千石大豆」(くろせんごくだいず)という名前の黒い小粒な大豆も固定種です。絶滅に近い状態だったのが数年前に岩手と北海道で復活し、現在は北海道で生産されています。北海道の一部のデパートやスーパーでは、黒千石納豆や黒千石入りのクッキーが販売されている。

それから、「野生種の黒米」という記事で触れた四国の黒米。これは野生を残した固定種・在来種の「もち米」です。種(タネ)が風ではじけて地面にバラバラと落下する性質が強い。普通の「うるち米」の白米や三分づきにこの黒米をわずかに混ぜて炊くと、「赤飯」になります。

ときどきは、非F1交配種の食材と、積極的に付き合ってみるのも面白い。

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2013年2月27日 (水)

国産蕎麦(そば)の値段が、つまらない理由で、暴落

2012年産の国産蕎麦(そば)の値段(取引価格)が、供給過剰でボーラク(暴落)しているそうです。原材料欄に「小麦粉・そば粉・・・」の順番ではなく「そば粉・小麦粉・・・」の順番で表示されている干し蕎麦を自分で調理する人にはうれしいニュースですが、残念ながら消費者価格にとりあえずの変化はないと思われます。

穀物や雑穀の循環的な価格変動はよく見られる現象です。豊作で当該穀物の価格が非常に安くなる。生産意欲をなくしてその穀物や雑穀から離れる農家が増える。そうすると生産量が減り、今度は、生産が需要に追い付かない。引き合いが増えて価格が上がる。その価格に刺激され、その穀物をまた作りはじめる農家、あるいは新規参入組が増える。その結果、需給が安定する。価格も安定する。しかし生産量の増加はそこで急にはストップできないので、次の年は供給過多で価格は下落トレンドになる。

かりに、国産蕎麦の価格が予想以上に下落したとしても、それが、中国や北米からの競合輸入品の状況、最終消費需要や流通チャネルの動きなどを勘案して、自分の裁量で生産量を決定し、あるいはビジネスの安定のために生産量の一部については卸売業者や大口最終需要者と複数年の販売契約を結んだりした結果のことなら、自分の見込み違いを笑う余裕があります。複数年契約のおかげで特にひどい目にはあわないし、どこでドジを踏んだかが自分自身でわかるので、面白くない結果だけれど、来年以降の対応策はとれます。

しかし、供給過剰が農家の自己判断・自己裁量というより、戸別所得補償制度が導入された結果、全国的な蕎麦の作付面積が増え、そこに収量の増加、つまり豊作が加わって需給バランスが大幅な供給過多へと傾いたということであれば事情は同じではない。蕎麦を生産すれば、需給状況や価格動向にかかわらず、蕎麦生産農家にはその生産量に応じて政府(農林水産省から)から補助金が支払われるわけで、そうなればある程度の所得は計算できるので、あまり市場の状況と自分の生産量との関係は考えない。

そして、補償制度が導入された場合にはよくあることですが、こういう全体の状況をながめた商売上手な流通が、生産者の足元を見ることになります。補助金分のすべてとはいわないまでも、その少なからぬ一部分を吐き出させるような価格交渉が開始されます。蕎麦(そば)生産農家にしても、右から入ったものの一部を左に渡すだけなので、とくに懐が痛むわけではない。

懐が痛むのは、補助金という名の税金を支払っている蕎麦の消費者です。補助金という名の税金が、役所の意図した場所とは違う場所にビジネス上の利益となって流れ込んでいくのは、よくある話です。たとえば、米粉用のお米。

今回の件についての農林水産省の見解は、生産が急に増え需要が追い付いていない、ということのようです。農林水産省はこのタイプの見解がお好みらしく、たとえば、米粉供給が鈍化してくると、「米粉消費と米粉生産に翳り?」という記事で書いたように、『(米粉米の)業者はこれまで先読みして、より多くの在庫を持っていたが、ここにきて消費の伸びが鈍化した。しかし用途は増え、需要はむしろ底堅くなっている』となります。

僕は、日本の穀物自給率や食料自給率が100%に近いかそれをわずかにでも超える状態が日本にとっては望ましいと考えており、そのためには、農業支援の公的な補助金や公的補助制度は必要だと考えていますが、今回の蕎麦(そば)事例にはちょっとうんざりさせられました。

農業を政府が直接・関節の補助金や補助制度で支援するというのはグローバルな現象です。農産物の自給率を高い水準で維持しようとしている先進国では、この政策は各国ともデフォ(規定値くらいの意味)となっています。

この政府支援量あるいは公的資金投入比率を国別に見比べるために「農業保護率(PSE%: Agricultural Producer Support Estimate %、そのまま訳せば農産物生産者への支援評価額の比率)」というOECDの指標があります。PSEは「農産物の関税や管理価格によってできる内外の農産物価格差に生産量を乗じたもの」と「政府の補助金等の財政支持額」を「合計」したもので、PSE%はその国のPSEをその国の農業総生産額で割ったものです。

しかし、各国とも実質は政府補助金だけれども、名目上はPSEの分子の一部とはならないようなものを上手に運用しているので、PSE%だけでは実態は見えてこない。

だから、そういうこともあって、農業が非常に強く輸出意欲の非常に高い国は、農業の相対的に弱い国で行われているその国での公的農業支援制度が気に入らない。たとえば、オーストラリア政府の調査機関は、米国の農家や農業法人の農業所得に占める政府直接支払いや公的支援と思われるものを詳細に分析して保護政策の弱点(弱点という言葉は使わずに、産業の非効率性という用語で呼ばれていますが)を指摘しています。

関連記事は、「農業保護率指標について」、「農業の公的支援(その1)」、「農業の公的支援(その2)」、「農業の公的支援(その3)」。

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2013年2月26日 (火)

野菜や花の種(タネ)が第四種郵便物とは知らなかった

郵便物には第一種とか第二種とかの区分があり、第一種から第三種までは、まあ、おなじみです。タネ屋というか種苗会社に花や野菜の種を注文すると、たいていは、というか、大量に買うのでなければ、おそらくすべてが郵便物で送られてきます。袋に入ったタネが郵便で届くというのは、ちょっと不思議な感じではあったのですが、とくにその理由は気にしませんでした。

札幌ではまだ雪が続いていますが、気持ちはそろそろ、バジルや紫蘇(シソ)やルッコラなどの今年の夏のお気に入りハーブや野菜の栽培。その種(タネ)のことを考えていると、種は郵便物で届くが、あらためてそれは何故か。ちょっと調べてみました。

第一種郵便物とは、手紙のことで、封筒の大きさや形によって定型郵便物と定型外郵便物に分かれます。最近は書留機能と速達機能がついた、中に入るものなら書類でも本でもCDでも何を入れてもOKといったレターパック500のような便利なものもあります。第二種郵便はハガキ。第三種郵便は定期刊行物で、僕たちがよく知っているのは、定価のついた企業のPR雑誌など。

それから、第四種郵便。これは通信教育用郵便物、学術刊行物、それから植物種子等郵便物など。50g、100g、200gといった重量別に料金を比較してみると、第四種は第一種の封筒に入った手紙よりも少しだけ安く料金が設定されているので、種(タネ)の小口郵送を大量に行う種苗会社にとっては便利です。安い分だけ、経費が確実に削減できます。民間メール便よりも安いのでしょう。

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2013年2月25日 (月)

たまに出会う、いい感じの米国製調理器具

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たいていの米国人女性は、料理で食べているような人を除けば、料理が器用とは云いがたい。知り合いの米国人女性が野菜を切る様子などを見れば、優雅さとはけっこう離れたあたりで庖丁を使っていることがわかります。おそらく、だから、米国では単機能ないしは単一目的の調理道具や調理器具が多いのでしょう。

単機能の道具はあまり我が家の好みではありません。しかし器用とは云いがたい米国人向けの米国製調理器具のなかで、優れものに出会ったときはその使いやすさにほとほと感心します。

以前の記事「柚子胡椒(ゆずこしょう)」で登場したのが下の黄色い持ち手のおろし金。記事には『硬いチーズからパスタの仕上げ用に粉状チーズをその場で作ったり、柚子の皮をおろしたりするのに便利なのがおろし金ですが、使い勝手がよいので配偶者のお気に入りは以下の写真のもの。』と書きました。

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配偶者がその親戚を最近購入しました(下の白い持ち手の、幅広な下ろし金)。日本市場向けにデザインされた下ろし金だそうです。

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大根や生姜(しょうが)などは下ろし金(おろしがね)ですりおろしますが、日本の下ろし金は、おろしたのを器具自体のもつ隙間に暫定的にためるような設計です。いっぽう米国製の下ろし金は器具の持つ貯蔵空間にいったんためるのではなく、料理に直接に落とすか、下に置いた他の容器(頃合いのサイズのステンレスボールや深皿など)に最初から落としてそこにためるような考え方で作られています。

どちらが便利かは考え方によりますが、配偶者は、目詰まりしない切れ味の鋭さと下ろしたあとの取り出しやすさやで、この米国設計・米国デザインがとても気に入っている様子です。

僕は、おいしい大根おろしの回数が増えたらうれしいので、この白い持ち手の下ろし金をどんどん使えと勧めています。天婦羅屋ではないので、量は多くなくていい。大根おろしに使うポン酢は自家製のものを十分にストックしてあります(「ポン酢づくりの季節」)。

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2013年2月22日 (金)

表意語と表音語と雪の熟語

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雪まつり以降はだんだんと春になるはずで、陽の光には確かに春がいるのですが、今年はなぜか雪が止みません。もっともこれは北海道に限ったことではなくて、普段は雪の降らない西日本のような場所でも今年は雪がけっこう積もったりしていています。

雪が多いと云っても札幌では控えめで、しかし、普段なら1時間くらいの距離であるところの近隣の江別や岩見沢といった穀物や野菜の産地ではまれにみる大雪です。去年も多かったのですが、今年はそれ以上です。高速道路は通行禁止になるし、長距離列車は頻繁にベッドのない郊外の臨時ホテルに早変わりしています。

そういうニュースをテレビなどで見た知り合いから電話がありました。離れた知り合いの住む場所で大洪水や台風や大地震があると安否を確かめるために連絡を取りますが、そういう類の電話です。雪に埋もれて飢えで死にかけているのではないか、あるいは所用先からの帰りの列車に閉じ込められて困っているのではないか。

雪国育ちでないと、瞬間的には理解できないような表意語(表意文字)や表音語があります。いまだに慣れません。

ひとつは「落雪注意」。高いビルと接する歩道にそういう注意書きが(親切なところでは、ビル側に近づけないような立ち入り禁止のバーも設置されている)置かれています。ビルの屋上から雪がドサッと落ちてきてけがをする恐れがあるので、ビルのそばに近づかないようにという注意書きです。最初にこれを見たときは「落雪注意」とは全く認識できず、目に入ってきたのは「落雷注意」。なぜこの時期にカミナリ?なぜこんな場所で「カミナリに注意」?いまだに慣れない。

もうひとつは、「雪が多いので毎日ハイセツが大変です。」という会話表現。雪が多いとベンピになるのかと思っていましたが、そうではなくてハイセツとは雪の排除、つまり排雪。除雪、雪かきしたあとの雪をどこか邪魔にならない場所に移動させることです。ジョセツやユキカキなら同音異義語による誤解はありませんが、それでは作業工程の正確な意味が伝わらないし、作業や捨て場所捜しの大変さの雰囲気も出ない。

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2013年2月21日 (木)

くま・くすのき・そら・うみ・ふくろう

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明治の始まるほんの少し前に生まれて昭和16年に75年の生涯を閉じた「南方熊楠(みなかた・くまぐす)」という和歌山出身の博物学者がいます。「南方(みなかた)」が姓で「熊楠(くまぐす)」が名です。僕は、博物学者・生物学者・民俗学者の熊楠よりも、仏教学者・哲学者としての熊楠に惹かれます。

「熊楠」という、ちょっとびっくりするような彼の名前が好きで、なぜなら森の中の「楠」という植物的な力と、「熊」という動物的な力の二つをあわせもっているからです。札幌でも近ごろは、和歌山の熊とは種類の違う熊が住宅地や住宅地に隣接した畠を食べ物を求めて歩いているようですが、楠や熊の「力」とは、森の生命力であり森の霊力です。調べてみると、彼の生まれた地域では、「楠」という神聖な樹木をヒトの名前の一部とすることはごくあたりまえのことだったようです。しかし、彼の名前は、そこに熊も加わっている。

壮大な名前ということだと、「空海」以上の壮大な名前を、寡聞にして、僕は知りません。空と海、すなわち、広大な世界です。「おいおい、若い時にそんな名前をつけて大丈夫だったかね」とも思いますが、沙門(しゃもん)空海、四国の山野を跋扈(ばっこ)し、太平洋の波や空と対峙していた若い私度僧のころの汗と苛立ちと自信と野望がその名前からは湧きだしてくるようです。空海のその後の思索と瞑想の深まりと、それから世俗の権力と自由に交わる様子を見ると(それを好んだかどうかはわかりませんが)、その名前をつけた時にその名前に込めた「射程距離」の長さへの思いが想像できます。

しかし「円空」となると、「空海」の空とは違う空の趣きで、つまり「○」で、これはやはり漂白の木彫り僧にふさわしい名前だったのかもしれません。

僕は、森の神様であるところの梟(ふくろう)のファンですが、梟(ふくろう)という字の入った名前を持ったヒトにはまだ出会ったことがありません。その理由はよくわからない。音読みは「キョウ」。突出したという方向でのいい意味にも、また逆の方向の悪い意味でも使われています。日本でも昔は、梟はどうも肉食の怖い鳥と考えられていたようです。

下の写真は阿寒のアイヌコタンの入り口で、あたりを睥睨(へいげい)している梟(ふくろう)<シマフクロウ>の像。智慧があふれています。

カラスの知性などについて考えていたら(「カラスの肉はおいしい、そうです。 」)、ミネルバのフクロウに思い至り、それから北海道のシマフクロウ、クマ、クスノキ・・・となって、今回の記事です。

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2013年2月20日 (水)

カラスの肉はおいしい、そうです。

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カラスに関するブログ記事はいくつかあって、それらは「烏(からす)と梅の土用干し」、「再び、カラスとトマト」、「空き巣・知能犯・居直り強盗」、「TPPと学習効果」などですが、そこでの僕の感想は、カラスの知性を称賛するものか、野菜などを荒しまわる犯人としてのカラスに対する怒りとあきらめに関するものがほとんどです。

たとえば、『カラスの学習効果にはちょっと驚くべきものがあります。実際は実証データがなかったのかもしれませんが、カラスが苦手だとされていた黄色いものに対しても、見かけ倒しで危険性がないとすぐに気が付いて仲間の「共有知」としてしまったのか、今のカラスは黄色いものに近づくことに何のためらいもないようです。ただ覆ってある程度の黄色いゴミ用ネットなどは平気でつついて、その中の黄色いゴミ袋から堂々と残飯をつまんでいる光景を見かけます。』(「TPPと学習効果」)

『トマトの収穫時期もそろそろ終りですが、我が家の赤と黄色のミニトマトがカラスにつまみ食いされる日々はまだ続いています。配偶者がその場面に遭遇することが多く、僕もまれに事件を目撃するのですが、配偶者の話と僕の体験とを総合すると、次のような具合です。

常習窃盗犯であるところの、焼き鳥にしてやりたいカラス(おそらく不味いので焼き鳥にはしませんが)は、どうもいつも同じ奴が単独で行動しており、友達や知り合いを連れてきているのではない。小柄な賢そうなカラスである。(・・中略・・)安全な距離がある場合にはゴム鉄砲の格好くらいでは驚かなくなり、悠然と熟れかけたミニトマトを2個、3個と食べている。配偶者の方を睨んだりもする。もはや居直り強盗の貫録。「ひょっとしてあのカラスは、あなたのことが好きなのではないか」と配偶者に言ったら、配偶者から睨まれてしまった。(・・後略・・)』(「空き巣・知能犯・居直り強盗」、ただしアンダーラインは元の記事では引かれていない)

ジビエ(狩猟で捕獲した野生の鳥や獣)料理が、日本でも、見直され始めたようです。その背景はおいしい食材を求めて、というよりも野生動物が増えすぎてその対策に困り、そういえば食材としても結構イケるかなということにあらためて気が付いたということらしい。

北海道ではエゾシカが増えすぎて農作物を荒らして困る、その対策の結果、エゾシカ肉がジビエ食材として数年前から流通し始めました(関連記事は「エゾ鹿肉」)。2月5日から1週間開催された「札幌・雪まつり」でも、エゾシカ肉の串焼きを数種の焼き鳥と一緒に屋台で売っていて、人気が集中したのか、それとも、もともと用意したエゾシカ肉の量が少なかったのか、僕たちが会場に行った日の夕方は、それだけが売り切れでした。

さて、ジビエ食材としてのカラスの話です。ある業界向け新聞のコラム記事に次のような記述がありました。「フランスの古い本に『ジビエ料理の中では、カラスは特に美味である』とあり」「(知り合いが捕ってくれたカラスを)賄(まかな)いで味見をしましたが、うわさ通りおいしいのでお客様にも提供し、今では定番の食材になりました。肉はしっかりとしていて、はね返されるような弾力があります。砂肝のような食感でとても濃厚な味です。」長野でフランス料理店を営むシェフの書いた記事の一部です。

中国人がその辺りを歩いている犬をおいしそうという眼でみるのか、あるいはイギリス人が野原を走り回っているウサギをおいしそうな食材を見る目で眺めるのかは知りませんが、仮にそうだとして、今度、我が家を訪れるカラスに出会ったら、「おまえ、焼き鳥にしたらおいしそうだな」という表情でにこやかに接することにします。予想外の展開にびっくりして、そのカラスは気絶してしまうかもしれません。

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2013年2月19日 (火)

味噌の追加仕込み

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手前味噌の寒仕込み」の続きです。

いい大豆といい米麹が1㎏ずつ手に入ったので、先週末に味噌をさらに一甕(かめ)分、仕込みました。今年は4.5リットル入りの甕で5個分をすでに仕込んであるので、今度ので6個目ということになります。

去年までだと、こういう材料の条件がそろっても、茹でた大豆をすりつぶすという力仕事が気が重く、取りかかるにしてもいやいやだっただろうと思いますが、今年は家庭用の電動ミンサーがあるので、その力仕事があっという間に、実際はあっあっあっくらいの感じですが、終わってしまいます。塩や焼酎は用意してあるので作業に滞り(とどこおり)はありません。

これだけの量を仕込んでおけば、そのうち2年物や3年物の味噌をつかった味噌汁や味噌田楽、酢味噌などを余裕をもって楽しめそうです。

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2013年2月18日 (月)

続・「米の食味ランキングと、おいしいお米の生産地分布」

日本穀物検定協会は毎年2月にその前の年に生産されたお米の食味ランキングを発表していますが、今年(2013年)も2月になったので、2012年産米の食味ランキングが発表されました。産地銘柄単位(たとえば、新潟現魚沼産の「コシヒカリ」や福井県の「コシヒカリ」、あるいは、北海道の「ゆめぴりか」、ないしは熊本県の「森のくまさん」)で評価されます。

食味試験のランキング(ランク付け)とは、当協会のホームページによれば次のようになっています。

・「基準米」・・・複数産地コシヒカリのブレンド米を基準米とする
・「特A」・・・・・基準米よりも特に良好なものを
・「A」  ・・・・・基準米よりも良好なもの
・「A‘」  ・・・・・基準米と比較しておおむね同等のもの
・「B」  ・・・・・基準米よりもやや劣るもの
・「B‘」  ・・・・・基準米よりも劣るもの

毎年注目されるのは、「特A」米の種類や生産地分布。1年だけでなく3年間のゆるやかな変化を眺めてみると、新潟県のコシヒカリはあいかわらず評価が安定していますが、北海道や北九州、山形や北陸に、「特A」米が広がっています。米の新品種の開発努力、新品種のマーケティング努力の差が食味の違いにじわじわと現れてきたというのが、僕の意見です。

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2013年2月15日 (金)

米粉パンと玄米餅(もち)と小麦粉パンの朝ごはん

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先週、あるデパートの地下食品売り場で久しぶりに米粉パンが華やかに並んでいるのを目にしました。パンの臨時プロモーションコーナーでの光景です。車で1時間くらいまでの距離を近所とするなら、そのデパートに出店する余裕はないが、しかし近所で頑張っているパン屋さんが何軒かそのコーナーに招待された様子です。米粉パンのお店は、商品の種類や数からすると、地元では一定数の安定した顧客が確保できていると思われます。比較的若い女性客が途切れることなく特設レジに向かっています。

朝ごはんで一番飽きないのが、炊いたお米を別にすれば、小ぶりな玄米餅(もち)。ぷくっと少し焦げ目がつくくらいに焼いたそれを、海苔とごくわずかな醤油で磯部焼き風に食べるとそれだけで幸せになれます。焼くのに必要な時間は、表が5分、裏返して2~3分の合計8分くらい。お湯など沸かしているうちにでき上がります。玄米餅そのもののおいしさに依存する部分は多いのですが、時間がない時のインスタント食品としてのお餅は重宝します。しかし、そういうお餅は寒い間しか手に入らない。

朝ごはんに自宅で焼きたての米粉パンを食べることが多かったのですが、それがしばらく続くとさすがにその味に退屈してきます。そういう時は「パンはやっぱり小麦粉パンだ」ということになり、最近は以前よりも簡単に手に入るようになった「はるゆたか」と自家製天然酵母を使って小麦粉パンを焼きます。

今朝は小麦粉パン。朝ごはんには、いわゆる炊きたてごはん、米粉パン、小麦粉パン、それから、季節が限られますが玄米餅を、特に意識しているわけではないのですが、順繰りに食べているようです。共通点は、米や麦が国内産だということです。

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2013年2月14日 (木)

いんげん豆と大豆

学術的に正確な分類は気にせずに、身近な豆を大雑把に種類別に分類すると

・小豆(しょうず、あずき)
・いんげん豆
・大豆(だいず)

になります。北海道ではどれも栽培されていますが、北海道の在来種の豆にはいんげん豆が多い。だから、札幌に暮らしていると、面白い模様のいんげん豆によく出会います。写真は左が「うずら豆」(いんげん豆)、真ん中が「貝豆」(いんげん豆)、そして右が北海道の代表的な大豆の「とよまさり」。いつごろ誰がつけたのか、色がうずらの卵に似ているので「うずら豆」、模様が貝の雰囲気なので「貝豆」だそうです。ネーミングがちょっと手抜きの感じもしますが、素直にわかりやすい。

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中近東起源で地中海一帯でも栽培された豆が「ひよこ豆」。これも形が「ひよこ」に似ているので「ひよこ豆」。英語ではchickpea、つまり「ひよこ豆」です。スペイン語では「ガルバンソ (garbanzo)」。スペイン料理やイタリア料理などで使われています。配偶者は「ガルバンソ」を長い間「がんばるぞ」と間違えて覚えていたらしい。( 「ひよこ豆」の写真はここをクリック

かつてローハイドというテレビ用の西部劇があり、その中で食事の場面と云うと毎回、豆料理だったという記憶があります。調べてみると、ローハイドの豆料理には二種類あって、一種類は「大豆」がベースのもの、もう一種類は「ひよこ豆」が主役。比較的保存のきく複数の野菜や保存のきく状態にしたひき肉、あるいはベーコンと一緒に煮込んだ料理だったようです。どちらかがチリコンカーンと呼ばれるチリ料理で、チリ料理は代表的なテクス・メクス (Tex-Mex) 料理。以前に日本でプレーをしていた、テクス・メクス料理地域出身のある野球選手が、日本の料理は何を食べても醤油の味がするという感想を述べていましたが、そういう意味では、たいていの日本人にとっては、テクス・メクス料理は何を食べてもチリの味がすると云えなくもない。

「大豆は畑の牛肉」といわれています。しかし、そうはいっても、来る日も来る日も豆料理では飽きてしまう。そばに牛がいても、牛は顧客から委託された大事な搬送商品なので豪華にステーキというわけにはいかない。

「ひよこ豆」がパスタ料理やカウボーイ向きの食事で「がんばる」なら、「貝豆」はどんな料理に向いているか。配偶者が「がんばって」おいしそうな「貝豆」料理を考えてくれるそうです。

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2013年2月13日 (水)

輸入小麦もそのうちGM(遺伝子組み換え)品種に?

GM(遺伝子組み換え)作物の商業栽培が始まったのが1996年なので、GM栽培の歴史は15年くらいですが、この10年で、GM作物(遺伝子組み換え作物)の栽培量もずいぶんと増えてきました。主要GM作物は、下の表にもあるように、大豆、トウモロコシ、綿花、カノーラ(菜種)です。

「その作物の総栽培面積(総作付面積)、すなわち、慣行栽培〈非GM栽培〉とGM栽培の合計」に対する「ある作物のGM作物の栽培面積(作付面積)」の比率を見たら、その作物のGM度(遺伝子組み換え栽培浸透度)がわかります。2008年と2011年の世界のGM作物比率(ただし、作付面積比率)を比べると、それぞれがきれいな上昇傾向を示しています。

最近の上昇傾向は、発展途上国のGM作物生産の拡大が影響していますが、米国におけるGM作物浸透度の高さ(トウモロコシが80%、大豆が92%)には改めて驚きます。ただし、米国では今までは小麦に関しては遺伝子組み換え品種の導入は活発ではありませんでした。しかし、2012年の夏から続く旱魃(かんばつ)のせいで、その様子が少し変わってきたようです。

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米国の旱魃状況取材記事(日本農業新聞、2013年2月8日)によれば、「トウモロコシや大豆と異なり、直接人間が消費するため、小麦生産業界はGM品種の導入には消極的とされていた。」しかし「『全米の小麦生産業界が一致して、遺伝子組み換え (GM) 技術の導入の促進を求めることを決めた。その柱の一つが干ばつ耐性を強めた品種の育成だ』と指摘するのはネブラスカ州小麦委員会のロイス・シェイネマン専務」。そのGM品種は「非常に水分が少ない状態で、既存品種に比べ生育が良好になるというのがうたい文句だ。」

トウモロコシや大豆は決して家畜の飼料というわけではなくて、特にその大部分がGM化されている大豆は、これもある程度GM化されているカノーラ(菜種)と一緒に加工食品を通して日本人の口に大量に入っています。そのひとつが「植物油」。もっと身近な云い方をすると「サラダ油」。日本植物油協会発行の「植物油の原材料と表示」という資料(平成22年)から関連個所を引用すると原料の輸入先は以下のような具合で、豪州を除いてGM作物の栽培が盛んな国です。

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そして、数年後は米国からのGM小麦粉がパンなどの原料として加わることになるかもしれません。

GM作物の作付面積の大きい国のトップ10は、ISAAA (International Service for The Acquisition of Agri-Biotech Applications) の2011年の年次報告書によれば

・米国(世界全体の43%)
・ブラジル(世界全体の19%)
・アルゼンチン(同15%)
・インド(6.6%)
・カナダ(6.5%)
・中国
・パラグアイ
・パキスタン
・南アフリカ
・ウルグアイ

の順番で、つまり、上位5カ国でGM作物作付面積全体の90%を占めています。

関連記事は関連記事は「GM(遺伝子組み換え)作物の生産状況」、「GM(遺伝子組み換え)作物の生産状況・補遺」および「GM作物と鶏・豚・牛とTPP (その2)」。

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2013年2月12日 (火)

「米・パン・麺類」と「弁当類」、それから「北海道産米」

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1~2㎏の違いを気にしなければ、2人以上の1世帯当たりの米とパンと麺類の年間購入数量(2012年)は以下の通りです(総務省・家計調査)。

米:   80㎏弱
パン: 40㎏強
麺類: 40㎏弱

麺類とはラーメンやうどん、蕎麦(そば)やスパゲッティー。小麦粉を買ってきて自分でパスタを作ったりパンを焼いたりする人は上の3つには含まれませんが、ここでは気にしない。だから、次のような等式になります。

米の購入量 = パンの購入量 + 麺の購入量

コンビニやスーパー、デパ地下や(宅配サービスを含む)弁当・おにぎり専門店で販売している弁当やおにぎりや寿司を総称して「弁当類」と呼んでいますが、「弁当類」の家計あたりの購入金額(購入数量だと意味のある換算表示がむつかしいのでここでは金額)が、上記調査によれば、「米」の購入金額と「パン」の購入金額を上回ったそうです。

「弁当類」は料理としての完成品、「パン」は完成品ではあるけれども部品、「米」は加工の必要な原材料なので、カテゴリーの違う3つの購入金額を比較しても、とくに意味があるとは云いがたいのだけれど、他のデータと組み合わせると、いくつかの傾向はここから読み取れます。

弁当類はご飯を使った完成品なので、簡易味噌汁とお茶でもあれば、まあ、充足します。弁当類を食べる量が増加するとその中のご飯(お米)を食べる量も当然のことながら増加する。現在のお米の一人あたりの年間消費量は60㎏弱です。逓減傾向が続いていますが60㎏を少し下回るくらいでウロウロしています。つまり、ご飯の消費量は同じくらいなのだけれど、自宅でご飯を炊く量や回数が減ってきて、誰か他の人が炊いたご飯を食べる量や回数が増えてきたということです。

ところで、弁当類に向いたお米とはどんなお米か。冷えてもおいしいお米というのがすぐに頭に浮かびますが、弁当類は商売人が作るものなので、(冷めてもおいしい)味と(魅力的な購入)価格と(安定した)生産量の組み合わせの良好なものが好まれます。

都道府県別に見た場合、お米の生産量(あるいはお米の需要実績)で1番と2番を争っているのが新潟と北海道です。

新潟のお米と北海道のお米を大雑把に比較すれば、新潟はコシヒカリ系で、どちらかというと家庭で炊きたてを食べるのに向いています。北海道は「きらら397」「ほしのゆめ」「ななつぼし」「ゆめぴりか」など非コシヒカリ系で「きらら397」や「ほしのゆめ」は外食チェーンや弁当屋チェーンでは「デフォ米」(ここでは標準米というくらいの意味)になっています。(それだけでは、北海道の米農家にとっては、付加価値が少なくてモチベーションが高まらないので、真っ白で炊きたてがおいしい「ゆめぴりか」や「ななつぼし」のような値段の高いお米が近年開発され、北海道以外の家庭でも人気上昇中です。)

「弁当類」の家計あたりの購入金額が「米」の購入金額と「パン」の購入金額を上回ったということは、少なくともお米の消費(量)に関しては、需要の風は新潟に向かってよりも、北海道方面により強く吹いていることになります。

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2013年2月 8日 (金)

パウダースノーがラベンダーに積もって綿菓子ができた

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朝起きたら綿菓子(わたがし)ができていたので、十分に明るくなった頃に写真にとりました。

昨日は一日中パウダースノーが降り続いていましたが、それがきれいに鉢植えのラベンダーに積もり、綿菓子に。同じ雪が、現在開催中の「札幌・雪まつり」の雪像にも積もったはずで、雪像責任者は今頃シャープな線の維持に苦労しているかもしれません。

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市販の浅漬けなどに興味がない理由

味噌、タクアン、糠漬け、浅漬けなど、家庭で作る発酵食品はすべて乳酸菌のお世話になっています。もっとも、最近はすべて簡単に買えるので作らないお宅も多いですし、我が家でも名古屋の守口漬けのような自宅で無理なものは作りの丁寧なのを選んで購入しています。

乳酸菌は米(コメ)粒にもくっついているし、たいていの野菜にもひっついています。だから、米のとぎ汁などは、もとの米粒が元気な状態だと、砂糖などを養分として加えると簡単に乳酸発酵を開始します。しかし、精米してから1年間そのあたりに常温で放っておいたものは、普通は元気とは云えない。

さて、「大量調理施設衛生管理マニュアル」(厚生労働省)といっしょに消毒に関する本などを眺めていると市販のカンタン漬物やカンタン味噌に関していろいろと考えさせてくれるのでちょっとした暇つぶしになります。

「大量調理施設衛生管理マニュアル」によれば、野菜や果物を加熱せずに提供する場合の殺菌方法は、「必要に応じて、次亜塩素酸ナトリウム等【注2】で殺菌した後、流水で十分すすぎ洗いする。」となっており、【注2】の内容は、「次亜塩素酸ナトリウム溶液(200mg/ℓで5分間又は100mg/ℓで10分間)又はこれと同等の効果を有する亜塩素酸ナトリウム溶液(生食用野菜に限る)、次亜塩素酸水並びに食品添加物として使用できる有機酸溶液」と説明されています。

一般に「滅菌」というのは、それがヒトに有害であるか無害であるかを問わず、対象物に存在しているすべての微生物およびウイルスを死滅させるか除去することです。「殺菌」は「滅菌」よりは、菌を死滅させるという点に関してはその程度が甘く定義された用語ですが、要は、一般細菌や酵母は、一定濃度の次亜塩素酸ナトリウム液で5分間から10分間処理すれば死滅するということです。

市販の白菜の浅漬けは上記「管理マニュアル」の殺菌処理プロセスを通過しているわけで、さてその場合、漬物に不可欠の乳酸菌はどこに潜んでいるのだろうと考え込んでしまいます。おそらく、どこにもいなくなる。しかし、その結果、乳酸発酵の風味がしないともはや漬物とは呼べないので、乳酸発酵の風味が各種の添加物で上手に作りこまれているのでしょう。

特売用のカンタン味噌やカンタン醤油も同じ。保存剤を入れてあるのだけれど開封すると長持ちしない。微生物の生態系が生きていないので当然そうなります。「味噌は2年ものか、それよりも長く寝かせたのにかぎる」という記事で書いたように、時間をかけて熟成させた手前味噌の旨さが楽しめるのも、そこで麹の作り出した酵素・酵母と乳酸菌の生態系が生き続けているからです。

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2013年2月 7日 (木)

手前味噌の寒仕込み

寒い季節に味噌を仕込むことを寒仕込みと云いますが、札幌では今がその季節です。先週末から月曜日にかけて手前味噌の仕込みを完了しました。

我が家の大豆使用量は5㎏で、作業は一度には無理なので、2㎏、2㎏、1㎏といった具合に3日間に分けて全体を実施します。この前の土曜と日曜に2㎏ずつ片づけ、こういうのは一気にやったほうがいいので、残りの1kgは月曜の夜遅くまでがんばって仕込み終えました。

大豆は国産(青森<北津軽>と北海道の産)で普通の白い大豆が3㎏、黒大豆が2㎏。麹(こうじ)は米麹(白米麹)を3㎏と玄米麹を2㎏、塩を2.5㎏用意しました。塩は、伝統的な製法でミネラル分が豊富な自然塩を使います。我が家の大豆と麹と塩の重量配分は、大豆が1㎏、麹が1㎏、そして塩が450gです。大豆と麹の組み合わせを変えてみると味の差を楽しめるので、今年は「白い大豆と玄米麹」、「黒大豆と米麹」、そして「白い大豆と米麹」にします。

去年までは、茹でて柔らかくした大豆をすりつぶすのは手作業で、その道具はマッシュポテトなどを作る時のマッシャー(すりつぶし器)でしたが、大豆相手の長時間作業だと手首を痛めるので、今年から電動ミンサーという文明の利器を導入しました。さすがに便利です。このミンサーは我が家では味噌作りにしか使わない単能器具ですが、味噌を作り続ける間は使うので年に一度の長い付き合いになると思います。

使用する甕(かめ)は5.4リットル容量の物を5個。あまり大きな甕を使うとあとで持ち運んだりするときにつらいので、比較的小ぶりなサイズの物を選びます。

味噌玉をつくって甕に投げ入れるときは共同作業が望ましい。なぜなら、甕に均等に味噌玉を投げ入れようとすると、単独作業だと、まん中上、外角高め、外角まん中、外角低め、真ん中低め、内角低め・・・という具合にコントロールよく投げ分ける必要がありますが、これがなかなかにむつかしい。ひとりが甕を少しずつ回転させて、投げ手は常に真ん中高めを狙って投げるとわりに簡単だし、二人がともに野球好きだと楽しい作業になります。我が家の場合は甕を回転させる係りが僕で、ピッチャーは配偶者です。

仕込みが完了すれば甕の蓋に大豆の種類、麹の種類、仕込み日付、それから天地返しの日付記入欄(空白)を用意した少し大きめのポストイットを貼っておきます。

その他の必需品は、これは常にストックしてあるのですが、アルコール分44%の麦焼酎。もっぱら、甕などの雑菌消毒用です。普段は飲まない。

蛇足ですが、我が家の作業手順。

①夜中から翌日の遅い午後まで、15時間ほど大豆を鍋の水に浸しておく。

②2時間くらいは、やわらかくなるまでゆっくりと大豆をゆでる。

③ゆでる時間を利用して、麹の塩切りをする。要は麹と塩を混ぜ合わせることだが、なぜかこう呼ばれている。酢飯は飯切りのなかで切るように混ぜるが、そういう「切る」ではない。しかし、慣習的に塩切りという。調べてみると、生(なま)麹に塩を混ぜることで発熱を抑え保存期間を長くするという方法がもともとの「麹の塩切り」の意味らしい。とすると、現在の習慣はその変形なので納得できる。

④ゆでた大豆をミンサーで挽(ひ)く、あるいは、すりつぶす。

⑤すりつぶした大豆が適度な熱さになったら、その大豆と塩切り麹を混ぜる(適度な熱さとはだいたい50℃くらい。熱すぎると麹菌が死んでしまう。甘酒を作るときは麹菌の活躍温度を60℃に維持するのでそのあたりまでは大丈夫。70℃だとヤバい。)。

⑥混ぜ合わせたのを味噌玉にして甕に投げ入れ、全体を整えて重石をし、蓋を閉めて、眠りにつかせる。味噌玉にして投げ入れるのは中に空気が入らないようにするため。中に空気が入らないようにするのは、カビの発生を抑えるため。

⑦延べの必要時間は1ロット(大豆2㎏)につき19時間くらい。

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2013年2月 6日 (水)

近くの歩道から見た「雪まつり」会場の端のあたりの風景

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「雪まつり」の初日(2月5日)は北海道らしいパウダー状の雪が降り積もり、結構いい感じになったのですが、雪像を作り上げる最後の段階でとても暖かい(最高気温が7.5℃から8℃)日があったので、大きな道路は雪が解けて水たまりができるような状態。これでは、完成まぢかの雪像が解けてしまう。雪像づくりに苦労しているだろうなとは思いましたが、その苦労の跡が初日の夜の会場には残っていました。

初日の夕方に会場を歩いてみました。混雑しています。気温はマイナス5度くらい。「滑らないように。滑り止め剤の使い方。」を説明した案内板は、日本語、英語、中国語(簡体字)、中国語(繁体字)、ハングル文字で表記されたのが、照明灯の支柱に貼り付けられています。案内板通りの言語が聞こえてきますが、寒いので言葉数は少ない。雰囲気から判断すると、簡体字ではなく繁体字の中国語を使う国から来た人が多そうです。英語は米国系と豪州系の二種類。それ以外にはロシア語。札幌では、ロシア語は、地下鉄や繁華街ではよく聞こえてきますが、健康診断・人間ドックのような場所でもときどきは耳にします。

大通公園会場のメインステージ近辺からは西側に相当に離れた、つまり、雪まつり会場の端っこあたりに、雪像参加に応募した市民が作った小さな雪像がたくさん並んでいる一画があります。下の写真は、その一画の一部を会場から道路一本(といっても広い道路ですが)隔てたあたりから撮影したもの。

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2013年2月 5日 (火)

『東京セブンローズ』という日本語論(その2)

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『東京セブンローズ』という日本語論(その1)から続く>

何をめざしていたのか実際のところはよくわからない、戦争責任の所在にいたってははなはだ曖昧模糊(あいまいもこ)であるというのが、丸山眞夫の分析した日本の「軍国指導者の精神形態」ですが、それと対極的なのがナチズム指導者の持っていた「仮借ない明確さ」で、その「仮借ない明確さ」とは、同じく丸山眞夫によれば、たとえば、ヒトラーやヒムラーの次のような言葉です。

『余はここに戦端開始の理由を宣伝家のために与えよう――それがもっともらしい議論であろうがなかろうが構わない。勝者は後になって我々が真実を語ったか否かについて問われはしないであろう。戦争を開始し、戦争を遂行するに当っては正義などは問題ではなく、要は勝利にあるのである。(ヒトラー)』

『諸民族が繁栄しようと、餓死しようと、それが余の関心を惹くのは単にわれわれがその民族を、われわれの文化に対する奴隷として必要とする限りにおいてであり、それ以外にはない。(ヒムラー)』

ヒムラーの発言の一語を以下のようにわずかに変えると、地球上のどこかで現在進行形の表現、ライブ表現になります。

『諸民族が繁栄しようと、餓死しようと、それが私の関心を惹くのは単にわれわれがその民族を、われわれの文化に対する属国の民・属領の民として必要とする限りにおいてであり、それ以外にはない。』

そのような「仮借ない明確さ」と対比すると、丸山眞夫の論文における「軍国支配者の精神形態」と井上ひさしの小説における「軍国市民・敗戦市民の生活と精神形態」が全く違う形をしているとは考えにくい。なぜなら両者は同じ土壌の産物だからです。だから、前者がたとえば上向きの三角形なら、後者も前者のきれいな相似形をしているかどうかはわからないけれど、やはり上向きの三角形らしき形をしているに相違ない。

両者に違いがあるとすれば、「軍国市民・敗戦市民の生活と精神形態」の三角形は、その中に上下が逆さになったような小さな三角形や小さな四角形や円形といったいろいろな違った向きや形がいろいろな色彩で少なからず入りこんでいるということかもしれません。これが市民・庶民の強さと柔軟さとしたたかさで、異民族の侵入で国を捨てるといった民族大移動の悲惨さ・壮大さはないけれど、戦国の世で領主が入れ替わる、国替(くにがえ)で新しい領主がくるといった「お上」の交替には伝統的な抵抗力というか適応力があります。だから支配者が「天皇」から「濠端(ほりばた)天皇」(マーカーサー)に替わっても実際のところは大騒ぎになることはない。

しかし、「軍国支配者の精神形態」によく似た部分が強く出すぎると、「軍国市民・敗戦市民の生活と精神形態」も、『東京セブンローズ』の一節を引用すれば、次のような状態を呈します。

『・・・満蒙(まんもう)は帝國の生命線、昭和維新、高度國防國家建設、非常時の波高し、國民精神總動員、擧国一致、堅忍持久(けんにんじきゅう)、代用品時代・・・』『大東亞新秩序、紀元二千六百年、月月火水木金金、一億一心、大政翼贊、八紘一宇、玉砕、どれもこれもぴかぴかの漢字、かういつた御立派な漢字で天下國家を論じて、それで日本はどんな國になりましたか。少しでも立派な國になりましたか。答えは出ています。すつかりだめな國になつてしまつた』

『大日本婦人會の襷(たすき)を大袈裟にかけて<進め一億、火の玉だ>と連呼しながら、そこの不忍(しのばず)通りを嬉しそうに提灯行列してゐたのはどこのだれだ』

『たとへば、(新聞の)讀者にしても、自分たち國民が國家そのものであると信じ切つてゐた。』

逆に「軍国支配者の精神形態」に必ずしも相似していない部分が市民の間で安定していると、『東京セブンローズ』で七人の女性と一緒に活躍する新聞記者の言葉を借りれば、以下のような冷静な省察になります。

『大日本帝國といふ國家がなくなれば當然、日本人は存在できなくなる。したがつて、最後の一人になるまで徹底して抗戰し、一億の日本人はみな玉砕するしかない。・・・さう思い込み、さういふ立場で紙面をつくってゐたわけですよ。だが、ちがつた。たしかに大日本帝國はなくなった。それぢや日本人が存在できなくなったかといへば、さうではない。ここにかしこに日本人がゐて、日本語がある。つまりなくなったのはかつての支配層だったんです。もっといへば、大日本帝國の實體、その中身というのは、なんのことはない、當時の支配層のことだつたんですな。そんな簡単なことがわからなかつたのだから情けないといってゐるのです』

七人の女性の冒険大活躍があって(ここではそういうことにしておきます)、幸いなことに僕たちは、漢字と平仮名と片仮名のまじりあった日本語を使い続けています。

最近は片仮名言葉が多すぎるような気もしますが、対応する日本語が未成熟なので(存在するが、こなれていない)しかたがないものも多い。たとえばデフォ(Default Value 省略時の値、既定値)やコストパフォーマンス(Cost Performance 価格性能比)などは、もともとはギョーカイ用語だったものが急に一般消費市場に浸透してきたものです。ギョーカイ人の先端に漢籍の素養をもった人がいればいいのですが、ないものねだりはしない。

コストパフォーマンスという考え方の親戚にROI(Return On Investment 投資収益率)というのがあります。この考え方を言語に適用すれば、日本語は漢字を2000字から3000字程度は覚えなくてはいけないので、アルファベット(ラテン字母など)を使う言語に比べると初期投資が大変ですが、初期投資の回収が終わって損益分岐点を通過すると、その後は、漢字は組み合わせ(熟語など)の応用が利くので、その後は収益はどんどんと増加します。あるいは収益分岐点通過後のメンテナンスコスト(維持費用)がとても少ないと云ってもさしつかえない。

漢字を2000字覚える努力とアルファベット26文字を覚える努力とどちらが大変かなどという愚かな比較を議論する人は、今はさすがにいないと思いますが、そういう比べ方をするなら漢字を2000字覚える努力は、英語の単語や慣用句を6000ほど覚えるのと同じだと云った方が説得力があるかもしれません。かりに英語を母国語とする人たちであっても、6000の単語や慣用句を身につけるまでにギリシャ語やラテン語の基礎的な語源に親しんでおかないと初級段階・中級段階はいいにしても、専門語・術語が混じってくる段階にさしかかると歩みが突然遅くなるというかというかそれ以上はいけない。初期投資は少なくて済むかもしれないが、そこで安心しているとあとで出費がかさむのが欧米系の言語の特質です。

最後にまた『東京セブンローズ』から「井上ひさし」らしい愉快な一節を引用してこの記事をおしまいにします。「員」という字の説明です。

『この員なんぞもはなはだ淫亂です。社に抱きついて社員となり、外交に秋波を送つて外交員となり、議に色目を使って議員となり、動と同棲して動員となる。署と乳繰つて署員、審判と驅け落ちして審判員、座を引つ掛けて座員、隊に撓垂れ(しなだれ)かかって隊員、役をたらしこんで役員といふ具合で、漢字はじつに多産なんです。時代の要請に應じていくらでも新しい漢語を産んでくれます。かういふ生産力は假名にはないんですな。』

<『東京セブンローズ』の終わり>

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2013年2月 4日 (月)

節分と柊(ひいらぎ)

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二月三日の節分には柊(ひいらぎ)と豆がら(種子を取り去った大豆の枝)を戸口に添えました。鰯(いわし)の頭には興味がありません。花屋には柊を置いていないので花屋以外をあたるのですが、今年は、柊と豆がらをセットにしたものが地元の生協で売られていました。柊だけの方がすっきりとしていて好みなのですが、二つに分けるのもなんなのでセットになったものをそのまま利用します。

節分は厄払いをして幸福を祈る行事と云われるとその通りだとはおもうけれど、以前の記事にも書いたように、「節分」と「正月」は「サト」と「ヤマ」のつながりでその意味を理解するのが、僕にはいちばん腑に落ちます。

サトは、農耕の地。農作物がいっぱいで安定し生活も便利です。しかしその分、霊的なものの勢いが衰えています。一方ヤマは、霊的なものやスピリットのパワーに満ちています。だから、山伏たちは、霊的なものの力を求めて山に入る。

年に一度、サトの人たちは、ヤマから霊的なものにサトに降りてきてもらい、サトをヤマのスピリットで満たします。それがお正月で、霊的なものは「オニ」と呼ばれます。サトの家では、オニのための目印にヤマのシンボルを玄関に置きます。門松です。我が家では、根付きの松を飾ります。

二月の節分(立春の前日)までの一ヶ月あまり、オニはサトを霊的なパワーで満たします。霊的な力がサトに充溢したら、オニはヤマに帰ります。「鬼は外」です。そのとき、サトの人たちは、感謝の念を込めて、豆を撒きます。

そういう物語が好きなので、柊の葉の棘がオニの目を刺すので門口からオニが入れず、また鰯(いわし)の臭いでオニが近寄らない、だから「鬼は外」、という話は僕にはどうもなじめない。しかし配偶者の節分の関心は、もっぱら、にぎやかな「豆まき」と「柊」と、それから数年前から加わった「恵方巻き」なので、家庭不和にならないように「主流体制」におとなしく従っています。

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2013年2月 1日 (金)

『東京セブンローズ』という日本語論(その1)

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『東京セブンローズ』とは小説の題名で、この本は十年と少し前の平成11年に出版されました。それにもかかわらず、旧漢字旧仮名遣いのこの800ページ近い本は、古本でしか手に入りません。文庫本があるのかもしれませんが、小さい活字は気が進まない。

本の帯には『日本語を救った女たちの物語!』『戦局いよいよ見通しのない昭和二十年春のこと、(・・中略・・)そして敗戦、日記はつづく。占領軍は、忌むべき過去を断つべく日本語のローマ字化をはかる・・・。国家、市民、そして国語とは何なのか?』」とあります。

『東京セブンローズ』は、『私家版 日本語文法』や『自家製 文章読本』に続く、井上ひさしの日本語論として、まず、読もうと思いました。

本の帯に戻れば『その驚倒・讃嘆すべき戦下の日常の細密な叙述には、一片の嘘もなく、まじりっけなしの真実のみ。』とありますが、敗戦をはさんだ東京とその近郊の1年間の市民の日常、B29の空襲警報、サツマイモの雑炊、時折り細い鋭い目をする特高刑事やうさんくさい町会長、隠匿物資の闇取引にかかわる人たちのしたたかさと抜け目なさ、混雑の極みの酒場や銭湯、新しいお上である「濠端(ほりばた)天皇」にあてた一般市民の手紙など、日常の細密叙述は圧倒的でほとんど百科全書の趣きです。

丸山眞夫の「軍国支配者の精神形態」が、太平洋戦争敗戦にいたる日本の軍国支配者の曖昧模糊(あいまいもこ)としてはっきりとしない精神形態を、ナチズムとの比較で冷酷に近い冷静さで分析した論文なら、井上ひさしの「東京セブンローズ」は、敗戦前後の「軍国市民・敗戦市民の生活と精神形態」を横糸に、占領軍による日本語簡略化(ローマ字化)政策という日本語にとっての危機を七人のかしこい女性と敗戦ショックで茫然自失状態にあった男性二人(団扇屋の主人と新聞記者)がどうやってつぶしたかを縦糸にして編んだ小説です。

その百科全書風の詳細記述には、「井上ひさし」謹製の透明な付箋(ふせん)がペタペタと貼られており、その付箋には見えない字で「虚構」と書かれているので、その結果は、細部が真実であればあるだけいかにもありそうな、しかし同時に同じ程度にありそうでない話、つまり、おもしろい小説になっています。

戦前は団扇(うちわ)屋のおやじで、戦後は団扇印刷用に習得した特技を活かして警視庁官房文書課で文書のガリ版切りを嘱託として担当することになった主人公を軸にストーリーは展開していきます。警視庁文書課勤務することになったのは、団扇屋を思想犯としていい加減な理由で九十九里に近い刑務所に送り込んだ元特高警察刑事のお詫びのしるし。警視庁内の主だった人たちに配布する、主として連合国関係の記録や情報のガリ切りと謄写版印刷(庁内報)が仕事です。そういう環境のせいで、というわけではないのですが、故あって、GHQ民間情報教育局言語課長 兼 言語簡略化担当官に、日本語調査対象、つまり漢字の読み書き能力の実験台として雇われることになります。主人公以上に難しい漢字に精通している超高学歴のGHQ言語課長にして言語簡略担当官の目的は「日本語のローマ字化」。日本語をローマ字化することによって、漢字が原因である(とGHQ言語課長が考える)ところの日本の軍国主義的精神形態を破壊し、日本の教育を合理化しようと思っています。たとえば、「八紘一宇」「國體護持」といったむつかしい漢字を小学校で覚える時間をなくして、その時間を他の分野の学習に充てる。

「日本語のローマ字化」という傲岸な政策をつぶすためにこの物語の中で実際に活躍するのは本のタイトルになっている「東京セブンローズ」という七人の女性たちです。その中には、東京女子高等師範国文科を卒業した戦争寡婦も含まれています。

国文科出身の彼女の日本語に対する考え方。『話し言葉は必ず變化します。變わる運命にあるんです。でも書き言葉はその話し言葉の變化を超えた次元で、それぞれの概念を直接的に、そして視覺的に、はつきりした形で表すことができますわ。』『ですから、書き言葉のおかげで、時間的には、何百、何千年にもわたつて綿々と文化が傳えられるわけですし、空間的には一億の同胞と交渉を持つことができます。そして書き言葉は、今を遠い未來へと繋ぐこともできる。』『(ローマ字では)縦の、時間的なつながりが斷たれてしまひます。未來の日本人に昔のことがわからなくなります』

<(その2)に続く>

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