果物の穏やかな甘酸っぱさが融け込んだような日本酒

最近の果物は、たいていはとても甘い。なぜなら、そうでないと一定以上は売れないので、甘くなってしまっているようです。甘いメロン、甘いマンゴー、甘いイチゴ、甘いミニトマト・・・。紋切用語を使うと、「市場ニーズ」「消費者ニーズ」が甘いものを求めるので、果物生産者はそういうニーズに迅速に対応しているのだということになります。だから、その対応に関しては経営的にもマーケティング的にも悪いことは何もない。
コシヒカリ以来、お米も甘くなっています。ずいぶんと以前のべたべたとどうしようもなく甘かった「アル添清酒」とはほとんど縁のなくなった最近の日本酒の中にも、一部にはそういうものにこだわっているのがあるかもしれません。
果物の控えめな甘酸っぱさを持った、こんな日本酒は初めてでした。今風の人為的な甘酸っぱさではなく、古いタイプの果物が持っていた甘酸っぱさが融け込んだような日本酒です。甘く改変される前の果物がかつて持っていたなつかしい味が口の中に拡がります。
こういう味わいをワインに例えるのがお好きな向きもいらっしゃるようですが、日本酒を知らない外国人相手に日本酒のマーケティングをやっているのではないので、ワインに例えてもこの文脈では意味がないし、そういうワインを中心軸にしたような比較は日本酒に対しておそらく失礼です。だから、僕はそういうことはしない。
「雄町」の好きな配偶者は、日本酒の味と匂いに僕よりも鋭敏なので少量を飲んでもらい感想を聞きます。「ほとんど上品な果実酒かな。今まで飲んだ日本酒の中で味はいちばんおいしいかもしれない。」しかし、それがどんな果実から造られた酒なのか、特定の果物にすぐにたどり着けるような単一の味ではありません。複雑な混淆です。しいて云えば、山に自生する複数種類の果実が融け合ったような味わいです。
繊細な酸っぱさにかすかな甘さがからみつきます。これが本当に米で造った酒なのか、という驚きが拡がります。米(玄米)の持つ乳酸菌パワーには、ここ2年くらいは我が家では人間も菜園の野菜も花もとてもお世話になっていますが、米がここまでの穏やかで酸っぱい甘さを作り出す力があるとは想像ができませんでした。丁寧に育てられた酒米があり、そしてそれが、控えめに自己主張をすることができる不思議な性格の酵母菌と静かに協働作業をした結果かもしれません。
量をたくさん飲む日本酒ではありません。食前に、あるいは週末の晩ごはんの準備がひと区切りついたあたりで夫婦で口にする少量の冷やの一杯が向いています。そういう場合にはこの酒は飲む人をとても幸せな感じにしてくれる。好きだけれども多くを飲めない婦女子向きのお酒だと思います。僕だとぐい呑みに一杯くらいまでが頃合いです。「燗(かん)酒」が好きなので、ためしに三勺(しゃく)ほどを「燗」にしてみたところ、酒が壊れてしまいました。申しわけない。もったいない。【註:三勺は0.3合です。】
ある地酒専門店の若いご主人に勧められて買った日本酒です。彼に感謝しなくてはいけません。
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