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2017年12月 5日 (火)

ひらがな表記ではなくて、ローマ字表記で見ると・・

日本語の動詞の活用の構造や敬語・謙譲語の成り立ちは、ひらがな表記で見るよりも、もっと細かく分解してローマ字(という音素)表記で見た方がわかりやすいとということを、ぼくは「金谷武洋(かなやたけひろ)」の日本語についての何冊かの著書で教えてもらったのですが、似たような話題に最近出合いました。
 
可能動詞の話です。
 
「食べることができる」ということを表す可能動詞は、「食べられる」が正しい使い方で、「食べれる」は間違い。同様に「見れる」は正しくなくて、正しくは「見られる」。ぼくたちはそう教わってきたし、また、実際にそういう使い方をしています。
 
しかし、『「ら抜き言葉」で抜けているのは「ら」じゃない? 予想外の真相が…「正しい日本語」論争への答え』という記事によれば、『「見れる」「食べれる」といった「ら抜き言葉」。一部の人には評判があまりよろしくない使い方ですが、文化庁の2015年度「国語に関する世論調査」では、「ら抜き言葉」を使う人が、使わない人の割合を初めて上回りました。』だそうです。
 
「ら抜き言葉を使う人」とは、一部でも「ら抜き言葉」を使う人を指すのか、可能動詞はすべて「ら抜き」で通す人を指すのか判然としませんが、いずれにせよ「食べれる」「見れる」人気が、「食べられる」「見られる」人気を上回ったということのようです。
 
「食べられる」から「ら」が抜けて「食べれる」、「見られる」から「れ」が抜けて「見れる」というのがひらがな表記で見た時の変化ですが、これをローマ字表記で眺めると、その記事にあるように、「taberareru」からまん中の「ar」が抜けて「tabereru」、同様に、「mirareru」から まん中の「ar」が抜けて「mireru」。この方がわかりやすいかもしれません。
 
Photo (同記事より引用)
 
「行ける」「歩ける」に関しては、『室町時代ごろから「行ける」「歩ける」といった可能動詞が生まれ、もともとあった「行かれる」「歩かれる」と併用されるようになりました』、ということなので、先行事例は、それなりに古い。
 
別のよく知られた表現を「ひらがな表記ではなくて、ローマ字表記で」観察してみます。その表現とは、「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ」の「小諸なる」です。
 
「小諸なる古城」とは「小諸にある古城」が変化してできたものですが、「なる」と「にある」をひらがなで見くらべてもその変化の様子がよくわかりません。しかし、ローマ字表記で、「KOMORO niaru KOJO」の「niaru」から「i」を抜いて「naru」とすると、「にある」から「なる」への「い(i)抜き」変化の具合が納得できます。
 
日本語文法の説明にローマ字表記といった漢字と仮名以外の文字を持ち込むことに違和感を覚えるかたもいらっしゃるとは思いますが、それなりに便利なところがあります。
 

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