「火垂るの墓」の著者の日本語論
「火垂るの墓」の著者のエッセイを久しぶりに読みました。ごく最近の書き下ろしを含んだ新書版(タイトルは「終末の思想」)ですが、その本の最後のあたりに印象的で説得力のある日本語論が登場します。あとで、一部を引用します。
◇
「農林水産省栄えて、農業滅ぶ」「農協栄えて、農業滅ぶ」「農家栄えて、農業滅ぶ」「消費者栄えて、農業滅ぶ」というアフォリズム風の表現がありますが、それぞれに部分的な真実があります。「農家栄えて、農業滅ぶ」を「農業法人栄えて、農業滅ぶ」と「兼業農家栄えて、農業滅ぶ」に分けることもできますし、「製造業栄えて、農業滅ぶ」というのを仲間に加えることもできます。
もともと目を通したかったのは「これから起きるのは、農の復讐である」という章でした。この著者の少年時代の飢えの体験や、戦後の農地改革などを通過しながら農家(地主や小作農)がどのように変貌していったかについてこの著者独特の観察眼に興味があったからです。筆者は戦後の米国の農業政策と日本の食との関連にも、実体験的に触れています。農の復讐とはどういう形での復讐なのか。上記のいくつかの「◇◇栄えて、農業滅ぶ」と関連付けてみたら農の復讐はどういうことなのか。
ここではその詳細には入りませんが、このエッセイ集全体の内容を一文に代表させると、『言葉を失い、食いものを失った民族は滅びる』。
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「火垂るの墓」の作者の日本語(国語)についての論述に戻り、印象的な部分を引用しますです(下線は「高いお米、安いご飯」)。
『言葉があやふやでも、生きてはいけるだろう。だが、国の根幹は母国語にある。古来より植民地となった国は、支配国の言葉を強制され母国語を失い、母国語を基盤に、受け継がれた文化、伝統もこわされる。陸続きで国境を接する国は、だからこそ言葉を大事にする。自分の国の言葉をいい加減に扱うということは、自ら植民地を希望するようなもの。』
『言葉は大人が子供に教える第一のもの。自分の言葉で相手に伝えるためには、日本語の豊かな実りを血肉と化す必要がある。これは子供のうちから美しい日本語を身近にするしかない。教育と家庭、どちらも大事。ある程度、強制的に覚えさせなきゃ身につかない。』
『古典は、はじめ意味不明でもそのうち文法、言いまわしに通じれば判ってくる。古典はなにしろ現代の言葉の根っこなのだ。』
『だが、その日本語の豊かさを伝えるはずの身近な大人の言葉が貧しくなった。一番近くにいる大人である親は、言葉ではなく、物を与えて良しとする。親子がそれで完結してしまう。テレビや新聞によく登場する政治家はもはや言葉を持っていない。』
日本に生まれ日本語が使われる環境で育てば日本語を使って生きていけるし、他者とコミュニケーションもできますが、それだと賞味できる日本語はファスト・フード風のものか、「『カット野菜+カット肉+合わせ調味料』の組み合わせ」だけになる可能性が高い。そういう日本語の範囲にとどまっていると、思考の内容も商品棚に陳列されている「『カット野菜+カット肉+合わせ調味料』の組み合わせ」になってしまいそうです。
そのような状況に陥るのを避けるためには、「読書百遍 義(ぎ)自(おの)ずから見(あらわ)る」という超スロー・フード的な体験が役に立つと思われます。必ずしも「百遍」である必要はありませんが、そうした体験は結局はその後の言語生活の軸となります。短期的なコストパフォーマンスは非常に悪いとしても。
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