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2019年7月 4日 (木)

札幌の「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」のことなど

北海道立近代美術館で開催されている「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」に行ってきました。東山魁夷が描いた唐招提寺御影堂のふすま絵や障壁画を目にするのは20年ぶりです。

今から20年前、1999年(平成11年)4月に「鑑真和上像里帰り二十周年展」が唐招提寺であり、その9日間は、開山忌(6月5日から7日)以外では開扉されない御影堂の中に立ち入りが許されるので、魁夷の絵をそれが実際に使われている部屋で拝見したいと思い、配偶者と出かけました。

今回の「障壁画展」は御影堂の実際の環境に近いものでしたが、そっくりに部屋を作るわけにはいきません。つまり美術品鑑賞用の造り、レイアウトです。しかし、いい空気感が漂っていました。

札幌で開催されるこういう絵画展や美術展のいいところは混雑しないことです。じっくりと絵と向き合えます。同じものが東京で開催されるとそうはいかない。おそらく普通の時間帯では人が多すぎて身動きがとれない。

数年以上前のことですが、空海の「聾瞽指帰(ろうこしいき)」上巻巻頭(書き出し部分)の強い書体を、同じ美術館の空海展だったか(あるいは別の名前のものだったか)で、ゆっくりと観賞することができました。

「空海」の書、たとえば、「風信帖(ふうしんじょう)」(空海が最澄に宛てた書状)や、上述の「聾瞽指帰(ろうこしいき)」(空海が20歳代前半に書いた比較宗教論)などと直に向き合いたいと思ったら、それが保管されている場所に時期を選んで出かけていくしかありません。だから、かつて、空海の「風信帖」に会うために東寺に、それから、「聾瞽指帰」に会うために高野山に、それぞれ足を運んだのですが、時にも恵まれたのか、ほとんど一人占め状態でゆっくりとそれらを拝見(拝読というより拝見)することができました。しかし、同じ書に、旅をせずに札幌のゆったりとした施設で出会えるというのは、それはそれでありがたいことです。

ここでは蛇足になりますが、その「風信帖」に関して、以前のブログ記事(「頌(じゅ)と文字」)に次のように書いたことがあります。

<「風信帖」と呼ばれている手紙は空海から最澄への返書ですが、後年の二人の確執の強い香りがすでに濃厚に漂っています。この手紙の書かれた背景を説明すると、配偶者はこの返信のことを、空海から最澄への「あっかんべー手紙」と形容しました。そういう気分の時の方が緊張しながらも筆が自在に走って、心や存在のありさまが文字の動きに見事に凝縮されるというのは、空海らしいといえば空海らしいのかもしれません。>

Wiki

                    空海「風信帖」(Wikipediaより引用)

札幌で開催される展示会や展覧会のあまりよくないところは、催し物によっては、作者のもっともいいものの集合ではなくそのサブセットにしか出会えない場合があることです。

先日、次のような記事が目に入りました。

「44年ぶりに発見。鏑木清方の名作《築地明石町》など3作品を東京国立近代美術館が新収蔵、公開へ ・・・ 竹橋の東京国立近代美術館は、近代日本画の巨匠・鏑木清方の幻の作品とされてきた3作品を新たに収蔵。11月1日より特別公開すると発表した。」

これらは特別公開の後は国立近代の常設になると思いますが、その三作品が常にそろって展示されているかどうかは保証の限りではありません。これは、頑張って日帰りで出かけていくしかなさそうです。

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