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2018年12月

2018年12月29日 (土)

よいお年をお迎えください

ブログは一月三日までお休みさせていただきます。よいお年をお迎えください。

高いお米、安いご飯

20181229

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2018年12月28日 (金)

鰆(さわら)の刺身など

秋から春にかけてが旬の魚なので「鰆(さわら)」という名前になったそうです。美味しい魚です。出世魚なので、モノの本を参照すると、50㎝前後までを「さごし(さごち)」、50㎝から60㎝くらいを「やなぎさわら」、それ以上の大きさのものが「さわら」となっています。西日本で好まれる魚です。

札幌でも、九州北部近辺で獲れた鰆の切り身が、対面販売の魚売り場で比較的楽に手に入ります。たくさん売っているからというのではなくて、買う人が限られているのでその結果手に入りやすいということです。まれに、1メートルくらいの丸ものがけっこうな値札で売り場に鎮座していますが、プロじゃないとそういうのには手を出さない。しばらくしたら、透明感のあるきれいな色合いの切り身になって鰆の好きな消費者に買われていくはずです。

お正月用の締め鯖にできる鮮度のいい鯖(さば)と、魚売り場には冷凍以外は何も並ばない四日以降に備えて保存のできる気の利いた魚を物色していたところ、大きさが50㎝を少し超えたくらいの鰆の丸ものが三尾、砕いた氷の上に横たわっていました。鯖は納得できるものがありません。

「この鰆、まさか、刺身にならないよね」
「これは大丈夫、保証するよ、刺身用におろすかい」

じつに穏当な値段だったので、二尾購入。一尾は刺身用に皮を剥いで三枚に、もう一尾は皮付きのまま三枚におろしてもらいました。これで今日明日の刺身と当面の焼魚の一部は大丈夫です。刺身用は二日連続で食べたとしても食べ切れる量ではないので、残りは真空冷凍。焼き魚用は一人分の適度な大きさに切ったのを醤油麹に漬け込んで冷蔵庫保存。鰆は伝統的に冠婚葬祭用の魚なので、正月を挟んで食べるというのは悪くない。

さて「鰆」の刺身です。とても旨い。しいて例えるなら、上品な味わいの黒鮪(くろまぐろ)、脂がのっているのだけれど淡白な味わいの黒鮪の柔らかな赤身といったところでしょうか。ついでに買った少量の「目抜き」の刺身が「鰆」の前ではかすんでいました。

以前、札幌ではないところで暮らしていたころ、鰆の切り身が安い値段で手に入ったときには、「さつま揚げ」にして揚げたてを晩ごはんで楽しんでいたことがあります。これが美味しかった。

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2018年12月27日 (木)

「屠蘇散をください」 「トソサン???」

屠蘇散(とそさん)を買ってなかったので、昨日の夜に近い夕方にデパ地下に飛び込みました。お正月食材が並んでいるあたりにも、味醂や酢や日本酒のコーナーにも屠蘇散が見あたりません。こういう時は近くの薬局です。

ということで、全国展開している近所のドラッグストアチェーンのお店のひとつ(路面店)に入ることにしました。地上に出るためには1階に上がる必要がありますが、その路面店に近い方の出口をめざして1階フロアを横切っていると、デパートの1階はご存知のように化粧品売り場なので、夕方でも女性客で混雑しています。ただし、そのフロアの標準語というかデフォ言語は中国語のようです。日本語は補足言語。

ドラッグストアのガラスドアを開けカウンターにいた若い女性店員に話しかけました。「屠蘇散をください」

「トソサン???」発音に少し独特のものがあったので名札を見たら中国名でした。で、「と・そ・さ・ん」とゆっくりと発音してみたのですが埒があきません。その店員はカウンターのもう一人の女性店員に「トソサン」という単語が混じった中国語で何か尋ねていますが、尋ねられた方も、この女性も中国名の名札を胸につけていましたが、首をかしげるばかりです。

その様子を別の場所から見ていた中年のベテランらしい女性が「なんでしょうか」と助けに入りました。名札を見ると彼女も中国(ないしは台湾)のかたのようです。「と・そ・さ・ん、ありますか?」 一瞬考えこみ、カウンターの入り口に近い辺りのカゴに立てて10数個並べてある屠蘇散の入った紙袋を指さしたので「それです、それが屠蘇散」

正月直前なので、屠蘇散はどこか目立つ場所に置いてある(積んである)に違いないと自分で見つける気になりかけていましたが、やはり目立つ場所にありました。

なぜ対応してくれた店員がすべて中国名の女性だったのは、そのお店の売上金額的に最も重要な顧客層が中国や台湾からの観光客だから、ということなのでしょう。中国語もできる日本人店員では、購買意欲に満ちあふれた大きい声の中国人観光客の対応が十分にできない。日本語のできる中国人店員が不可欠というわけです。

蛇足。「お屠蘇(とそ)気分」の「屠蘇」とは。「屠蘇散(とそさん)」をひたした味醂(みりん)のことです。「屠蘇散」は延命長寿の漢方薬です。だから屠蘇は正月の祝い酒になりました。屠蘇には独特の漢方薬の香気があります。日本酒のようにたくさん飲める種類のお酒ではありません。

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2018年12月26日 (水)

年賀状の投函口に投函した?

知り合いから12月18日にぼく宛てに送ってもらった郵便物(封書)が七日目の25日になってやっと届きました。書留やレターパックを利用するほどのものではないので先方が使ったのは普通郵便です。沖縄だと普通郵便物の到着に一週間くらいかかることはありますが、そこは東京なので、普段なら二日で確実にこちらまで届く。どうしたのか。なにか配達に関する手違いでもあったのか。

年賀状の時期は、投函口が二つあるポストの場合、左側の投函口には赤い字で「年賀郵便」とか「年賀状」、右側投函口には黒い字で「年賀郵便以外」とか「年賀状以外」と上書き表記されています。年賀状とは、年賀はがきだけでなく、封書でも一般はがきでも「年賀郵便ポスト」に投函されたものは、とりあえずは、すべて年賀状・年賀郵便扱いになるのでしょう。かりにそう考えてみます

年賀と表に朱書していなくてもその差出人にとっては年賀であるところの一般封書を年賀郵便ポストに投函したら、年賀状扱いで元旦に届けてもらうことを期待する、そういう考えの利用者がいてもおかしくはない。

ぼくの推測では、先方はどうも年賀状の時期ではないときの普段通りに、つまり普通の大きさの定形封筒は左の投函口にといういつもの習慣通りに、その封書を投函したらしい。年賀はがきの時期であることに気をつけていなかったら、投函口の下あたりに貼り付けてある普段と違う文字など眼に入らない。あるいは年賀はがきではないのだから間違えて投函しても郵便局のほうできちんとより分けてくれるだろうという気持ちがあれば、投函口にはこだわらない。

年賀状の時期は大量にアルバイトを採用します。アルバイトの人たちに求められているのは手順通りの作業です。年賀状投函口から投函された郵便物は、年賀と書いてあろうがなかろうがともかく年賀郵便扱いということで処理を進めるのでしょう。つまり、18日に投函された封書は、年賀郵便の集団の中に最初から紛れ込んでいたのでしょう。ところが、どういう僥倖があったのかベテラン局員の鋭い視線(ないしはそういうセンサーを持った機械の視線)が雰囲気の違う封書の上にふと落ちた。

ともかく五日遅れ(年末であることを考慮して四日遅れ)でも普通郵便が普通郵便として年末に無事に届いたということは、同じような間違いを犯す投函者がけっこういて、最初の単純仕分けの後に「あやしい年賀状」「年賀状とは思えないはがきや封書」をつまみ出す工程というのがおそらく存在するのでしょう。

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2018年12月25日 (火)

年賀状の準備

先週末に年賀状を準備しました。あとは元日配達に間に合う期日までにポストに投函するだけです。

年賀状というのは作業日を前もって決めてその気にならないとなかなか手がつかないもので、しかし、やり始めると作業はそれなりに進むし、最後に宛先に合わせた短い手書きの挨拶を印刷文面の余白に追加しているといつの間にか時間が経っていることに気がつきます。

いただいた年賀状に手書きの一行や二行や三行が添えられているというのはなかなかにいいものなので、こちらも頑張ります。

喪中のお相手を少し前にいただいた葉書で確認し、住所変更の有無にも注意し(たまに古い宛先に出してしまい配達できないという赤いハンコが押されて戻ってくることがある、慌てて出し直す)、あとは印刷です。

表も裏もすべて手書きの年賀状は最近ではほとんど見かけませんが、表だけ筆というのはときどき受け取ります。書き慣れていない人が筆が滑らない年賀葉書にわざわざ墨を使ういうのも無謀な話なので、そういう年賀はたいていは達筆です。

「喪中につき年始のご挨拶を失礼させていただきます」で始まる葉書に記載された年齢を改めて見るのも年賀作業準備のひとつのプロセスです。

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2018年12月21日 (金)

姥捨て(うばすて)

以前にも書いたことですが、世の中には大きな網に放り込んで姥(うば)捨て山に持っていって棄ておきたい、そういう婆さん連中がいらっしゃる。そういう爺さん連中もいるかもしれませんが、ぼくの偏見では婆さんのほうが多い気がします。大した理由があって姥捨て山などという大袈裟な言葉を持ち出しているわけではありません。しかし、つまらない理由も徐々に積み重なるとこういう文章を書かせるほどの内圧になります。

男の子や女の子が、といっても中学生や高校生ですが、コンビニの前や駅の構内で座り込んでおしゃべりしているのに出くわすことがあります。以前はそういう子たちをジベタリアンといった。動線上にべたっとされると邪魔といえば邪魔なので、たとえば「そういうところに坐り込まれるとちょっと迷惑なんだけれど」「うっせー、俺たちの勝手だろ」という会話が発生することになります。

商品棚の特定の商品の前をふさいでしまって他の人にはその場所を決して譲ってくれない。ほかに待っている人がいますよという気配を控えめに送っても気づかないのか無視しているのかその場をどいてくれない、あるいは、こちらが商品を手に取ろうとしている最中に平気でどんと割り込んでくる勇猛な「姥(うば)」さまがいらっしゃる。老齢で感覚や視野が狭くなって他者の存在や気配が感じられないのかとも推察しますが、一瞬見せる他を見下すような眼付きは年齢でぼけているとは思えない。歳のころは70から80歳くらい。

昔々姥捨て(うばすて)という風習があったらしい。そういう民話や伝説が日本の各地に伝わっています。これを棄老(きろう)伝説といいます。柳田國男の「遠野物語」はその一例です。姥(うば)とは老女や老婆を指します。爺ではない。しかし姥捨てとなると棄(す)てられるのはお年寄りで、そこにはおばあさんもおじいさんも入っています。しかし、古人が選んだ名称は「姥」。

傍若無人な「姥」に遭遇した時は、姥捨て伝説を思い出し、いったん別の場所に行って戻ってくる。しかし、その場所をまだ占拠されている場合は、心の中で投網(とあみ)を持ち出すことになります。

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2018年12月20日 (木)

ゴミとしてのスプレー缶処分

札幌市内でスプレー缶の処分に起因した(と思われる)爆発事故がありいい機会なので、我が家でどんなスプレー缶を使っているか、在庫しているか、棚卸しをしてみました。防災の日に、あるいは、神戸の震災日あたりで防災用持ち出しバッグの中身を点検するのと、まあ、同じことです。

毎日のように利用するのが、眼鏡レンズクリーナーのスプレー缶。雪の季節の前にときどき使うのが缶入り防水スプレー。ダウンコートなどはクリーニング時に撥水加工もやってもらうので、防水スプレー缶は小物用。雪用靴・雪用短ブーツは雪の季節の終了時に防水ワックスをいっしょに塗り込んでおきます。靴用の防水スプレーはとくには使わない。

それから、在庫してあるのが、カセットガスの入ったスプレー缶。利用用途は、災害時のカセットガスコンロと、それと同じカセットガスを利用する暖房器具(ストーブ)。

Photo_2 眼鏡レンズクリーナーのスプレー缶

平成29年7月から、スプレー缶・カセットボンベの排出ルールが変更になりました。」で書いたように、札幌市では中身の使いきれないスプレー缶は

「中身を使い切れないスプレー缶類は、各清掃事務所、消防署(出張所)、地区リサイクルセンターでスプレー缶・カセットボンベの引き取りをしていますので、お持ちください。」

となったので、まったく使っていなくて使用期限が来たらしいのが複数本あれば、面倒でも持ち込んだ方が良さそうです。地方自治体によっては、大型ごみは、収集サービスはなくて清掃事業所やリサイクルセンターに持ち込むことになっているところもありますが、それと似たようなものです。

以前、製造年月日から10年経過した未使用のカセットガスが複数本あり、スプレー缶には有効期限というか安全利用期限が記載されていないのでそのメーカーのお客様相談室に問い合わせたら、案内はとても明快というわけではなかったのですが、まあ、10年くらいが安全利用期限だろうということで、新しいのに買い替えることにしました。

そのときに屋外で、複数本を順番に空にしていったのでですが、数本ならいいとしても、10本から20本だと、ぼくの場合は、札幌市の「各清掃事務所、消防署(出張所)、地区リサイクルセンター」に持ち込むという選択肢を採用したほうがいいのでしょう。遠いので面倒ではありますが。

「室内で可燃性成分を含む多量のスプレーを噴射する行為は、爆弾を仕掛けるようなもの」というのが、爆発事故原因を分析したある専門家の指摘ですが、その通りなら、そういうややこしいいもの、危険なものは、市民が自宅で「爆弾」処理するか(信管をはずす、すっかり空にする)、空でないものは住民の責任で自治体やその関連施設に持ち込むこと、自治体はそれ以外の関与はしない、ということのようです。とりあえず、納得。

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2018年12月19日 (水)

今年は大根がいっぱい

つい先日、東京の知人と電話で話していたら、ふと話題が野菜のことになり「そういえば、北海道の大根がこちらでもいっぱい並んでいる、1本1本80円から90円くらい」ということを聞きました。

そういえば、今年は大根が途切れない。例年だと12月中旬になると店頭に並ぶ本数に翳りが出るのですが、今年はそういうことはないようです。ご近所の有機栽培大根も継続して手に入ります。サイズも大きい。値段は1本180円くらい。

昨年(平成29年)の大根の全国出荷量は、108万7000トン。上位5県の出荷量は

●北海道  161,300トン
●千葉県  130,700トン
●青森県  116,000トン
●鹿児島県 85,500トン
●神奈川県 72,000トン

です。千葉では10月中旬から翌年の6月にかけて出荷が続きますが、北海道と青森の大根の出荷は5月中旬から11月中旬くらいまでです。厳冬期は「雪の下ダイコン」が店頭に並びます。でも、現在の野菜売り場に積まれているのはそういう貯蔵ものではありません。畑から収穫されたばかりが並んでいます。

米麹もストックしてあるし、おかげで今年は朝ごはんの「べったら漬け」を毎日楽しんでいます。

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2018年12月18日 (火)

平成29年7月から、スプレー缶・カセットボンベの排出ルールが変更になりました。

平成29年7月から、スプレー缶・カセットボンベの排出ルールが変更になりました」(札幌市環境局環境事業部業務課からのお知らせ)

札幌市民がスプレー缶やカセットボンベを捨てるときの自由度が平成29年7月からはそれ以前よりもやや高まりました。そういうお知らせが、紙媒体(ゴミ分けガイド改訂版)で各家庭に届いています。「スプレー缶やカセットボンベなどに残っていたガスが原因となり、ごみ収集車の火災が発生しています」というのがルール変更のきっかけだったと思われます。

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今回の平岸(札幌市豊平区平岸)の爆発事故を「ゴミとして捨てるために100本のスプレー缶の穴開け、スプレー菅の穴あけによるガスの屋内充満、引火、爆発」というゴミ捨て処理に伴う作業が誘発したのなら、中身の残った缶を近くの清掃事務所や消防出張所に持ち込めばよかったのにとも思いましたが、午後8時過ぎではどこも受け付けてくれないだろうし、持ち込み先案内をよく読むと「事業所から排出されるものは、引き取れません」ということなので、「時短」のために、自分で穴あけを繰り返したのでしょう。

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ぼくも少し中身の残ったスプレー缶をゴミ出しのために放出処理することがたまにありますが、そのときはマスクをして昼間に屋外で行います。ただし、穴あけはしない。本数も1~2本くらい。

なので、その作業実施者も、そうすればよかった気もしますが、冬の夜の屋外作業は凍えて嫌だし、穴をあけずにひとりで中身を放出しようとすると100個のシークエンシャル作業になるのでけっこう時間がかかる。穴をあけて自然放出だと、次々にスプレー缶に穴をあけていけばあとは100個のパラレル処理になるので相当な「時短」です。それを暖かい屋内でやったのが敗因みたいですね。効率がいい分、ガスは短時間で室内に充満します。

以下は、札幌市観光局のWEBページから引用です(ただし下線は「高いお米、安いご飯」による)。

平成29年7月から、スプレー缶・カセットボンベの排出ルールが変更になりました。

●出す日・出し方

「スプレー缶・カセットボンベ」は、無料で収集します。「燃やせるごみ」と同じ日に、中身を使い切って、穴をあけないで、指定ごみ袋と別の透明または半透明の袋に入れて収集日の朝、8時30分までにごみステーションに出してください。

※指定ごみ袋の中には決して入れず、透明または半透明の別袋に入れて出してください。
※「燃やせないごみ」の日には出せません。
※できるだけ一度に出す量を少なくしてください。

スプレー缶・カセットボンベ

Spray_jif 整髪料・殺虫剤・卓上ガスボンベなど

●中身を使い切れないスプレー缶類は

中身を使い切れないスプレー缶類は、各清掃事務所、消防署(出張所)、地区リサイクルセンターでスプレー缶・カセットボンベの引き取りをしていますので、お持ちください

● ごみの車両火災を防ぎましょう

スプレー缶やカセットボンベなどに残っていたガスが原因となり、ごみ収集車の火災が発生しています。車両の火災は、収集作業に遅れが出るだけでなく、約1,400万円以上もするごみ収集車が廃車となる場合があるほか、一歩間違えると、収集作業員の命に関わる危険もあります。上記にある出し方を守って出してください。

収集日は、「収集日カレンダー」で確認してください。

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2018年12月17日 (月)

「38口径だと肩を後ろに持っていかれる」

先週の夜遅く、天気予報でもやってないかとテレビチャネルを適当に選んでいたら、ある高齢で小柄な女性をゲストにスタジオインタビュー風番組が流れていました。民放です。こういう時間にテレビを見ることはまずないのですが、ゲストが興味深い経歴の女性だったし、司会の女性の進め方も、重い話題も軽やかに扱う感じでなかなかに良かったので最後近くまで見てしまいました。

その女性はかつて南米で生活しているときにトラブルに巻き込まれて拳銃を使う状況に陥ったらしいのですが(彼女の拳銃の腕は、練習も積み重ねて、確かなものだったようです)小柄で体力のないタイプの女性の場合、22口径は使いこなせても38口径の拳銃だと撃った時の反動が強すぎる。その反動の衝撃を「38口径だと肩を後ろに持っていかれる」と表現していました。そうなるかどうかは拳銃の持ち方、構え方にもよると思いますが、なるほどと納得しました。

一般男性の場合、トレーニングを受けたら、38口径拳銃(日本の制服・私服警察官などが携行している口径の拳銃)はなんとかなっても、ダーティーハリーが愛用しているような大口径の威力のある拳銃だと撃った瞬間に拳銃と体が弾き飛ばされてしまい、下手をすると大怪我をする。モノの本にはそう書いてあります。

米国ではそのあたりのお店で拳銃を販売している。東南アジアの飛行場では、自動拳銃やサブマシンガンなどを持った警官を当たり前の景色の一部として見かけるし、日本でも事件の時にいろいろな拳銃名が合わせて報道されます。日本の警官がどういうタイプの拳銃を携行しているのかは市民常識として知っておきたい。だからスパイ小説や米国のハードボイルド小説の隣に世界の拳銃に関する本も並んでいます。そういう小説では、主人公の個性とつながったいろいろな拳銃が登場するので、参考書は不可欠です。

「(小柄な女性の場合)38口径だと肩を後ろに持っていかれる」という説明はポストイットにでもメモ書きして、参考書のどこかのページに貼り付けておきます。

拳銃は上記以外の分野の小説にも姿を見せます。村上春樹の「1Q84」で、若くて運動が得意だけれども銃器などとはまったく縁のない女性のために用意された拳銃は西ドイツ製の「ヘックラー&コッホ HK4 (Heckler & Koch HK4)」です。

「ハンドバッグに入るくらいのサイズ。反動が少なくて、それでいてある程度の破壊力があり、性能に信頼のおけるもの」というその女性からの要望に対して、それに見合う拳銃を調達した中年男性は、「ドイツ製で、重さは弾丸抜きで四八〇グラム。小型軽量だがショート九ミリ弾の威力は大きい。そして反動も少ない。長い距離での命中精度は期待できないが、あんたの考えている使用目的には合っている」と応じます。38口径拳銃は9mm弾を使う。

その38口径拳銃のサイズや実射時の反動は、YouTubeへのどなたかの投稿動画「The HK4: H&K's First Pistol」をクリックすればご覧になれます。

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2018年12月14日 (金)

煙草とウイスキー

必要があって、1960年代の終わりから1980年代半ばくらいまでに書かれたある米国作家の短編集を読んでいるのですが、そのときにけっこう驚かされるのが煙草(紙巻き煙草)の場面がとても多いことです。いつも煙草を喫っている。灰皿や吸い殻や投げ捨ての描写も多い。男女を問わず、それから年齢の偏りもなく登場人物の大部分がしきりに煙草を喫っています。

バーでもレストランでも家庭の居間でも病院の休憩室でも、煙(紫煙という風情のある言葉もありましたが)が漂っている。ウイスキー(バーボンウイスキーだと思いますが)を飲む光景も多い。女性の喫煙が少なかったということを除けば、当時の日本も似たような状況だったとは思いますが。

ぼくは煙草を止めて20年近くなりますが、禁煙当初のころは夢にまで登場した煙草もいつのころからか他の人にそれを近くで嗜まれるとそこから静かに離れるような存在になりました。煙草の煙と距離を置くほうが楽だからです。しかし、そうではあってもかりに何かのきっかけでもう一度喫いはじめると、また20年近く前の状態に戻らないとは限らない。でもありがたいことに、ウイスキーを楽しむ場面に出合うと一杯ひっかけてみたい気分になりますが、煙草はそうはならない。

だから、感心するのは、もう煙草を止めているのに煙草を喫う場面を演じないといけない役者のかたです。どう見ても、実際に肺に深く吸い込んで、ニコチンのクラクラを楽しみ、そのあとでゆっくりと煙を吐き出していると見える。それもうまい演技かもしれませんが、元喫煙者なら、その演技はけっこう辛いはずです。

おいしい範疇の国産ウイスキーが極端な品不足だそうです。長年寝かさないと商品にならない。だから想定外の需要が発生すると出荷停止にならざるを得ない。少し前までは、過去の遺物のような取り扱いだったのですが不思議な変化です。

関連記事は「モルトウイスキーの蒸留所」。

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2018年12月13日 (木)

しんしんと雪が降り、しんしんと冷える

今年の雪は遅い、寒さもゆっくりだなどと暢気に構えていたのがウソのように寒い。真冬日が続きます。真冬日が一週間も続くと底冷えを実感します。真冬日とは気温が一日中氷点下の日のことです。日中の最高気温がマイナス2℃、明け方の最低気温がマイナス9℃のような日を指します。札幌で真夏日を経験することはありませんが、真冬日は頻繁に体験することができます。

マイナス9℃は願い下げですが、それよりももっと歓迎したくないのは気温が明け方から夜中までマイナス5℃くらいでずっと推移する日です。そういう日で風が強いと外を歩くのは悲相当に辛い。思わず声が出てしまう。

しかし、たまたま風がない場合は意外と外は暖かいと感じます。なぜなら、気持ちが寒さ対応になっているし、ダウンコートをきちっと着て、マフラーと手袋で首筋と手をしっかりと覆い、さらに女性なら毛皮付きフードをかぶるか、あるいは、これは男女とも見かけますが、耳あて(イアー ウォーマー)をつけるからです。向かい風が裸の耳を吹き抜けるときの寒さがいちばんこたえます。

そういう気温が続くと、寒さですぐに窓ガラスが結露する地域などとは全く違う作りの防寒用建築でも、室内はどうも暖まらない。暖房機能をフル動員し、最大限に暖房を利かせてたら別でしょうが、まだ12月です。まだ少し余裕を持たせておきたい。

風がないときの雪はしんしんと降ります。そのあたり一面に柔らかい乾いた白が静かに積み重なっていきます。降った直後の雪は滑り止め効果がありますが、朝になれば、アイスバーン状態が強化されているので、通勤時や通学時に焦って横断歩道をわたると、慣れていても白い線のところで滑ってひっくりかえってしまいます。

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2018年12月12日 (水)

NHKの映らないテレビ、広告の音声を消すテレビ、場内音声だけのスポーツ中継

最近はおそまつな機能でもなんでもとりあえず格好いいものはAI(と言わないといけないみたい)なので、それなら次のようなことができるAIを組み込んだテレビがあるといいのですが。そういうテレビの市場シェアは2~3パーセントくらいにはなると思います。(テレビなどを持たなければこういう議論にならないのですが、地震なんかの場合は、やはりテレビが手元にあった方が便利です。)

ひとつは、NHKの映らないテレビで、その理由はNHKと契約しない自由が存在しないという状況下で強制的に徴収されるところの受信料なるものを払いたくないからです。受信契約をするかどうかの自由が国民にあるという状況で受信契約を結ぶというのとはずいぶんと違う。

最近は特別な「フィルター装置」があり、それをつけるとNHKの映らない(NHKをフィルター除去する)テレビができあがるそうです。今年は受信を契約、来年は受信を解約ということが(あるいは3か月の単位でそういうことが)ぼくたちとNHKとで自由に取り決めできるのなら、テレビにそのフィルターを取りつけたらいい。(しかし、現実は、そういう装置をつけてNHKを視聴していなくても、NHKは法廷闘争では理屈をこねて受信料を払えととてもうるさいらしい。)

もうひとつは、コマーシャルが始まったらその間は音を出さないテレビです。映像は無視すればいい。しかし音声は空間を追いかけてきます。だから音声カット動作をON/OFFできる機能が付いたテレビがあると嬉しい。コマーシャルは画像も音声もすべてカットできればいいのですが、それでは民間放送と番組提供企業のビジネスモデルを破壊することになり、コンテンツの提供者がいなくなってしまうので、ON/OFF機能の有無で妥協します。

ヒトはテレビから流れだす音や映像のかたまりがコマーシャルかどうかをほぼ瞬時に判断できるので(最近はとても紛らわしいのも意図的に制作されていますが)、ビッグデータの活用で賢いということになっているAIにそういうのができないはずがない。

しかし、そこまで求めるのが諸事情で無理なら以下で妥協したいと思います。

副音声でも楽しめるスポーツ中継がまれにあります。ぼくが知っているのはプロ野球だけですが、他を対象にそれがあってもおかしくない。ここで副音声でも楽しめるとは、アナウンサーや解説者の声を視聴者には遮断した、つまり視聴者には場内音声だけが流れてくる音声チャネルのことです。(お馬鹿なおしゃべりがさらに追加された副音声チャネルのことではありません。)こちらを主音声にするという手もありますが、アナウンサーや解説者の説明を歓迎する向きもそれなりにいらっしゃると思うので、全体的な事情を考慮してここは主張を控えめにします。

プロ野球もプロサッカーも、ゴルフも、マラソンのような陸上競技もフィギュアスケートも、アナウンサーや解説者のおしゃべりというのは相当に鬱陶しい。無音空間の重圧に耐えきれなくて、意味のないことをしゃべっている感じです。なかには聴いていて「音、沈黙と測りあえるほどに」(武満 徹)という表現を思い出すような抑えた言葉数で味わいのある放送をするベテランアナウンサーもまだいらっしゃるようですが、そういうかたや彼と波長の合った言葉遣いの解説者にはめったに会えません。

スポーツの現場には放送会社のアナウンサーも解説者もいません。選手の紹介や選手の交代を告げる球場のアナウンス係はいますが、それは試合の進行に必要な情報を観客に追加的に提供してくれる役割で、テレビのスポーツ中継における意味のない暴力的なおしゃべりとはその性格が質的に違います。場内音声だけのスポーツ中継は「現場」の代わりです。NHKは、そういうのはその気になれば得意だと思いますが。そういうのが増えたら、その分だけは受信料の支払いに気分的に前向きになるかもしれません。

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2018年12月11日 (火)

鳴門の「なると金時」と江別の「金時芋」

最近は北海道でもサツマイモをわずかに生産するようになってきましたが、鳴門金時と同じ種類の金時芋も栽培しているようです。札幌のある小売店の野菜売り場で、江別産の「紅あずま」のとなりに江別産の「金時芋」が並んでいました。

金時芋でも「鳴門金時」とは表記できません。「鳴門金時」は鳴門(徳島)産の金時芋につけられたブランドだからです(調べてみたら正確な登録商標は「なると金時」で、登録日は平成19年(2007年)4月20日、対象は「徳島県鳴門市・徳島市・板野郡産の金時さつまいも」だそうです)。

「シャンパン」とほぼ同じアルコール飲料を日本やカリフォルニアで製造しても「シャンパン」とは表記できません。「スパークリングワイン」なら大丈夫です。「スパゲティ」も同様で、「硬質小麦(デュラム)をひいた精製粉のセモリナ粉」以外の国産強力粉で作ったスパゲティ形状の小麦加工食品をスパゲティと表記していないのと同じです。

さて、その金時芋ですが、両方が手元にあったので「北海道・江別産の『金時芋』(ラベルには「なると金時と同品種」と書いてあります)と「徳島県産の『なると金時』」を左右に並べてみます。左が「江別」、右が札幌のデパ地下で購入した「鳴門」です。少し雰囲気が違います。

焼き芋にするとホクホクと美味ですが、蒸してマッシュして野菜サラダの一部というのもなかなかです。

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2018年12月10日 (月)

除雪機の季節

今年は雪が遅くて嬉しかったのですが、もう逃れられないようです。多分これからは、降ったあと溶けないままの雪に新しい雪が重なって、根雪になっていきます。

北海道では、10月になると、二つの冬製品のテレビコマーシャルが活発になりますが、そのひとつがスノータイヤで、もうひとつが除雪機です。除雪機といっても市役所なんかが使う本格的な業務用ではなく(そういうものはテレビで宣伝してもしようがない)、家庭用の除雪機です。

実際には他にも参加企業があるのかもしれませんが、ぼくの目につく範囲では二つのメーカーの寡占状態で、その二つのメーカーの共通項は、オートバイ製造といったらいいのかエンジン製造といったほうがいいのか。

除雪機の色は赤と青で住み分けています。安全に配慮した設計とはいえ取り扱いに気をつける必要のある機械なので、白い雪の中で目立つように、赤と青です。これ以外の目立つ色は難しいので(あとはオレンジ色くらいか)、それが理由で二つのメーカーの寡占が継続していると勝手に理解しています。

下は、この前の土曜の早朝に比較的近所で活動していた青い除雪機です。客の出入りする施設のまわりで作業をしていました。小型業務用なのか大型家庭用なのか区分がつきませんが、いずれにせよ除雪機の足回りは雪に埋もれないようにキャタピラーです。

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ちなみに、赤い除雪機メーカーの宣伝では、操作が簡単なことを訴求するためか、除雪作業しているのは必ず若い女性。たとえば除雪用のスコップはどこの家庭にもあるので中年女性でもいいと思いますが、どういうわけかそういう年齢の女性は登場しません。

次の写真は、市役所などが委託稼働させている中規模の除雪機のキャタピラー跡です。アイスバーンになった道路に雪が降り、その雪を深夜に取り除いたので早朝のアイスバーンの上にキャタピラーの跡がきれいに残っています。

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2018年12月 7日 (金)

榧(かや)の俎板

我が家で現在活躍中の俎板(まないた)は、高知産の榧(かや)の樹の一枚板で、大きさは横幅が34cm、縦が22cm、厚さが2cmです。3年前からこの大きさの榧(かや)の俎板が我が家のデフォになりました。

それまでは横幅が44㎝で厚さが3㎝の檜(ひのき)の一枚板の俎板でしたが、俎板の使用時間と使用頻度の多い配偶者にはそれはやや大きすぎて重すぎて使いにくいとのことなので、この相対的にやや小ぶりな榧(かや)のほうになりました。15年以上自然乾燥させた榧が切り分けられた俎板です。

俎板も毎日使い続けているとまん中あたりが減ってきて、その部分の食材の切り心地がその分だけ悪くなります。そういう場合は新しいものに取り替えるか、あるいは削り直しですが、厚さが2cmのものだと一度だけ削り直しができます。

一枚板ではない(つまり合板の)俎板を、どんどんとあたらしいものに買い替えていくのが好きなかたもいらっしゃいますが(とてもお手頃価格なので)、我が家ではそういう俎板に使われる接着剤などが嫌なので合板は対象外です。

写真は、これから使い始めようかという段階の新品の榧(かや)俎板です。主張しすぎない、穏やかな樹の香りがが流れてきます。

34x22x2cm

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2018年12月 6日 (木)

冬の夜は、やっぱり「湯たんぽ」

気温がマイナス(氷点下)の冬の夜は、やっぱり湯たんぽです。湯たんぽがあると朝まで落ち着きます。でも、なんでもいいというわけではなくて、機能性のいい湯たんぽでないと使いづらい。

機能性とは使い方によっては安直な言葉ですが、ぼくのいう機能的な湯たんぽとは次のようなものです。

・朝まで十分な温かさが間接的に足先まで伝わってくる。直接的な熱伝送もいいけれど、心地いいのは間接的な温かさ。

・大きすぎず、また小さすぎない。大きすぎると寝ているときに邪魔だし、湯を沸かすのも面倒である。

・蒲団のなかで安定感がある。

・沸騰した湯が注ぎやすい構造になっている。

・沸騰した湯を注ぎ入れると湯たんぽは100度近くに熱くなるが、その湯たんぽを布カバーに入れたりするときに手や指をヤケドをしないような持ち手構造になっている。

・布カバーはある程度の厚みがあり肌に柔らかいものが付属していること。必要なら(たとえば低音ヤケド防止のために)湯たんぽを二重に覆えるようにひと回り大きいオプション・カバーが別売りされている。

ともかく、寒冷地では冬の夜に湯たんぽがあると睡眠の質は高くなります。

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2018年12月 5日 (水)

繊細な青年とガサツな中年女性

野菜や食材や加工食品の小売店のレジで、アルバイトの男子学生のようなお店の担当者が、買い物用のカゴから精算用のカゴに商品のバーコードを読み取らせながら品物を移していく時に、重いものや傷つきにくいもの(たとえば、大根やカボチャやタマネギ)を下に、軽いものや柔らかいものや傷つきやすいもの(たとえば、葉物野菜やシメジや卵)を上にと丁寧に並べていると、ちょっと嬉しくなります。

逆に、そういう基本にまったく無頓着な中年女性のレジに並ぶと、けっこううんざりします。そういう無頓着な態度を「ガサツ」といいます。ガサツな男性もいますが、ガサツな女性のほうがどうも目立ってしまうようです。

繰り返しになりますが、言動、すなわち言葉遣いや立ち居振る舞いがぞんざいなさまを一般的にガサツと形容します。ガサツな女性がどういう立ち居振る舞いをするかというと、ぼくの経験と知り合い女性の話を合わせると、たとえば、次のような具合です。

本を貸してあげたら、濡れた土の地面にでも落としたのか、一応はぬぐってあるのだが、土汚れの跡が付いたまま、とくにお詫びの言葉もなく、平気な顔で返してくる女性。

エスカレータやエレベータの前でぺちゃぺちゃとおしゃべりをして他の人への迷惑を考えない(それが他人の動線を邪魔しているとは思い及ばないような)女性の二人連れをよく見かけるが、エスカレータやエレベータの前で突然の捜しものなのかハンドバッグの中を掻き回すことに心を奪われて、他者の動線をひとりで阻害している女性。

プールで泳いだ後、濡れたスイミングウェアのままロッカールームに戻ってくるので、床面の彼女の歩いた辺りや彼女のロッカー前が水たまり状態になっていて、それに気づかないのか、気にならないのか、濡らした床はそのままでどこかに行ってしまうような女性。

スポーツクラブのような施設の風呂場脱衣場で脱いだものを棚に乱雑に棚に放り込む。ある程度畳んでもよさそうなものだが、そういうことは時間の無駄(反省力化)と考えているのか、衣類を放り込み、その衣類が自分の場所からはみ出していても気にしない女性。

最初に書いた学生アルバイト風の若い男性は、どこでそのレジの基本を身に着けたのか、お店のトレーニングがよかったのか、自分でも料理をする青年で、食材や食品に対する感受性や感性がもともと優れているのか。今度会ったら聞いてみよう。

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2018年12月 4日 (火)

札幌の冬の天気は気ぜわしい

「30分ごとに晴れて曇って雪が降る」のなかで「天気がコロコロ変わるというのが札幌の冬の天気の特徴です。30分おきに陽射しと雪とその中間のどちらでもない状況(曇りと呼ばれることが多い)が飽きることなく入れ替わります。せわしない。大げさな物言いをしているわけではありません。その30分間隔が日によって伸びたり縮んだりする。そこが昨日と今日とで違う」と書きましたが、札幌の冬を知らないかたにとってはそれが事態の正直な報告か、それとも状況の誇張なのか判断できません。

そこでそういう状況を写真に撮ってみました。でも写真を提示したからといって、それが事態の伝達ということに関して言葉以上に客観的であるとは言えません。言えませんが、補足にはなります。

最初の2枚はある日の午後3時過ぎの札幌の雪模様の空の様子。こちら側は雪雲が覆いかぶさるように頭上に広がって雪模様です。硬い雪が降っています。しかし、少し離れた低い山のあたりから向う側にかけては晴れています。こちら側も30分後に青空になることを期待してその景色を記録しました。こういう時は、解像度の高いカメラ機能を備えたスマートフォンというのは便利です。写真をクリックすると雪片が舞っているのがわかります。

3_a

3_b

次の2枚は、最初の2枚からほぼ30分後の空の様子。空もノリがよくてぼくに協力してくれたのか、ちょうど30分後にきれいに晴れてくれました。

330_a

330_b

陽の光が射してきていい気分になったのですが、でもそのあとは、また、空には雪が激しく舞い始めました。じつにせわしない。このせわしなさは、雪が根雪になっても続きます。根雪になってから単調に雪が降り続くだけだとネクラになってしまいます。つまり、このせわしなさは、要は、大きな雪雲が30分ほどかけて上空を通過していくというだけのことですが、なぜそういう現象が札幌の冬には多いのかはわからない。ぼくたちのネクラの程度を軽減するために存在しているのかもしれません。

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2018年12月 3日 (月)

おなかが空いてこれ以上歩けない

マラソン競技を見るのはそれなりに好きですが、ぼく自身は走るのは好きではありません。でも、40分程度を速足で歩くのは嫌いではない。暖かい時期や暑い時期、言葉を換えると、運動時の上半身の服装が(速足ウォーキングも運動と考えて)、半袖Tシャツの時期、あるいはTシャツの上にスウェットシャツを重ねるような時期が好みです。寒くなると歩かない。雪がちらつくような季節は問題外です。

しかし気持ちよく歩いていても、急に歩けない状態になることがたまにあります。ガス欠状態です。おなかが空いてそれ以上歩けない。よろよろと歩き続けることはできるのですが、それまでと同じペースの速足で歩を進めることができない。原因は筋肉疲労とかではなく、単におなかが空いて、途中で運動エネルギーの補給が不足な状態に陥るからです。

無理にマラソンの距離に例えると、ガス欠状態は20キロから30キロメートル付近で発生するみたいです。現象的にはたしかにそうなのですが、実際には、けっこうお腹が空いた状態で歩き始めた場合にガス欠が発生します。そういうことをなんどか経験してからは、運動前に、毎回ではないにしても、良質バターを塗った自家製パンを食べるようにしました。コーヒーも一緒に飲みます。そうするとガス欠は起きません。

マラソンの勝負は30キロメートルを過ぎてから、それまでは準備運動みたいなもの、というかたがいて、何度もレースを見ていると、たしかに30キロメートルを過ぎたあたりで、漫画みたいに(というと失礼な話ですが)急速にペースが落ちて脱落していく選手が少なくありません。まさか、おなかが空いて走れなくなったということはなくて、オーバーペースによる筋肉疲労や体調不良が原因でしょうが、市民ランナー参加レースなどでは、そういうひとがいてもいいのかなとも思います。

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