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2013年12月26日 (木)

続・「Is That All There Is? こんなもんなの?」、あるいは、処方箋が見つかりそうにない病状 (その3)

人間の無意識や深層意識・深層領域を、唯識仏教の用語を借りて、普段の我々の意識と対比すると、末那識(まなしき manas-vijñāna)と阿頼耶識(あらやしき ālaya-vijñāna)ということになります。「Is That All There Is? こんなもんなの?」で使った下の絵で云えば、末那識や阿頼耶識は意識の下を流れている「基底的なもの」に含まれます。

老子はこの「基底的なもの」のことを、「(『名無き』と『名有る』の)この両(ふた)つの者は、同じきより出でたるも、しかも名を異にす。同じきものはこれを玄(げん:暗黒、見えにくいもの)という、玄のまた玄、衆妙(しゅうみょう:天地万物の微妙な道理)の門なり」と表現しました。


Is_that_all_there_is

阿頼耶識(あらやしき)は、眠っている間も夢を見ているときも、生きている間は働いている間断のない深層領域のことを指しています。深層の心と云えるかもしれません。深層領域は常に動き変化していますが (このことをその一部でも体験しようと思えば、低い椅子にでも腰かけて目を閉じ、できるだけ何も考えないようなつもりで静かにゆっくりと呼吸してみるとよい。どこから湧いて出るのかわからない想念や情念、その他、それに類する名づけようの想の断片が頭の中や体の中を走り回っているのが自覚できる)、昨日の私と今日の私、寝る前の私と目覚めた時の私は同じで、だから両者の間には持続性や安定性があります。少なくとも、我々は、あるいは我々の自我は、確かにそのように感じます。しかし、何が、我々に、自身の自我の安定性や持続性を感じさせているのか。

その何かを唯識仏教では末那識(まなしき)と呼んでいます。末那識は間断なく動きまわるところの阿頼耶識を安定したものと考え、それを、自我を支える安定した基盤とみなします。つまり末那識は、阿頼耶識を常に安定した自我に結び付けようとする糊付け媒体、ないしは阿頼耶識を自我意識へと絶えず変換する翻訳機能です。

変換された結果を切り離してそれを濾過すると、そこに現れてくるのはデカルトの二元論の世界(自我と広がりを持った物質から構成される世界)です。

三木成夫の「内臓とこころ」の中で印象的な部分のひとつが、満三歳児の遠くを見つめるようなまなざし(眼差し)を撮った写真です。自我形成が始まったかどうかの微妙な時期で、だから本能的な内臓感覚を使って、別言すれば集合的無意識に導かれて、遠い昔と共振しているらしい。その共振が遠くを見つめるようなまなざしになる。

しかし、自我やアイデンティティができ上がったあとは、有体に云えば大人になってしまうと、こういうまなざしの維持はむつかしい。小さな子供が遠くを見るともなく見つめるまなざしは、本人は「訳(わけ)もわからず」基底的なものを内部に感じているということですが、自我やアイデンティティが形成された以降にそういうまなざしを取り戻そうと思えば、「訳がわかった」状態で基底を眺め、基底と共鳴することが必要になります。

瑜伽(ゆが)や止観(しかん)がいわば体を媒介とした瞑想・黙想の形式であるのは、基底的なものと共振するために、「訳がわかった」段階以降にその「まなざし」を再び引き寄せるための先達の智慧だと思われます。そうでないと、「自然に還れ」「古代・先史に還れ」「子供のまなざしに戻れ」というよくある話になり、標語は勢いがあって華やかですが、実質的な意味があるとは思えません。ロマン主義の袋小路です。

Is That all There Is? こんなもんなの?」の魅力的な女性は、最後に 『こんなもんなの? そんなもんよ さあ 夜明けまで グラス持って それだけのことよ 乾杯 踊りましょう』(日本語訳詞はアルバム「1969」から引用) と歌いますが、グラスを片手に飲み明かしながらその間は「基底的なもの」と共振しているに違いない。夜が明けて素面(しらふ)に戻った時にも、その共鳴が続いているかもしれない。

(続・「Is That All There Is? こんなもんなの?」、あるいは、処方箋が見つかりそうにない病状、の終わり)

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