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2017年11月21日 (火)

文間文法(ぶんかんぶんぽう)という見慣れない用語

「文章心得帖」という鶴見俊輔の著した文章読本があります。わかりやすくて無駄のない文章を書きたいと考えている一般市民を対象にした講義の記録です。その骨子は『文章を書く上で大事なことは、まず、余計なことをいわない、ということ。次に、紋切型の言葉をつきくずすことだと思う。』

 

例題(できのいいものとそうでないもの)を使った講義です。できのよくない例題はその場で添削する。けっこう以前に読んだのですが、そのなかで「文間文法」に関する講義が記憶に残っています。こういう主題のアドバイスは、何冊か読んだ他の「文章読本」風の書物では、見かけたことがない。というか、そもそも辞書(たとえば「広辞苑」)に「文間文法」や「文間」という語は存在しないし、ネット検索でもヒットしない。例外は、井上ひさしの「自家製 文章読本」です。

 

以下が鶴見俊輔が「文間文法」の心得について書いた(講義した)の章のコアな部分です。少し長くなりますが、引用します(『・・・』部分)。

 

『その前の、「・・・略・・・」というところは、モタモタしていて、これは抜いたほうがいい。次のパラグラフへの飛躍がはっきりします。

 

 これは文間文法の問題です。一つの文と文の間をどういうふうにして飛ぶか、その筆致は教えにくいもので、会得するほかはない。その人のもっている特色です。この文間文法の技巧は、ぜひおぼえてほしい。

 

 文間文法のものすごくうまい人がいます。作家のなかでもうまい下手があって、スターンなんかは文間文法の達人です。一つの文章から他の文章に移るときに、また一つの文節からもう一つの文節に移るときに、何ともいえない快感がある。太宰治もうまい。スーッと行く感じがあります。

 

 一つの文と文との間は、気にすればいくらでも文章を押し込めるものなのです。だから、Aという文章とBという文章の間に、いくつも文章を押し込めていくと、書けなくなってしまう。とまってしまって、完結できなくなる。そこで一挙に飛ばなくてはならない。』(「文章心得帖」45~46ページ)

 

この手法を洗練させて、途中の説明論理を飛び越えるような文間文法技法を手にすると、有名な批評家の一部の評論やエッセイに似た雰囲気のものが書けるかもしれません。論理が途切れて言いたいことがよくわからないところもあるのだけれど、文から文への飛躍とたたみかけてくるリズム感で、読者はその主張に押し切られてしまいます。読者はその技法に酔ってしまう。

 

井上ひさしの「自家製 文章読本」は、「文章心得帖」が語りかける人たちとは層が違っていて、お相手は「文芸作品読者」です。だから同じ「文間文法」といっても引用例文が相当に違います。その章(「文間の問題」(ぶんかん、とわざわざルビをふってある)」という章)に次のような一節があります。

 

『たとえば、物語性や叙事性には、文間の余白が関係してくる。接続言なしに、文や句がぽきりぽきりと無技巧に並べられ、文間の余白が深く抉(えぐ)られ広くひろげられるとその文章は自然に叙事性を獲得しはじめるのだ。この深く広い文間の余白は、神話や昔話や原民話で、すでにわれわれにも馴染みのふかいものである。』

 

文章の空白部分の刺激によって読者を目的地まで運んでいくような文章、あるいは叙事性や物語性を持った文章を書きたいと思ったら、それが実務的な範疇のものであっても、文間文法の習熟が不可欠かもしれません。

 

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投稿: Douglasmew | 2017年12月19日 (火) 09時30分

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