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2018年2月

2018年2月28日 (水)

我が家とぼくにおけるイタリア製の意味

我が家ではイタリア製とは基本的には褒め言葉です。といって、多くのイタリア製の製品や商品を愛用しているわけではありません。ひとつは配偶者用の洋服や靴。もうひとつがゼンマイ式のアナログタイマーなどの調理関連製品。
 
ジャケットでもコートでも縫い方が荒っぽい、場所によっては手抜きっぽいのだけれど、決して型崩れしない。ほとんで重量を感じさせないくらいに体にしなやかにフィットする(配偶者談)。
 
秒単位での正確性を期待してはいけない、そういうのを期待するひとはもともと買わないのが、ゼンマイ式のタイマーです。ジャラジャラ音の音量や音質が前回の製品と今回の製品と同じだと期待してはいけない。部品メーカーでも変わったのでしょうか。時間が来たよという、のんびりとした警告音さえ出してくれたらそれでいい。
 
けっこう以前、イタリア車が好きな友人が運転するその車の助手席に座ったことがありますが、セカンドでの加速力が恐ろしいくらいで、つまらない不具合も多かったようですが、そういう車は一度はまると抜け出せないかもしれません。
 
これも以前、仕事で付き合ったことのあるがっしりとした体形のイタリア系米国人は、他の系統の米国人と比べると独特の魅力、つまり、「縫い方が荒っぽい、場所によっては手抜きっぽいのだけれど、決して型崩れしない」ような種類のインターフェースの取りやすさがありました。
 

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2018年2月27日 (火)

蕎麦と米

昼を外で食べるときには「ざる蕎麦」というのがぼくにとっては好ましい選択肢のひとつです。しかし、時間がないときによく知らない場所で、蕎麦風味のうどんみたいな、つまり小麦粉の割合が蕎麦粉よりも多いような蕎麦に出合うこともあります。そういう場合はいささかうんざりしますが、それも分類基準の上では蕎麦なので、文句をつける筋合いのものではありません。
 
農林水産省統計によると、蕎麦の都道府県別収穫量(平成28年)は、以下のようになっています。
 
28
 
蕎麦は米(コメ)のとれない地域の特産物だったはずです。コメは温暖多湿に向いたDNAを持っていたので、北海道ではコメ栽培が苦手でした。だから、コメ栽培と並行して北海道では開拓使が荒地に強い作物として蕎麦の栽培を奨励しました。そば栽培の盛んな長野県も似たような事情だったのでしょう。北海道蕎麦のいちばんの産地は、コメ栽培の盛んな地域よりも北西にある幌加内(ほろかない)です。しかし、コメの栽培地域と蕎麦の栽培地域は、地域という括りでは、現在は、それなりにオーバーラップしています。
 
品種改良で寒さに強いコメの栽培も増えてきて、おおざっぱに言うと、北海道の北に寄り過ぎない西半分くらいのなかで水のよいところでは、美味しいコメが作れるようになりました。現在、日本でコメの収穫量が断然多いのは、新潟県と北海道と秋田県です。
 
長野県も米を作っています。収穫量は想像と違い意外と多くて北海道の3分の1くらいあります。しかし、栽培品種は大部分が「コシヒカリ」。そのあたりは、「ゆめぴりか」や「ななつぼし」といった地元米を開発した北海道とは事情が違うようです。調べてみると「風さやか」という平成25年に品種登録された長野県オリジナル米もあるみたいですが、ぼくは食べたことがありませんが、あっさりとした食感だそうです。あっさりとした食感のお米には興味がわきます。そのうち、食べてみよう。

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2018年2月26日 (月)

美味しいタクアン

自家製のタクアンは美味しいと相場が決まっていますが、とくに今年の(というか、昨年の晩秋に漬け込んだ)タクアンは美味しい。たとえば、土曜日の午後に、寒さを我慢しながら戸外の甕(クーラーボックスに入れて寒さ対策をしてある)から糠をつけたままの数本をボールに取り出して台所に運ぶと、台所にタクアンの香りが濃くふんわりと拡がります。
 
米糠(こめぬか)は有機玄米を自家精米するときの副産物だし、市販のものを利用するところの塩・米麹(こめこうじ)・鷹の爪も、どれを使うかは決めているのでそれらに品質の差があるとは考えにくい。味の決め手は、やはり、大根です。
 
まず、大根そのものの美味しさ(要は生で食べたときのうまさ)、それから、天日干しの干し加減。今年は、ある有機栽培農家が栽培したとてもいいのが手に入ったし、天候にも恵まれました。
 
下は、取り出した数本のうちの一本を水洗いし、俎板の上で食べやすい厚さに切っているところ。数切れのタクアンは、我が家の朝食の必需品です。
 
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20180223_b

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2018年2月23日 (金)

「シンギュラリティは近い」の口直しには「ハーモニー」と「ホモ・デウス」

レイ・カーツワイルの「シンギュラリティは近い」と、伊藤計劃(いとうけいかく)の「ハーモニー」とユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」というタイトルの本を、ここに書いた順番に続けて読んでみました。最初からそういう予定だったのではなく、「シンギュラリティは近い」を読んだ後で、口直しが欲しくなったからです。
 
レイ・カーツワイルは米国生まれの発明家、未来学者であり人工知能の権威。伊藤計劃は、2009年に34歳で鬼籍に入られたSF分野の日本人作家。そして、ユヴァル・ノア・ハラリはイスラエルの歴史学者で「サピエンス」とその続編である「ホモ・デウス」の著者です。
 
「シンギュラリティは近い」という不思議な題名(宗教関係の本かもしれないというような雰囲気が漂う題名)の本は2005年に出版されましたが、シンギュラリティ(singularity)とは「技術的特異点」という意味(だそう)です。
 
遺伝子工学とナノテクノロジーとロボット工学というのお互いに重なり合う3つの技術を軸にテクノロジー全般が加速度的に進展する(収穫が指数関数的に増加する)、その結果、2045年あたりに「技術的特異点」に達し、そのとき、世界の主人公というか世界の支配者層は「人工知能」になっている。そういう趣旨の本です。
 
その時点の「人工知能」(Artificial Intelligence)を、一部の人類の発展形とみなすのか、人類とは別種の知的な存在と考えるのか、そのあたりは定かではありません。その状況は、「科学革命の構造」における「パラダイム・シフト」のあとの状況よりも、人類を相当にはみ出る部分があるだけに、「特異」です。
 
現在の碁や将棋におけるヒトと人工知能の勝負や、現在のGoogleやAmazonのビッグデータ処理から想像できるように、人工知能は、ヒトの情報処理能力や推論能力や情報処理量の総体をいとも簡単に凌駕します。収穫逓増ではなく指数関数的な収穫加速で人工知能が進歩するということは、人工知能そのものがとても安いコストで人口知能そのものとそれを使った製品や労働サービスなどのサービスを、アルゴリズムに沿って再生産(開発・製造・サービス)するということなので、現在ヒトが従事している仕事のほとんどを、人工知能が、とても高い経済効率で、代替します。
 
Artificial Intelligence(アーティフィシャル・インテリジェンス)をいちばん最初に「人工知能」とどなたが訳したのか知りませんが、人工「知能」と訳して人口「知性」と訳さなかったのはとてもよかったと思います。「知性」となると「情報処理系・アルゴリズム系の知能」だけでなく「意識」までが含まれるからです。
 
知性を、かりに、科学技術と適合的な「測る知性」、芸術と適合的な「共感する知性」、形而上学的な思索と適合的な「黙想する知性」の三つに層別してみると、インテリジェンスは「測る知性」です。つまり「インテリジェンス」に意識は入り込まない。しかし、「シンギュラリティは近い」の著者は人工知能に意識や感情まで含めたいらしい。しかし、そこまで跳ぶのはいささか「教義的」過ぎる。
 
「シンギュラリティは近い」は刺激的な本ですが、同時に、(ぼくにとっては)読後に口直しが必要な種類の著作でした。おそらく口直しに最適なのは、まず、伊藤計劃(いとうけいかく)の「ハーモニー」です。
 
「ハーモニー」は2008年に上梓されましたが、主人公は三人の女子高校生、女子高時代とその13年後がこの小説の舞台です。21世紀の後半に「大災禍」と呼ばれる(第三次世界大戦のサブセットのような、核兵器も使用された)世界的な混乱を経験した後、人類は大規模で高度な福祉構成社会を構築します。
 
すべてのヒトには「WatchMe」と呼ばれるナノ・デバイスが埋め込まれ、「アルゴリズム」はそのナノ・デバイスを通してヒトの健康状態を監視・維持し続ける。人類のほとんどは、とくにする仕事も役割もないが、日々を健康に生かされている「役に立たない人たち」。「ハーモニー」は、ざっくりと言えば、そういう予定調和的な状況への三人の元少女の、それぞれの、政治的な反乱の物語です。
 
ユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」も「シンギュラリティは近い」の口直しに向いています。バイオテクノロジーやナノテクノロジー、人工知能などの進展やその将来の「地位」に関しては「シンギュラリティは近い」やその他の関連論文を参照しているようですが、「シンギュラリティは近い」の技術的で細かい記述を、歴史家のマクロな視点で描写し直してくれます。
 
近代資本主義成立期に発生した農業革命によって大量の人たちが生き場所を失いました。彼らは都市に流れ込み、産業革命を支える大量の「プロレタリアート」となったように(しかし、彼らには単調な、資本家から見れば搾取対象としての工場労働というものがあった)、今度は人工知能の進出で行き場を失った大量の「役に立たない人たち」が世界にあふれることになります。
 
株式トレーディングの世界からヒトがいなくなりました。活躍するのは、迷いなく超高速で売買するコンピュータアルゴリズムです。そのうちコールセンターやその他のサービス部門にもヒトは要らなくなる。弁護士や弁護士事務所の職員も例外ではない。ヒトの兵士も要らない。戦闘機や爆撃機のパイロットも要らない。
 
ハラリの「ホモ・デウス」(出版は2017年)を読んでいると、カール・マルクスの「唯物史観」を思い出します。マルクスは、彼の弁証法的唯物史観にしたがって、社会の発展段階を次のように大別しました。
 
■ 原始共産制
■ 古代奴隷制
■ 封建社会
■ 資本主義社会
■ 共産主義社会
 
実際は、そういう発展段階とはならずに、資本主義も共産主義も同じ産業主義で、平等よりも自由に大きな丸印をつけた産業主義が資本主義、逆に自由よりも平等に大きな丸印をつけた産業主義が共産主義だったわけです。両者に実質的な差はありません(マクロな意味でのビジネス運営の上手下手の違いはありましたが)。
 
ハラリの史観をマルクスの唯物史観風にまとめてみると以下のようになります。ここではその史観をとりあえず「データ史観」と呼んでみます。虚構史観というほうがハラリらしいのですが、そういう言い方だと、マルクスの唯物史観も虚構史観なので、違いは、それぞれの切り口で鳥瞰した「共同幻想」の移り変わりにどういう名前を付けるか、その差です。
 
■ アニミズム(Animism): ヒトも動物も植物も岩も同じ、それぞれが霊的なものの顕れで、それぞれに差はない。
 
■ 神イズム(Theism): 絶対者としての神が宇宙や世界を統御している。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教など。どちらかというと一神教。
 
■ ヒューマニズム(Humanism): 知能(インテリジェンス)と意識を持つ人類(ホモ・サピエンス)が、動物よりもなによりも、いちばん偉い。人類が神になった。つまり、ニーチェの「神は死んだ」。ヒューマニズムとは、人類が自身を崇める宗教。
 
■ データイズム(Dataism): ポスト・ヒューマニズム。人類(ホモサピエンス)はもはや主役ではない。人間とは生体アルゴリズムのことだとすると、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーやネットワークテクノロジーの進化で、人工アルゴリズムそのものであるところのコンピュータが、アルゴリズムとしては人類よりもはるかに優れているので、世界のシナリオライターになり、主人公になる。ほとんどの人類は「役に立たない存在」となる。
 
もっとも、ハラリは「人工知能(アーティフィシャル・インテリジェンス)」はあり得ても、「人工意識(アーティフィシャル・コンシャスネス)」はあり得ない、という考えの持ち主のようです。AIというもので、知能(インテリジェンス)と意識(コンシャスネス)を混同するシリコンバレーの連中には違和感を持っている。反撃しようと思っている。そのようにぼくは、感じます。
 
それは、「ホモ・デウス」の献辞 「To my teacher, S.N.Goenka (1924-2013), who lovingly taught me important things.」からも読み取れます。S.N.Goenkaは、ミャンマー生まれのインド人で、在家の瞑想指導者です。
 
そういうものがじわじわとにじみ出てくる。それが、それなりの「口直し」になります。
 

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2018年2月21日 (水)

団体追い抜き?チームパシュート?

ウィンタースポーツとはほとんど縁がありません、況や競技スキーや競技スケートに於いておや、ということですが、ロングトラックのチームパシュートいうのは、とくに女子のそれは見ていて楽しい。ショートトラックはせわしない。ショートトラックのリレーもせわしない。やっている方はスリルを満喫しているのかもしれませんが。
 
チームパシュートや団体追い抜きと呼ばれている競技は、その様子を見ていたらどういうものかは何となくわかります。要は、3人のチームでやる駆けっこ(足が縛られていない氷の上の仮想的なムカデ競争)ですが、チームパシュートや団体追い抜きという言葉を聞くたびに違和感がありました。
 
そもそもパシュートとは何か?
 
調べてみると、英語の pursuit みたいです。だから Team Pursuit。そういうことだったか。でも pursuit には追いかけるという意味はあっても、追い抜くまでの意味はあるのか?まあ、追いかけていって勢いがついていたら、そのまま追い抜いてしまうということは日常生活でもままあるので、そういう含意か?
 
なら、追い抜く場面などないのに、なぜ、団体「追い抜き」と断定した名称なのか?よくわからない。実態は、追い抜きというよりも、追い駆けっこに近いのに。
 
すこし調べてみました。「ワールドカップや世界選手権」と「オリンピック」では勝敗ルールが違うらしい。自分で納得するために調べたので、以下の記述が正確かどうかはわかりません。
 
「ワールドカップや世界選手権」では(チームの一番遅い競技者が滑り終えるまでの)時間を競うのに、つまり、どのチームも最後まで滑ることができるのに、オリンピックでは相手チームに追い越されたら、その時点で試合は終了。残りの距離は滑らない。たとえば、3人のうちの誰かが滑ってひっくり返って壁にぶつかりオロオロしているうちに相手チームにそばをサッと抜き去られたらそれでゲームセット、終わり、だそうです。(実際は、オリンピックも予選は時間競争だったみたいですが、それはさておき。)
 
そういう背景なら「団体『追い抜き』」という用語を選んだ理由もわかります。
 
蛇足ですが、競技中はぴったりな素材のユニフォームで体を包んでいるので汗をかいて暑いのか、競技が終わると胸前のジッパーを下ろしたり、上半身を脱いだりする選手が多い。ユニフォームの下から黒いTシャツや無地のノースリーブシャツが現れるのはいいとしても、大柄な女子選手のユニフォームの下からヒョウ柄のTシャツが出てきたりするといくぶん驚きます。あんた、大阪のオバチャンか?

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2018年2月20日 (火)

じゃらじゃらタイマーファミリー

下の写真の調理道具ファミリーは、配偶者が好きで使っているものですが、ぼくも気に入っています。米国人建築家がデザインしたものです。くすんだライトブルーが基本色。後ろがヤカン(ケトル)、手前左の二つがネジ巻き(ゼンマイ)式のじゃらじゃらタイマー、手前右側が、塩入れと胡椒挽きです。
 
じゃらじゃらタイマーは、だいたい7年くらいでゼンマイが壊れます。壊れてしまった白が4代目、買い換えたばかりの黒が5代目です。
 
ヤカンは20年くらい活躍します。写真のヤカンは2代目。座りがよくて熱効率がいい。塩入れや胡椒挽きは半永久的に使えると思います。胡椒挽きの歯はとても頑丈です。
 
こんな風に記念撮影をする機会がなかったので、朝ごはん前の早朝にいっしょに並べてみました。ゼンマイの壊れた白いタイマーは、このあと燃えないゴミになります。
 
Photo
 

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2018年2月19日 (月)

素敵なアナログタイマー

タイマーの話です。
 
我が家の愛用は、ジャラジャラジャラと鳴って時間の経過を知らせてくれるアナログ式(ネジ巻き式)のタイマーです。電子デジタル式のピーピーという気持ちの悪い音を出すのは使いません。配偶者はもっぱら料理用に、ぼくはたまの昼寝用に使っています。1日に3回くらい、ネジを巻く。
 
下の写真の白いので、4代目です。最初が基本色の渋いライトブルー、次もくすんだ感じのライトブルー、その次がオレンジ、そして白。白のタイマー機能(つまりゼンマイ)がとうとう壊れてしまったので、買い替えです。次はシックな黒。以前はなかった色です。
 
白は、購入が2011年1月下旬。ダメになったのが2018年2月上旬。7年間持ちました。だいたい7~8年で壊れます。写真は2016年8月の撮影なので、使い始めて5年半ほど経過した状態です。天日干しを休憩している梅干し(あるいは、天日干しが完了して室内に持ち込み甕に保存する前の状態の梅干し)と、なぜか一緒に並んでいます。
 
黒の次の買い替えは、したがって、2025年の終わりか2026年の初め頃です。このネジ巻きジャラジャラタイマーがロングセラーであり続けますよう。
 
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2018年2月16日 (金)

ミーハー感覚で見る冬季オリンピック

とくに冬季オリンピックをテレビで見ることはないだろうと思っていましたが、夜の適当な時間帯に、ライブ中継や再放送・録画放送が流れるとつい時間を使ってしまいます。
 
新聞でテレビ番組表を眺めてみると、たしかに、言われているように、面白い現象に気がつきます。きれいには割り切れませんが、米国やカナダで人気の種類は現地の競技時間帯が午前中、欧州で人気の競技は夜か夜遅くというパターンのようです。
 
たとえば、フィギュアスケートやスノーボードは試合が午前中だし、アルペンスキーやノルディックスキーやスピードスケートは(そうじゃないのもありますが、人気選手が出場するのは)夜です。今のオリンピックは、十分な利益を確保するためのビジネスプロジェクトなので、北米や欧州のテレビ視聴者の時間帯を考えると、まあ、そうならざるを得ない。
 
夏のオリンピックもそうかもしれませんが、道具を使う冬のスポーツはほとんどの有名選手がプロなので「フェイクとしての演技」も楽しめます。
 
タイムや飛距離を競う種目ではむつかしいですが、プレイの印象が数値化されて順位が決定される種目では、種目によっては、サッカーのシミュレーションプレイに似た行為もあるようです。サッカーは比較的見慣れているので、あ、やったな、というのが直感的にわかりますが、冬のスポーツの場合は、専門家の解説が助けになります。プロなので、はったりの利いた国会答弁と同じで、それも力量のひとつです。

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2018年2月14日 (水)

昨夕のチョコレート売り場

こちらのほうが長持ちするので、今年は大量に廃棄処分されたらしい恵方巻よりも、チョコレートのほうがいいかもしれません。ともに、誰かに上手に創り出された同じ二月のイベント商品ではありますが。
 
昨日の午後6時30分くらいのデパ地下のチョコレート売り場というのは、それを買う側にとっては最後の購入チャンスです。そこをその時刻に配偶者のお供でうろうろしていました。
 
そのチョコレート売り場では、赤い綱で仕切られた区画に女性客が行列を作っています。配偶者はその列に並びましたが、ぼくは場所がないので、若い女性客や若い女性客よりは人生経験が豊富そうな女性客がチョコレートを買い求めているあたりが眺められて、同時に、他のお客の邪魔にならないあたりに立ち、購入の状況を失礼にならない程度に観察しています。
 
配偶者にお供をしたのは、その売り場で買う必要箱数のチョコレート以外に、ぼくにも別の売り場で普段食べないタイプをおまけにひとつ買ってくれるらしいという理由からですが、どちらかというと穏やかな表情の女性買い物客を10分以上も観察し続けるというのは頻繁にある機会ではありません。まったく同じタイプを10個以上も包装してもらっている場面がありましたが、ああいうのは義理チョコに違いない。
 
ぼくのそばを、スマホを片手に女性が二人、中国語をしゃべりながら通り過ぎていきます。
 
最近のはやりなのか、Bean to Barの文字も目に入ります。手作り板チョコというのか、工場制手工業の板チョコというのか、手作り感が漂う板チョコのことです。ぼくのおまけは、札幌で作っているそのBean to Barでした。
 

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2018年2月13日 (火)

ロシアの郵便局で、日本のカップ麺やトイレットペーパーが買える

ロシアの郵便局は、いわゆる郵便局の機能以外に、シンプルなコンビニ機能も兼ね備えているらしい。
 
ロシア郵便はロシア国営の郵便会社ですが、国内に4万2000の営業拠点を持っており、多くの郵便局で食品や日用品を扱う小売機能も持っているそうです。つまり、郵便局のコンビニエンス・ストア化です。
 
日本の郵便局も、民営化以降は、物品販売や保険などの取次業もやっているので、ロシアの郵便局のコンビニ化現象はとくに不思議ではありません。世界の流通がそういう方向に向かっています。
 
ちなみに、日本国内のコンビニ店舗合計数は、2017年末で、5万5322です(「日本フランチャイズチェーン【統計データ】」。
 
【註1】ロシアの郵便局のコンビニ機能をざっと眺めるには「郵便局とスーパーマーケット」という現地在住の日本人女性が書いた2016年9月の旅行案内記事が参考になります。

【註2】現在、結婚して北海道にお住いの、日本語検定1級の資格を持つ若いロシア人女性が日本語で書いているブログ記事のひとつに「ロシア人が選んだ!ロシアに来てほしい日本のもの」というのがありました。その「来てほしい」もののなかに「コンビニ」と「郵便局」が含まれています。つまり、ロシアの「郵便局とコンビニ」に関する状況の補足になります。
 
札幌に拠点を置くある商社が、ロシア郵便と業務提携し、極東地域の2000店舗を手始めに、日本の食料品などを販売する事業に乗り出すそうです。最初の品揃えはロシアでも人気が高い日本の即席麺や飲料、それに洗剤やトイレットペーパーなど(日本経済新聞、北海道新聞)。
 
カップ麺のようなインスタントラーメンは、ロシアでもすでにある程度は需要があります(下の表参照)。
 
日本のトイレットペーパーの品質は、各種トイレへの適応柔軟性という意味でも世界の優れモノです。ロシア人が好きにならないはずがない。
 
ただ、洗剤となると、柔軟仕上げ剤などの強い香料によって体調が悪化する「香害」が最近の日本では問題になっているので、芳香剤入りの香害洗剤がそのうちモスクワで人気になると街の生活空気はどう変化するのでしょう。少し心配ですが、日本人旅行者が懐かしい匂いに出合ったと喜ぶかもしれません。
 
さてインスタントラーメンです。ロシアの人口は、2016年時点で、1億4430万人。日本が1億2700万人なので、日本よりやや多い。下の表の数字からわかるように、一人あたりの即席麺の年間消費量は、ロシアでは単純計算で11~12食、日本では同様に44~45食なので、これを敷衍すると、即席麺が好きな人はロシアだと毎週、日本だと毎日食べている勘定になるので、それを見た他の消費者がパンの替わりやおやつにもっと食べ始める可能性が高い。なにしろ郵便局というコンビニで手軽に買え(るようになり)ます。
 
ロシアでカップ麺が欲しくなったら郵便局に行けばいい、といった記述がそのうち旅行ガイドに追加されるに違いない。
 
 
 
20122016
 
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2018年2月 9日 (金)

すでに春?

札幌では雪まつりが進行中で、先ほど外気温を確認したら氷点下4.3℃。これだと雪像は硬く締まっていますが、午後は最高気温がプラスになるので陽が降り注ぐと一部の雪像は溶け始めるかもしれません。
 
年末は真っ暗に近かった午後4時でも空は明るいので、春がゆっくりと近づいてくるのを感じられますが、春がすでに踊っている場所が2つあります。
 
ひとつはデパートの婦人服売り場。フロア全体が、すでにパステルカラーの春です。婦人服売り場はいつから春になるのでしょうか。配偶者といっしょっだと、ゆっくりと春の色を眺められます。
 
もうひとつは、旅行会社から送られてくるパッケージツアーのパンフレット。表表紙も裏表紙も桜の写真だし、なかの多くの旅行案内も桜です。最近は鉄道の豪華旅行が人気らしく、列車に乗りながら全国の春を一週間かけて楽しむ企画も大きなスペースで掲載されています。
 
そういう旅行には今年も縁がなさそうなので、下に貼り付けたのは、以前に撮影した近場の地味な桜と、桜の季節ではない時期に立ち寄った吉野の山。
 
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2018年2月 8日 (木)

食材の流通が止まったら

北陸地方の一部は豪雪で交通網が停止し、食材や加工食品の流通が滞っている様子です。生鮮食品が手に入らない事態が発生したら、手持ちの食材でやり過ごすしかありません。我が家ではすぐ食べられるタイプの市販の加工食品というのはほとんど食べないので、かりに生鮮食材の調達が10日間ほど不可能になったとしたら、手持ちの食材で飢えをしのぐことになります。
 
ちょっとシミュレーションをしてみました。災害ではないので、電気、水道、ガスは使えるという(甘めの)前提です。また、災害用の持ち出し非常袋に入っている食べもの(水やお湯を注ぐと食べられる乾燥ご飯など)は対象外です。
 
在庫のあるものを並べてみると、冷蔵庫と関係ないところには、コメ、小麦粉、米粉、味噌、醤油、塩、梅干し、タクアン、干し昆布、鰹節、乾燥ワカメ、サツマイモ、コーヒー、お茶、甘みの少ないチョコレートと自家製お菓子。冷蔵庫には、若干の生鮮野菜、リンゴ、昆布の佃煮、醤油麹なんかに漬け込んだ鰆(さわら)の切り身や自家製焼豚などが入っています。
 
ホカホカご飯とワカメ入りの味噌汁と梅干しとタクアン、ときどき焼魚、冷蔵庫の野菜。気分を変えてパンを焼けば、それから甘いものが欲しくなるとサツマイモ。野菜不足が困りますがタクアンも野菜と考えたら、単調ですが10日間くらいはなんとかしのげそうです。
 
(以前は常備していた)塩味の青魚の缶詰のストックがあるといいかもしれません。
 
 
青魚と言えば、日本のいちばん北にある稚内の海岸に、昨日、マイワシが大量に打ち上げられていたそうです。冬に寒い稚内の海を逃れて南に移動していくことを忘れた一群がいて、オホーツク海でぼんやりとしている間に、急激な寒さで凍死してしまったらしい。かわいそうなような、愚かなような。
 

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2018年2月 7日 (水)

札幌雪まつり 2018年

昨日お昼ごろ大通公園近辺で所用があったので、雪まつりの会場に足を伸ばしてみました。いろいろと見て回る時間はなかったので、いちばん近くで、人だかりの多い雪像に近づいて記念に一枚。この雪像は、夕方からプロジェクションマッピングされるそうですが、それを喩しむ時間はありません。
 
お昼ごろだったので、日本語でない言葉をしゃべる家族連れや、女性の先生に付き添われた「授業中」のチビちゃん達がグループで歩いていたりして、夜とは違った雰囲気です。
 
お腹の空く時刻だったので、その雪像の近所にある北海道食材の屋台がにぎわっていました。
 
20180206
 
今朝の気温は、午前7時で氷点下10℃でした。雪まつりの間だけ妙に気温が上昇して雪像が融ける年もあったのですが、今年はそういう心配はなさそうです。

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2018年2月 6日 (火)

福島原発事故の現状

東京電力が2018年2月1日に発表した、福島第1原子力発電所2号機の格納容器内部の放射線量の測定結果の概要は以下の通り(調査はこの1月)。発表内容はいろいろな媒体で見られます。
 
・・・
 
・原子炉を支える土台の外側で毎時最大42シーベルト、原子炉直下では同8シーベルト
 
・ただし、毎時42シーベルトを観測した原子炉の外側ではパイプの内部から測ったため、実際の線量はさらに高いとみられる。
 
・原子炉の真下では冷却のために注いでいる水で放射性物質が洗い流され、8シーベルトと線量が低くなった可能性がある。
 
・いずれも、人がとどまれば短時間で死に至るレベル
 
・2017年1~2月に実施した前回の内部調査では、最大線量の推定値は毎時約80シーベルト
 
・ちなみに、2011年3月の福島第1原発事故では、1~3号機で炉心溶融(メルトダウン)が起きた。核燃料が構造物などを巻き込みながら溶け落ちたと推定されている。
 
・だから、溶け落ちた核燃料の取り出しでは、高い線量に耐える遠隔操作装置などを用いる必要があると改めて確認された。
 
・・・
 
2011年3月11日以降によく目にした絵を再び参照すると(この絵はインターネットからの借りものです、この場を借りて作成者にお礼申し上げます)、いちばん上の「7,000~10,000ミリシーベルト 全身被曝 死亡」というのは、「7,000ミリシーベルト、つまり7シーベルトの線量の放射線を1時間全身に被曝すると間違いなく死亡する」という意味です。
 
だから、放射線量が50シーベルトだとして(毎時42シーベルトを観測した原子炉の外側ではパイプの内部から測ったため、実際の線量はさらに高いとみられる)、そこでかりに被曝すると、人は8~9分で死亡します。
 
高い放射線量には、電子計測機器も耐えられない。すぐに壊れてしまう。
 
「アンダーコントロール」とは、こういう事態を今後何十年間も(あるいは100年間、あるいはそれ以上)かかえながらの「アンダーコントロール」です。大きな火災を鎮めた場合に消防関係者は、あるいは反乱を鎮圧した場合に政府軍は、事態を制御下に置いた(アンダーコントロール)といいますが、事態を一定地域に封じ込めておいて目立たないようにやり過ごすという意味にも使うようです。
 
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2018年2月 5日 (月)

古い節分と新しい節分

大阪の商売人が、「それ」を節分の消費拡大プロモーションイベントとして考え出したのが、ぼくの記憶だと20年くらい前です。「それ」とは、恵方巻という名前の太巻きのことです。節分に特定の方角を向いて目を閉じて最後までまるかじりするとご利益があるそうです。どなたが考え出したか知りませんが、うまいマーケティングです。
 
コンビニがそれに飛びついて需要を大幅に拡大して時節の人気商品となったので、デパートやスーパーも遅れて参入しました。最近のデパ地下などでは1本が5千円から1万円の、ゴーカケンランな海鮮恵方巻も販売されているらしい。
 
我が家でも自家製の恵方巻を食べました。といっても、卵焼きとインゲンと守口漬けが具のすべてです。黄色と緑と赤茶色が白いご飯と黒い海苔に巻かれただけの素朴な太巻きです。まるかじりはしません。座って方角と関係なくいただきます。これが、我が家の新しいほうの節分。いちおうトレンドを取り入れます。
 
写真は、その時使った巻き簾(まきす)。前回この巻き簾を使ったのは、出汁巻き玉子を作ったとき。
 
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古いほうの節分は柊(ひいらぎ)。これを玄関に飾ります。今年は近所で売っていたそうで、配偶者が買ってきました。配偶者は、節分というと、豆まきと柊です。関連記事は「節分と柊(ひいらぎ)」。
 
写真は今年の役目を終えた柊(ひいらぎ)の飾り。
 
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2018年2月 2日 (金)

冬は、朝の雪

凍えるような寒い冬には、暖かい季節の写真もいいのですが(たとえば、昨日の記事)、平安時代の跳んでるお転婆さんが「冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず」といったように、夜中に雪が降り続いた翌日の早朝は寝殿造りの庭でなくても美しいものです。
 
朝早い時刻です。若い女性がフード付きの黒いダウンコートでこちらに歩いてきます(最初の写真)。かりに滑っても対応できるように、バッグは幼稚園掛けです。しかし、こういう場合は、上に、つまり枝に降り積もっている雪にそれなりに注意することも必要です。
 
その女性が通り過ぎてまもなく、彼女が歩いていたあたりに雪のかたまりが、上のほうの枝から地面にパサッと落ちて、雪煙風になりました(二番目の写真)。札幌の雪はパウダー状なのでドタッという感じでは落ちません。穏やかです。札幌でも「冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず」を楽しめます。
 
Rev
 
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2018年2月 1日 (木)

寒い日には暖かい日の写真

寒い日が続きます。全国的に寒いみたいです。札幌は毎日が冬日。最高気温が零下で、最低気温はマイナス2桁。日中でも氷点下6℃の中を歩き続けると、さすがに寒い。寒さ除けにマスクをしていても、吐く息ですぐにマスクが冷たく湿ってきます。でも、空気はピンと張っていて、ぼくにはその感じがなかなかに好ましい。
 
しかし、そういう日が続くと、暖かい日の公園の写真でも掲載したくなります。5月中旬の遅い午後の楡(ニレ)の樹です。遅い午後なので二本の樹の影が長い。
 
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