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2013年2月 4日 (月)

節分と柊(ひいらぎ)

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二月三日の節分には柊(ひいらぎ)と豆がら(種子を取り去った大豆の枝)を戸口に添えました。鰯(いわし)の頭には興味がありません。花屋には柊を置いていないので花屋以外をあたるのですが、今年は、柊と豆がらをセットにしたものが地元の生協で売られていました。柊だけの方がすっきりとしていて好みなのですが、二つに分けるのもなんなのでセットになったものをそのまま利用します。

節分は厄払いをして幸福を祈る行事と云われるとその通りだとはおもうけれど、以前の記事にも書いたように、「節分」と「正月」は「サト」と「ヤマ」のつながりでその意味を理解するのが、僕にはいちばん腑に落ちます。

サトは、農耕の地。農作物がいっぱいで安定し生活も便利です。しかしその分、霊的なものの勢いが衰えています。一方ヤマは、霊的なものやスピリットのパワーに満ちています。だから、山伏たちは、霊的なものの力を求めて山に入る。

年に一度、サトの人たちは、ヤマから霊的なものにサトに降りてきてもらい、サトをヤマのスピリットで満たします。それがお正月で、霊的なものは「オニ」と呼ばれます。サトの家では、オニのための目印にヤマのシンボルを玄関に置きます。門松です。我が家では、根付きの松を飾ります。

二月の節分(立春の前日)までの一ヶ月あまり、オニはサトを霊的なパワーで満たします。霊的な力がサトに充溢したら、オニはヤマに帰ります。「鬼は外」です。そのとき、サトの人たちは、感謝の念を込めて、豆を撒きます。

そういう物語が好きなので、柊の葉の棘がオニの目を刺すので門口からオニが入れず、また鰯(いわし)の臭いでオニが近寄らない、だから「鬼は外」、という話は僕にはどうもなじめない。しかし配偶者の節分の関心は、もっぱら、にぎやかな「豆まき」と「柊」と、それから数年前から加わった「恵方巻き」なので、家庭不和にならないように「主流体制」におとなしく従っています。

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