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2019年9月19日 (木)

「アル添」と、マイナス120点

評論家の中村光夫は、ある出版社に持ち込まれた「中世」など複数の三島由紀夫の初期作品原稿に目を通す機会があって、その時に「マイナス120点」と言ったそうです(しかし、その後、中村の三島評はプラスの方向に豹変)。
 
ぼくは若い時分はそのころの日本酒が嫌いで、その理由を二つ挙げると
 
― 夜、仕事の後で、遅めの電車に乗ると、酒場の会話の続きを持ち込んだ酔っ払いの親父どもが、日本酒の気持ちの悪いにおいをぷんぷんさせて、声高な会話は耐えるとしても、彼らが発する日本酒のにおいの酷さを我慢するのが辛かった
 
― 普通の居酒屋や小料理屋の日本酒は、とくに燗酒は関西の有名ブランドであれ何であれ「アル添」(醸造用アルコールを添加した日本酒)だったので、そのためだけだったのではないにせよ、ぼくは悪酔いや二日酔いをすることが多く、日本酒というのはどうしようもない酒だと思っていた。
 
コメ不足になった太平洋戦争後は、日本酒の供給量を増やすために全国の酒蔵で「三倍増醸」と呼ばれたアルコール添加が盛んに行われていました。たとえばある酒蔵ではアルコール添加を全面的に止めたのは2006年になってからだそうで(当該酒蔵のウェブサイトによる)、ということはつまり、それまでは「アル添」をそれなりに出荷していたということになります。
 
今でも本醸造酒(に分類される日本酒)は「アル添」で(アルコール添加量は控えめですが)、これを「淡麗辛口」と評される方もいらっしゃるようです。燗酒をお願いすると、何も言わない限り、デフォで本醸造酒の入ったお銚子になることが多い。
 
評論家とも小説家ともエッセイストとも言えない三つの混淆のようなある文士のエッセイ集(文庫本)を読んでいたら、おそらく昭和32年(1957年)に発表したと思われるある旅のエッセイの中で「アル添」日本酒に関する記述にぶつかりました。以下その部分をそのまま引用します(□□□は固有名詞の伏字、改行はありません)。
 
『□□□は、類別すれば辛口の部類に属する酒なのだろうと思う。しかしいつからのことなのか、米を節約するために政府の命令で醸造中の酒の原液に何パーセントかのアルコールをぶち込むことになってからは、酒を作る技術はこのアルコールの匂いを消すのに集中されることになったようで、上等な酒であればある程、最初に口に含んだ時の味は真水に近いものなのだと、まずそう考えて間違いなさそうである。喉を焼かれる感じがするから辛口で、甘いから甘口なのだという区別はもう存在しない。その代わりに、何杯か飲んでいるうちに、昔飲んだ酒の味の記憶が微かに戻って来て、それが現在飲んでいる酒の味になるから不思議であり、そして暫くすると、要するに昔とは規律が根本的に変わったのだということに気付く。今の醸造家が目指しているのは、酒の中の酒というふうなものであるらしくて、その域に達すれば甘口も辛口もないし、ある意味では、我々はアルコール添加のお蔭で昔よりも純粋な酒の味に接していることになる。そして□□□は、日本で現在作られているそういう良酒の一つである。』
 
これは昭和32年の話だし、当該文士にもいろいろな事情と気遣いがあったにせよ、この一節に関しては「マイナス120点」を付けたいと思います。
 
この文脈で『上等な酒であればある程、最初に口に含んだ時の味は真水に近いものなのだと、まずそう考えて間違いなさそうである』と言われても、それから『ある意味では、我々はアルコール添加のお蔭で昔よりも純粋な酒の味に接していることになる』と説得されても、はあ、と返答するしかありません。


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