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2013年3月19日 (火)

行ったり、来たり (その1)【増補版】

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いい長編小説であるかどうかの僕の判断基準は、次のふたつです。

ひとつは、物語が面白いので、速く先に進みたいという気持ちが読み進む途中で強くなる一方、文章の味わいにその気持ちを引き留められて、ページを開いたまま、しばし立ち止まってしまうような小説。

もうひとつは、これは厚さと重みのある紙の本でないと味わえない感覚ですが、残りの分量があと三分の一くらいに近づいた時に、このままだと、あと一日か二日で読みおわってしまう、読み終るのはもったいない、読む速度をもっと落として最後のページに到着する時刻を先送りするか、そういう気持ちになるような小説。

そのふたつの要素を相当に感じさせてくれる長編小説に久しぶりに出会いました。今から10年ほど前に出版された日本の小説で、こちらとあちらの往還の物語です。書き手が書きながら、とても幸せな気持ちで二つの世界を行き来したに違いないという波動のようなものが作品から伝わってきます。この著者の著作物とは今までほとんど縁がなかったので、他の作品をこの小説と同じように楽しめるかどうかはわからないけれども。

この世とは別の「冥界」や「異界」、あるいは日本の古い用語だと「黄泉平坂(よもつひらさか)の向こう側」という言葉で指し示される世界があります。あの世とこの世の「橋掛かり(はしがかり)」が夢幻能の基本構図ですが、登場人物が向こう側の世界とこちら側を自由に行き来するような魅力的な物語は現代でも書かれています。

しかし、「冥界」や「異界」という区切り言葉で、我々が今生きているこの現象の世界と向こう側の世界との間にわざわざ区分線を引くことが必ずしも深い意味を持つわけではありません。だとすると、「存在のもともと」とか「存在の奥底」、あるいは「玄のまた玄(老子)」や「渾沌(こんとん)(荘子)」といった昏いぼんやりとしたもので「こちら側」と「むこう側」と「それらのもともと」の全体を指し示すこともできるわけで、だから、登場人物がそういう全体を軽やかに歩き回っている物語というのも身近に存在しています。唯識(ゆいしき)風に言えば、生死を離れず、涅槃(ねはん)も離れず、結局は同じものであるところの生死と涅槃の両方の世界を、彼(あるいは彼女)が往還する物語です。

物語という言葉が曖昧なら、小説、ないしは形而上学的な論考という言葉で補足しますが、そういう形式をとった著作、現代の日本語で書かれた「こちら側と向こう側の往還の物語」の中で僕にとって魅力的ないくつかを並べると、以下のようになります。今までは、20世紀の後半から21世紀の初頭にかけて鬼籍に入られた方の著作(最初の四冊)しか思い浮かばなかったのですが、最近読み終えたばかりのさきほどの小説を五冊目としてここに付け加えることにします。

・ 折口信夫(1887-1953): 「死者の書」(小説)
・ 吉田健一(1912-1977): 「金沢」(小説)
・ 井筒俊彦(1914-1993): 「意識と本質」(形而上学書)
・ 倉橋由美子(1935-2005): 「夢の通い路」(小説)
・ 村上春樹(1949-    ): 「海辺のカフカ」(小説)

なまめかしいのは「死者の書」と「夢の通い路」です。「金沢」と「意識と本質」もなまめかしいと言えますが、「死者の書」の粘性や「夢の通い路」の湿った感じに対して、こちらの方はもっと神秘的で乾いていて、なまめかしさの種類が違います。これらの書物の共通点は繰り返し読みたくなること。ただし、読み進むためには、読者にもそれなりの蓄積が要求されます。

「金沢」は小説ですが哲学風味のエッセイともいえます。「意識と本質」は、神秘的な形而上学の著作で、そこで著者は、「玄のまた玄」の昏(くら)い世界から身近な現象の世界までを格別に叡智なシャーマンとして自由に飛翔したり泳ぎ回ったりしています。

「海辺のカフカ」は一人称の文体と三人称の文体がそれぞれに紡ぎ出す「往還」の物語が美しい。二つの物語はやがて交差し、そして離れます。

こちらが、もともとの「行ったり、来たり(その1)

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