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2014年12月25日 (木)

タクシーの運転手に関する思い出、二つ

ある雪の休日の夕方に、札幌市内で小型の個人タクシーを拾いました。行き先を言うと、ぼくと同年輩の男性運転手がカーステレオの後部座席用スピーカーの音量を適度に大きくしてくれました。流れてきたのは、女性ボーカルのUnforgettable。乾いていて、そして、しっとりしていて、うまいなあ、と思い、そのまま聴いていました。

3曲聴いたところで目的地が近づいてきたので、「この歌手はなんという名前ですか。」
「ジャニス・シーゲル。・・・お客さん、マンハッタン・トランスファーはご存知ですか。」
「ええ、一応。」
「マンハッタン・トランスファーの女性ボーカリストです。」
「うまいですねえ。」
「ヘレン・メリルもちょっと飽きてきたので、近頃は、もっぱらジャニス・シーゲル。」

こういうタクシーにめぐり合わせると、幸せな気持ちになります。 It was an unforgettable taxi。

古い町ではドキッとすることを云うタクシーの運転手に出会うことがあります。

「お客さん、奈良の仏教は生きている間の仏教です。京都の仏教は死んでからの仏教ですが。」以前、奈良に所用で出かけた時に地元の運転手がそう教えてくれました。明快すぎる対比だったので、鮮明に記憶に残っています。あるいは誰かの受け売りかもしれないが、自分の言葉になっていました。

奈良の仏教は現世で利益を得るための仏教、京都の仏教は死んだあと極楽浄土に行くための仏教、ということですが、あるいはもっと形而上学的な意味合いを込めていたのかもしれません。奈良に都があった頃の奈良のお寺は人文科学系の最先端研究を競うというか、智の深みを追い求める国立大学のような学問と研鑽(けんさん)の場所でした。そういうことも含めて、奈良時代以降の奈良の仏教は人が生きている間に悟りに近づく手助けになるものであり、決して葬式用の仏教ではないと、その運転手は云いたかったのでしょう。

奈良と京都という区分の仕方に意味があるかどうかは別にして(鎌倉時代になる前の日本の仏教を輸入品のままで未成熟だという理由でまともに取り扱わないような流儀もあるので、それに比べるとおだやかな区分ですが)宗教というものの本質に触れるようなひとことです。こういうタイプの地元の自慢は聞いていて楽しい。

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