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2018年7月 6日 (金)

記憶としての地名

「国土交通省札幌開発建設部は3日午前8時10分、深川市と沼田町の雨竜川で、同11時半には旭川市の石狩川で氾濫(はんらん)が起きたと発表、安全確保を呼びかけた。」(2018年7月3日 朝日新聞デジタル)といった事態が発生すると、水田被害や農業被害、住宅被害でその地域は大変ですが、そういうときは、地名とはやはり記憶だなという思いを強くします。

Photo
「大雨の影響で氾濫した雨竜川=3日午前、北海道沼田町(北海道開発局提供)」
(時事ドットコムニュースよりお借りしました)

氾濫しやすいことで有名な川に利根川支流の「鬼怒川」があります。「鬼」が「怒る」「川」なので、氾濫の記憶に満ちた命名です。「雨竜川」という名前を見て「鬼怒川」とほとんど同じだと思いました。

川が氾濫すると「本来の場所でない」ところに川が発生します。実際は「本来の場所」にまた川ができたということですが、数十年のヒトの記憶にある本来よりも、数百年、数千年の自然の流れにおける本来のほうが本来度が強かったということです。

北海道は、広大な畑のイメージが標準で、美瑛のような場所を引き合いに出さずとも、そのイメージはいろいろな場所で確かめられますし、楽しめます。とくに、東北に位置する知床にいたるあたりまでを含んだ北海道の東半分はジャガイモや玉ネギや小麦やビート(てんさい)の主要な産地なので区画の大きい、機械耕作にむいた畑が一面に広がります。

しかし、網走から北見盆地を抜け、峠を越え、雪の消えない大雪山を左に見ながら、「川」のつく地名をもつ地域に近づくあたりから農地の雰囲気が徐々に変わってきます。

最初の「川」は上川、次に旭川、深川、滝川、砂川。そして、その近隣には、東川や新十津川がある。川ではありませんが、その先が岩見「沢」。川から沢にいたる一帯には、北海道以外では懐かしいような田園風景が連なります。

時期が5月なら、そこには、田植え直前の、水がはられた状態の田がどこまでも広がっています。田んぼの各区画は畑と比べるとはるかに小さくて、大雪山を左にしてとてもゆるやかな左カーブで走っていく車窓から目にする光景は、東海道新幹線から見る田園風景を思わせます。江別に入ると、また畑の光景へと戻ります。

今回(に限りませんが)水害があったのは、その「川」のついた地名をもつ地域です。

「川」は水です。稲作に向いた場所だともいえるし、ひとつ間違えると水が一面に溢れ出す場所だとも言えます。「川」を含んだ地名がいつ定着したのかわかりませんが、明治に入ってしばらくしたあたりで「和人」がつけたとすると、そのころ、つまり120~140年前にそのあたりで暮らしていた人たちの土地の記憶(古い記憶と新しい記憶の混交)は、水の豊かさと同時に水の氾濫です。「川」を通してその記憶が引き継がれたのでしょう。沼地が、宅地造成の結果、「○○ヶ丘」「□□台」に生まれ変わるようなひどい事態は当時はなかった。

地名を文化的・政治的に変えても、地形を人為的に変貌させても、その土地の潜在意識的なもの、無意識層に属するものはそこにあり続けるということなのでしょう。

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