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2015年10月29日 (木)

黄檗山(おうばくざん)萬福寺と黄檗希運(おうばくけうん)の語録

京都七福神めぐりという確か京都駅を出発するお正月限定の観光バスツアーがあり、十数年前に配偶者といっしょに参加しました。丸一日かけて七福神をめぐるのですが、布袋尊(ほていさん)には宇治市にある禅寺の黄檗山(おうばくざん)萬福寺(まんふくじ)で出会えます。モノの本によれば、太鼓腹と笑顔の絶えないこの御仁は、外出する時はいつも大きな布袋(ぬのぶくろ)をかついで物乞いをし、貰ったものは何でもその袋の中に放り込んでしまうので、布袋(ほてい)と呼ばれるようになったそうです。

それが最初に訪れた萬福寺でした。到着したのが遅めの午後ということもあって、境内の部外者が立ち入れるあたりには、バスツアーの三十人足らずの乗客以外は見あたりません。三十人足らずの乗客も、めいめいが個人であるいは二人連れで勝手に歩くのでお互いに邪魔にはなりません。ある建物の一画から修行中の若い僧の声が響いてきます。

二度目の萬福寺は、ある所用を片づけたあと宇治まで足を延ばしたときで、数年前のことです。修復工事前の平等院鳳凰堂と萬福寺が目的地でした。萬福寺を訪れたのが週日の遅めの午後という時間帯だったためか、ぼくたち二人のほかには観光客風の人影は見あたらず、回廊をめぐっていた時に建物の内部から修行中と思われる若い僧の声が流れてきました。ぼくにとって萬福寺の記憶といえば、若い僧の修行中の声です。

英語で書かれたある本の翻訳を久しぶりに読み直したのがきっかけで、九世紀前半から半ばにかけて活動した唐の禅僧、黄檗希運(おうばくけうん)の語録「伝心法要」の一部に再び出会いました。最初の出会いの記憶はほとんどありません。語録といっても、杖と喝がちりばめられた種類ではなく、黄檗希運と語録の編者の斐休(はいきゅう)の資質がそういう方向で一致していたからだと思いますが、哲学的な色彩、形而上学的な雰囲気の濃いものです。

哲学書のような内容なので、禅の語録としては人気がないのでしょうか、文庫本などは初版が戦前発行の、現在では廃版になったものしかありません。しかし、John Blofeld という英国人の手になるこの語録の英訳本があることに気づき、1958年に出版され現在でも販売され続けているその英訳本に目を通しました。よくわからないところもあるのですが、「Enlightenment(悟り)とは、概念化によってすぐにわれわれが陥ってしまう主体と客体の Dualism(二元論)から自由になること」といった思いを軸に翻訳されているので、そういう意味ではわかりやすい。

先日、かつて禅の語録の一冊として出版された「伝心法要」の中古本が手に入りました。原文(漢文)に読み下し文と語句解説と日本語訳を付け加えたもので初版は1969年。著者は入矢義高。十年くらいあとで廃版になっているようです。語句の解説と日本語の訳文がすばらしい。「Dualism(二元論)からの自由」という調べの英訳本で準備運動をしていたので、その分だけわかりやすかったのかもしれません。十数年前と数年前にその声を聞いた萬福寺の修行僧たちは、それぞれの修行の場面で、主体と客体のDualism(二元論)から自由になれたのでしょうか。

Dualism(二元論)から自由であるとは、「伝心法要」の一部を引用すれば以下のようなことです。

『法はもともとそのものとして無法なのであるが、無法もまたそのものとして法なのである。今この無法を君に授ける時、永遠なる法が嘗て(かつて)法だったことがあろうか。』

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