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2013年6月25日 (火)

銅鐸とふくろう鈴

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銅鐸(どうたく)は日本独特の音を出す道具です。しかし、祭祀で使われたという一般的なこと以外には、どういう具体的な場面でその穏やかな音を響かせたのかは、よくわかりません。聖なるものに呼びかけてそこに集まってもらうための当時の大きな鈴だったと考えると僕には腑に落ちる。たとえば、古代出雲歴史博物館にある、金属素材は当時のものの正確な再現であるところの銅鐸のレプリカを西洋ベルのような具合に内側から鳴らしてみて、その音色が広場や野原で広がるさまを想像してみると、僕の勝手な思い込みもそれほど的外れとは思われない。

鈴は魔除け(まよけ)とも考えられていますが、魔物の排除という意味を持つだけではなく、魔物(つまり、何か超越的なもの、あるいは魂魄のようなもの)と一定の距離を保ちながら親しくつきあうための音の道具と云えるかもしれません。

北海道には熊が多い。知床(しれとこ)だけでなく札幌にも人間を恐れない「新世代」が出没しています。札幌の郊外でヒグマが現れるのは山にドングリのような食べ物がないので人里に近づいてきたというのが主な原因ですが、知床の場合は事情が違っていて、観光客が動物園のサルにバナナを遣るのと同じ感覚で食べ残したソーセージやパンや弁当を熊に投げ与え、人間の食べ物のおいしさに気づいたヒグマがそういう食べ物を求めて人間の住宅地域を徘徊し始めたということのようです。

「ふくろう鈴」というのがあります。よく響く澄んだ音色の出る小さな鈴です。もともと配偶者がストラップタイプのものを南九州のさる神社のお土産物コーナーで見つけ、それから財布のジッパーに取り付けてあるのですが財布の出し入れのたびに澄んだ音を響かせます。たとえば、タクシー代を払う時にもちりんちりんと鳴るのでぼんやりと財布を車内に置き忘れるということがない。運転手に「それは熊よけですか?」と聞かれたことがあり、なるほど北海道らしくそういう使い途もあるのかと納得しました。

あまりにいい音で鳴るので、僕も欲しくなり、しかしその南九州の神社をもう一度訪れるわけにはいかない。さいわい別の流通ルートで下の写真の「ふくろう鈴」が手に入ったのですが、音の響きは、その神社の名前が裏に印字されたものの方が(つまり配偶者が使っている方が)僕のものよりも、断然、上質です。どうしてこういう違いが生まれたのか。「神さまの御利益(ごりやく)よ」というのが配偶者の意見ですが、とくにそれに反対する理由もなさそうです。

_arev

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