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2018年4月

2018年4月27日 (金)

「近所の早咲き桜」補遺

昨日「札幌では暖かくなって花が咲き始める期間がとても限定されているので、いろんな花が順番待ちで、というわけにはいきません。桜が咲いたら、その隣では梅が、またその隣では桃の花が開きます。札幌ではその時期がたいていはゴールデンウィークと重なります。・・・・・レンギョウの黄色がはじけているのも眼に入るかもしれません。」と書きましたが、昨日、所用で、池のある縦長の大きな公園を横切っていると、白いツツジが花を咲かせていました。
 
ツツジもこの時期を逃してはいけないと頑張っているようです。
 
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2018年4月26日 (木)

近所の早咲き桜

以前にも書いたことですが、たとえば、関東や関西と違い、札幌では暖かくなって花が咲き始める期間がとても限定されているので、いろんな花が順番待ちで、というわけにはいきません。桜が咲いたら、その隣では梅が、またその隣では桃の花が開きます。札幌ではその時期がたいていはゴールデンウィークと重なります。
 
下は、今朝のとても早い時刻の近所の気の早い桜。七分から八分咲きといったところでしょうか。
 
こうなると、この週末以降は、平安末期に佐藤さんというかたが詠んだ桜の歌や、鎌倉時代の禅僧が見た古い梅の樹の開花や、昭和になったばかりのころに梶井さんというかたが書いた桜の短編を思い出しながら、近所や徒歩圏内の公園をゆるゆると散歩できます。レンギョウの黄色がはじけているのも眼に入るかもしれません。
 
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2018年4月25日 (水)

アピオスという油がいっぱいの小さなイモ風野菜

ご近所野菜のコーナーに「アピオス」があったので買ってみました。完全無農薬栽培と表記してあります。「アピオス」は無農薬栽培に向いているみたいです。
 
「アピオス」とは、最近は割にポピュラーな小イモ風の野菜ですが、マメ科に分類されています。原産地が北米のつる性植物で、肥大した根茎を食べます(写真)。最初に青森県に入って来たらしい。ポピュラーといっても、我が家で食べるのは今回が初めてです。
 
塩茹でして、野菜サラダの食材のひとつとして、たとえばアスパラやレタスの隣に並べるとおいしそうです。皮ごと茹でます。
 
茹でるときは端の固い部分だけ切り落とします。ホクホク感があり、上品な甘さです。確かに野菜サラダに向いた食材でした。パッケージには素揚げもお勧めとあります。素揚げだとビールが進むに違いない。お好みでどうぞ。
 
調理後は、鍋と包丁とシンクが「アピオス」の油でベトベトになるのでご注意ください。調理時に、知らずに、無理に皮を剥こうとすると手と包丁が油で悲劇的な状態になるかもしれません。でも、美味しいです。
 
Photo
           調理前のアピオス
 
ある種苗会社のの説明をそのまま借用すると、「アピオス」は「北米原産のマメ科ホドイモ属の植物です。つる性植物で小芋が土のなかで育ちます。花は芳香のある紫色の花を咲かせます。根は1~2mと長く、数珠つなぎのように3cm程のラグビーボール形小芋をたくさんつけます。つるは2.5mほどに伸び、緑のカーテンに向きます。」

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2018年4月24日 (火)

「#YouToo」という言葉のある種のおそろしさ

「井上ひさし」の小説に平成11年に出版された『東京セブンローズ』というのがあります。旧漢字遣い・旧仮名遣いのこの800ページ近い本は、あまり売れなかったらしく、今は古本でしか手に入りません。
 
この本の帯には『日本語を救った女たちの物語!』『戦局いよいよ見通しのない昭和二十年春のこと、(・・中略・・)そして敗戦、日記はつづく。占領軍は、忌むべき過去を断つべく日本語のローマ字化をはかる・・・。国家、市民、そして国語とは何なのか?』」とあり、これがこの本の主題ですが、本の帯には、同時に、『その驚倒・讃嘆すべき戦下の日常の細密な叙述には、一片の嘘もなく、まじりっけなしの真実のみ』とも印刷してあります。
 
敗戦日をはさんだ東京とその近郊の1年間の市民の日常と心理、B29の空襲警報、サツマイモの雑炊、時折り細い鋭い目をする特高刑事やうさんくさい町会長、隠匿物資の闇取引にかかわる人たちのしたたかさと抜け目なさ、混雑の極みの酒場や銭湯、新しいお上である「濠端(ほりばた)天皇」にあてた一般市民の手紙など、「日常の細密叙述」は圧倒的でほとんど百科全書の趣きです。
 
国や国民がある方向に傾斜していったときに、為政者や官僚だけでなく市民(オジサンやオバサン)の精神構造がどうなるか、日常生活における当時の具体例が満載なので、なかなか得難い資料本として手元においてあります。
 
その中から「オバサン」から「オジサン」へ向けて発せられた批判的発言の例を抜き出してみます。
 
『・・・満蒙(まんもう)は帝國の生命線、昭和維新、高度國防國家建設、非常時の波高し、國民精神總動員、擧国一致、堅忍持久(けんにんじきゅう)、代用品時代・・・』『大東亞新秩序、紀元二千六百年、月月火水木金金、一億一心、大政翼贊、八紘一宇、玉砕、どれもこれもぴかぴかの漢字、かういつた御立派な漢字で天下國家を論じて、それで日本はどんな國になりましたか。少しでも立派な國になりましたか。答えは出ています。すつかりだめな國になつてしまつた』
 
いわば当時の「#MeToo」「#YouToo」メッセージです。「パワハラ」告発メッセージとも解釈できます。
 
しかし、そういう「日本をダメにした」ところの原因であるところのオジサンから、声高なオバサンへの反論メッセージもその小説の中に含まれていますが、オジサンの反論はやや弱々しい。弱々しいのは、オバサンという集団は視野を狭めて一方向に走り始めると、けっこう恐ろしい存在になるということをオジサンは知っているからかもしれません。以下は、その弱々しい反論の例です。
 
『大日本婦人會の襷(たすき)を大袈裟にかけて<進め一億、火の玉だ>と連呼しながら、そこの不忍(しのばず)通りを嬉しそうに提灯行列してゐたのはどこのだれだ』
 
タスキをかけて「進め一億、火の玉だ」と提灯行列していたオバサンも、この文脈では、「#YouToo」の対象になります。つまり、オジサンに投げかけた言葉が自分に戻って来た。お互いに魔女狩りの状態です。
 
魔女狩りや魔女裁判について調べてみると、「マシュー・ホプキンス」という17世紀の魔女狩り活動家(イギリス人男性)が巧妙な方法を考案していました。
 
水は聖なるものなので魔女を受け入れない。つまり、魔女は水に浮く。そういう言い伝えがあった。だから、魔女と思われる人物を紐で縛り上げ、水に投げ入れる。浮かんだら有罪、沈めば無罪とする方法だったそうです。浮かんだら、そこでは死なないけれど、有罪なのであとで死刑になる。浮かなかったら無罪だけれど、縛られて水の中なので、その場合は溺死してしまう(その恐れが高い)。いずれに判定されようと、悲劇が待っています。つまり、ターゲットにされたらおしまい、とまではならないにしてもそうなる可能性が非常に高い。
 
「#YouToo」に関する報道記事を読んで、両者の類似性について考えることになりました。
 

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2018年4月23日 (月)

メイジャーリーグ球場の手動式スコアボード

ITに関して云えば、つまりマイクロプロセサや基本ソフトウェアなどITプラットフォームの開発力とその企業や国民への浸透度は、米国のほうが日本よりも残念ながら高いし速いにもかかわらず、プロの野球場のスコアボードの電子化は遅れている(意識的に遅らせている)、そのギャップが面白いと思っていましたが、実態はそうではなかったようです。
 
米国メイジャーリーグの球場で、スコアボードが手動式(作業員が選手の名前や点数などを手で更新表示する)の球場は、今や、シカゴ・カブスの本拠地だけだそうです。もっと多いと錯覚していましたが、マーケティング的にも電子化の波をよけるのは難しいのでしょう。
 
ぼくの錯覚の中では、手動式の球場が、中西部のシカゴだけでなく、ITの集積地である東海岸(ボストンやニューヨーク)の歴史のある球場や西海岸(サンフランシスコやロスアンジェルス)の古い球場にもあることになっていました。しかし、事実はそうではないようです。でも最後の手動式が中西部にあるというのも、米国経済をなんとなく反映しているとも言えます。
 
プロ野球の野球場のスコアボードは、マルチメディア技術の集積みたいなところがあり、だからそれはITのプラットフォーム技術に近いのか、それともアニメの感性や工業用ロボットの応用技術の集合体に近いのか、そんなことから、この分野は日本のほうが飛んでいると勝手に考えていました。
 
米国は、球場のつくりなども、以前のボールパークの雰囲気を意図的にそのまま引きずっている古風なところがあるので(それもマーケティング政策ですが)、そういう錯覚につながったのかもしれません。

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2018年4月20日 (金)

樹々の先が紅く染まると・・

遠景じゃないと味わえない色合いです。
 
春が忍び寄り、それを感じた公園や植物園の樹々が緑の葉を出し始めるまえの樹々の表面の色は濃いピンクです。くすんだ朱色と形容できるかもしれません。
 
芽が、芽吹く前のまだ硬いときに、短い間、そういう色を出しますが、その色合いは、樹のすぐそばにいても賞味できない。二~三百メートル離れたビルの、比較的上層階といったところから軽く下に眺めるのがいちばんいい。
 
樹によって春への適応速度が違うので、紅い丸い広がりのとなりに淡い緑の球形が並んでいます。こうなると、早咲きの桜が波長を合わせるように開き始めます。

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2018年4月19日 (木)

オン・ザ・ジョブ・トレーニング

インターネットのスポーツ情報で確かめたところ、贔屓のチームは8回の表を終了した時点で「8―0」で勝っていたし、ひそかに応援している左打者も走者を返す二塁打を打っていたのでいい気分でしたが、夜遅くのニュース番組のスポーツコーナーの映像では9回裏に「8―9」で逆転負けしていました。8回裏に「8―7」になり、相手の勢いに押されるままに逆転負けだそうです。
 
打たれ始めると頭の中が真っ白になってバッティング練習の投手となってしまうタイプの投手がいますが、捕手にも似たようなタイプがいるようです。点を取られ始めると、ひたすら点を取られる。投手が交代しても、その捕手がバッテリーにいる限りは、相手の攻撃は終わらない。冷静な役割を要望されているはずの捕手が舞い上がってしまい、頭の中の整理がつかなくなって、読みやリードがとても単調になるのでしょうか。
 
気になったので調べてみたら、その夜も「点を取られ始めると、ひたすら点を取られる」タイプの捕手が最後まで、つまり負けが確定するまで試合に出続けていたようです。
 
「外野」としては、捕手にそういう傾向のある場合はバッテリーをセットで取り替えたらいいと思うのですが、そうは問屋が卸さないという事情もあるのでしょう。あるいは、そういう場合の対応力強化を目的にその捕手のオン・ザ・ジョブ・トレーニングをやっていたのかもしれません。緊張感のある現場でないとそういうトレーニングはできない。
 
それにしても、ぼくの記憶だと、シーズン開幕後20日間で、ほぼ同じパターンのオン・ザ・ジョブ・トレーニングが2回繰り返されたので、捕手をトレーニングする側にもある種のトレーニングが必要なのではと勝手なことを考えてしまいます。

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2018年4月18日 (水)

続・早朝のコーヒーとココナッツオイル

 
おコメが好きで、おコメの味にうるさい中年の知り合いがいます。そのひととココナッツオイルの話をする機会がありました。「たいていのものは大丈夫だけれど、ココナッツオイルは苦手ですね。」あの、味と香りと相性が悪いのだそうです。
 
ココナッツオイルは、たしかに、最初はいい香りでいい風味なのですが、それは最初の一瞬だけで、そのあとは、(ぼくには)甘くてくどい感じが後を引きます。口の中にいつまでも濃厚なべとべとした感じが残り、消えてくれません。炒め物などは頑張っても半分しか食べられない。対処方法は歯磨きしかない。(ココナッツオイルがお好きなかたは、読み飛ばしてください。)
 
日本料理はどんなものでも醤油味なので好きでないといった中南米出身の野球選手がいました。メキシコ料理は、ヴァリエーションはあるにしてもなんでもチリソース味で飽きてくるというひともいます。
 
知り合いやぼくが、ココナッツオイルはべっとりと甘くて後を引くというのは、「日本料理はどんなものでも醤油味なので好きでない」という別の食文化で育ったかたの感想と同じなのかもしれません。
 
ただし、ココナッツオイルを純化したMCT(中鎖脂肪酸)オイルだと、その後を引く感じはずいぶんと軽くなります。だから、作業予定のある早朝のコーヒーには、ぼくはMCTオイルです。
 

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2018年4月17日 (火)

タンポポとライオンの歯

札幌の桜は通常はゴールデンウィーク期間中です。最近の天気予報(のなかの桜予報)によると、今年は、ゴールデンウィークの1日くらい前に開花だそうです。だから、今朝は、起きると寒くなかった。季節の準備が整いつつあるのでしょう。
 
去年や一昨年の桜の写真を眺めていたら、早咲きの桜の散り始める時期は、歩道や野原のタンポポが一斉に咲き始める時期のようです。
 
札幌でも日本のタンポポ(在来種)と西洋タンポポ(外来種)の両方が遊歩道や道端などに生育しています。白くて背の低いのが在来種で(ただし、黄色い在来種もいます)、在来種は季節が短い。黄色くて背が高いのが外来種。外来種は繁殖力が旺盛で花の時期も長い。
 
タンポポは英語だとdandelion(発音はそのまま、ダンダライオン)。その意味は「ライオンの歯」。フランス語由来らしいですが(dent-de-lion)、英語だと(でも)歯に関した単語にはdent(ラテン語) が含まれるdental や dentist などがあります。
 
ぼくたちがタンポポと呼んでいるところの黄色い可憐な植物を、欧米語では何と名付けているか改めて調べてみたところ、英語でもフランス語でも、スペイン語やイタリア語、ドイツ語でも「ライオンの歯」と呼んでいます。葉のギザギザの様子が「ライオンの歯」に似ているからだそうです。
 
この植物は、黄色い花や白いかわいらしい綿毛に注目すると「タンポポ」というかわいらしい名前になりますが、「黄色くて背が高いのが外来種。外来種は繁殖力が旺盛で花の時期も長い。」と書いたように、葉の形状だけでなく、その繁殖力の強さ、逞しさに目を向けると「ライオンの歯」ということになるのかもしれません。「ライオン」は強さの象徴です。
 
たしかにタンポポは、とくに西洋タンポポは、どこでにでも生育する逞しさを持っています。綿毛を飛ばして広い生育範囲と生育機会を確保します。
 
ちなみにタンポポの漢名は「蒲公英(ほこうえい)」。辞典には「漢方で全草を健胃・解熱・浄血・催乳薬などに用いる」と説明してあります。
 
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2018年4月16日 (月)

一合(いちごう)徳利は八勺(はっしゃく)徳利

最近は、定価をそれまでと同じに据え置きながら内容量を一割五分か二割ほど少なくして利益を出そうとしている加工食品会社が少なくありません。しかし、消費者は、そういう種類の商品をしっかりと識別しているみたいです。そんな賢い消費者動向の調査記事も目にします。
 
木の枡やガラスコップから深めの敷皿に溢れさせるように冷やの日本酒を注いでくれる居酒屋があり、お客としては嬉しい限りの光景ですが、最初から溢れさせる分を見込んだ価格付けなら、それは太っ腹でもなんでもなく(そんなことを続けているとお店がつぶれてしまう)、計算された冷静なパフォーマンスです。
 
居酒屋の一合徳利とは実際は八勺徳利で(家庭用もたいていはそうですが)、したがってそこに入っている日本酒の量は180mlではなく150mlくらいです。しかし、慣習上、八勺徳利を一合徳利と呼ぶことになっているので、それに異を唱えるお客はいません(いないことになっている)。
 
しかし、お店によっては、特注で、ほんとうに一合の日本酒が入る一合徳利を使ってところもあるようです。先日、そういうところでぬる燗を三合飲み、しかし飲んでいる本人は八勺徳利と思っているから全部で二合少々のつもりです。しかし、酔いが二合のそれを超えている。燗を用意してくれる女性も気前がいいのか、お酒は徳利いっぱいに注いである。酔いがやや深いと思ったら、どうもほんとうに三合以上飲んでしまったようです。
 
これは、「しれっと、内容量を今までよりも一割五分か二割ほど少なくした」加工食品とは反対側のできごとです。これをよかったというのか、それとも予定以上に飲み過ぎてよくなかったというのか、判断に迷うところです。
 

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2018年4月13日 (金)

回り道が必要な「大乗起信論」

サンスクリット語でかかれた原典を漢文に訳したものが「大乗起信論」ということになっているのに、つまり、「馬鳴菩薩 造。真諦三蔵 訳」〈述作者は馬鳴(めみょう)菩薩。漢訳者は西インド出身の訳経僧、真諦(しんだい)。〉と最初に書いてあるのに、サンスクリット原典が見つからないのが「大乗起信論」です。
 
だから、もともとサンスクリット原典などなく、だれか優れた僧侶が最初から漢文で書いたに違いないという専門家の意見もありますが、ぼくはそういうことには関心がありません。
 
「大乗起信論」とは、大乗への信心を起こさせる書(論文)というくらいの意味です。だから、英訳本だと英文タイトルは “The Awakening of Faith“ です。しかし、「大乗」といっても小乗仏教に対する「大乗」というのではなく、「仏教的な観点から見た真理」、「仏教的な観点から見た形而上的な真理」といった意味で「大乗」という言葉を使っているようです。
 
最初に読んだときには、「原文」と「読み下し文」と「現代語訳」を交互に読んでも、何を書いてあるのかよくわからない。用語の使い方が独特だし(たとえば、「アーラヤ識」、唯識での「アーラヤ識」は、ユングの集合的無意識をもっと深めたようなもの、「起信論」では「悟り」と「迷妄」が重なり合う集合体)、ある用語が事前説明や補足説明なしに急に飛び出してくるので困ってしまう(この論文が書かれた頃の読者はそういう事態にはまったく困らなかったにせよ)。
 
それから、この論文は、どういう読者を想定しているかを最初にあたりにわざわざ書いてあり、そのなかには、プロもアマチュアも含まれており、今風に言えばA4二枚以上の長い文章は読みたくないというような読者も想定されています。だから論理展開はわかりやすいに違いないと思ってしまうのですが、表現をできるだけ簡潔にコンパクトにと努めたせいも影響してか、実際の論理展開はとても込み入ったものになっています。形而上学的な議論が展開する中核部分の論述は、複雑な構成の変奏曲といった趣の書物です。
 
日本の仏教学者による複数の「原文」「読み下し文」「現代語訳」のセットに取り組んでみても、途中ですぐに暗澹となり、我慢して読み進んでもうんざりするばかりでした。
 
しばらく放っておいたのですが、そのしばらくの間に、藁にも縋りつく思いの藁に出会うことができました。その藁になってくれたのが二冊の書物で、ひとつは井筒俊彦の「意識の形而上学 ―『大乗起信論』の哲学」(1993)、もうひとつが ”The Awakening of Faith” (Translated, with Commentary by Yoshito S. Hakeda, 1967) における羽毛田義人のわかりやすい英語訳と丁寧な解説です。
 
そういういわば遠回りをしないと、もともとの「原文(漢文)」「読み下し文」「現代語訳」のセットに戻ってこれませんでした。「原文」「読み下し文」「現代語訳」セットで、回り道の結果、結局のところ落ち着いたのが「大乗起信論 宇井白寿・高崎直道訳注」(岩波文庫)。正確には、高崎直道の訳注という形式の解説です。
 
「大乗起信論」の骨子は、お気に入りの箇所を勝手に持ち出してそれを骨子ということにすると、以下のようになります。
 
《まず、心の真実の不生不滅なあり方(生ぜず滅せずという普遍的なあり方)を、衆生心のうちに如来(という名の真実)が蔵されているという意味で「如来蔵」と呼ぶことにする。しかし、心は現実には絶え間なく変化し生滅する。その普遍的でない(不生不滅でない)生滅のすがたを「心生滅」と呼ぶとすると、全体的な心の構造は、「如来蔵」という普遍的なあり方(の上)に、現実に個別に生滅を繰り返す「心生滅」が重なっているということになる。
 
言葉を換えれば、心の構造とは、不生不滅であるところの真実のあり方という面と、生滅する現実の個別的なすがたという面とが「和合」(結合)した状態である。この両面は、あるべきあり方と現実のあり方という点で同じではないが、ともに同じひとりの衆生の心であるという点では、異なったものでもない。この両面を含んだ衆生ひとりひとりの心のあり方を、ここでは「アーラヤ識」と呼ぶ。
 
この「アーラヤ識」は世俗と超世俗の一切のものを包摂し、一切の現象を顕し出すのでその名(アーラヤ、貯える)があるが、二種の内容を含むと考えると、そのひとつは「覚」(さとり)という内容、もうひとつは「不覚」(まよい、悟っていない状態)という内容である。つまり、「アーラヤ識」は「覚」と「不覚」の和合態である。》
 
「アーラヤ識」は音を漢字に置き換えた訳が「阿頼耶識」、意味的には「蔵識」、したがって英訳本だと The Storehouse Consciousness。《「アーラヤ識」は「覚」と「不覚」の和合態である》は、”the Storehouse Consciousness be defined as the place of intersection of the Absolute order and of the phenomenal order, or enlightenment and non-enlightenment, in man” となっていて言葉の緊張感は希薄になりますが、とてもわかりやすい。
 
この論文に限りませんが、古典というものは、けっこう遠回りの散歩がないと近づけないようです。
 

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2018年4月11日 (水)

塩麹と酢で作るドレッシング

塩だけでは味気ないけれど、自家製味噌で、手でポキッと割いたキュウリや、手で適当な大きさにちぎったレタスを食べると、市販のドレッシングなど使うよりもよほど野菜の味を楽しめます。
 
しかし、蒸したブロッコリーやカリフラワーには別のドレッシングが似合います。ぼくが好きなのは、すでに作ってある自家製塩麹と、それと等量の酢(たとえば100ccずつ)を、使用直前に混ぜ合わせて作るドレッシング。
 
市販のいいかげんなマヨネーズなんかで手抜きするのがいちばんよろしくない。
 
 
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2018年4月10日 (火)

プロ野球雑感

プロ野球雑感といっても贔屓(ひいき)のチームの話です。ある投手の悪口めいたものから始めるのでなんとなく書く気が進まないのだけれど、まあ、彼も贔屓のチームの一員なのでそれは我慢してもらって・・。
 
よろよろと4回までたどり着いたのはいいのですが、無安打だけれど8四死球で押し出しの1失点。ということになれば、普通は、チームを勝たせるつもりなら、迷うことなく投手交代です。その措置に対する彼のコメントは「悔しいです」だそうです。電波と紙の複数の媒体で確認したので確かにそう発言したのでしょう。
 
普段から印象的な投球をしていて、しかしまれにこういう本意でないことがあるなら「悔しい」というコメントもよく似合うのですが、昨年から登板ごとに「8四死球で押し出し」に近い状況なので(実際に球場にいたなら、控えめに、しかしためらわずにブーイングしたに違いない状況)、今回の状況にふさわしい発言は「悔しい」ではなく「穴があったら入りたい」です。彼の語感には余人にはうかがいしれないくらいにユニークな感性が含まれているのかもしれません。才能です。
 
去年はチャンスに「原フライ」ばかりを打ち上げていた中軸の打者は今年も打順は中核ですが、今年も、今のところは自分の身長と同じくらいの低い打率で、つまり、チャンスの内野フライを含め「期待通り」の活躍を見せています。7番くらいがちょうどいいのに。
 
しかし、大きな楽しみはあって、それが何かと言うと、昨年規定打席に達しなかったけれど打率4割をそれなりの余裕で超えたある左打者の今年の成績にも興奮させられているということです。時間の都合が合えば、彼のバッティングをテレビ中継やスポーツニュースで見るようにしていまが、今年もこの好調を持続しそうな雰囲気なので、彼の打球音を直に聞くために球場まで足を運ぶつもりです。
 
彼は普段通りに打てばレフト前のヒットになるのに、2塁のランナーを3塁に意識的に進めるために引っ張るバッティングをしようとしてフォームを崩すことがあるので、彼にとってもファンにとってももったいない話です。
 
それから、もう一つの楽しみは、新しくテキサスのプロ野球チームからやって来た先発投手。頭が良くて我慢強い。だから、見ていて気持ちがいい。
 
その贔屓の日本のチームから米国の西海岸へと海を渡っていったばかりの選手が、米国で、現在、大活躍中ですが、それはまた別の話です。

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2018年4月 9日 (月)

アニメ作品の原作者

「火垂るの墓」(ほたるのはか)をアニメ化したアニメ作家がお亡くなりになったということが、ニュースとして夜の先週末の報道番組で取り上げられていました。しかし、男女のキャスターの口ぶりだと、「火垂るの墓」は最初からアニメ作品という風情で、これはもともとは1967年に発表された野坂昭如(のさかあきゆき)の小説であるということへの言及はありませんでした。
 
彼らは、担当者も含め、そういうことを知らないのか、そういうことを視聴者に知らせる意味はないと考えたのかどちらかはわかりませんが、顔つきや口調からして原作を読んだことがないらしいと推測してます。
 
アニメ作品としての「火垂るの墓」は、いつかは忘れましたがテレビで放映されたときにはじめて見たのですが、途中で観るのを止めてしまいました。言葉で書かれた原作を映像化したものが原作を超える場合もまれにありますが、たいていは原作の言葉の持つ力にかなわない。このアニメ作品もぼくにとってはそうでした。
 
この作品は、太平洋戦争の空襲からその後の混乱時期に栄養失調で死んでいく幼い妹と中学生の兄を主人公にした静かで哀しい反戦小説です。被害者としての観点からの反戦小説です。アニメ化されるということは、原作の小説は文字がいっぱいあって面倒なので読まないけれど、きれいな映像のアニメだと近づきやすい、原作のテーマに直に触れる人たちが増えるということなので、それはそれでいいことです。
 
 
 

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2018年4月 5日 (木)

オンライン・アルバム代わりとしてのSNSツール

ぼくが書いている「高いお米、安いご飯」というタイトルのブログは、あるITベンダーの提供する古いタイプのプログサービスを使っています。しかし、古いタイプのブログサービスといってもSNSツールであることには違いないので、つまりは、ソーシャルネットワークなるものに参加していることになります。
 
しかし、ぼくはそういうタイプのコミュニティというものにはほとんどまったく関心がありません。だから、コミュニティというものに妙に強いこだわりを持ったSNSベンダーのツールは使う気にはなりません。今のサービスプロバイダーはそうではないので助かっています。
 
「高いお米、安いご飯」がお世話になっているブログサービスは作りがやや古いので、言葉の表現や言葉を軸にした記事作成には便利ですが、写真などの画像情報の投稿にはそれほど向いていません(できるけれども、やや面倒)。つまり、言葉を主に、画像(記録目的の写真や表や絵など)をその補足とした記事を書く場合には相性がいい。
 
「高いお米、安いご飯」の目的は、季節の出来事やイベント(たとえば、その年はタクアン用の大根を何本いつ干し始めいつ漬け込んだか、その年の出来具合はどうだったか)を記録したり、時節の政治経済社会やマーケティング、農業や食材・食品などに関するエッセイを書くことなので、そのサービスの機能セットと使い勝手で十分です。
 
自分で撮影した写真の中から気に入ったのを選んで「なんとなく私的な」オンライン・アルバム風のものを作りたい、そのためにパソコンとスマートフォンとSNSツールを利用したいと思っていました。
 
「なんとなく私的な」というのは、読者に自分自身以外のひとを想定していないので「私的」です。しかしSNSツールを使うということは内容がインターネットを通して他者に公開されるということなので、その写真を眼にする人がぼく以外に実際にいるかどうかは別にしてそういう意味では私的ではありません。だから「なんとなく私的な」オンライン・アルバムです。そうしておけばいつでもどこでも自分の撮影を楽しめる。ちょうど、自分のブログ記事を客観的に読み直したり評価することができるように(その中には手抜きの埋草記事にうんざりという場合もありますが)、いわば第三者の作品群として楽しめる。
 
スマートフォンで撮影した画像情報(写真)の投稿や共有に便利だと評判のSNSサービスがとても人気なので、それがどういうものなのか、ぼくも一応はそれを試してみましたが、パソコン環境との相性が良くないし、そこまでしてもう一人のミーちゃんハーちゃんになる必要もないので利用をやめてしまいました。
 
しかし、ぼく向きのツールというのは世の中にはあるもので、2カ月前からそれを利用して、アルバムの基本テーマに対する思いと、実際の撮影時期や撮影順序にはこだわらない気持ちとがそれなりに入り混じったような種類のアルバムをそろそろと作り始めました。

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2018年4月 4日 (水)

早朝のコーヒーとココナッツオイル

飽和脂肪酸を含む代表的な食品とは「牛肉、ラード、バター、ココナッツオイル、MCTオイル(ココナッツオイルを純化したもの)」などです。
 
東南アジアの雰囲気を料理で味わいたい場合にはココナッツオイルを使った加熱料理(たとえば炒め物など)が便利です。しかし、それを常食にしたいとは思いません。甘いし、癖がある。ただし、早朝のコーヒーのお供にはココナッツオイルは重宝です。
 
飽和脂肪酸は、その長さによって、短鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸に区分されています。短鎖脂肪酸は1~7個の炭素で構成されている飽和脂肪酸。中鎖脂肪酸は8~10個。それよりも構成炭素数の多いものが長鎖脂肪酸。

吸収効率や吸収速度が高いのは、飽和脂肪酸の中で長さが短かめのもの、つまり、短鎖脂肪酸や中鎖脂肪酸です。短鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸は、とても簡単にエネルギーに変換されて、体脂肪として残らない。短鎖脂肪酸を含む食材は牛乳やバター、中鎖脂肪酸を含む食材はココナッツオイルやMCTオイルなどです。
 
考えるということは、普通は頭を使うことで、頭を使うとは、頭が多くのエネルギーを消費するということなので、そういう場合は、即座に頭にエネルギーを供給してやりたい。早朝にひと仕事したいとき、あるいはこんなブログを書くような時は、ココナッツオイル入りのコーヒーを飲む。入れたばかりのコーヒーにココナッツオイルを浮かべてよくかき混ぜると、コーヒーの香りといっしょに甘い香りが匂い立ちます。
 
2018
 
 

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2018年4月 3日 (火)

3月の終わりから4月の始めに春を感じさせるもの

今年はもう桜が散ってしまって残念、という全国版のニュースを眼や耳にすることが多いのですが、この時期に札幌で最も春を感じさせてくれるのは桜ではなくシャクナゲです。桜や梅は5月の連休あたりまで待たないといけない。
 
公園もどこも樹々はまだ茶色で、しかし芽が吹きかけているのを示す濃いピンクから赤い色のぼんやりとしたひろがりが枝の先におだやかに感じられます。しかし緑という色は街には存在しません。
 
この時期にいちばん緑を感じさせてくれるのは、寒さに耐えるためにきつく閉じていた葉を開き始めたシャクナゲです。
 
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朝夕はコートがないとまだまだつらい時期ですが、こういうのを見るといくぶんほっとします。

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2018年4月 2日 (月)

味噌汁と具

朝は味噌汁です。味噌汁は、味噌と出汁と具が決め手ですが、味噌は自家製で、現在使っているのも常滑焼の甕で3年以上寝かせたものです。1年くらいだと若い。2年経つとそれなりに落ち着いてきます。しかし、3年間熟成した旨みにはかなわない。出汁はよく寝かせた市販の干し昆布を丁寧に引き、(ス―プストックという言葉に倣えば)出汁ストックを作っておきます。
 
味噌汁は具の選択が悩ましい。
 
基本は海藻や野菜やキノコですが、海藻はたとえば乾燥ワカメなどはストックしておけるし、シメジのようなキノコも今は工場の通年生産品なので簡単に手に入ります。味噌汁の旨さは味噌と出汁のコラボなので、具にはワカメや豆腐などがあればそれで十分で、それ以上は味の邪魔という考え方があります。説得力がある考え方ではあるのですが、しかしそれだけではもの足りません。季節を運んでくる野菜がいっしょに欲しい。
 
だから、季節に応じて、近所の野菜売り場や地元の野菜通販で手に入るものが具になりますが、基本は地産地消。でも、地産地消という考え方にこだわっているのではなく、地元に美味しい野菜があるので結果としてそうなっているというわけです。しかし、畑が寒さに覆われ、雪に埋もれてしまう冬は、雪の下ダイコンや雪の下ニンジン、あるいは雪の下キャベツなどの越冬野菜を除けば、地元の野菜はなくなってしまうので、そういう場合は、温暖な地域の味噌汁向きの野菜に我が家まで旅をしてもらう。
 
余計なことですが「地産地消」というのはよくわからない言葉です。「地」をどの程度の地理的な広がりと考えるかで、「地」の範囲は大きく変わってきます。歩いて1時間以内という「地」もあれば、「札幌近郊」というのも「地」、北海道も「地」、日本も「地」、地球も「地」です。最初に地産地消を言い出したひと、あるいは、なんとなく地産地消と言っている人たちにとって「地」とはなにかを聞いてみたい気もします。
 
この1年はめぐる季節に応じて入手可能な「野菜」をつぎつぎと試してみました。味噌汁の具としての向き不向きはありますが、思いつくままに書き並べてみると、小松菜、大根、絹サヤ、スナップエンドウ、カボチャ、タマネギ、さつまいも、ジャガイモ、モヤシ・・。
 
カボチャはおいいしいけれど、ぼくには甘すぎて味噌汁の雰囲気が壊れてしまう。モヤシは季節の隙間で他に何もないときは最後の手段として便利ですが、味噌汁が青っぽく、水っぽくなる。美味しい小松菜や絹サヤ、タマネギあたりが落ち着きがいいようです。
 
キノコ類は、定番のシメジやナメコ以外に、最近は「木耳(キクラゲ)」を楽しんでいます。
 
201804 
白い木耳(白キクラゲは漢字では「銀耳」と書くそうです)
 
 

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