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2019年12月25日 (水)

古事記雑感(古事記は殺しの歴史)

必要があって、古事記に再び目を通してみました。といっても神々や天皇家の系譜がうんざりするほど並ぶくだりは、今回のぼくの目的にとっては意味がないのでパラパラと勢いよく読み飛ばします。

古事記はある意味では天皇家やその周辺の殺しの記述書です。分類の好きな学生なら、古事記、すなわち豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)における殺人の種類と遺体処理の方法とその特徴を他の文化との比較で論文にできるかもしれません。

どこの国でも国造りの歴史は殺しの歴史で、異族(東夷〈とうい〉・西戎〈せいじゅう〉、南蛮、北狄〈ほくてき〉と同じように勝手な物言いですが)を平定するときの殺戮だけでなく、同時に権力闘争における親兄弟や親戚の殺しの歴史でもあります。

天武天皇の舎人であった稗田阿礼は帝紀・旧辞の誦習を命じられたので殺戮を含めた全部を記憶するとしても、その筆録・編纂係であった太安万侶も殺戮の詳細を状況によって排除しようとは考えなかった。国家権力はそういう恐ろし気な存在でないと周囲の抑えが効きません。

人殺しの記述が多いと書きましたが、暗殺、虐殺・・・殺し方や死体の処理のしかたを簡潔だけれども細かく記述してあります。上巻のスサノオや大国主のあたりはまだ神話的な殺人の雰囲気ですが、下巻になると現在の劇場映画のレベルになってきて、場面によっては北野武監督の「アウトレイジ」を彷彿させます。

たとえば、「下つ巻 安康天皇 3 市辺の忍歯王の難」(岩波文庫 p.183)には次のような記述があります。

《ここにその大長谷王の御所に侍ふ人等白ししく「うたて物云ふ王子ぞ。故、慎みたまふべし。また御身を堅めたまふべし。」とまをしき。すなはち衣(みそ)の中に甲(よろい)を服(け)し、弓矢を取り佩(は)かして、馬に乗りて出て行きたまひて、倏忽(たちまち)の間に、馬より往きならびて、矢を抜きてその忍歯王を射落して、すなわちまたその身を切りて、馬桶(うまぶね)に入れて土と等しく埋みたまひき。》

《大長谷(註:のちの雄略天皇)の側に仕える者たちが彼に申し上げていうことには「かの忍歯(おしは)の御子は無礼な物言いの御子なので、用心してください。また、しっかり武装しておいてください。」大長谷は衣の下に鎧(よろい)をきて、弓矢をとって馬に乗って出て行き、たちまちに追いついて馬をならべ、矢を抜き出して忍歯王(おしはのみこ)を射落として、その身を切りきざみ、馬の飼葉桶(かいばおけ)に入れて地面と同じ高さに埋めてしまった。》

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