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2019年7月16日 (火)

休日は雨がいいか晴れがいいか

雨の中を傘を差してズボンの裾や背中を濡らしながら目的地まで歩くのは好きではありません。そのためにレインコートというものがあるのでしょうが、レインコートは余分な一枚を羽織ることになるので涼しい季節以外は鬱陶しい。しかし用事があっても、それが出かける種類の用事でない場合は、休日は雨のほうがいい。

空気中の埃が雨に捉えられて地面に落ち、外の景色の色彩と輪郭が雨と湿気でぼやけて、余分な細部が視界から見えなくなってくれるのがいい。余分な音も雨が消してくれます。そういう時に、窓からぼんやりと眺める外界というのは、見慣れた景色であっても、雨というフィルターがかかるので、実際にはしないのだけれど、写真の一枚でも撮っておきたくなります。

一方、雨の日はたいていは低気圧なので、低気圧だと元気が出ない、何かをする気持ちがほとんど涌いてこない、つまり晴れてないと活動意欲が出ないタイプの人もいらっしゃいます。逆に晴れていると、いろいろなことをつぎつぎにやりたくなる。ごく身近にもそういうタイプがいます。

そういう二人が、雨の日の休日に家の中にいるとどうなるか。あるいは、そういう二人が快晴の休日に家の中にいたらどうなるか。

晴れの日が好きなほうが、そういうときに(ここでは晴れている場合に)どう二人の時間を使うのかに関しては発言権が強いので、雨が好きなほうにとっては「急に」、晴れが好きなほうにとっては「以前から予定していた通りに」、たとえば「床のワックスがけをしましょう」。

使うのは天然素材の床ワックスだし、ワックスをかけると木の床はつるつると気持ちいいし、晴れの日でないとあとの風通しや乾きのことがあるので作業は無理だし、手順も自家薬籠中のものなので、作業自体には何の問題も抵抗感もないのですが、違いはそれを「急に」と受け取るか「気持ちいい晴れの日にやろうとこの前から心の中で予定していた通りに」と考えるかの差です。

国際政治の流れの通りに、小国が大国の気持ちを受け入れ、大国の予定が予定通りに遂行されます。

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