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2014年5月 8日 (木)

もう少し普通の表現にしてほしい

キャッチボールのような地味な野球の基本練習を中学や高校でいい加減にやり続けたに違いないと思わせるようなエラーが地元のプロ野球チームで続出していて(たとえば、二塁手や捕手や三塁手がたびたび暴投や悪送球をする、大事な場面で投手の意図的に投げるワンバウンドをリズム感の悪そうな捕手がすぐに大きく後ろにそらせてしまうなど)、地元のファンとしてはそういう映像をみるとうんざりするのですが、うんざりはしてもやはりそのチームのことが気になるので、夜10時前後に、ニュース番組の最後か、曜日によってはまとまったプログラムとしてスポーツニュースを(ただし、それだけを)見ることが多い。

そういう番組のなかで近ごろは「打者がボールに喰らいつく」という表現が妙に目立ちます。

打率の低い打者本人が試合後のインタビューで「何とかボールに喰らいついていけました。ヒットになって嬉しかったです。」とコメントするのは、実感がこもっているので、まあ、なんとか納得するとしても、アナウンサーやキャスターと呼ばれる職業女性が、運動動作の客観的な表現として「打者がボールに喰らいつく」というのを、とくに違和感を覚えている風情でもなく使っているのは、いただけません。誰かの用意した原稿をそのまま読んでいる場合もあるし、自分の語彙のひとつとして使っている場合もあるようです。いずれにしろ、女性アナウンサーや女性キャスターの口から出る言葉としては僕は歓迎しない。

飢餓状態に近い状況に置かれた人間が、動物の肉を偶然に見つけて「肉に喰らいつく」というのがいちばんわかりやすい「喰らいつく」の使用例です。しかし、「喰らいつく」は「まわりの状況が気にならないくらいの勢いで食べる、食べものに食いつく」というなまの食の光景から、「くっついて離れない、しがみつく」という比喩的な状態の描写(たとえば「彼は敵のリーダー格に喰らいついていった」)まで適用範囲は広い。だから、「エース級の投手の投げるむつかしいボールに打者は必死に喰らいついていく」という応用が成立します。だが、応用が成立するからと云って、無闇と使われては、聞く方が困ってしまう。

「腹減った、メシ、メシ」は一応、普通の表現です。スポーツ選手や中年オヤジが、その表現をそれにふさわしい場所や場面で使っている分には、違和感はありません。しかし、それを、ニュースなどの番組内で女性アナウンサーや女性キャスターに一般語彙としてあたりまえに使われると、視聴者としては「おいおい」という気持ちになってしまう。女性アナウンサーや女性キャスターの口から出る「ボールに喰らいついていった」を僕が歓迎しないのは、そういう意味合いからです。

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