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2020年1月23日 (木)

吉田健一の文章を楽しむ方法

吉田健一の書いたものは、出版社がどう分類していようと凡てがエッセイ風です。しかし、エッセイ風の文章といっても必ずしも読みやすいものだけとは言えず、重い主題について、論述の展開というものがあやふやで、彼の頭の中にぼんやりとあるものを言葉でなぞりながら言葉にしていくときに、同じ辺りをぐるぐると歩き続けるということも多い。

吉田の文章は彼の頭に生まれた想念(ないしは意識)の流れをただ文章にしたものではあるのですが、想念(意識)を言葉に移していく際に、最初に出会った言葉を手掛かりにしてもっとぴったりとする言葉を探し続けるので、長くてまわりくどくて何を言っているのかわからない状態にお付き合いさせられる場合も少なくありません。そういう散歩に付き合わされるといささかうんざりだし、それから、彼の(とくに後期の作品の)文章には句読点が甚だ少ないので、それもあって、彼の文章のリズムと読む側の呼吸が合わないと読んでいてとても息苦しくなってしまいます。

吉田健一の散文を心地よく読む方法は、エッセイや評論風の書き物であれば、そのなかのアフォリズムを感じさせる一節を、それが短くても長くても、賞味することです。彼の同語反復風の粘っこい記述が読む側のその時の体調リズムと合わないと判断したら斜め読みで構わない。小説なら、たいていは哲学的なエッセイ風味の記述が不意に顕れるので、ストーリといっしょに(あるいはストーリとは別でもいいのですが)ゆっくりと味わうことです。ストーリと書きましたが彼の長編小説にわくわくするような筋の展開があるわけではありません(長編小説も短編小説の集合体という趣きなので)。

もう一つの方法は、彼の小説における時空感覚の自由さ、つまり昭和の日本と唐や宋の中国と十八世紀のヨーロッパなどを、庭や月、絵や磁器や川や幽霊や幻を媒介にして自在に出入りする自在さとそのことによってもたらされる夢見心地や酔い心地を楽しむことです。

それから、これは「もう一つの方法」の一部になると思いますが、次のような書き出しで始まる短編小説があるとして、そこまで読んで「なんだこの訳の分からない小説は」と呆れて放り出すのではなく、どう進んでいくのか判然としない文章に少し我慢して付き合ってみると、必ずそうなるとは決して保証の限りではありませんが、少し酔っぱらったような(時には急に酔いが醒めてしまうような)不思議な読後感に浸れます。

 「昼になった頃の食べもの屋が繁盛するのに対して、その時刻のバアががらんとしてゐてバアよりも物置きか何かに似てゐることは、誰でも知ってゐると言ひたくても、そんなに早く開くバアもあることは多くのものにとってどうでもいいことに違いない。併しさういふ一軒に入って見れば、そのやうな感じがする。そしてこの経験をするものは余程の暇人か、何か特別の目的があるものに決まってゐて、その男がさうしてそこのバアに来てゐるのは人目が避けたいからだった。」(「逃げる話」)

ドナルド・キーンは吉田健一の文章を次のように評しました。

 「・・・・・吉田の書くものは、その対象が英国の詩、あるいは日本の通俗小説、あるいはまた食べ物、酒の話であっても妙に洗練された懐の深さを感じさせる。吉田の文章は常に完璧な自信に満ちていて、その難解で時に意味が取りがたくなるような入り組んだ文体に吉田は明らかに誇りを持っていた。そしてそれは英語とは対照的に日本語の特徴をもっともよく生かした書き方であり文体であると吉田は思っていたようである。」(ドナルド・キーン「日本文学の歴史」(18)、ただし、長谷川郁夫「吉田健一」より孫引き)

吉田の時空感覚の深さや自在さが顕れた例を下にいくつか並べてみます。なお、引用文のあとの丸括弧の中は「作品名」《エッセイか小説か》です。

 「冬の朝が晴れていれば起きて木の枝の枯れ葉が朝日という水のように流れるものに洗われているのを見ているうちに時間がたって行く。どの位の時間がたつかというのではなくてただ確実にたって行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間というものなのである。」(「時間」《エッセイ》)

 「我々が時計を見て朝の十時であるあるのを知るのは用向きの上での意味しか持たないが光線の具合で朝であると感じるのは我々が朝の世界にいるのを認めることで朝の十時であるのはそれを知るもの次第であっても朝であるのは世界が朝なのである。」(「時間」《エッセイ》)

 「時間がたって行くことを知るのが現在なのである。」(「時間」《エッセイ》)

 「従ってあるのは現在と現在でない状態であって普通は過去であることになっているものに我々がいればそれが現在であり、一般に現在と見られているものも我々にとってただの空白であり得る。」(「時間」《エッセイ》)

 「併し世界を見廻してそこに間違いなくあると認められるものはそこにあり、それがあったのでないのはその感覚を生じさせるものがないからであって我々がものを見る時の眼を世界に向ければそうなる。そこにあるものはあって我々に語り掛けるがこういうことが曾てあったと語るものはなくてそこにも流れる時間というのは常に現在である。」(「時間」《エッセイ》)

 「・・・別にそれを見てこれから一日が始まろうとしている気配を感じるのでもなければ前の日にあったことの結果で今日することになることを思い浮かべるのでもなくてただ眠気が去って朝になり、ものが自然の光で見えて来て体も一日の間覚めているのに堪える状態に戻っている朝というものがもの心が付いたその日からのことであっても、或はそのこともあって懐かしかった。」(「本当のような話」《小説》)

 「又一日は二十四時間でなくて朝から日が廻って、或は曇った空の光が変って午後の世界が生じ、これが暮れて夜が来てそれが再び白み始めるのが、又それを意識して精神が働くのが一日である。」(「埋れ木」《小説》)

 「・・・見ているのは緑でも紅でもなくて或る種の青磁が帯びている色ともしこの世にそういうことがあるならばその青磁の底に浮かび上がるかもしれない真紅だった。こういう紅は燃えるということがない。それはそれだけのものを蔵して何気なしに拡がるものでただ見ていてそれでいいのだと思う。又その緑も色よりもその緑と一応は言える色をしたものなのでそれがものであるから変じ、それが雨で濁った川の流れの草色からその川に向かって伸びた枝に止まっている川蝉の羽に日が差した紺青にまで及ぶ。又それはそういう緑と紅の配合でもなかった。寧ろ精神にこの二つを思い浮かべることが出来るならばその状態でそれが眼の前にあってそれは隣り合わせなのでも互いに溶け込むのでもなくてその一つがもう一つに自在に代る関係に置かれて二つともそこにあった。」(「金沢」《小説》)

 「『とてものことにあの宋の碗をもう一度見せて下さいませんか、』と言った。『これですか、』と山奥が言って内山の目に置いた。それはやはり淀(よど)んだ緑に紅を浮かべていて内山は紅の色が一切の原因であるような気がした。それ程静まり返ったものはなくて今にも改めて溶けるか燃えるかしそうであり、そういうものだったからそれが山上の寺もそこまで桃源郷を縫っていく川も、また女が持つ炉の火も春の夜に漂う花の花の匂いもその中に沈めていて少しも不思議でなかった。それだけの魔力があるものが人間の眼には美しいと映る。・・・・内山はその碗が壊れない、又壊せないことを知っていた。それは永遠の瞬間ということと同じでその碗がある所に、或はそれを人間が見る時にそこに天地が息づき、それを人間が見なくなれば碗は初めからないことになるのだった。」(「金沢」《小説》)

 「・・・二人が廃園をさ迷う幽霊であってもいいと思った。まだ二人は昼のままの服装でいて背広を着て廃園に現れる幽霊というのはなくても女が着ているものを見るといつの時代のものなのかフランスの所謂、執政期、十八世紀も革命が終ってギリシャの風俗が真似られた頃を聯想させる白い服を胸の所で止めたのがその庭を一人で行き来するならば幻であることを失わなかった。何も顧愷之の女の詩人でなくても女といるのにその顔を見ることはなかった。ただ酒を勧める袖にも女はいてそれは匂いと息遣いであり、それがやがてそれだけではなくなることが解っている時に一層それはその袖のようなものにその一切が籠ることになる。」(「金沢」《小説》)


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