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2014年12月11日 (木)

北海道神宮と北海道大学植物園と鎮守の森

「鎮守(ちんじゅ)の森」とは、神社を囲むように、かつては必ず存在した森のことです。杜(もり)と表記されることも多い。いつのころからか、社(やしろ)という建物、表象物が主になり、鎮守の森はそれを取り囲むものということになりましたが、もともとは森そのものが神様の住む社だったようです。森そのものが神様だったので、建物は必要なかった。

「もともとは」とは、仏教や儒教が入ってくる前の、日本人の霊的な感性がそのあたりに満ちていた頃、という意味です。あるいは神道という言葉を使うなら、明治時代に国家神道が作られるそのはるか以前の、古い神道が日本に溢れていた頃、という意味です。

廃仏毀釈などといっしょに進められた、明治政府による神社の統合によって、神様のいなくなった、あるいは神様が近隣の大きな村や町に強制疎開させられたところの森や杜が数多く生まれました。その結果、森が伐採されてしまったところと、幸いにも鎮守の森がそのまま残ったところがあります。

鎮守の森の森林植生は、その地域本来の植生、いわゆる原植生を残していると考えられています。現在では、周辺の自然が破壊されていることが多いので、鎮守の森が、その地域のかつての自然を知るための手がかりとなっています。

北海道神宮は、明治時代にできた旧・官幣大社(かんぺいたいしゃ)、つまり国家神道の神社です。昭和39年までは、札幌神社と呼ばれていました。北海道神宮の南には、円山原始林と呼ばれる原生林が広い範囲で残っていますが、ぼくの目には鎮守の森という風には映らない。

もともとは森そのものが神様の住む社だった、森そのものが神様だったので建物は必要なかった、ということなら、むしろ、「北海道大学植物園」の方がぼくにとっては鎮守の森かもしれません。なぜなら、「植物園」はもともとそこにあった原生林をそのまま保存しているからです。そこでは原生林の面影が濃いハルニレ(春楡)やイタヤカエデ、ミズナラ、ハンノキ、ドロノキなどの落葉広葉樹林が広がっていて、そうした樹木の広がりの中に立っていると、ほっとする気持ちが湧きあがってくると同時に神秘感にとり囲まれます。

この鎮守の森は入園料が必要だし、雪の時期は閉鎖されます。しかし、季節と時間帯によっては、この鎮守の森の神秘な空気のなかをまったくのひとりで散策することもできます。

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