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2017年12月 8日 (金)

不要なものの排除

本格的なITサービスも手掛ける通販の大手と、検索サービスから出発してIT関連サービスの巨大百貨店のように変貌してきた大手が、それなりに賢いソフトウェアを組み込んだハードウェア製品を、それぞれ、売り出しました。ほぼ同じような製品で、したがって互いに競合します。
 
現状のシステムはお互いに柔軟でよくできているので、現状のままだと、敵のハードウェアやソフトウェアが自社の流通網のなかで勝手に動き回ることになります。敵の製品が動き回れば動き回るだけ、自社製品の流通が圧迫される。それが我慢できない。当然のビジネス感情です。で、おたがいに、敵の製品が自社の流通ネットワーク、サービスネットワークの中で機能しないような方策を打ち出し始めた。外野の観客としては、なかなかに面白そうな喧嘩です。
 
ときどき、テレビで放映されるドラマを録画して、あとで時間のある時に楽しむことがあります。そういう楽しみ方をすると嬉しいのは、60分が45分くらいに短縮されることです。民放の番組は、見る側からすると番組の間に番組提供者のコマーシャルが流れるということですが、番組提供側からすると、主はコマーシャルで、コマーシャルの合間にたとえばドラマのようなものをついでに見せてやる、ということになります。
 
最近は、以前もそうでしたが、ひとひねりしたソフトウェアをAIと呼ぶのが流行です。見る側からすると、なにしろAIの時代らしいので、コマーシャルを全部カットしてコマーシャル以外だけを録画する機能の製品を発売したら人気を博するとは思うのですが、そういう自分の首も絞めてしまうような製品はさすがに販売しないみたいです。ぼくは、観客として、コマーシャルをドラマ部分から区別できます(最近は意識的に紛らわしいのも多いですが)。だから、その気になれば、そういう機能は製品に内在させることができる。
 
余分なものの排除というのは、簡単そうで簡単ではない、ということでしょうか。ある作家のエッセイに次のような内容のものがありました(と、記憶しています)。家庭にたまってしまった余計なものを深夜に夫婦で捨て始めたら、お互いにその作業が面白くなってきて、不用品の整理がどんどんと進んだ。一区切りついたあと、視線を移すと、そこには相手がいた。

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