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2014年12月19日 (金)

詠み人知らずの「ミートソース」と、山上憶良の「宴を罷(まか)る」

以下の十数行はどなたかがご自身のブログ記事の中に、どこか別のサイトから引用してあった一節です、とてもいい内容だったのでその部分をそのまま個人用に保存してあります。ぼくにとっては、いわば、詠み人知らずの簡潔なミートソース論です。それを孫引きします。

≪結婚して初めて、嫁がミートソースを作った。「どうだった?」と聞かれたので正直に「美味かった」と前置きしてから、 以下の改善点をメモ帳に列挙して一項目ずつ読み上げた。

・具は全部みじん切りにしろ
・ミンチは牛肉以外ありえない
・セロリが無いならミートソースを作るな
・具材はしっかりと炒め終わってから煮込め
・白でも赤でもいいからワインで臭みを消せ
・トマトは缶詰でもいいからイタリアントマト以外使うな
・ローリエくらい入れろ。苦味が出る前に取れ
・最後にバターくらい入れろ
・ケチャップを入れるな。ケチャップの味しかしないだろ
・なぜ辛くした
・ミートソースを1.4mmのスパゲッティーニにかけた理由を言え
・この緑色の缶に入ったパルメザンチーズを捨ててこい
・今後一切、これをスパゲッティミートソースと呼ぶ事は俺が許さん

泣いて実家へ帰られた。俺が悪いのか。≫

ぼくがいちばん同感するところは ≪セロリが無いならミートソースを作るな≫という項目です。大人の味のセロリを軽んじてはいけない。ケチャップについては、この若い奥さんの感性は、ぼくの想定域を超えているのでノーコメント。しかし、若い奥さんを泣かして実家に帰してしまったところの「俺」は、ぼくの目には、「美味しかった」という前置きを忘れない優しい親切なご主人と映ります。

山上憶良(やまのうえのおくら)という万葉歌人がいました。地位のあまり高くない官僚で、中華的な素養と教養に満ち溢れていた方です。それが理由かどうか、701年(大宝元年)正月の遣唐使の最後に、少録(記録係)として加わっています。

以下は、大宰府で催された宴会のときの彼の歌です。

≪山上憶良臣(おみ) 宴を罷(まか)る歌一首≫
≪憶良等は今は罷(まか)らむ 子哭(な)くらむ その彼の母も吾を待つらむぞ≫

斎藤茂吉の「万葉秀歌」からこの歌に関する解説を借りると「一首の中に、三つも『らむ』を使って居りながら、訥々(とつとつ)としていて流動の響きに乏しい。」「この一首は憶良の短歌ではやはり傑作と謂うべきであろう。」「併(しか)し大体として、日本語の古来の声調に熟しえなかったのは、漢学素養のために乱されたのかもしれない。」なんだかよくわからない説明です。

子供も泣いているだろうし妻も待っているのでという「訥々」とした諧謔の裏で流れている思いを、さきの「ミートソースのご主人」風の率直さで表現すると、「こういう無教養な連中と酒など飲んでも何も面白くない、退屈なだけだ、さっさと帰ろう。」ということになります。無教養とは漢籍の素養や漢文化の美意識に欠けることです。気の利いた漢詩のひとつも作れない奴ら、ということでもあるのでしょう。中華的な教養の中には「華夷思想」の賛美に近い理解もおそらく含まれる。しかし、宴席にはそれほど酷(ひど)い連中がいっしょだったのか。

呉 善花の「日本の曖昧力」というのは刺激的な本で、そのなかに、大学での彼女の授業で、中国人留学生や韓国人留学生、ペルー人留学生、それから日本人の学生に写真のような二つの焼物(コーヒーカップ)を見せて感想を求める場面が出てきます。「あなたはどちらがほしいと感じますか?」

Wk

≪中国人留学生B ― 韓国製のほうがキラキラしていてきれいです≫
≪韓国人留学生 ― やはり、韓国製のほうが高級感があっていいと思います≫
≪日本人学生B ― やはり、鹿児島かな。韓国のものは、金ピカで少し安っぽく見えてしまいます≫

彼女の考えでは、「中国人や韓国人には、『均一に整った(左右対称)美』『きらきらとした輝き』を持つ韓国製のコーヒーカップの方が鹿児島産のものに比べて、より美しいものに見え」、「多くの日本人は鹿児島産のコーヒーカップが持つ『歪みの美』『鈍色に沈んだ美』にこそ、芸術性を感じてしまうのです」。

憶良と宴会で同席した大宰府勤務の官僚たちは「スパゲティミートソースの奥さん」に近いのか、それとも「鹿児島産のコーヒーカップが好きな日本人学生」のような感性の持ち主なのか。憶良にとっては彼らは明らかに「ミートソースの若い奥さん」なのでしょうが、当時はそういうどっちつかずの官僚にも原神道的な霊性と美意識(呉 善花は別の場所ではこれを「縄文の感性」と呼んでいる)が色濃く流れていたと思うので、憶良はまわりとの感性の違いに苛立っていただけだったのかもしれません。

適度に酔っぱらったときに、≪「どうだった?」と聞かれたので正直に「美味かった」と前置きしてから、 以下の改善点をメモ帳に列挙して一項目づずつ読み上げた・・・・・今後一切、これをスパゲッティミートソースと呼ぶ事は俺が許さん。泣いて実家へ帰られた。俺が悪いのか。≫と、≪山上憶良臣宴を罷(まか)る歌一首 憶良等は今は罷(まか)らむ 子哭(な)くらむ その彼の母も吾を待つらむぞ≫をゆっくりと読み比べてそれぞれの情景に関して想像をたくましゅうするというのもけっこう楽しい作業ではあります。

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