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2015年12月 1日 (火)

アーサー・ケストラーの「ユダヤ人とは誰か」とグローバリゼーション(あるいは、国民国家や国民経済のアンチテーゼとしてのグローバリゼーション)

アーサー・ケストラーの「ユダヤ人とは誰か-第十三支族カザール王国の謎」(宇野正美訳)を読み返してみました。グローバリゼーションという発想やそれに似た考え方の源泉について何か関連するものが書かれていたか確かめてみたかったからです。ケストラーはハンガリー生まれのユダヤ人です。

上記以外で刺激を受けたケストラーの著作には「機械の中の幽霊」や「ホロン革命」などがあります。ケストラーはバランスのとれたシステム思考の持ち主ですが、語り口にけっこう強引なところもあります。もっとも、たいていの物書きは、語り口に強引なところがあるものです。そういうところがあるので、本や論文を書く。

(この著作の影響もあって日本でもある程度は浸透していることですが)ケストラーによると、アシュケナージ・ユダヤ人とカザール(ハザール)人の歴史は重なっており、この歴史をしっかりと視野に入れないと、ロシアまで含むヨーロッパの政治経済の歴史解読やそのシナリオ解読は難しい。「今日のユダヤ人は、スファラディと呼ばれるスペイン・ポルトガル系と、アシュケナージと呼ばれる中北部ヨーロッパ系の二つのグループに大別される。」アシュケナージはセム系ユダヤ人(スファラディ)とは人種の違うユダヤ人で、現在のユダヤ人の90%以上がアシュケナージと云われています。だから「俗に言えば、『ユダヤ人』という言葉は『アシュケナージ・ユダヤ人』と実際的には同義語なのである。」(ちなみにWikipediaによれば、2010年の調査では、世界のユダヤ人の人口は1340万人超とのこと。)

黒海とカスピ海を結ぶあたりにコーカサス山脈があります。カザール(ハザール)人の創ったカザール(ないしハザール)帝国 (KHAZAR EMPIRE) はその北側に広がっていました。中継ぎ貿易と物資の国内通過にともなう関税賦課が得意で、北側の国の産物を税収とともに自国内に取り入れたあと南側へ運んで儲けを出し、南のものを北の住人に売って商売をする。そういう商才を持っていました。金融というのも中継ぎ貿易の抽象的な発展形なので、8世紀頃(あるいはそれ以前)からそういう能力を磨き始めていたのかもしれません。

アシュケナージ・ユダヤ人とカザール(ハザール)人の重なった歴史をこの本の年表から三項目で強引に要約すると以下のようになります。

・453年 フン帝国の崩壊。カザール人、コーカサス北部を中心に勢力を拡大。

・740年 この頃、カザール国、ユダヤ教へ改宗。カザール人は白色トルコ系の遊牧民族で、その始祖はセムではなくヤペテである。

・1243年 キプチャク・ハーン国成立。カザール国もバトゥ・ハーンの権力下吸収され、カザール国滅亡。モンゴル軍の侵入にともなって、カザール・ユダヤ人達はロシア、東欧へ移動し、後のいわゆるアシュケナージ・ユダヤ人の中核を形成する。

この前後から、ヨーロッパ各地や各国で「ベニスの商人」的な光景のバリエーション風景(素朴なものから、国家規模で展開する徴税や投資など高度なものまで)が展開しますが、そういう風景を付け加えても、この本の内容からグローバリゼーションとのつながりを明示的に見つけ出すのは困難です。ただし、グローバリゼーションや、それ以前の国を横断する政治経済運動を、「国民国家」や「国民経済」の対立軸(アンチテーゼ)と考えると、「ユダヤ人とは誰か」にはそのヒントが隠されているともいえます。

産業革命以降、とくにフランス革命以降、ヨーロッパ各国は「国民国家」の構築や「国民経済」の形成にむけて動き出していきます。この場合の「国民」は「民族」とほぼ同義語です。(「民族」の定義はややこしいのでここでは深入りしません。)そういう国民と民族が組み合わさったような状況には、ユダヤ人は選民意識やゲットー心理が働き歴史上どうもうまく収まらない。はみ出してしまう。したがって、そうした状況が長年にわたって継続すると、国民国家や国民経済へのアンチテーゼが彼らの心の中で胚胎するのに不思議はないのかもしれません。

国民国家や国民経済へのアンチテーゼの代表例は、マルクスやレーニンやロシア革命に代表されるコミュニズムですし、そしてもうひとつの代表例が、二十世紀の最後の四半期以降に急速に顕在化してきたグローバリズムです。国民国家や国民経済へのアンチテーゼという意味では、グローバリズム(グローバリゼーション)の発想の根はコミュニズムと同じです。

そういうアンチテーゼを抱き続けてきたところのユダヤ人(大多数は上述のアシュケナージ・ユダヤ人ということになります)が、国民国家や国民経済を打破・凌駕できる可能性の高い環境(ロシア革命や経済のグローバリゼーションなど)で活躍・暗躍するのは、したがって、当然かもしれません。グローバリズムのなかでも国家を横切り国家を超えるという意味で純度の高い金融分野では、国民国家や国民経済へのアンチテーゼという信念とその信念の遂行から得られる実益が顕著に重なります。

アシュケナージ・ユダヤ人の米国人女性と、以前、あるプロジェクトで数年間いっしょに仕事をしたことがあります。子供のころ、クリスマスを家庭で祝う友達がうらやましくてしかたなかったそうです。彼女の家はユダヤ教なので、彼女の家ではメリー・クリスマスの挨拶はないし、サンタクロースもやってこない。「アンチテーゼ」とはとくには関係はないのですが、こういう話は記憶に残り続けます。

関連記事は「こんなもんなの?、あるいは、ケストラーと鈴木大拙」、「ダニ・ロドリク著『グローバリゼーション・パラドックス』と、下村治著『日本は悪くない(悪いのはアメリカだ)』:グローバリゼーションと国民経済」。

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