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2019年10月

2019年10月31日 (木)

赤信号で止まってくれるとは限らない

してもしなくてもとくには変わりはないにしても、そういうのを習慣づけていると少しは違ってくるかもしれません。

自転車が身体のすれすれをけっこうな速度で走り抜けていってヒヤッとするのはよくあることですが、自動車が横断歩道のある赤信号で止まらないというのはあまりありません。しかしあまりないということは、たまにはあるということで、つまり横断歩道を渡っているときに左右から近づいてくる車が常に確実に停止してくれるとは限らない。
 
だから、車の雰囲気に違和感のある時は、車の停止を確認した後で横断歩道に入り始めるくらいの気持ちでいたほうが近頃はよさそうです。休日の夕方に速足ウォーキングをしているときに、老齢で歩くのがやや辛そうなかたが車に乗り込んで走り去るなどという光景を目撃すると、そういう考え方も極端ではないのかもしれないとは思います。
 
たまたまそういう時期なのか10%の消費税が嫌だったのか、札幌では集合住宅やオフィスビルの外壁修繕工事が、去年も今年もけっこう目立ちました(まだ終わっていないとことも多い)。車が赤信号で止まってくれるとは限らないのと同じで資材の一部や道具が、修繕工事中の足場などから防御板の隙間を抜けて、歩道まで落下して下を歩いている人をひどく傷つけないとは限らない。死につながるそういう事故も繰り返し発生しています。
 
だから、歩いているときは、可能なら、そういう場所は避けて通りたいものです。

食べものも同じで、ジャンクフードや裏面の成分表示欄に一般家庭の台所で常備していない不可思議な名称のもの(いろいろな食品添加物やたんぱく加水分解物など)が記載されている加工食品は、工事現場の真下と同様に避けて通りたいものです。しかし、そういうものを避けていると遠回りになるので流行の「時短」にはなりませんが。
 
事故は不慮の事故という場合が多いにしても、基本的なことで用心していると不慮の事故に巻き込まれる確率は小さくなると思われます。


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2019年10月30日 (水)

年賀はがきの部分外注

手書きの頃は別にして、数年前よりも前は、年賀はがきはPCの年賀はがき作成支援アプリを使って表も裏も自分で印刷していました。
 
しかし数年前から表と裏の両方の作業が面倒になってきて、表面は黒インク文字だけなので自宅でプリンター印刷するのでいいとしても、色や模様やイラストが入る裏面は「外注」「アウトソーシング」の方が面倒でないので(自宅印刷は多めの複数枚だと疲れてしまいます)、出来合いのデザインの中からフォントも含めてどれにするか配偶者と相談しながら選んでいました。年賀はがきは配偶者とぼくの連名で出すので選択のための相談というプロセスが必要です。
 
その結果、過去数年のアウトソーシング先は退屈だということになり、撮りためてある近所の冬や秋の風景を撮影したもの中から雰囲気のいいのをとりあえず一枚選び、はがきの裏面全面に縦にそれを配置しても大丈夫な按配のテンプレートを用意してあるところがないかと捜していたら、この世界も競合が激しいのかそういうものはやはりあるものです。ただし、写真一枚とはいえデザイン料にコストがかかっているのか値段が少し高くなる。
 
写真もこのブログに使うような対象をまん中に置いてその様子を正確に伝えるスナップショット風のものだけでなく、それとは別の指向性のものも撮るので、後者の中から冬や秋の札幌を感じさせる縦型の写真を選びます。ただし、年賀なので場所は自宅の近所や周辺のものに限定です。
 
写真を選べばPC上で簡単に仕上がり具合(テンプレートと写真の組み合わせ)をシミュレーションできますが、はがきの印刷だとどうなるか確認してみたい向きには、はがき一枚の印刷無料サービスが用意されていたので、申し込みました。このブログを書いているときはその郵便物がまだ到着していないので明日以降のお楽しみです。
 
年賀はがきの紙は筆向きではありません。その筆先の滑らない紙に「褚遂良(ちょすいりょう)」ような楷書で書かれた年賀はがきというのをもらってみたいと思うし、また出してもみたいのですが、そういうシミュレーションサービスというのは寡聞にして知りません。


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2019年10月29日 (火)

紅葉(黄葉)するナナカマドと、桜もみじ

札幌市内をぶらぶら歩くと頻繁にナナカマドに出合います。でも、仕事で速足のかたはナナカマドそのものに気がつかないし、なんだかよくわからない街路樹が並んでいるという程度の感慨しか持たないかもも多いかもしれません。
 
ナナカマドの実は、秋には、たいていは赤に染まります。なかにはオレンジと朱色の中間の色合いになるのもあります。葉も「黄葉する」ものと「紅葉する」ものがいますが、紅葉するのはけっこう少数派のようです。
 
秋の色になったナナカマドに遭遇すると写真で残したくなります。黄葉したのと紅葉したのをならべてみました。ともにこの一週間の様子です。
 
Photo_20191028123301 H
 
桜の葉が地味に紅葉した状態を「桜もみじ」と言います。ぼくはそういう地味なのが好きなようです。
 
A_20191028123401


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2019年10月28日 (月)

天日干し3日経過の大根と4日経過の大根が合わせて34本

タクアンにするために天日干し中の大根、昨日(日曜)の午後の様子です。
 
大根は今年は全部で34本。34本の生産農家は3軒で、購入の順に書くと、8本の有機栽培と10本の慣行栽培と16本の慣行栽培の大根です。大根を見るとどこの農家のものかはすぐにわかる。同じ青首大根とはいえ、品種が違うので、それぞれに特徴があります。
 
去年のように全部を同じ農家の有機栽培で揃えたかったのですがそうもいかない。しかし、タクアン向きの小ぶりなものやほっそりとしたものが結構手に入りました。
 
10日間ほど干すと、「く」の字や「つ」の字に折り曲げられるほどには大根は乾燥するはずです。
 
34-20191027
 
タクアンづくりに必要なものは、漬け込み容器の一斗樽(いっとだる、我が家では実際には19リットル入りの業務用ホーロー容器を利用)、天日干しした大根、塩、米糠(こめぬか)、米麹(こめこうじ)、そして、鷹の爪です。それぞれの使用量は次の通り。
 
・大根: (かりに)乾燥重量を34本で8.0kg(とすると)
・塩:   乾燥重量の4%で320g
・米糠:  乾燥重量の20%で1.6kg
・米麹:  200g(市販の麹の一袋が普通は200g)
・鷹の爪: 掌(てのひら)いっぱいくらい(カビると嫌なのでヘタは切り取り、タネも取り除いておく)
 
塩と米麹(こめこうじ)と米糠(こめぬか)と赤い鷹の爪をいっしょに混ぜ合わせ薄茶の粉を作っておきます。同時に純米の日本酒も用意しておきます。


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2019年10月25日 (金)

あると便利というわけでもない腕時計型デバイス

健康食品のテレビコマーシャルだとたいていは「これは個人の感想です」といった文字コメントが入りますが、これもそういう意味では「個人の感想」です。しかし、感想の向いている方向はコマーシャルとは反対です。
 
腕時計はぼくには必需品です。必需品ではないとしても、あるととても便利な道具には違いない。しかし、腕時計型の電子デバイスの存在理由がぼくにはよくわからない。込められた機能がいっぱいというわけでもないのに、機能の連携が素晴らしいというわけでもない。
 
腕時計型電子デバイスの時計機能が素晴らしいかというと普通です。常に自分の脈拍や血圧を把握しておかないと気が済まない健康マニアに訴求力があるのかと思いきや、脈拍は測定するけれど血圧は測らない。キャッシュレス機能も一部に限られる。
 
このタイプの腕時計型商品は以前からあって繰り返し現れます。だから専用型かそれなりに汎用型の違いはあってもニッチ商品には変わらないので十分な利益が出る程度に売れるものかどうか、ぼくにはよくわからない。ぼくにとって確かなことは、ぼくは買わないということです。
 
かりに健康分野に関係する機能に限定しても、相変わらず、血圧が130超えたらヤバいというメッセージが循環器系領域で復活してきて、したがってそれがサプリメントをはじめいろいろな関連商品の広告で援用されているので需要の喚起刺激にはなっているのでしょう。だから血圧を過度に気にする一部のお年寄りや熟年層には、従来の家庭向けよりも使い勝手がいいかもしれません。しかし、そういう人にはスマホの充電と同じで腕時計型デバイスの充電というのも面倒です。
 
「時間以外もわかります」と言っていたのか「時間以外も測れます」と言っていたのか覚えていませんが、脈拍も測れる腕時計型の電子機器のテレビコマーシャルの訴求対象者がそういう年寄りでないことは確かなようです。

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2019年10月24日 (木)

ご近所大根でタクアンの準備

タクアンを作るためにまず大根を干すとして、札幌では大根を干し始めるのは、適度な寒さと低い湿度と日中の暖かい陽光が組み合わさるところの10月最後の週かその少し前です。寒すぎてもよくありません。今年は10月下旬にも台風の影響があるかもしれないので予定通りに作業が進行するかどうかやや不透明ですが準備にとりかかりました。
 
ある有機栽培農家の大根を先日10本購入しました。その農家が出荷する大根とは今年最初の出会いです。去年のタクアンはその農家の大根でとても美味しかったので今年も迷わずそこのものを選びます。初回購入の10本のうちいちばん太い3本は「べったら漬け」にまわし、残りの7本をタクアン用ダイコン(の一部)とします。タクアン用には大根が20数本必要です。
 
その農家の大根はもともとがタクアン用には最適とは言えない種類の青首大根なので、つまり望ましいサイズよりも太くて丸々としているので(だから料理すると美味しい)、干すにも時間がかかります。すらっとした白首大根は近所では手に入りません。
 
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タクアン用の最初の10本。ただし、太い3本は「べったら漬け」に使います。
 
近所の小売店チャネルでは20数本を一度に確保するのが難しいので、去年からそうしたように、全部の本数がまとまってから一斉に干すというのはやめて、7~8本ずつ購入し、順番にその本数だけ干していきます。そういうふうにやっても全体を何とかほぼ均一に干せるものです。
 
翌日に、別の2軒のご近所農家で栽培された小ぶりな大根が並んでいたので、カゴに入っていたのを全部(といっても9本でしたが)購入。左の2本と右の7本では見た目にも栽培農家が違う感じがします。16本になりました。2本か3本の単位で麻紐で結び、さっそく天日干しです。
 
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米麹と塩の手配は済んでおり、糠(ぬか)は漬け込みに間に合うように熊本のものを取り寄せます。タクアンのような常温保存ができる食品は、梅干しや味噌と同じで非常時にも活躍します。


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2019年10月23日 (水)

プラタナス

プラタナスの幹の模様はほとんど抽象画で、秋以降は肌の鮮やかさがいくぶん失われますが、葉が鬱蒼と生い茂る前の春の頃は、プラタナスの並んだ通りをそれぞれに個性のある抽象模様を比べながらやや冷える早朝に散歩する楽しみがあります。
 
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その街路樹としてのプラタナスは、夏に緑の大きな葉を多すぎるほどに茂らせた後、札幌では10月になると冬越しのために大胆に選定されてしまいます。
 
冬越しを迎えるプラタナスは、来春の「再生」のために必要な小枝と少しの葉を残してあとはすっかり刈り込まれます。大枝はきれいに迷いなく市の園芸職員に切り落とされてしまって、いささか侘しいくらいです。しかしこういう姿だと雪は枝にはわずかしか積もらず、倒壊や枝折れの恐れはありません。
 
プラタナスの植わった通りは札幌にそれなりに多く、左下がそのひとつで、写真の時刻は先週の遅い午後。右下は別の通りで時刻は先週末の早朝です。大胆に枝を選定されたプラタナスの並びがレンズを通すとどんな風に見えるか、スマホで撮影してみました。
 
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2019年10月21日 (月)

窓ガラス掃除に電動の支援ツールを使ってみた

丁寧な窓ガラス掃除は年に4回です。ホテルの大窓を掃除する係の技には及びもつかないにしても、幅が30㎝のスクイジーと好みの濃さに薄めた温和な洗剤を使っています。
 
雪も降らなくなり暖かくなってきた5月の連休あたりがその年の最初の窓ガラス掃除です。その時期の窓ガラスは冬に何度も吹き付けた横殴りの吹雪や排気ガスを含んだ冬の外気でそれなりに汚れています。暖かい休日の風のない午前11時過ぎくらいがいちばんやりやすい。春の最初の窓ガラス掃除は、一度ではきれいにならないので続けて2度やって汚れを丁寧に取り除きます。
 
2回目は夏の入り口、3回目は夏の真ん中。そして4回目(その年の最後)が9月下旬から10月初めにかけてです。今年の4回目は、予定の時期は台風が騒々しかったので、10月20日になってしましました。ところで、今年はその4回目から、今まで10年以上使い続けてきた素朴なスクイジーではなくドイツ製の窓ガラス掃除の支援ツール(窓用バキュームクリーナー)を使うことにしてみました。
 
理由は二つです。
 
ひとつは、普通のスクイジーと洗剤の組み合わせだと、アマチュアとしてはどうしても窓の下に洗剤を垂らしてしまい、その後片付けがそれなりに面倒です。だから、ガラスを水で薄めた洗剤で掃除しながら同時にそれを吸い取ってしまうような道具があれば便利です。
 
もうひとつは、冬の窓ガラスの結露の処理です。
 
札幌の家屋は寒冷地仕様です。寒冷地仕様のわかりやすい例をあげれば、外壁は十分に厚く断熱能力が高い、ガラス窓は二重窓で内側(部屋側)の窓ガラスには Low-Emissivity(低放射)の複層ガラスを使っている、などです。つまり、昼間の太陽光の室温利用を含めて、暖房効率が高く(なお、暖房効率が高いと冷房効率も高い)、冬も普通の寒さでは、たいていの東京の家屋などと違って、窓ガラスに結露は発生しません。
 
しかし、そういう二重窓構造にしてあっても、最低気温が氷点下7~8℃から氷点下10℃の日がしばらく続くと、外側の窓ガラスの内側に結露が生じます。これを複数枚の雑巾で毎日拭うのも、そういう日の結露は非常に冷たいので辛い作業です。
 
そういう理由から、ドイツ製(製造はリトアニア)の「窓用(電動)バキュームクリーナー」を購入し、使ってみました。
 
「窓用(電動)バキュームクリーナー」はスクイジーに掃除後の洗剤吸引能力を付けたものなので、スクイジーを使い慣れていると、器具の癖と専用洗剤の癖を呑み込んだら、それなりに簡単に使いこなせます。要は、一回の掃除面積を欲張らないこと。今までよりも掃除単位面積(つまり掃除の基本単位の長方形)を小さくして、それを順番に繰り返します。だから長方形と長方形の間にはどうしても筋(とくに上下の長方形の間の筋)が残ってしまいますが、上質なペーパータオルでこするとすっと筋は消えてしまいます。あとは残りません。そういう性質の強い成分を含んだ専用洗剤なのでしょう。
 
次回(たとえば一週間後)はもっと要領よくできると思うので(結露処理はとくに練習しなくても簡単)、当分は使い続ける予定です。ただし、作業中のマスクは必需品のようです
 


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2019年10月18日 (金)

「それなら北方領土くらいで」

『2020年東京五輪の男女マラソンと競歩について、国際オリンピック委員会(IOC)は16日、猛暑対策で、コースを東京から札幌に移すよう、大会組織委員会や東京都などに提案すると発表した』(朝日新聞デジタル 2019年10月16日)。その結果、結構な騒ぎです。
 
東京五輪のマラソンと競歩の札幌開催提案という今回の「青天の霹靂」(という言葉を借用して)という事態を、当事者には申し訳ないのですが、「決定事項の一部の内容が何らかの『真っ当な理由で』別のものにゴリ押し的に変更になった場合にどう対応・収拾するか」という一般問題の一事例と考えて、ミーハーとして楽しんでいます。ぼくは札幌に住んでいるので全く関係がないわけではない状況におかれてはいるのですが。
 
なかなか愉快な発言は、《マラソン変更「それなら北方領土くらいで」小池知事》(朝日新聞、見出し)で、長く引用すると「涼しいところでというのなら、『北方領土でやったらどうか』くらいなことを連合から声を上げていただいたらと思うわけです」(朝日新聞デジタル 2019年10月17日)。切れてしまって苛々するとこれくらいの皮肉を言いたくなるというのはよくわかります。
 
「日本経済新聞」(2019年10月18日)の一面コラムにも書いてあったので「皆さんご存知のように」ということなのでしょう。Tokyo2010組織委員会がIOCに提出した「立候補ファイル」というものがあり、当然公開されているのでその重要な一部(全体コンセプト)を引用してみます。
 
Tokyo-2020
 
 
「2010年第32回オリンピック競技大会を開催するに当たり、貴都市が予定する開催期間とその詳しい根拠を教えてください」という問いに対して
 
「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である。」「さらに、この時期は日本全国で・・・祝祭ムードが漂っている。」
 
と答えていますが、この時期は死ぬほど暑くても決して温暖ではないし、6日の広島と9日の長崎があるので、全国的に盆踊りの季節ではあるものの、「祝祭ムードが漂っている」というわけでもありません。プレゼンテーションの中で事故を起こした原発が「Under Control」という発言もありました。
 
こういう記述に間接的に言及しながら(あるいはそれを匂わせながら)変更をゴリ押しするのは、ゴリ押しする側にとっては楽しいと思います。
 
東京中心の天気予報などを拝見していると、たとえば台風が北海道に進むと「台風は本州の北側に、国外に抜けました、従って東京は安全です」的なニュアンスの発言をするアナウンサーや気象予報士もときどきいて、それはそれで正しい観察なので、そういう意味では「それなら北方領土くらいで」というのも的外れでないのかもしれません。


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2019年10月17日 (木)

プラタナスの大規模剪定の季節

プラタナスは札幌市では比較的本数の多い街路樹で(全部で約12,000本)、10月はそのプラタナスの剪定の時期です。プラタナスはともかくひとつひとつの葉が大きい。野球のグローブより大きい。で、秋に枝を思い切って根元あたりから剪定しないと、そのあたりの道路がグローブ大の葉だらけになってしまいます。
 
それに、この時期に大胆な剪定をしておかないと、雪の重みで枝が折れて危ないし、枝に積もった雪が下を歩く人の頭上にドンと落ちてきてこれもやや危険です。冬は、歩道に面した人の出入りの多い建物の歩道側に「落雪注意」という掲示板が置かれますが、そういうことです。
 
下の写真は、手前側が風で道路に落ちたプラタナスの葉と、奥側が札幌市に委託された業者が剪定用の専用車両で葉のついた枝をバサッバサッと切り落としているところです。その作業は早いところは10月中旬に着手し、雪が降り始めるまでには全部を回り終えるようです。切り落とされた葉と枝はけっこうな量になり、トラックで燃えるゴミ捨て場かどこかに運ばれていく。
 
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ビフォー&アフター風に言うと、左が初夏の午後のプラタナス、右が同じ場所の秋の夕方のプラタナスです。この、剪定後に微妙な感じでほぼ裸になった樹を眼にすると、あまり歓迎したくない雪が徐々に近づいてきていることを改めて知ることになります。

S  11_20191016113401

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2019年10月16日 (水)

秋のシンジュの舞い

台風19号の影響は札幌では、雨が降り続いたり比較的強めの風が吹いたりした以外はなかったのですが、その風で、シンジュのタネの舞いを堪能することができました。空中を竹トンボのように、あるいは竹トンボ以上の飛翔力で飛び回ります。一旦舞い上がるとひらひらと漂い、ときに上昇してスーと滑空し、なかなか落ちてきません。
 
我が家にいっぱい飛び込んできたもののごく一部が10円玉といっしょに撮ったすぐ下の写真です。
 
Photo_20191014122401
 
どういう場所を基地にしてそこから飛翔し始めるかというと、たとえば以下の写真のようなところです。夏は緑だったのが、秋に茶色になり、風が吹けばいつでも舞える準備が整っています。今回やや強めの風が吹き、最初の写真のような「竹トンボ」が大量にその辺りを飛び、落下してきました。
 
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        シンジュの樹と茶色くなった「竹トンボ」
 

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2019年10月15日 (火)

土地の記憶、名前の記憶

今回の台風19号で首都圏も冠水被害を受けましたが、その一つが超高層マンションが近年密集してきた首都圏のある地域です。そこは都心に比較的近く通勤や通学のための公共交通機関の利便性もとても高いところです。
 
そのあたり一帯は以前は工場専用地帯でしたが(今でも一部は工場地域)、そのずっと前は田園だったようです。「旧河道(きゅうかどう)」だったかもしれないと思い調べてみましたが、100年と少し前の地図と現在の地図を見くらべても、川の流れはいくつかの蛇行部分を除きそれほど変化していないので、そのあたりが以前は川だったのがそのうち旧河道になったのかどうかはよくわからない。

旧河道とは、昔、河川だった場所で、河川の流路が変わって水が流れなくなってその結果できたものです(「山から海へ 川がつくる地形」本編資料編 国土地理院)。だから豪雨の場合などは自然が昔の記憶を呼び戻すので、水が流れ込んで冠水被害などを受けやすい。下は、上記資料からの引用で「都市部の旧河道」についての説明です。ちなみに、札幌市の東北部にある大きな美術公園(モエレ沼公園)は旧河道の跡地をうまく利用したものです。

Photo_20191014125301
 
北海道の札幌(さっぽろ)は「アイヌ語で『乾いた大きな川』を意味する『サッ・ポロ・ペツ』」に由来します。稚内・幌加内の「内」や登別・当別・江別「別」は、「ナイ」や「ペツ」という「川」を意味するアイヌ語を(漢字の当て字を通して)受け継いでいます。温泉地である登別の「登」は「ヌプル」の当て字、「ヌプル」の意味は「濁る」、つまり、登別は温泉地らしく「濁っている川」という意味になります。
 
北海道ではありがたいことに漢字の当て字を通してアイヌの土地の記憶が受け継がれており、そういう意味では東京の中心部も同じことです。溜池、赤坂、青山、四谷、渋谷、神泉、荻窪、池袋・・・。池、谷、山、坂、泉、窪、袋。池も窪も袋も「水がたまりやすい場所」という意味です。土地の形状と水の記憶です。
 
昔のいやな記憶を消すために電鉄会社やディベロッパーが自治体に働きかけて駅名や地域の地名をそれらしいものに変更するというのも需給の流れで致し方ないのかもしれませんが、地名は、あまり、いじりたくないものです。
 
氾濫しやすいことで有名な川に利根川支流の「鬼怒川」があります。「鬼」が「怒る」「川」なので、氾濫の記憶に満ちた命名です。北海道にも「深川市」と「沼田町」を流れる「雨竜川」という名前の川があります。氾濫の記憶が「雨」と「竜」に引き継がれています。
 
川が氾濫したり、山を切り崩して造成された高台の住宅地に激しく雨が降ると、「思わぬ場所」や「本来の場所でないところ」にあらたに川が発生することがあります。実際は「本来の場所」に久しぶりにまた川ができたということで、住民の数十年の記憶にある本来よりも、数百年から数千年の自然の推移においての本来のほうが本来度が強かったというわけです。
 
現在は「・・台」や「・・丘」と呼ばれている住宅地の、たとえば、50年前の地名、100年前の地名は何だったのか。古い土地の名前は、その土地の特性をたいていは凝縮しています。100年くらい前までの地形と現在を簡便に比較するには「今昔マップ on the web」が便利です。

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2019年10月11日 (金)

18歳の吉田健一と27歳のジョーン・ロビンソン

本棚の奥に紙が経年変化した「経済学の考え方」(宮崎義一訳)という本があります。著者はジョーン・ロビンソンという1903年に生まれ1983年に亡くなった女性経済学者です。その本の隣には「ゆたかな社会」(ガルブレイス著)が立っています。サムエルソンのような無味乾燥な内容の著作が得意な学者とは違って、彼女は思想的、情熱的な経済学者でした。
 
「経済学の考え方」の訳者あとがきにあるように、彼女は別の著書で「経済学を学ぶ目的は、経済問題について一連のでき合いの答えを得るためでなく、いかに経済学者にだまされないようにするかを習得するためである」と言っており、その言葉がそっくり「経済学の考え方」の内容要約にもなります。
 
彼女は何度かノーベル経済学賞の受賞候補に挙がりましたが、受賞できなかった理由として選考委員会の委員長は「賞を辞退する恐れもあったし、脚光を浴びる機会に乗じて主流派経済学を批判する可能性も考えられたからである」と述べたそうです(この項はWikipediaを引用)。
 
吉田健一の著作を拾い読みしていたら、短いケンブリッジ留学時代の思い出を書いたエッセイに次のような一節がありました。
 
「教育すると言っては言ひ過ぎで、彼(【註】ディッキンソンという長老フェロー)の態度にそのやうな所は少しも見えず、又事実、彼は若いものと付き合うこと自体に興味を持ってゐたらしく、彼の部屋での集まりは、寧ろサロンの感じがした。ライランズもよく来た。他に、二年、三年の学生や、ライランズと同年輩の教授達やその夫人達、それから、アイルランド系ではないかと思われる、会ってゐて何とも明るい感じがする、名前は忘れたが女の経済学者も、ディッキンソンの所に集まる常連の一人だった。一年生で来るのは、ロオスと私位なものだった。」
 
調べてみると、その女の経済学者がジョーン・ロビンソンで、吉田健一がケンブリッジにいたのは1930年から1931年なので、18歳の先の見えない暗い感じの吉田が、27歳の「何とも明るい感じがする」ジョーン・ロビンソンと出会っていたことがわかります。
 
ただそれだけのことですが、吉田は才気煥発な27歳がけっこう気になったのでしょう。27歳がその18歳をどう思ったのか、その18歳とどんな会話を交わしたかはわかりません。
 
そういう一節を眼にして本棚を確かめに行ったらいくぶん茶色くなった「経済学の考え方」が奥の方にあったというわけです。


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2019年10月10日 (木)

あまり好きではないけれど役に立つこともある言葉

昨日ラグビーについて、ワールドカップでメディアに乗せられてミーハーをしていると書いたついでに、またラグビーに(おそらく)関連したことについて触れてみます。
 
ぼくがあまり好きでない言葉がいくつかあって、その中の二つがラグビー関連用語というふうに聞き及んでいる「one for all, all for one」と「no side」です。「好きでない言葉」と言いましたが「それを聞くと眉に唾を付けたくなるような言葉」と言い換えてもかまいません。
 
「one for all, all for one」と「no side」は、それを称賛するかたは多くても嫌いだという人はとても少ないし珍しいようです。
 
価値観を共有している比較的小さなクローズド・サークルでそれらが使われている場合にはそれはまっとうな考え方なので、ある場面でその使用者にいろいろと利害の思惑があったとしても、それは駆け引きという景色の中のひとつの彩りなので、「one for all, all for one」と「no side」についてそれをわざわざ好きだとか嫌いだとか言う必要はありません。
 
しかし、そういうクローズド・サークルを離れた場合は、「one for all, all for one」や「no side」というのは、為政者とか経営者といった立場の人にとってはけっこう使い勝手のいい便利な言葉と化します。普段は心の奥では決してそんな風に思っていない人が、多数を前にした際のスピーチでその言葉をある意図をもって使うのを何度か目にしてきました。そういう立場だとそういう言葉を一度くらいは使ってみたくなるというのはよくわかります。
 
その美しい変形が「And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you--ask what you can do for your country. My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.」(ジョン・F・ケネディ 大統領就任演説 1961年)で、その後にベトナム戦争が続きました。
 
そういうことを考えると、「one for all, all for one」や「no side」というこの二つの表現は聞く側にとっても便利で有益な言葉です。それを口にする人のその時の表情や文脈やニュアンスによってその人の実際の思想や隠れた品性を判断する試験紙の役割を果たしてくれるだろうからです。


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2019年10月 9日 (水)

ラグビーと野球はローカルスポーツ

今はスポーツと言えば(これをスポーツと呼ぶとして)早歩きだけです。一人だと時速6㎞くらいで40分くらい歩きます。配偶者といっしょだと少し落として5.6kmくらい。
 
子供の頃から仲間と勝手に、あるいは学校の体育の授業でいろいろなスポーツを経験します。ラグビーなどというスポーツは、野球やバスケットボールと違って、たしか体育の授業でわずかに習った以外は経験がない。だから(というのも変ですが)普段から関心も興味もありません。ラグビー中継番組を見ることもないし、ルールも細かいことはよく知らない。
 
普通は自分の経験の延長(ただし決して真似のできない延長)として世界の一流スポーツ選手の動きを楽しみます。運動会の徒競走や体育の長距離走の延長に、たとえば世界陸上の100メートル走があり1万メートル走があります。女子プロゴルファーのプレイをテレビや現場で観戦するのもそういう意味においてです。
 
なら、ラグビーワールドカップなど観なければいいのですが、そこは姦しいメディアに気儘に操られるミーハーになって、一流選手のすばらしい動きを楽しみます。
 
そのすばらしい動きですが、結局のところ、そういう動きで突出しているのは旧大英帝国系の国や地域で、だから、有体に言えばラグビーは、誕生から現在まで、そういう地域のローカルスポーツです。ちょうど野球が、結局は、米国およびその周辺国限定のローカルスポーツであるように。
 
ミーハーになってよかったことはそういうことの確認というかそういう方向の理解を得られたことです。


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2019年10月 8日 (火)

シシャモの季節が始まった

シシャモの話です。北海道を取り囲む海は、左側が日本海、北側がオホーツク海、そして南側から東側ずっとが太平洋で、シシャモは北海道の南側の太平洋岸にのみ生息しています。シシャモは、漢字で「柳葉魚」。柳の葉がシシャモに変ったというアイヌ伝説にもとづいてそういう表記になったそうです。
 
居酒屋、とくに北海道以外の居酒屋で供される「シシャモ」は、たいていは「カラフトシシャモ」です。「シシャモ」によく似ていますが「シシャモ」ではありません。実際に「シシャモ」を何度かは食べてみないと、両者の風味と食感の違いはわかりません。札幌だと「シシャモ」は旬の時期(10月と11月)には魚売り場で簡単に手に入ります。たいていは、塩水で味を付けたのを軽く干したものです。一度、産地から氷水ボックスに入った大量の生のシシャモをもらった知り合いが多すぎて食べきれなくて、その一部がお裾分けで我が家にも回ってきたこともありました。
 
似て非なるものとはいえ「カラフトシシャモ」もそれなりに美味しい。だから、たとえば東京の居酒屋でも「シシャモ」という名のメニュー品目は定番品で、実際は「カラフトシシャモ」だからという理由でお客が文句を言うこともありません。そもそもたいていのお客は口にしているのが「カラフトシシャモ」だと気づいていない。
 
北海道産の「シシャモ」の漁獲量は年間1000トンくらいなのに対して、「カラフトシシャモ」の輸入量は年間約3万トン、「シシャモ」の30倍の流通量です。つまり、北海道以外の居酒屋の定番がどちらの種類かはとても理解しやすい。
 
その「シシャモ」ですが、北海道の消費者にとっては「オス」を選ぶか、それとも「(卵を持った)メス」を選ぶかが重要な問題です。価格は卵を持ったメスの方が高くその理由は卵の食感が付加価値だということですが、一方、身の味わいは値段は安いけれども「オス」に限るという消費者も少なくない。消費者は勝手なので「オスが美味いに決まっている」という意見の人たちはメスには見向きもしません。
 
しかし、収穫する側、売る側はオスもメスも均等にさばきたい。だから、それぞれの美味しさを均等にアピールしています。しかし、もっと直接的なマーケティング方法をとっているところもあります。たとえば、10尾ずつ串にさして売る場合、オスとメスをランダムに串に刺すというやり方です。串を3つも買えば、男女比は1に近くなり、値段はメスだけよりも穏当なものになり、どちらかが余りどちらかが足りなくなるとういう事態を避けることができます。
 
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2019年10月 7日 (月)

「50年ぶりの異常気象です」という報道と、自然の循環

遅めの時刻にテレビを見ていたらニューヨークが33.9℃で異常な暑さだという報道がありました。「ニューヨークで10月に33℃以上の気温になったのは78年ぶりだそうです」と画面の中でレポーターがしゃべっています。
 
「30年ぶりの暑さとか、50年ぶりの大雨」という表現で現在の気象の異常事態を報道するのがマスメディアはお好きなようです。78年ぶりもその一つです。ただ、最近はそういう久しぶりの事象を「その原因は地球温暖化、その原因の原因は人為的な二酸化炭素の排出だ」というのと係り結びのように結びつけるのが好きな媒体と、その二つを直接的に結びつけることにためらいのあるらしい媒体の両方がある雰囲気ではあります。
 
冷静に考えると、50年ぶりの激しい降雨とか78年ぶりの高温とか言うのは、50年前と78年前に同じ事象が確実に存在したということなので、そういうゆったりとした周期で自然の事象が循環しているとも言えます。
 
時間というのはぼくたちが感じるものとしては常に現在しかないにしても、それとの付き合い方としては、もっぱら直線の上をどんどんと進んでいくような時間の中で生きるのが好きな文明や文化もあるし、時間の本質は循環(春夏秋冬)や交替(昼と夜、太陽と月)だと考えて循環や交替の中で過ごすのを重んじる文明や文化も存在します。一人の人間のなかでも、直線的な動きで進む時間を心地よく感じるときもあれば、時間が円環状に流れるなかで深いくつろぎを覚える場合もあります。
 
地球や宇宙というのは基本的に循環が好きなのだと考えると、その循環の波と、文明を直線的な改良の進行だと考えるぼくたちの仮説的な直線指向が交差したところが、マスメディアがかしましいところの「何十年ぶりの事象」かもしれません。災害につながるような何十年ぶりかの異常事象や台風や地震についてはじつに困ったことではあっても、残念ながら自然はそういうことをとくには気にしていないようです。
 
下のグラフはプランクトンの外殻化石の分析に基づく1万1300年前から現在までの気温変化(1961~1990年の気温の平均値からの偏差)のグラフです(「A Reconstruction of Regional and Global Temperature for the Past 11,300 Years」オレゴン州立大学 ショーン・マーコットら 2013)。
 
11300-shaun-a-marcott
 
このグラフを見て
 
・データは、我々が、現在、長期の寒冷期の中にいることを示している
・また、データは、我々が数千年にわたる寒冷期の一番底にいるということも示している
・ただし、過去100年の間に気温が劇的に上昇したので、過去数千年の間に起こった寒冷化の影響をすっかり打ち消している
 
と解釈するかたもいらっしゃるようです。
 
これを過去1万年ではなく過去40万年の気温変化(偏差)を描いたグラフ(丸山茂徳 地質学者、元東京工業大学教授)の中に位置づけてみると以下のようになります(赤い縦長の楕円で囲んだ部分が上のグラフに相当する部分)。
 
40_20191004155601
 
おおまかに10万年ごとに気温の上昇と下降(温暖化と寒冷化)を「循環的に」繰り返しています。丸山茂徳氏の言葉をお借りすると『人間が文明を創って、化石燃料をたきCO2を出すようになった時代は、過去300 年前ぐらいからです。このわずかな変化に今ナーバスになっている訳ですが、人間の文明とは無関係に、地球というのはこれぐらい(±4℃)を平気でやっています。』

46億年という地球の今までの経過時間の中で最近の40万年というのはわりあいに「刹那」なので(割り算をすると0.0087%)、循環と言ってもそういう短期間における循環です。ひょっとして現在が寒冷期にさしかかる入り口あたりかもしれないと考えると、けっこう憂鬱になります。

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2019年10月 4日 (金)

賞味期限が近づいてきたので「ごはんパック」を片付ける

以前のブログ記事に次のような防災関連の一節があります。
 
〈そのときもそれなりに防災グッズや食べものや予備バッテリーは用意してありとくに不自由はなかったのですが、停電が長引くかもしれない次回の災害に備えて、地震後に、スマホの充電パックや非常用ランプ、そしてカセットガスボンベなどをより充実させました。「ごはんパック」と「ペットボトルの水」、「自家製梅干し」と「自家製味噌」、それに抹茶のような粗挽き茶が手元に十分にあるので1週間くらいなら同じ食べものの繰り返しになりますがひもじい思いはしません。〉
 
引用の最初の「そのとき」とは、北海道全体が停電(ブラックアウト)してしまった2018年9月の「北海道胆振東部地震」が発生したときのことです。
 
現在「ごはんパック」は1日2食として5日分を人数分用意してあります。どんな「ごはんパック」かというと、米は北海道の「ななつぼし」、容器に「原材料も製造も北海道にこだわった北海道産食品です」「ガス直火炊き、無菌パック」といったアイキャッチャーがあり、「冷蔵不要 200g」「要加熱」「電子レンジ2分間」と続きます。加熱したほうがほかほかと美味いに決まっていますが、常温保存してあるのをそのまま加熱せずに食べても、出来の悪いおにぎりだと思えばそれなりに食べられます。ただし、美味しくはない。
 
パックに印刷されている「賞味期限」が近づいてくると、その分を新たに購入して古いのを頑張って食べてしまいます。現在の在庫は、5日分の備蓄のうち半分の賞味期限が今月初旬で、残りの半分はその1か月後です。現在消費しつつあるものの代わりに新しく買った「ごはんパック」の消費期限は来年の7月上旬。工場出荷後9カ月くらいが賞味期限のようです。店頭在庫になっている期間が長いと期限までの時間がそれだけ短くなります。しかし、それ以上長持ちするとあやしげな添加物が入っていることになるのでかえって気持ち悪い。そんな感じで回していきます。

「賞味期限」なので、それを少々過ぎても食べるのに問題はないのですが、ではどれだけ過ぎても大丈夫かということになるとそれを判断するのも面倒なので、製造会社が決めた賞味期限を基準としてそれに従います。
 
賞味期限前の平時の消費なので「ごはんパック」は加熱して食べるのですが、そしてさきほど「(ごはんパックは)常温保存してあるのをそのまま加熱せずに食べてもそれなりに食べられます」とは書いたものの、たとえ加熱しても、普段「土鍋」で炊いているごはんの美味しさに比べると、味わいが相当に物足りません。「ごはんパック」はやはり災害時用途に適したごはんのようです。

災害時には、別途在庫してある「切り餅」をカセットガスボンベ方式のコンロで焼いてヴァリエーションをつけましょうか。プーと膨らんだ餅に常温保存の味噌を少しつけて食べると美味しいですよ。

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2019年10月 3日 (木)

「味キャベツ」

簡単な食べものです。なぜそんな名前になったのか不明ですが、メニューには「味キャベツ」とあります。居酒屋風の店で出会いました。パリパリのキャベツを葉がしっかり重なる感じにザクッと切ったのを、細切りの塩昆布と組み合わせたものです。
 
季節外れに暑いので普段は飲まないビールを頼んだ時に、待ち時間のほとんどない肴としてそれを注文してみました。その店のは胡麻油が少しかかっていましたが、こういう場合の植物油は食欲を刺激します。油の刺激を無鉄砲に進めるとテレビコマーシャルの「なんでもマヨネーズ」になってしまいますが、それはさておき。
 
キャベツがパリパリと美味しいし、キャベツと細切り塩昆布とビールの組み合わせがなかなかに結構です。結構ではあっても相手がビールだとやや不満なので、相手を日本酒に替えて自宅で試してみたくなりました。
 
そう云えば食べている最中に、何年か前に一度その「味キャベツ」を札幌で家庭料理としてごちそうになったことがあって、それをすっかり忘れていたのを急に思い出しました。他にごちそうが並んでいたので印象が薄くなり、普段の記憶から消えていたのかもしれません。
 
北海道はジャガイモ・タマネギ・ニンジンほどではないにしても、キャベツの地元供給量にまったく不足はないので、露地栽培ものは4月から11月まで楽しめます。

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2019年10月 2日 (水)

美味しい生の野菜は酒の肴でも美味しい

美味しい野菜はやっぱり美味しいということなのですが、食べた本人がいささか驚きました。季節の心地よさも味わいを後押ししたかもしれません。
 
日本酒は燗が好みですがその夜は冷やで飲もうとしてその肴が欲しいと思い、冷蔵庫の野菜室の中で野菜用保存袋に入れて置いた新鮮なキュウリをひとつと、それから、適当な長さに切って揃えてあった何本かのこれも新鮮なセロリの茎から一本、これも保存袋から取り出しました。水で洗って水分を切りそのまま酒の肴にします。
 
そのままと言っても、キュウリは生の一本を四つくらいに手でバキンと割って不揃いな割口に自家製味噌をつけて食べる予定です。
 
セロリも、二十センチ少々の長さの茎を手で食べやすい長さにパキッと折って、折ったのに軽く塩でもつけて食べるつもりです。繊維の歯ごたえを楽しみます。
 
セロリからです。ふと気が変わり、塩なしでそのまま齧ってみました。これが美味い。そのままで日本酒のいい「アテ」になりました。やや冷たい茎の歯ごたえと苦味がその日本酒と折り合い、けっこうな按配でした。
 
次はキュウリです。両端をわずかに切り落とした一本のまん中あたりを手で二つに折り割き、それぞれをまた二つに割ります。皿に用意した手前味噌を折り割き口に少しつけて、冷やと交互に味わいます。
 
キュウリと味噌の組み合わせを肴とするのは、居酒屋のモロキュウほどではないにしてもお酒を嗜む家庭ではそれなりに定番です。しかしふと思いついたセロリがこれほど冷やの日本酒に合うとは思いませんでした。
 
キュウリもセロリも露地栽培の新鮮なご近所野菜です。美味しい生の野菜は酒の肴にしてもそのまま美味しいということのようです。

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2019年10月 1日 (火)

日常生活のなかで出会うボランティア

美術館では常設展以外の展示会や展覧会の時には、各部屋の隅や展示物の論理的な区切りに静かに控えている係員がいます。たいていは地味な制服を着て静かに目立たないように立っています(パイプ椅子に腰かけている場合もありますが)。
 
その部屋やコーナーの展示物について質問をされたときにその案内や説明をするのが主な役目なのか、マナー違反の観覧者が出ないように注意を払っているのか。彼女らは(女性の方が多いという印象なので)その美術館所属の学芸員なのか、それともボランティアなのか、外部からの派遣には見えない。自分をその立場に置いてみると、何時間ごとに交代しているのかわからないにしても、それなりに大変な仕事です。
 
北海道立近代美術館の場合だと、各地の関連美術館の展示会ポスターがけっこうたくさん貼ってあるところの向かいに、その美術館のボランティア募集案内が掲示されていて、その案内内容からすると、展示会の関連書籍や関連グッズの販売をされているかたや常設の売店でお土産というのか記念グッズというのかのレジを担当しているかたたちはボランティアらしい。
 
調べてみると、北海道立近代美術館の所管は北海道教育委員会で、それはそういうものだとしても、道立美術館関連のボランティアの募集や組織化は「道立の美術館の活動に協力し美術に関する様々な事業を行っている協力会」(一般社団法人)が行っているようです。ソーシャルマーケティングの一つではあります。
 
その協力会の運営やそこでのボランティア活動については
 
〈当協力会は会員の会費等によって支えられており、ボランティアにより事業活動を行っています〉
 
〈部の活動を通して美術館の運営や事業活動に協力しています。ボランティアになるためには、当協力会の会員になることが必要です。無報酬、交通費も自己負担となります〉
 
となっています。それなりの自己負担が必要です。
 
病院でも大きなところだと、公的な病院でも私的なそれでも、ボランティア活動中の比較的お年を召した女性をお見かけします。たいていは受診場所の案内や再診の際の機器操作のお手伝い、車椅子の患者のお世話などをされているみたいです。
 
ある大きな病院のサイトを拝見すると以下のようになっていました。一部を引用します。
 
【当病院ボランティア活動の概要】
 
〈活動場所〉
・病院外来ホール他
 
〈活動内容〉
・診療申込書の代筆、および書き方の説明
・病院内の案内
・身体の不自由な方に対する必要時の移動の介助
・自動再来受付機の操作案内
 
〈経費等〉
活動に要する費用は、交通費を含めてすべて自己負担となります。
また、提供できる駐車場はありませんので、公共の交通機関等の利用をお願いしております。
 
〈活動中の服装〉
貸与する被服等を着用し、ネームプレートを付けてください。
 
病院には電車やバスや自転車や徒歩で通うのでしょう。

ボランティア活動に従事する人たちを組み込んだ構造や組織(ここではとりあえずソーシャルマーケティング構造/組織ということにしますが)というものが誰によって運営されているのかなんとなく気にかかっていたので、身近な例で調べてみました。


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