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2015年1月 8日 (木)

「こと」と「もの」と万葉仮名

実際にはまだひそかに人気があるのかもしれません。一時期流行していた赤ちゃん用のキラキラネームのことです。あれは平成の万葉仮名みたいなものだと考えています。万葉仮名作りで発揮された当時の日本人の才能が、いくぶん変わった形ではあるのですが、そのまま継承されているようです。そういう名前をつけられた子供は大きくなって、名前に関してけっこういろいろな経験をすることになると思いますが、それはさておき。

漢字という文字が中国から日本に入ってきたので、それまでは音声によるコミュニケーションしかなかった言葉を漢字という外国生まれの文字で表記しようとして万葉仮名が生まれました。一種の天才的な発明だったと思います。

万葉仮名には、大ざっぱにいって、安(あ)・伊(い)・宇(う)、以(い)・呂(ろ)・波(は)のように漢字の音を借りたものと、女(め)・あし(足)・やま(山)・いも(妹)、吾(あ)のように訓を使ったものの二種類があります。訓を使ったものとは、翻訳作業のことです。たとえば「me(め)」と発音される言葉は女性という意味で、女性は漢字だと「女」(ただし漢字の音はニョやジョ)なので、翻訳よる関連付け作業の結果、「め(音声)= 女(意味)」となります。そのふたつの方式を組み合わせて独特の表記法が完成しました。一例を万葉集から引用してみます。

・大津皇子の石川郎女(いしかはのいらつめ)に贈れる御歌(大津皇子贈石川郎女御歌)
  あしひきの(足日木乃) 山のしづくに(山之四付二) 妹(いも)待つと(妹待跡) わが立ち濡れぬ(吾立所沾) 山のしづくに(山之四附二)  [巻二・一〇七]

・石川郎女(いしかはのいらつめ)の和(こた)へ奉れる歌(石川郎女奉和歌)
  吾(あ)を待つと(吾乎待跡) 君が濡れけむ(君之沾計武) あしひきの(足日木能) 山のしづくに(山之四附二) 成らましものを(成益物乎)  [巻二・一〇八]

万葉仮名のなかった時代、つまり音声による言葉は当然に使われていたけれどもまだ文字のなかった時代の日本で、<koto>(こと)という発音で使われていた言葉は、その後おおいに利用されることなった漢字で表記すれば、「言(こと)」と「事(こと)」の両方を意味していました。同様に <mono>(もの)は「物(もの)」でもあり「霊(もの)」でもあったようです。

「言霊(ことだま)」という表現に見られるように言葉には霊力があり、人々のまわりに多く存在した森のような、神秘的な「事」でもあり神秘的な「物」でもあるところの自然にも霊力があり、そういう意味では「言葉」と「事」や「物」はお互いにつながり、一体化していました。「生霊」となった六条御息所(ろくじょうみやすどころ)が源氏物語に登場しますが、平安中期まではさまざまな霊力は実際に生きているものとして人々に自覚されていたのでしょう。

<koto>や<mono>という音声から構成される言葉が日本の歴史の流れのいつかの時点ででき上がったとき、世界から<mono>や<koto>が切り取られ、同時に、<koto>は<mono>とは分離して別々の意味の領域を形成しました。しかしまだ、<koto>と<mono>は言葉の霊力を媒介に密につながっていたと思われます。

この感性はぼくたちの中に今でも確かに生きていて、だから「鎮守の森」やそれに近い雰囲気の森や林に入ると、「言葉」と「物」と「事」がある種の霊力でつながったものがそこに漂っているような、それに取り囲まれているような神秘な雰囲気を感じとることができます。

しかし、漢字という文字はひじょうに強い切断力を持った概念化の道具なので、漢字を利用して「もの」を「物」と「霊」に分け、また「こと」を「言」と「事」に分離した瞬間に、もともとの「もの」や「こと」が持っていた全体性と具体的な一体感と神秘性は消滅しました。そして、その見返りに、当時の日本人は、さまざまなものごとを概念化し抽象化する能力を急速に身につけました。

万葉仮名という日本独特の知恵は、文字というものの生成過程の一例をつぶさに見るようで面白いし、キラキラネームを含む日本人の感性についてもいろいろと考えさせてくれます。

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