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2019年3月

2019年3月29日 (金)

「United Nations」「国際連合」「联合国」

「国際連合」は、国際連合憲章の下、1945年に設立された国際機関です、というとなんとなくわかった気になってしまうけれど、実際はよくわからない訳語です。League of Nations(1920年1月10日に正式に発足した国際機関)を「国際連盟」と訳したのでその関連でどなたかが「国際連合」と訳したのでしょう。Democracyの訳語は民主主義となっていますが、原義に忠実に日本語に置き替えると「Demos 人々、民衆」による「Cracy 支配」です。「民主主義」ではなく「民衆支配」。「-ism」の「-主義」とは強さが違う。「国際連合」も民主主義と同じような雰囲気の日本語訳です。国家という構成主体が希薄になってしまう。

当該国際機関のウェブサイトに立ち寄ってみると、当該機関の英語名称は「United Nations」、中国語(中文)だと「联合国(聯合國)」です。日本語だと「連合国」。つまり「連合国司令長官マッカーサー」という場合の「連合国(the united nations)」と同じ用語です。なぜ同じかというと、第二次世界大戦中に、「枢軸国」(ドイツ・日本・イタリア・ブルガリア・ハンガリー・ルーマニア・フィンランド)に対して自分たちの陣営を指す言葉として「連合国」側が使用していたものを、新しい国際政治管理機関の呼称として継続使用したからです。

Un-website-english
Un-website 

United Nationsの加盟国は(2019年3月現在で)193か国ですが、安全保障理事会の常任理事国は、設立以来、第二次世界大戦の戦勝国であるところのアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国の5か国であり、そういう現実も含めてUnited Nationsという名称を素直に(ないしは現実的に)日本語化すると「連合国」になります。Charter of the United Nationsは「国際連合憲章」ではなく「連合国憲章」。

「連合国」が「連合国司令長官マッカーサー」を想起させるので嫌と言うなら「国家連合」、「連合国憲章」が嫌なら「国家連合憲章」という手もあります。こちらのほうが「国際連合」よりはクリスプです。United Nationsは自身を中国語では「联合国」と表記しており、東シナ海の向こう側の国も当該国際機関の機能を「联合国」という用語で認識しているという事実は、細かいことですが、押さえておいたほうが現実的のような気がします。

普段は「国連」でいいのですが、「国際平和のための国際連合」では解釈できない問題、そういう解釈をはみ出す議論や主張が現れたときには「連合国」という訳語を「国連」の隣に並べてみると役に立つ場合もあります。United Nationsという組織は、深いところでは継続して、第二次世界大戦の戦勝国であるところの「連合国」の利害を軸に回転しているのだという視点を失わずに世界の動きを捉えることができるからです。名は体を表す、と言います。

【註】United Nationsが提供している日本語ウェブサイトでも、United Nationsは「国際連合」となっていて、これは「国際連合」がすてに慣用訳語となっていたのでそれをそのまま使ったのだと思われます。

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2019年3月28日 (木)

牧草と配合飼料とゲノム編集

北海道は良質なバターの産地ですが、パウンドケーキなんかを作るときのバターはニュージーランド産のグラスフェッドバターです。

グラスフェッド(grass-fed)とは、牧草(grass)のみを与えられて(fed)育ったという意味です。グラスフェッドバターは濃い黄色で、強い弾力があって、常温でしばらく放っておいても一般のバターのように柔らかく緩んで溶け出すということがありません。濃い黄色は牧草にたくさん含まれている黄色いカロテノイドの反映です。食べるもので色が変わります。ニンジンやトウモロコシなどを食べる鶏の卵の黄身は黄色く、コメで育った鶏の黄身は白くなります。

ヒトは食べたもの(食材)に健康状態が左右されますが、ヒトの胃袋に入る魚や家畜や野菜(食材)も、彼らが食べたものや彼らが育った生活環境で彼らの体質や健康状態が決まってきます。それが本当かどうかは、ファストフードとインスタント食品を食べ続けることで簡単に実験できます。

大豆やトウモロコシや麦などの穀物に抗生物質を混ぜ合わせた飼料で育てられた豚や鶏や牛と、放し飼い環境で野菜や緑の草を食べて育った鶏や牛とでは、彼らの体質や健康状態が違うし、彼らを食材として摂取するヒトの健康に与える影響も普通は違ってきます。たとえばけっこう狭い生け簀で育つ最近の養殖魚のエサは大豆の油カスや濃縮大豆たんぱく魚粉やチキンミールに抗生物質をいっぱい混ぜたものなので、従来の魚の養殖というイメージよりもケージに閉じ込めた家畜の飼育イメージに近いようです。

米国やカナダで生産される(つまり世界の大部分の)トウモロコシや大豆はずいぶん前から遺伝子組み換えタイプですが、これからはもう一歩踏み出してゲノム編集だそうです。ある新聞記事(日本経済新聞 2019年3月26日)によれば、ゲノム編集食材は日本がリードしているそうです。日本がリードしている分野は、アニメのような文化カテゴリーのものを除くと多くありません。AIやビッグデータ解析でも一部の領域を除いて後塵を拝しています。だからそういう話題に敏感な日本の経済新聞に「ゲノム編集食材」の特集記事が出始めるのは不思議ではありません。

養殖の鯛やハマチは魚売り場ですでにおなじみですが、ゲノム編集技術を活用して開発した筋肉もりもりの鯛(肉厚マダイ)の生育が進行中だそうです。魚が研究対象になれば、当然、トマトのような野菜やイネも対象になります。

ヒトの研究開発意欲には限りがないので(あるいは歯止めが効かないので)、ヒトを対象にしたゲノム編集もすぐそこかもしれません。卓越したスポーツマンを作り出すゲノム編集、IT感度やAI感度のとても高い子供を作り出すためのゲノム編集、どんな育ちの食材も平気で平らげるようなタイプの人を作り出すゲノム編集。いろんなことが考えられます。

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2019年3月27日 (水)

美味しい締め鯖

「15分ずつでいいと思うよ」 三枚におろしてもらった魚売り場のベテラン・オニーサンのアドバイスです。

夕方だったので氷がいっぱいの発泡スチロールの水槽にそれが一尾いました。九州で獲れた真鯖です。いかにも脂ののった風情の鯖で、「締められる?」「もちろん」「じゃ、三枚おろし」。

おろしてもらったのを見ると、淡いピンクのきれいな身の様子が脂の乗りを物語っています。

15分ずつにしました。

多めの塩で表と裏の両面に振り塩を「しばらく」寝かせ、塩を酢洗いし、酢で「しばらく」締めます。「しばらく」とは普通はだいたい30分くらい。それが家庭で作る一般的な締め鯖のプロセス。そのまま刺身で食べてもいいくらい新鮮だったので「15分でいいと思うよ」というオニーサンのアドバイスになったのでしょう。昆布や砂糖は使わない。

とろけるような締め鯖でした。締め鯖はいっぱい食べる種類の食べものではないので、半分ずつ二晩に分けて賞味しました。

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2019年3月26日 (火)

誤文訂正問題

中学や高校の「社会」のテストで以下のような問題が出題されたとします。

これは誤文訂正問題です。以下の記事における大臣の発言には誤り、あるいは説明に不十分なところがあるので国民には彼の発言意図が分かりにくくなっています。国民に事実を正しく伝えるという観点から、大臣発言をわかりやすく補足ないし変更してみてください。

<岩屋毅防衛相は25日、米軍普天間飛行場の移設先、沖縄県名護市辺野古沿岸部の新たな区域で土砂投入を始めたことに関し「抑止力維持と基地負担軽減の両方を満たす唯一の選択肢だ。作業を進めたい」と防衛省内で記者団に述べた。(共同通信 2019年3月25日)>

(やや冗漫な)解答例。

政府にとって「米軍普天間飛行場の移設先、沖縄県名護市辺野古沿岸部の新たな区域で土砂投入を始めたこと」が「唯一の選択肢」というのは現時点では正直な発言だと思います。しかしその理由として「抑止力維持と基地負担軽減」を挙げていますがそれは表面を取り繕った理由で、国民には背景や実態がわかりやすく説明されているとはとても思えない。わかりやすく説明すると、それが国民の賛同をまったく得られないにしても、以下のようになります。

(1959年の「砂川裁判」判決以降、最高裁の正式なお墨付きのもとに)「日米安保条約と日米地位協定」の取り決め内容が、日本国憲法や国内法が規定する内容の上位に位置することになりました。その階層構造はそのまま継続しているので、日本政府は「普天間・辺野古問題」に関しては、「日米地位協定」にもとづいた米国の意思をそのまま受け入れるしかありません。従って米国の意思とは相容れないところの、沖縄の県民投票で示された民意が政府の政策に反映されることはありません。そういう意味で辺野古への土砂投入再開は「(政府としては)唯一の選択肢だ」という防衛大臣発言になります。

□□□

日米間の重要な条約のひとつが日米安保条約です。日米安保条約は、日米のどちらかが延長したくないと云えば、1年後に解消できるような取り決めになっています。以下は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」、いわゆる日米安保条約の第十条の引用です(外務省ウェブサイトより)。

『第十条
 この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。
 もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。』

この条約の締結日が1960年1月19日なので、十年間効力を存続した後とは1970年1月19日以降ということです。

ところで当該条約の第六条は以下のようになっており、これが上記の防衛相発言の背景となっています。

『第六条
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
 前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。』

別個の協定とは、日米安保条約の補足協定(実質内容協定)としての日米地位協定のことで、その前身が日米行政協定です。普天間・辺野古問題やオスプレイの配備や飛行訓練は、この協定内容の実施・遂行にかかわる最近の事例です。

1960年に締結された日米安保条約は、「理屈の上では」当事者のどちらかがこの条約が嫌になれば、「ご破算に願いましては」と通告することができる仕組みをとっています。言葉を換えれば、米国との軍事的な協力関係が今後も必要な場合でも、現行の条約をその補足協定である日米地位協定を含めて破棄し、日本にとって好ましい内容の「新・日米安保条約」と「新・日米地位協定」を結びなおすことが「理屈の上では」できるということです。

戦後、日米安保条約や日米地位協定の改定や米国債の売却に関心を持ち、関心を持っていることをまわりに発言し、そしてそれらの実行に取り掛かろうとした人たちのうち、その時に政治の表舞台で顕職にあった政治家は、たいていの場合、なぜか、短期間のうちに不幸な事件に遭遇するか、その後に不運な境涯を経験することになりました。小沢一郎氏がそうでしたし、「最低でも県外、できれば国外」の鳩山由紀夫元総理もそうでした。その前は、故・田中角栄元総理や故・橋本龍太郎元総理がそうでした。所属政党は無関係です。それから、元財務大臣の故・中川昭一氏もそうでした。彼は、実質的には売却に相当するところの10兆円規模の米国債の活用を2009年2月に実行に移そうとしていました。

「理屈の上では」できる、というのはそういう意味です。

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2019年3月25日 (月)

昭和21年のいわゆる「人間宣言」などについての個人メモ

その内容骨子を伝え聞いてはいるものの、原文があっても原文全体にきちんと目を通したことがないというような事態はときどき発生しますが、これもそのひとつでした。昭和天皇のいわゆる「人間宣言」。

マスメディアの「人間宣言」という報道や番組を通して、あるいは他の媒体での一部引用を通して、あるいは三島由紀夫の「英霊の声」に登場する二・二六事件の青年将校や太平洋戦争の特攻隊員の「霊」が『などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし』(すめろぎは漢字では天皇)と、天皇の人間宣言を憤り呪詛する言葉を通してそう理解してはいたものの、実際にはどういうふうに彼は「人間宣言」したのか。

昭和21年1月1日付けの「官報」(号外)があります。原文は明治憲法や古い法律文のように漢字とカタカナで書かれていますが(下の画像)、その表記はいささか読みにくいのでカタカナをひらがなに替えると以下のようになります(難しい字の読みも追加)。誰がそう名付けたのかわかりませんが、この本文の文字数が1,011文字の「詔書」が昭和天皇の「人間宣言」と呼ばれているものです。

2111-1946

官報 号外 昭和二十一年一月一日


 詔書

ここに新年を迎う。かえりみれば明治天皇、明治のはじめに、国是として五箇条の御誓文(ごせいもん)を下し給(たま)えり。曰く、

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一、上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。
一、官武一途庶民に至るまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一、旧来の陋習(ろうしゅう:悪い習慣の事)を破り、天地の公道に基づくべし。
一、知識を世界に求め、おおいに皇基を振起すべし。

叡旨公明正大、また何をか加えん。朕(ちん)は個々に誓い新たにして、国運を開かんと欲す。

すべからくこの御趣旨にのっとり、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上をはかり、新日本を建設すべし。

大小都市のこうむりたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は、まことに心をいたましむるものあり。しかりといえども、わが国民が現在の試練に直面し、かつ徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束をまっとうせば、ひとりわが国のみならず、全人類のために輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。それ、家を愛する心と国を愛する心とは、わが国において特に熱烈なるを見る。いまや実に、この心を拡充し、人類愛の完成に向かい、献身的努力をいたすべきの時なり。

思うに長きにわたれる戦争の敗北に終わりたる結果、わが国民は動(やや)もすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈綸(ちんりん)せんとするの傾きあり。詭激(きげき)の風ようやく長じて、道義の念すこぶる衰え、ために思想混乱あるは、まことに深憂にたえず。しかれども、朕は汝(なんじ)ら国民とともにあり。常に利害を同じうし、休戚を分かたんと欲す。朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。

朕の政府は、国民の試練と苦難とを緩和せんがため、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は、わが国民が時難に決起し、当面の困苦克服のために、また産業および文運振典のために、勇往せんことを祈念す。

わが国民がその公民生活において団結し、あいより助け、寛容あい許すの気風を作典興するにおいては、よくわが至高の伝統に恥じざる真価を発揮するに至らん。かくのごときは、実にわが国民が人類の福祉と向上とのため、絶大なる貢献をなすゆえんなるを疑わざるなり。

一年の計は年頭にあり。朕は朕の信頼する国民が、朕とその心を一にして、みずから誓い、みずから励まし、もつてこの大業を成就せんことをこいねがう。

御名 御璽
昭和二十一年一月一日

「人間宣言」とはその中の以下の部分を指すようです。

『朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。』

要は、天皇と国民(臣民)の結びつきは、天孫降臨や万世一系といった『神話と伝説』、ないし現御神(あきつみかみ)や神国日本といった『架空なる観念』によるものではない。

言葉通りに読むと、これは神話と伝説の否定、現御神(あきつみかみ)・現人神(あらひとがみ)としての天皇の否定ではあっても、天皇が自身を肯定形で人間だと宣言したわけではないようです。「神でなければ人間、だから、天皇は人間宣言をした」という「解釈」は成り立つにしても。

ところでこの詔書でいささか不思議なのは『朕の政府は・・』という表現がすぐそのあとに続くことです。『朕の政府』とは「私の政府」ということなので、ここに主権者(ないし絶対支配者)であるところの天皇が顔をのぞかせています。

その詔書に対する同日付でプレスリリースされたマッカーサーのコメントというのがあり、その内容は以下の通りです。

GEN. MACARTHUR SEES LIBERALISM IN IMPERIAL RESCRIPT

"The Emperor's New Year's statement pleases me very much. By it he undertakes a leading part in the democratization of his people. He squarely takes his stand for the future along liberal lines. His action reflects the irresistible influence of a sound idea. A sound idea cannot be stopped."

「マッカーサー元帥は、新年の天皇詔書に見られるリベラリズム、天皇が彼の人民の民主化について確固とした指導的役割を果たそうとしていることを歓迎した」といった内容です。「人間宣言」と直接に結びつく箇所はない。

もっとも『朕の政府』と言ったのは、GHQ (General HeadQuarters) の手になる「日本国憲法・草稿」ができたのが1946年(昭和21年)2月12日、「日本国憲法」の公布は昭和21年11月3日、その施行は昭和22年5月3日なので、当該詔書が出された昭和21年1月1日の時点では主権者はまだ日本国民ではないという事情もあったのかもしれません(それから、日本が国家としての全権を回復したとされているのはサンフランシスコ講和条約が発効した昭和27年4月28日)。

「日本国憲法」の「英訳」というものがあります。しかし英訳というのはヘンな話で、日本国憲法は(その草稿は)GHQが英語で作成したものです。それが日本国憲法のオリジナル。それにいくぶんの微調整を加えて、ほぼオリジナル通りに、しかし原文よりもわかりにくいところのある日本語に翻訳したのが「日本国憲法」です。だから「英訳」というものは「英文草稿」にその微調整分を英語表記で追加したものということになります。

【註】「日本国憲法」と同じように、上述の「人間宣言」にも、その骨子部分に関しては、GHQが作成した英文草稿が存在するようです。それをを翻訳修正し英文草稿にない部分を追加してまとめたのが、昭和21年1月1日の「詔書」らしい。ぼくは英文草稿を見ていないので詳しくはわからない。

日本国憲法は戦勝国・占領軍に押しつけられたものなので、それを理由に改正するという主張があります。敗戦国は当時それを受け入れるしかなかったとしても、その受け入れ内容がデモクラシーや平和という観点からして望ましいもの・納得のいくものならば、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」(英文草稿は “The Emperor shall be the symbol of the State and of the Unity of the People, deriving his position from the sovereign will of the People, and from no other source.”)のような日本風味を含めて、それでいいではないかと考えていました。

しかし少し前から、この憲法の『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』という根幹部分が気に入らなくて、その部分を、たとえば『全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う』というふうに憲法尊重義務の主体を政府から国民に逆転させたいと考える人たちが出てきました。そういう人たちにとっては、集団的自衛権を行使したいという願望の実現と合わせて、「押しつけられた憲法」というのは使い勝手のいい憲法改正理由(あるいは条文の巧妙な解釈によって実質的に憲法の一部改正と同じような状況を作り出す解釈改憲理由)になります。

昭和21年1月1日の詔書全体に目を通してみようと思ったのは、平成28年8月の天皇ビデオメッセージ(その骨子は『即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。』)、と、平成29年12月23日85歳の誕生日の天皇の発言『平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています』を見たり読んだりしたのががきっかけです。

日本国憲法は、戦勝国・占領軍と日本との安全保障システム(日米安全保障条約および日米地位協定)との抱き合わせをひそかな前提として(高位の当事者以外にはその背景がよく見えなかったという意味でひそかな前提として)発足したもののようです。

この矛盾するもの(平和を希求する、他国を攻める戦争はしないしそのための軍隊も持たない、しかし、同時に他国を攻撃する第三国の軍隊はその国の意のままに自由に駐留させるしそのための支援もする、要請があれば、「実質的には」その第三国といっしょに他国に侵攻する)を巧妙に組み合わせたものを、今後、平和やデモクラシーという観点からどう納得できる形に解きほぐすか。そういうことを考えようと思ったら(とくに9条2項や日米地位協定との関連事項)、「押しつけ憲法なので見直したい」というのは、集団的自衛権の行使が好きなタイプの人たちとは違った意味で、まっとうな理由付けになるかもしれません。

5月1日からの新しい天皇が、何十年後かの記者会見で、『□□が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています』と発言できるかどうか。

関連記事は「憲法雑感」。

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2019年3月22日 (金)

イタリア産調理用トマトの缶詰

以前にもこのブログで勝手に引用させていただいたのですが、今回も勝手に引用させていただきます。2013年に「妻の作った料理がまずい時どうする!?」という主題に関してネット投稿されたもののひとつですが、何度読み返しても味があります。

この料理がとても得意そうなご主人から新婚時代に料理の「教育的指導」を受けた奥さんはその後どうなったのか、実家からはちゃんと帰って来たのか、料理はそれ以降うまくなったのか、気になります。最近はコンビニ惣菜を買ってきて皿にきれいに盛り付けなおして手作りを偽装する専業主婦も少なからずいらっしゃるみたいですが、そういう手はこのご主人には通用しそうもありません。

以下がその引用です(原文のママ)。

『結婚して初めて、嫁がミートソースを作った
「どうだった?」と聞かれたので正直に「美味かった」と前置きしてから、
以下の改善点をメモ帳に列挙して一項目づつ読み上げた

・具は全部みじん切りにしろ
・ミンチは牛肉以外ありえない
・セロリが無いならミートソースを作るな
・具材はしっかりと炒め終わってから煮込め
・白でも赤でもいいからワインで臭みを消せ
・トマトは缶詰でもいいからイタリアントマト以外使うな
・ローリエくらい入れろ。苦味が出る前に取れ
・最後にバターくらい入れろ
・ケチャップを入れるな。ケチャップの味しかしないだろ
・なぜ辛くした
・ミートソースを1.4mmのスパゲッティーニにかけた理由を言え
・この緑色の缶に入ったパルメザンチーズを捨ててこい
・今後一切、これをスパゲッティミートソースと呼ぶ事は俺が許さん

泣いて実家へ帰られた。俺が悪いのか』

『トマトは缶詰でもいいからイタリアントマト以外使うな』というのはほぼ正しくて、お店に並んでいる国産の生食用トマトを使っても風味が出ません。「ほぼ」と言ったのは、国産の調理用トマトを利用するという手があるからです。しかし簡単には手に入らないし(時期と販売量がとても限定されている)、かりに購入できても、それをあとで使うためにはトマトソースなどに加工しいくつかのガラス瓶に詰めて冷蔵庫に保存しておくしかありません。

それだったら、イタリア産の調理用トマトの缶詰が便利です。ホールトマトもカットトマトも季節を問わず簡単に手に入ります。味付けも何もしていない料理用トマトの缶詰なので、パスタやカレーや煮込み料理などに幅広く使えます。

『泣いて実家に帰った』その奥さんは、その後、我が家が使っているようなイタリアントマトの缶詰を活用するようになったでしょうか。気になります。

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2019年3月21日 (木)

札幌の開花宣言用の桜

全国放送のテレビニュースや報道番組に、少し前から各地の桜開花予想が登場し始めました。そういう時期です。札幌では桜の開花はゴールデンウィークの前半くらいなのでまだまだ先の話ですが、一昨日と昨日は外気温も少し緩んできたので桜の話題です。

各地の気象台は桜の開花や満開の判定に使う桜の樹(標本木と呼ばれている)を持ってます。札幌では札幌管区気象台の構内にある「ソメイヨシノ」がその標本木です(下の写真、2018年4月30日撮影)。

C-2018

札幌管区気象台のウェブサイトには「北海道内の生物季節観測値」というデータが掲載されており(引用したのは2018年の観測値)、これを改めて参照すると、札幌では「梅と桜はゴールデンウィークに同時に咲き、続いて5月はライラック、それからツツジ、ふと気がつくと地面には黄色いタンポポがいっぱい」という春の花の生活実感が客観的なデータで確認できます。

2018

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2019年3月20日 (水)

ひさしぶりに「コシヒカリ・タイプ」の北海道産米を食べた

最近は「猫跨ぎ(ネコまたぎ)」という言葉はほとんど聞きませんが、もともとはまずい魚を指して使った言葉です。魚の好きな猫でさえ跨(また)いで通り越すほどまずい魚の謂(いい)です。聞かなくなったのは、家庭で魚を食べる量や機会が減っていることも関係しているかもしれません。

昔の北海道産米は「猫跨ぎ」と呼ばれていたそうです。まずいのでネコも跨ぐ。しかし、最近の北海道のお米は美味しくなってきたのでネコも立ち止まってガツガツ食べるようになってきました。

お米にとって白米の輝くような白さというのもとても重要な要素ですが、お米の食味は「甘み」と「粘り」で判断されます。コシヒカリが基準ですが、「白くて甘くて粘りが強い」お米がおいしいお米とされています。もっと粘りを強くして「もっちり」になると、同じコメでもぼくたちの常食である「粳米(うるち米)」ではなく「糯米(もち米)」になってしまいます。だから、現在、世間で人気の「うるち米」は(北海道産だと「ゆめぴりか」など)、白くて甘くて、もち米風味を取り入れたタイプと言えます。

その対極が、というのも大げさですが、粘りが少ないサラッと系(さらりとしたあっさり系)のコメで、たとえば、ササニシキ。かつては一世を風靡しましたが、コシヒカリ(やコシヒカリ・タイプ)に押されて、現在は「猫跨ぎ」状態になっています。

しかし我が家で数年前から人気なのは、そのサラッと系の北海道産のうるち米で「ゆきひかり」という名前です。北海道産のコメの生産量や収穫量を「ゆめぴりか」や「ふっくりんこ」や「ななつぼし」のようなブランド別に円グラフにすると、我が家の人気米は一本の細い線になってしまいます。古いタイプのあっさり系で、ついでに無農薬栽培米を求めたら、このマイナーなうるち米にたどり着きました。

先日、「甘みと粘りのバランス」がいいという意味ではとても人気の北海道産米をいただいたので、晩ごはん用にさっそく土鍋で炊いてみたところ、白くて、甘くて、ねっとりしていていて、「あっさり系のもち米」のようでした。普段のもの(現在のコメの美味しさ判断基準からすれば「猫跨ぎ」と言われるかもしれない風味のもの)との違いを実感した次第です。

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2019年3月18日 (月)

プレゼントに糠床(ぬかどこ)

新婚の女性や、新婚ではない主婦で糠(ぬか)漬けをしたいのだけれど敷居が高い、どこから手を付けていいのかわからないというかたに、糠床をプレゼントすることがときどきあります。プレゼント用糠床(ぬかどこ)の製造責任者は配偶者です。誰にでもプレゼントするわけではありません。

Photo

Photo_2

一番目の写真から開始です。素材は米糠、塩、昆布、鷹の爪、水。二番目の写真の状態まで作業をしたら、ニンジンなどの適当な野菜を捨て漬けし、それを何度か繰り返し、風味や香りが糠床らしく育ってきたら、それをさしあげます。

この容器は蓋付きのガラス製で、糠漬け容器としては最小に近い大きさですが、冷蔵庫の中にスポッと納まる形とサイズなので、糠漬け初心者には重宝だと思います。

けっこう喜ばれます。糠床はその中で乳酸菌や酵母やその他の多様な微生物が生きています、それらが糠漬け特有の風味を生み出します、それらを育てなくてはいけない、だからかき混ぜ作業を適宜忘れないようにというアドバイスも、忘れずに伝えます。そのやり方や野菜の選択に関してときどき電話がかかってきて、配偶者がヘルプデスクをやっているようです。

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2019年3月15日 (金)

真面目な作りの納豆の原材料欄

まれに自宅で納豆を作るかたもいらっしゃるようですが、ぼくにはそういう技量はありません。それから味噌と納豆は、消費者として買ってきたものを同じ食卓で食べるだけなら何の問題もないのですが、作るときは麹菌と納豆菌の相性がよくないので両方を同じ場所では作れません。だから、味噌工場に勤める人たちは原則として日常生活でも納豆を口にしない。

我が家では毎年味噌を作っているし、熟成中の味噌甕もそれなりに多いので、製造という意味では納豆菌は立ち入り禁止です。本当は製造技術がないのですが、それを理由に納豆製造には手を出さないということにしてあります。

Photo_2

上の写真は「とても真面目な作りの納豆」の原材料欄を撮ったものです。だから、原材料欄の記述の仕方もまっとうです。それでも見慣れない用語や名称が並んでいます。もっとも、この商品は、狭義の添加物は別出しでまとめてあり、消費者にわかり易くしようとしています。しかし、表記がスペースの関係で鮨詰め状態なので読みにくい。見やすい箇条書きに書き直すと以下のようになります。

●名称: 納豆

●原材料名

【納豆】 丸大豆(北海道産)(遺伝子組み換えでない)、納豆菌

【たれ】 しょう油(大豆・小麦を含む)、植物性たん白加水分解物、砂糖混合ぶどう糖果糖液糖、果糖ぶどう糖液糖、醸造酢、食塩、砂糖、みりん、かつおエキス

【からし】 からし、醸造酢、食塩、植物油脂

●添加物

【たれ】 調味料(アミノ酸等)

【からし】 酸味料、着色料(ウコン)、酸化防止剤(V.C)、増粘多糖類、調味料(アミノ酸等)(大豆を含む)、香辛料

食品添加物を広い意味で避けたいのなら、この小ぶりな北海道産大豆を納豆菌で発酵させた食品を食べるときは、付属の「たれ」と「からし」はいっさい使わないことです。生産者には申し訳ない気もしますがゴミ箱に捨ててしまいます。風味付けには、その代わりに、「塩」とオメガ3系の不飽和脂肪酸であるところのαリノレン酸をたくさん含む「フラックスオイル(亜麻仁油)」を使います。ぼくは、そのほうが納豆らしさをより賞味できます。

【註】食品添加物はその誕生理由からして一般家庭の台所には存在しないものがほとんどですが、なかには、台所で見かけるものもあります。たとえばウコン(ターメリック)のような天然香料です。色付けや香り付けのために動植物から得られるもので、使用量がわずかであり、長年のヒトの食経験で健康被害がないと認められています。

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2019年3月14日 (木)

続・白味噌も年に一度くらいは自家製を楽しむ

鰆(さわら)の西京漬けや味噌風味のパウンドケーキなどにどんどん使ったので、20日ほど前に作った白味噌が底をつきました。で、今年2回目の製造です。今回は前回よりも多め。原材料は、前回の繰り返しになりますが、多い順に米麹(大豆の2倍)、大豆、塩(控えめ)。

作ったままだと「粒餡(つぶあん)」風なので、それをハンドミキサーで混ぜ合わせると、下の写真のような「漉し餡(こしあん)」風になります。

西京味噌漬けは魚だと「鰆」が定番ですが、「目抜き」も試してみますか。

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2019年3月13日 (水)

常温保存のできる卵やハムのサンドイッチのことなど

常温保存のできる卵やハムのサンドイッチというのがあります。結構人気のランチ用加工食品だそうです。ぼくは食べないけれどそういうものの存在はなんとなく知っています。コンビニに行くとたしかに常温食品用の棚にそれが並んでいました。パンの消費期限が長いことが話題になることが多い商品ですが、自宅のホームベーカリーなんかでパンを焼いたことのあるかたはパンはどれくらい常温保存できるのかわかるので、その商品の食品添加物全般を気にしたほうがいいかもしれません。

食品添加物は、おおざっぱに言うと、腐敗防止・カビ防止・酸化防止に関するもの、味付け(微量でも甘いとか、いかにもその素材の風味を錯覚的に感じさせるとか)に役立つもの、食欲増進に係るもの(たとえばマヨネーズ風味)と、おいしそうな色合いに関係するものなどに分けられます。

たとえば「ハム&マヨネーズ」サンドイッチの袋の裏面に記載されている原材料名欄の内容をそのまま引用すると以下のようになります。

『小麦粉、ハム、マヨネーズ、砂糖混合異性化液糖、マーガリン、パン酵母、食塩、脱脂粉乳、調味料(有機酸等)、加工デンプン、pH調整剤、乳化剤、リン酸塩(Na)、酢酸Na、増粘多糖類、カゼインNa、クチナシ色素、イーストフード、酸化防止剤(V.C)、発色剤(亜硫酸Na)、V.C、香辛料抽出物、(原材料の一部に乳成分、卵、小麦、落花生、大豆、豚肉を含む)』

食べものを長持ちさせるための食品添加物(家庭の台所にないような名前のものは、まず食品添加物と考えて間違いありません)が華やかに並んでいます。食品添加物はそれだけを一定量食べ続けても安全だとされているものなので(ただし、実際にはその添加物と他の添加物との複合摂取テストは、実際上は組み合わせが複雑でその実施がとても困難なので製造者・販売者はやっていないし、国も求めていない)、上記のような食品を口にするかどうかは消費者に委ねられています。

セントラルキッチン方式のレストランチェーンも同じで、各店舗は味の統一が求められているので勝手な食材の選択や味付けはできません。セントラルキッチンで腐らないように成分調整され味付けされた最終仕上げ前の加工食品が各店舗に搬入されてきます。お店ではそれを、言ってみれば、「チン」してお客のテーブルに運ぶだけです。同じ名前の料理は、どのお店で食べても、同じ素材で同じ味です。

お店で提供される料理はパッケージされた加工食品ではないので、食品添加物を表示する必要はありません(デパ地下やスーパーの各種の量り売りサラダと同じです)。だから、そういう種類のレストランで、今食べている料理に添加物が入っているかどうかが気になってそれを尋ねても、まずお店の担当者は知りません。店員にとってはそういう情報は運送されてくる素材の内側に隠れていて彼ら(彼女ら)にとってはブラックボックスです。

各家庭で食材を選択し各家庭でその食材を料理すれば安心ですが、そのぶん時間と知識が必要です。加工食材や加工食品を使う場合もそれなりに存在します。たいていの家庭では味噌や梅干しや納豆は作りません。加工食品にも真面目なものといい加減なものがあある。どのあたりで折り合いをつけましょうか。

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2019年3月12日 (火)

ラジオ体操(第一)

冬の札幌でスキーなどのウィンタースポーツ以外の運動を何かしようとするとスポーツクラブのお世話になるしかありません。そのあたりを速足で歩こうにも道路は雪で凍っています。

スポーツクラブやそういう趣旨の公共施設に設置してあるマシーンの上で歩くか走るか、あるいはスイミングプールで泳ぐか、選択肢は多くありません。歩いたり走ったりするのが簡単でいいのですが、ウォーキングマシーン(というかランニングマシーンというか)は景色が変化しないので、つまり単調なので、ぼくは好きではありません。だからiPodなんかで音楽を聴きながらベルトの上を歩く(走る)人たちも多い。

ぼくは、自宅でラジオ体操です。CDを安い小さなCDプレーヤーにセットしてあり、邪魔にならない場所に置いてラジオ体操専用にしてあります。ただしラジオ体操といっても「第一」のみです。「第二」はできない。第一は体が覚え込んでいるので、ピアノ伴奏が聞こえてくると「音声ガイド」がなくても身体は勝手に動きます。

ラジオ体操の誕生と関係の深い「かんぽ生命(旧逓信省簡易保険局)」のウェブサイトを拝見すると、ラジオ体操第一は「老若男女を問わず誰でもできることにポイントを置いた体操です。軽快なリズムに合わせて、体全体の筋肉や関節をバランスよく動かすことができます」となっていますが、すき間時間にまじめにやるとそれなりの運動量になります。

そのサイトでラジオ体操関連の記述を読むと、ラジオ体操は思っていたより新しく「昭和体操」と呼んでもおかしくない。ぼくたちがデフォと認識している今のバージョンのラジオ体操(とくに「ラジオ体操第一」)は1951年(昭和26年)生まれだそうです。

「1928年(昭和3年)9月 簡易保険局を中心に日本放送協会、文部省等の協力の下に旧ラジオ体操第一を制定」

「同年11月 東京中央放送局からラジオ体操放送開始(朝7時から)NHK江木理一アナウンサー登場。ラジオ体操普及のため体操講演会を昭和4年末まで行う」

「同年12月 ラジオ体操のレコードができる(3枚1組)」

「1929年(昭和4年)2月 ラジオ体操全国放送となる」

「1945年(昭和20年)8月15日 旧ラジオ体操を中止」

「1951年(昭和26年)5月 現在のラジオ体操第1を制定、放送開始」

こういえば身も蓋もありませんが、ラジオ体操は簡易保険(シンプルな官製生命保険)販売のプロモーションツールとして誕生したということがわかりますが、それがあれだけ(ないしはこれだけ)普及したその影響力というのはそのあたりのテレビコマーシャルの比ではありません。普及段階では、全国の郵便局員がラジオ体操講習会という地味なマーケティング活動を繰り返したのでしょう(大勢でいっしょにやるラジオ体操が日本人の体質に合っていたということがあるとは思いますが)。

1945年8月15日の中止理由については当該サイトには何も書いてありません。別のソースをあたるとマッカーサーが反対したらしい。本当かどうかわかりませんが、ラジオ体操は軍国主義につながる、号令ひとつで何百万人もが一斉に動く、というのがその理由らしい。その理由付けは、一応は、腑に落ちます。ナチスドイツの少年少女教育を撮影した記録映画の中で彼らが似たような雰囲気の体操を乱れなく行っている場面があったと記憶していますが、彼にとってはそれと似たような不気味な圧迫を感じたのかもしれません。

ぼくはある程度の年齢に達してからは、何十人、何百人でいっしょにやるラジオ体操は苦手で、ひとりか二人くらいでやるのが性に合っています。だから、自宅でCDプレーヤーです。元気なモノラル音が身体を包むように拡がるのも悪くありません。

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2019年3月11日 (月)

魚は週に一度ですが・・(若い主婦向け「暮らし」月刊誌)

若い主婦向けの暮らし関連情報月刊誌というのがあります。そういう雑誌の主要テーマのひとつが一ヶ月の毎晩のお勧め献立です。好奇心からその献立コーナーに目を通してみました。

雑誌のターゲット層は若い主婦なのでそういう雑誌を購入するのは結婚している若い女性(あるいはパートナーと共同生活をしている若い女性)だと思いますが、お勧め献立記事を読むのは、二人のうちのどちらかはわかりません。交替で晩ごはんを作っている場合や、料理作りを二人で分担している場合は二人そろって読者ということになります。献立指導は女性料理研究家。

二人とも働いている状態をデフォとしているのでしょうか、メニューは二人用の「時短料理」が基本です。しかし「時短」だけをめざしているのではないようです。食材や料理全般にお金をかけ過ぎないことも考慮されています。だからパックご飯なんかは買いません。ご飯(白米)は無洗米などを最近の高機能電気炊飯器で炊けば美味しいつやつやご飯が簡単に出来上がります。

「時短」だけをめざしているのなら複数のコンビニをハシゴしてバランスよく出来合いの総菜をそろえることも手段のひとつです。しかし、コンビニめぐりはお金がかかるので選択肢には入らない。コンビニをハシゴする主婦とはどういう主婦か?以前に書いた記事(「先進企業以上に効率的かもしれない主婦の夕食準備」)には次のような主婦が登場しました。

<夕食準備は近所のコンビニを2~3軒回れば大丈夫。コンビニめぐりを午後6時に開始。鮭の塩焼きからヒジキの煮物、きんぴらゴボウまで各種の惣菜をコンビニのはしごで調達し6時半には帰宅。7時から夕食。主婦としての付加価値は、決してコンビニのトレーをご主人や子供に見せないこと、つまり、調達してきた調理済みの食材を自宅のきれいなお皿に美しく盛り付け直す。そうすると、ご主人にとっては昔懐かしいおふくろの味の総菜が出来上がるそうです。>

食材の買い出しは週末と木曜日、食材はブロッコリーやレタスやニンジンなどの野菜は野菜室に、肉類は冷蔵室、ジャガイモなどは常温の保管場所に。おそらく近所のスーパーで簡単に手に入る野菜や肉(豚肉・鶏肉・牛肉)や魚の切り身などの食材が選択されています。魚料理は週に一度きり。3月だと鮭やカジキやアジ(ないしサバ)の切り身やむきエビ。ご飯(白米)と野菜はしっかり。肉は豚肉と鶏肉が中心。牛肉は魚と同じくらいの頻度。

もっと魚料理の回数が多くてもいいかと思いますが、魚だとターゲット層の波長と合いにくいのでしょう。油や脂を使った炒めものが多いところもターゲット層への配慮かもしれません。しかし、同時に海苔とヒジキの佃煮の作り方指導のページもありました。そういうものの指導のついでに旬の食材のお勧め産地などについても控えめに教えてあげるといいかもしれません。

今度スーパーやミニスーパーの生鮮食材売り場を定点観察する時に、そういう年齢層の女性(や男性)に出会ったら、そっと買い物かごの中を拝見してみましょうか。

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2019年3月 8日 (金)

歩行者が渡ろうとしている信号機のない横断歩道

どのくらいのクルマがルール通りに一時停止しているか。ある場所の一時停止率についての都道府県別の調査結果(JAF日本自動車連盟 2018年10月)がけっこう興味深い。その場所とは「歩行者が渡ろうとしている信号機のない横断歩道」です。

JAFでは2016年から当該調査を実施しており、2016年の全国平均結果は7.6%、2017年が8.5%、そして2018年が8.6%だそうです。2018年の(全国平均と)都道府県別の結果は以下の通りです(「乗りものニュース」から引用)。

201810
 
念のために、免許更新時の講習で配布される「わかる 身につく 交通教本」でこの項目をあたってみると、次のようになっていました。

「第2部 交通の方法に関する教則」の「第3章 自動車の運転の方法」に「3 歩行者の保護など」がありその中に以下のような記述があります。

「3-2 ・・・歩行者や自転車が横断しているときや横断しようとしているときは、横断歩道や自転車横断道の手前(停止線があるときは、その手前)で一時停止をして歩行者や自転車に道をゆずらなければなりません。」

これがルール違反として「主な一般違反行為の基礎点数と反則金の額」にどういう風に具体的に反映されているかというと、「横断歩行者等妨害等」の違反点数は「2点」、反則金の額は普通車で「9,000円」です。ついでに「泥はね運転」について調べてみると、違反点数は「ゼロ」、ただし反則金は普通車で「6,000円」です。

一時停止しない運転手の中にも「信号のない横断歩道なんてそんなものいちいち気にしていられない」という豪の者から、「歩行者に気がついたが歩行者が横断歩道を渡るのか渡らないのかわからないので渡らないと判断し、一時停止せずにそのまま通り過ぎた」、あるいは「歩行者はすでに横断歩道を半分以上4分の3くらい渡っていたので安全だと判断し(速度は落としたが)一時停止しなかった」までいろいろなタイプがいるはずです。

しかし、つまりは、信号のない横断歩道では歩行者がいても、車は、長野県と静岡県を例外として、10台に1台も停止しないということです。北海道だと、横断歩道と歩行者がいっしょに運転者の視野に入ってきても、20台のうち19台の車がそのまま(あるいは歩行者を少しは気にしながら)通過していくということです。

ゴム長の出番」という記事で「たいていの車は、水しぶきを歩道側に跳ね上げながら走っていくのがお好きなようです。好きというよりもそんなことをいちいち気にしていられないのでしょう。歩行者は専守防衛です」と書きましたが「歩行者の専守防衛」という点では「信号のない横断歩道」は「泥はね」と同じです。車が左右から来ていないことをしっかりと確認してからさっさと(早く歩けないかたは安全を念じながらゆっくりと)横断歩道を渡る以外に採りうる戦術はなさそうです。

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2019年3月 7日 (木)

平日夕方の家電量販店の短い行列

平日夕方の家電量販店です。1階の入り口付近のカウンターに短い行列ができていて、並んでいるのは若い(および比較的若い)男女です。ネットで注文した商品を受け取るためみたいです。

現物の品質や実勢価格をリアルな店舗で比較したあとネットで注文、というのは以前から人気のある消費者行動です。最近では、逆に、ネットで注文しても自宅で配達物を受け取ることが生活パターンなどの都合で時間的に難しい消費者は、お店で自分の都合の良い時間帯に商品を受け取ることができるようになりました。夜の再配達よりも、お互いに無駄がない。

リアル店舗とネットのようなバーチャル店舗の両方を抱えている流通チャネルでは、消費者はそういう選択の自由度を持てます。やや大げさすぎる(と、ぼくには思える)言葉ですがそういう流通の選択柔軟性を「オムニチャネル」と呼ぶ場合もあります(オムニ omni- は「全」「総」「あらゆる」「あまねく」という意味)。そういう言葉を意識的に使ってメディアや消費者向けの広告宣伝活動をしている古いタイプの流通も増えています。

10年以上使い続けてきた某社製のスチームアイロンに、ときどきわずかに水漏れが発生するようになったそうです。その某社のスチームアイロン(アイロンは伝統的に、つまりアイロンの好きな主婦が非常に多いという意味で伝統的に、ヨーロッパ製がよい)の熱量が強くて重量感のある最新型(スチームアイロンの原理は変わらないので改良型)を実際に目で見て実際に手で触るために、配偶者は、ぼくが夕方に短い行列を見たところの実店舗に出かけました。実物に納得したら注文ですが、実際の注文はネットからです。

その家電量販店が取り扱っているのはリアル店舗では広い意味での家電製品(家電の親戚の生活用品も含む)ですが、バーチャル店舗では本やCDなども販売していて、本やCDのネット通販から出発したある外資系企業よりも、物理的な流通品質ははるかに高いようです。だから、同じものを販売している場合は、日本国内で税金をきちんと納付しているところのこちらの企業を選択するようにしています。もともとが家電製品のリアルな店舗ビジネスから出発したところなので、広い範囲をカバーする効率的な自前の配送サービス網が整備されています。リアルチャネルとバーチャルチャネルが入り混じるようになって、流通サービスの強さが際立ってきました。

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2019年3月 6日 (水)

素朴な色合いの自家製タクアン

とても寒い時期にタクアンを樽から取り出すのは気合の要る作業ですが、寒さも少し緩んできたので、その分作業が楽になりました。

2014年版から2018年版の自家製タクアンの写真を並べてみました。

2014年版のタクアンとは、ここでは、2014年の10月末くらいに漬け込んで年明け(2015年)の10日くらいから食べ始め、ゴールデンウィークあたりまで食べ続けるタクアンを指します。朝ごはんの漬物のひとつです。

2015a 2014年版タクアン

2015年版タクアン 2016

2017a 2016年版タクアン

2018_2 2017年版タクアン

2018年版タクアン 2018c

自家製タクアンの原材料は、大根と塩と米麹(こめこうじ)と米糠(こめぬか)と赤い鷹の爪だけ。黄色を発色させるウコンも使っていません。だから地味な色合いの仕上がりになります。

季節になると「タクアン漬けの素」なるものも漬け物コーナーに並びますが、我が家は縁がありません。市販の「タクアン漬けの素」の中身(原材料)は、無作為に調べた範囲では、以下のような具合です(そのまま引用)。

A社: 『乳糖、酵母エキス、澱粉分解物、魚醤、蛋白加水分解物、貝カルシウム、甘味料(ステビア、甘草)(原材料の一部に大豆を含む)、食品添加物/着色料製剤(ビタミンB2 4.2%、ウコン末 0.8%、乳糖 95.0%)』

B社: 『煎りぬか、たんぱく加水分解物、調味料(アミノ酸等)、着色料(ウコン、ビタミンB2)、グルコン酸ナトリウム、調味料、加工でん粉』

C社: 『炭酸カルシウム 44.9%、着色料(ウコン)25.5%、調味料(アミノ酸)18.4%、サッカリンナトリウム11.2%』

使うかどうかは、消費者次第です。これらを使うと、鮮やかな黄色の甘いタクアンができあがるはずです。

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2019年3月 5日 (火)

味噌風味の小麦粉パウンドケーキ、あるいは、自家製は安心

味噌風味のパウンドケーキ」の続編です。

前回のパウンドケーキの原材料は「米粉、グラスフェッド・バター(強い弾力があって濃い黄色)、砂糖(砂糖は標準量の半分)、(放し飼いの鶏の)卵、そして(自家製の)白味噌」だったのですが、今回は、「米粉」ではなく本来の(というか一般的に使われているところの)「小麦粉」です。それ以外は前回とまったく同じ。

今回の小麦粉(北海道産)バージョンのほうが、米粉(北海道産)バージョンよりもよく膨らみました。小麦粉と米粉の特性の違いです。

A_201903

北海道のお菓子やケーキは、洋風であっても和風であっても、小麦粉や米粉や小豆やバターや牛乳など原材料の素性・出所がすっきりとしていることが多いので安心です。自分の知識や経験に照らして、それらがすっきりとしていないと思えば、あるいはそれら以外にすっきりとしていないもの(ある種の添加物など)が使われていると判断すれば、買わなければいいし、食べなければいい。

自宅で、たとえばパウンドケーキやアップルパイなんかを、自分で原材料を選択して作る場合は、そういう意味ではすべてがすっきりとしています。知り合いにも安心して食べてもらえます。

料理や調理がすべて「時短」だと味気ない。それともサラダでも炒め物でも市販の「マヨネーズ」で済ませますか、それとも和風味付けはなんでも「めんつゆ」ですか。

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2019年3月 4日 (月)

紙がざらついた本が意外と読みやすい

低品質の軽い紙を使った本の方が、紙質のいい、たとえば辞書のような薄くて白くて強い紙に印刷された本よりも読みやすい場合があります。実際に生成りではないにしても、生成り風に紙がいくぶんざらついたところが目に優しい。ページを繰るという物理的な作業も紙どおしのくっつきがなくスムーズです。その大きさが日本の小説の単行本に近い欧米のソフトカバーの本などはそういう意味では読むのが楽です。

ノンフィクション分野の580ページのハードカバー本と聞くと、それを手に取ったときの重さが読む前から容易に想像できるのですが(普通はずっしりと重い)、今、手にしている本はカバーがついた大型のハードカバーであるにもかかわらずとても軽い。最初はその軽さに驚きました。軽量である理由はその紙質です。いわゆるソフトカバー用(あるいはペーパーバック用)の、高品質ではまったくない種類と同質の紙を使ったハードカバーだからです。ハードカバーで厚みがあって作りがしっかりしていて、そして軽い。クロスオーバー、フュージョンという言葉が浮かんできます。

「あしたのジョー」なんかが連載されていた頃のかつての少年マンガ雑誌の紙質よりは断然いいのですが、そのハードカバー本の本文は高級感を感じさせない少しざらついた淡いベージュ色です。だから本棚に仕舞い込んであると、各ページの天地付近の紙の色が短期間でベージュから薄茶に変化してしまうかもしれません。しかし、元の色のままであったらけっこうな技術です。

日本の著名出版社の専門的な内容の本であっても、出版社によっては、紙の色の経年変化(劣化)がとても激しいものがあります。その重厚な内容の本を20~30年ぶりくらいに読み返そうとしたら、出版当時はその値段からして高品質だと思っていた本文の紙が全体的に想定以上に茶色くなっていて唖然としたことがあります。その出版社は、その時以来、本の品質という点に関しては信用ランクを2段階ほど落としました。

ざらついた安づくりの紙の本がなぜ読みやすいのか。軽くて持ちやすいということもありますが、ページのざらつきに読んでいるときの感情やそのときの一瞬の記憶が刷り込まれていくからでしょうか。電子書籍では、表示をソフトウェアで精妙に加工したとしても、提供が難しい種類の経験です。

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2019年3月 1日 (金)

ストローは麦わら

ストローはぼくは使わないので、もっと正確に言うと、ストローが必要な飲み物は家でも店でも飲まないので、ミクロ的にはどうでもいいのですが、最近のストロー素材のデフォであるところのプラスティック製(ポリプロピレン製)が、たとえば一部のファストフード店などでは、ECなどでの流れに応じて、マクロの観点から使用禁止になるらしいです。

以前はストローは麦わら(麦藁)でした。ストローという語の意味そのものが、その素材であるところの「Straw(麦わら)」からきています。夏の必需品だった(今でも一部の人たちにはそうであるところの)麦わら帽子の素材であるところの麦わらです。麦稈(ばっかん)ともいいます。

プラスティック(ポリプロピレン)製のストローが世に出てきて段々と蔓延(はびこ)ってきたときには、その風情のなさに驚きあきれたものですが、それが廃止ということになると以前の風情の一部が取り戻せそうです。全部が麦わらという具合にいかない場合は、麦わらのような品の良い紙製になるのか、それともストローなるものを使わなくなるのか。派手な色彩の紙素材だとかえって興ざめです。

プラスティック・ストロー廃止のニュースを聞いて、プラ以外の素材のストローがあることに驚いている若い女性が少なくないみたいですが、生まれてからずっと麦わらストローの存在を知らないのだから仕方ありません。

余談ですが、夏の終わりの北海道では、麦稈(ばっかん)ロールと呼ばれる、麦の穂を刈り取った後の麦わらを丸めて作った、直径が大人の背丈よりも高い短い円筒形のものが麦畑にゴロゴロと並んでいます。麦稈は牛の寝床に敷かれます。

下の写真は(手持ちの写真がなかったので)「森の中の支配人」さんのTwitter【#畑の学校】からお借りしたものです。麦稈ロールと麦わら帽子がいっしょに撮影されています(「森の中の支配人」さんにはこの場を借りてお礼申し上げます)

Family
       麦稈ロールと麦わら帽

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