トマトとコメ、ロシアと北海道
手元に、紙が経年変化で薄茶になりかけた1989年6月発行の文庫本があります。もとの単行本の出版はその数年前ですが、その本のタイトルは「ロシアについて…北方の原形…」。著者は司馬遼太郎。そのなかに以下のような一節があります。引用します。
『(ロシアの)帝政時代、すでにふれたように、シベリアの軍隊、役人、毛皮採集業者はたえず飢えていた。とくに穀物と野菜不足になやまされつづけた。壊血病がシベリア病ともいうべきものだった。こういう病的な状態のなかで、日本の発見こそ、この難題の解決に曙光をもたらすものでなくて何であったろう。ロシアは昂奮した。シベリアにおける食糧問題は解決する、とロシアの政治家たちはよろこんだ。シベリアに接している日本から食料を買おうではないか。幸い日本は農業国家だという。ロシアの政治家にとって、日本は、パンとキャベツの倉庫にみえたのにちがいない。・・・・さらには、シベリアの現地で獲れた毛皮を、地理的に最も近い文明国である江戸期日本に売れば、よりいっそうすばらしい。・・・この妙案は、帝政ロシアにとって、歴世の課題になった。』
シベリアを軸とした場合、ロシアはどんな対日外交や対日経済政策をとるか、その発想のプロトタイプが手際よくまとめられています。
北海道はトマトとコメの生産が盛んな地域です。たとえば2015年だと、トマトの生産量が日本で一番多いのは熊本(冬春トマト)、2番目が北海道(夏秋トマト)です(農水省データ)。ミニトマトだけだと北海道が一番多い。北海道の寒冷地仕様の住宅技術はたいしたものですが、トマトに限らず、もともと寒冷地向きではない穀物や野菜や果物を栽培するのも得意です。コメももともとは寒冷地向きの穀物ではありませんでした。北海道のコメは、以前は、あまりのまずさにネコも跨(また)いで通り過ぎるので「ネコまたぎ」と呼ばれていたらしい。今は「ゆめぴりか」や「ななつぼし」の北海道です。2015年のコメ収穫量は、新潟に次いで2位。新潟との差はほとんどない。
沿海州の内陸部にあるアムール川沿いのハバロフスクや、シベリアのツンドラ地帯にあるヤクーツクでは(下の地図を参考にしてください)、北海道の技術を使ってトマトが温室野菜工場で栽培されています。暖房には非常にコストの安い地元産の天然ガスが使われる。オランダではトマトを大量に工場で栽培していますが、その温室技術では、シベリアの寒さに耐えられなかったそうです。
日本のコメ輸出は数年前から急増し今年は1万トン近くに達しそうな勢いです。主な販路は香港を含む中国。高級品が売れています。というか、中国のお金持ちの趣味の食材としての消費需要に合致した高価格品・高級品だけを輸出販路に載せている。一方、コメの国内需要は以前は800万トン以上でしたが(ひとりあたりの年間コメ消費量でいうと67kg以上)、それが徐々に減り続け、最近の1年間ではその量は766万トンです(農水省データ)。輸出量が増えたといっても輸出量は国内消費量の766分の1。わずか、0.13%。
ロシアはパンの国です。ただし、ロシアのパンは、白い小麦粉のパンではなく、ライ麦で作ったライ麦パン(黒パン)です。19世紀のロシアの長編小説には黒パンがよく登場します。貧しい人たちは、固くなった黒パンをナイフで削って口に運ぶ。
ライ麦パンの味が生まれた時から身に沁みついたロシア人が、炊き立ての白いご飯を口にする可能性はとても低いとしても、ライ麦でなく、小麦粉でもなく、米粉で作った白くて柔らかい米粉パンを好きになる可能性はあるのかどうか。そういうマーケティングがうまくいけば、シベリアに北海道のコメが米粉という形で輸出される。
帝政ロシア時代のシベリアにおけるかつての状況(「とくに穀物と野菜不足になやまされつづけた。・・・日本の発見こそ、この難題の解決に曙光をもたらすものでなくて何であったろう。ロシアは昂奮した。・・・シベリアに接している日本から食料を買おうではないか。」)は、国内輸送網と流通網の整備で格段に改善されているとは思いますが、トマトのような生鮮野菜を地産地消したいという欲求は根強いようです。
毛皮に関しては、以前と同様現在でも、厳冬の北海道で実務的な用途がある以外は日本では趣味的な需要しかありません。しかし、他の天然資源(たとえば、天然ガス)の需要は非常に大きい。下のような地図を見ていると、北海道の農産物や寒冷地対応技術、シベリアの天然資源などに関していろいろな想像がかき立てられます。
「ロシアについて…北方の原形…」から引用
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