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2017年5月 2日 (火)

花と街のメッセージ

いつも楽しみにしている、黒板に書かれた「街のメッセージ」も「桜が咲いた」から「緑の新芽」に変わりました。桜はこれからが満開で散ってしまったわけではありませんが、メッセージ作成者の視点は桜の花から新芽に移ったようです。先日の「「セロニアス・ヒムセルフ」と「正法眼蔵」」という記事の関連で、「正法眼蔵」のなかで花や華が登場する印象的なところを二つ引用してみます。
 
「万法ともにわれにあらざる時節、まどひなくさとりなく、生あり死あり、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし。・・・略・・・しかもかくのごとくなりといへども、華は愛惜に散り、草は棄嫌におふるのみなり。」(あらゆるものが、ともに区分的・文節的な自己でない時節には、二元対立的なものであるところの、惑いもないし悟りもない、仏もないし衆生もない、生もないし滅もない。・・・略・・・しかし、たとえそうではあっても、やはり、きれいな花は惜しまれつつ散り、そうでない雑草は嫌われつつ生い茂るものである。)
 
「本無華なりといへども、今有華なることは、桃李もかくのごとし、梅柳もかくのごとし。」(花は本来的には空であるとはいっても、その空の花は、今、確かに存在している花でもある。この事情は、目の前の桃の花や李(すもも)の花についても同じであり、目の前の梅の花や柳の花についても同様である。)
 
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