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2019年8月16日 (金)

台風レポーターが現場で静かになる時

札幌でも、今朝は5時過ぎからけっこう強い雨が降り始めました。風もあるし午後は強くなるという予報なので、ルッコラやバジルや青紫蘇はプランターと鉢植えを壁際に寄せて保護してやります。

台風10号の報道を見ていると、いつものことですが、現場のレポーターというのは、その場のリアルタイム映像が視聴者に同時に届いているにもかかわらず、現場の状況を視聴者に大げさに伝えたがるもののようです。全般的な気象庁の予報や警告や勧告内容と現場の様子の間に乖離があると、現実の姿があるべき現実でないのでおかしいというような口調にさえなります。

だから台風の目というか今回のようなとても大きな台風の大きな空洞的な中心に入った地域では、陽が差し波風もほとんどないような状況で、視聴者は、そこに知り合いや親戚がいる場合は、風雨の激しい大型台風というような一般描写ではなく、その場の正確な様子を(数時間前からの推移を含めて)伝えてほしいのに、そういう穏やかな場所でも雨が横殴りに降り風が飛び荒れているというふうにしゃべりたくてしかたがないみたいです。そうでないと自分が心地よい興奮状態になれないので仕事をしている感じがしないのでしょうか。

天気についての現場レポーターはたいていは饒舌で(レポートが仕事なのでそうでないと務まらないとしても)、それも住民への危険性が高い方向に傾いた饒舌がお好きなようです(あるいは、より安全性を重視する方向に傾いた饒舌が好みとも言えますが、しばしば「狼が出るぞ」口調になるようです)。気象庁の予報や観測と異なるローカルな個別事象がそこにあるならできるだけ見た儘を正確に伝えてほしいと思います。

視聴者はそれほどぼんやりとしているのではなくて、「雨雲の動き(高解像度降水ナウキャスト)」のような、1時間前の実際の雨雲の状態から1時間後の雨雲の状態まで、5分ごとの降水強度分布を、250メートルのメッシュ単位で報告・予測する気象庁のウェブサービスも参照しながらレポーターの報告を聞いています。

だからそういうレポーターが冗漫なおしゃべりをしている間はレポーターがいるあたりの地域の危険性のレベルは低いとも言えます。なぜなら、ほんとうにひどい状況、つまりレポーター自身が一瞬でも身の危険を感じるような状況に接すると、そのレポーターから饒舌が消え寡黙とは言わないまでも慎重な口調のレポーターへと変身するからです。そして状況をできるだけ「ケレン味」を排除して客観的になぞろうと努め始めます。そういう場面(というか人的な現象)を今回もテレビ画面上で観察しました。そういう場合は、レポーターの言葉と映像情報が一致しており、視聴者もレポーターの言葉に対してしっかりと聞く耳を持ち始めます。

【註】「雨雲の動き(高解像度降水ナウキャスト)」とは 気象庁が提供している、気象レーダーの観測データを利用した、250m解像度で降水の短時間予報ですが、詳しくは「高解像度降水ナウキャストとは」を参照。

札幌管区気象台では、学校が夏休みに入った7月下旬のある金曜日の夕方から夜にかけて、一日だけですが、オープンキャンパス風の気象台見学会を開いています。施設のさしつかえない主要部分を市民は自由に見学できます。職員とも気象台の仕事や天気予報について自由に会話ができる。立ち入りが許可された区域では写真撮影も大丈夫です。気象台活動のプロモーションが目的ですが、そういう機会がないと内供の様子がわからないので、都合が合えば参加するようにしています。いろいろと質問もさせていただきます。

下の写真は、その時(2016年7月22日)の2枚。時刻は午後7時。夜勤の担当者が仕事中です。株や債券のトレーディングルームではありません。

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