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2020年1月31日 (金)

悪役と悪い奴

悪役の登場する映画やドラマでの需要が少ないのかもしれないにしても、テレビドラマでは年配のそれらしい悪役を見なくなりました。それらしい悪役というのは、若い俳優が簡単に演じられるようなわかりやすい悪さとは隔たっていて、得体のしれない凶悪さが存在の凄みを通してふと奥から滲み出てくるような人を指します。以前はそういう役者がもっと多かった記憶がありますが勘違いかもしれない。最近はどちらかというと線の細い悪役が多い。

ぼくのお気に入りの悪役は最近の日本人俳優だと「岸部一徳」。彼の出す悪の味は他の人にはなかなか出せない。

事実は小説より奇なり、というもともとは誰かが作った表現がことわざ風になったものがあります。現実の世界で実際に起こる出来事は空想や妄想によって書かれた小説よりも不思議であるという意味ですが、最近の実際の事件を見ていると、かりにそれがドラマの脚本なら、プロデューサーがその脚本を、これじゃリアリティがなさ過ぎる、と貶(けな)すに違いない類のものも増えているようです。

事実は小説より奇なりなら、悪役を映画やドラマの俳優や演技者に求めるのではなく、メディアが日々報道する政治や経済や金融の場面に悪役(この場合は悪役ではなく悪い奴ということになりますが)を求めたほうが楽しいかもしれません。

「得体のしれない凶悪さが存在(の凄み)を通してふと奥から滲み出てくるような人」を悪い奴だとすると、そういう眼つきや眼の表情をもった人物を、直接的な殺害事件などとは関係のない政治・経済・金融関係の報道映像のなかでときどき(屡々ではないにしても)観察することが出来ます。そういう眼つきの人物の決して表には出さない(ようにしている)内面の凶悪さとそれが外に出る実際の場面を勝手に想像するほうがテレビドラマを見ているよりも面白い。そういう人物の線は決して細くない。

聊斎志異(りょうさいしい)や泉鏡花や内田百閒の物語の奇や怖は、呂后(りょこう、漢の高祖劉邦の皇后)にはかなわないようです。


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