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2014年2月 8日 (土)

固定費と変動費、あるいは新しいタイプの労働者階層

資本家階級と労働者階級の階級闘争といういささか懐かしい言葉がありますが、階級闘争などといった事態は微塵の影もないままに、あたらしい労働者階級(というか正確には、非正規雇用労働者、および労働基準法で保護されることのないかもしれない、あるいはそういう保護を自らの意思によって嫌う種類の非搾取階層)を、再び生み出すための準備が、現在の日本で、進行中のようです。(たとえば、「国家戦略特別区域基本方針(案)及び構造改革特別区域基本方針(案)に関する意見募集について」 )

戦後(第二次世界大戦後という意味です)、日本では、ほぼ全員が中産階級になりテレビの見過ぎで「一億総白痴化」(大宅壮一)してしまったので、貧富の差は厳然として存在していますが、階級闘争に必要とされる実質的な(あるいは「政治哲学理念」としての)階級は存在しません。だから、日本人の大多数がその構成要素であるところの大きな塊がじわじわと二つないし三つに切り離されても、「茹でガエル現象」にでも陥っていたのか、知覚や認識感覚が麻痺してしまい、飢えた人のために公園で炊き出しは行われても、階級闘争(こういう大げさな言葉は妥当しない場合も多いので、ボウドウ<暴動>や騒動や一揆の方が適切かもしれません)など起こるわけもなく事態は現在に至っています。僕たちの記憶に鮮明な、いわゆる「構造改革」によって相当に大きな国民の層が非正規雇用として分断されてしまっても、暴動も一揆もそれに類する騒動も起こりませんでした。非正規雇用以外の人たちが「構造改革」に熱狂的に同意したか、あるいは、その進行には白々とした気分で無関心だったかは、また別の話です。

【註】「茹でガエル現象」とは、一般的な用語解説によれば「2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する」と云うことのようです。僕自身はそういう実験をしたことがないのでその説明が本当かどうかわかりませんが(つまり、湯が熱くなるとさすがのカエルもあわてて外に飛び出すと思いますが)、それなりによくできた話ではあります。

比較的平易な言葉とイメージで説明された「戦略特区」や「構造改革」の内容は以下のようです。平易な言葉が、必ずしも案の内容やその背後の恣意を正しく伝えようとしているとは限らないのは僕たちが通常経験する通りですが、それはさておき。

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ナオミ・クラインの著書に「ショック・ドクトリン」(副題が<惨事便乗型資本主義>)があります。チリなどの南米諸国をターゲットに実施され始め、日本にも10年以上前に到達し金融業界や雇用市場にダメージを与えた「市場原理主義」(ミルトン・フリードマンに代表される)を、彼女は、「ショック・ドクトリン」「惨事便乗型資本主義 (Disaster Capitalism)」と命名しましたが、他国や対象地域の経済不況や政治不安、自然災害などにつけこむことを軸とするタイプの資本主義のことで、ハリケーンで被害を受けた米国内のある地域も例外ではありませんでした。

戦略特区のイメージ図を拝見すると、この本の世界中(チリ、アルゼンチン、ボリビア、イギリス、ポーランド、中国、南アフリカ、ロシア、米国、イラク、スリランカなど)の事例、つまり、市場原理主義の立場からすれば成功事例、を熱心に参照・分析したのか、同じようなタイプの政策が人為的に作り出されようとしているように見受けられます(とくに、都市再生・まちづくり、教育、雇用、医療に関連するもの)。

こういうイメージ図のある程度の詳細は、国内媒体ではなく、戦略特区構想でいちばんの受益者になるかもしれない国に本社を置くメディアの関連記事を参照するのが便利で有効な方法です。

<戦略特区構想の中で実現を目指すべきリストのトップは企業減税。日本の法人税は東日本大震災の復興のための一時的な増税を除き35.64%で、先進国では米国に次いで高い。シンガポールは17.0%、香港は16.5%にとどまっている。・・(中略)・・減税に加え、外資を誘致するには英語が使いやすい環境のほか、雇用関連の規制緩和も必要になる。経営コンサルタントの西口敦氏は「日本はもっと解雇をしやすくするべきだ。でなければ特にリーマン・ショック後、パッケージを積むことができなくなっている外資は、日本に本腰を入れて参入することを考えられないだろう」と述べた。>(Wall Street Journal 日本語版 2013年6月4日)

そして先日、次のような記事が目に留まりました。

<首相は(ダボス会議の)講演で「外国の企業や人が最も仕事をしやすい国に日本は変わっていく」としたうえで、「法人にかかる税金の体系を、国際相場に照らして競争的なものにしなければならない」と強調。2014年度に実施する設備投資減税や研究開発減税などとともに、アジア近隣諸国より高い法人税の実効税率引き下げに意欲を示した。>(毎日新聞 2014年01月23日)

巨額の設備投資を連続しないと生き残れない技術サイクルのとても速い半導体やフラットパネル業界など、巨大な固定資産投資による巨大な固定費を抱え続けざるを得ないタイプの業界を別にすれば、通常は、他の条件が同じなら、企業は固定費が少ない方が経営が楽です。損益分岐点が常に低く抑えられるので市場環境変動にも強い。費用の主な管理対象が変動費なら業績との連動がとりやすい。税引き前利益というボトムラインの管理も楽になります。だから、人件費についても、そこに占める固定部分を少なくしたいというのは当然すぎる欲求です。春闘を控えた経営者の「賃上げに対しては、ベースアップ以外のものも視野に入れて柔軟に対応したい」は、そういう方向を明確に示唆した上での上品な発言ということになります。人件費の変動費化が片付けば、残るのは法人税の多寡の問題です。

「外国の企業や人が最も仕事をしやすい国」(安倍首相)、「雇用条件の明確化 ⇒ 新規開業企業、グローバル企業等の投資促進」「有期雇用の特例 ⇒ 柔軟で多様な働き方、プロジェクト単位での雇用促進」(国家戦略特区のイメージ)という上品な表現を、普通の表現に翻訳すると、おそらく次のようになると思います。

「労働のさらなる規制緩和をめざします」「従業員の解雇は自由とします」「労働時間の上限規制は緩和するか撤廃します」「残業代はゼロとします」「戦略特区内に本社を置けば、支社支店・工場が日本のどこにあろうとも、本社の行使できる例外権を支社支店・工場でも行使できます」「外国の企業や人が最も仕事をしやすい国とはそういう意味です」

大きな魚にぱくりと呑みこまれるリスクの低い企業のオーナーあるいは相当割合の株式を持っているような役員でないかぎり、非正規雇用といった国の政策から構造的に生み出されることになった貧しい労働者階層も、ある程度あるいは相当程度にお金がある営業職も、残業時間などとは縁がなくなった営業の上位管理職も、企画部門の専門家も、事業部門を統括する役員も、あるいはCOOやCEOという職責を担う人も、法律の改正や業績悪化やその他の理由でいつでも取り換えが自由であるという意味では、彼らは固定費としての人件費の対象ではなく変動費としての人件費の対象です。本質的な差はありません。

このような状況でボウドウも一揆も米騒動のような騒動も起きないということは「茹でガエル現象」が本当に蔓延中なのかもしれません。

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